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12. お見合い
しおりを挟む「何だ、また来たのかブス」
「失礼致します」
今日も美少年は絶好調で口が悪い。
きちんと頭を下げた後、顔を上げればナタナエルと目が合う。けれどその顔は思いっきり顰められた。
「っお前……!」
肩を怒らせながらツカツカと歩み寄って来るナタナエルにシーラは怯み、思わず後退りした────が、凄い勢いで頭を鷲掴みにされて固まった。
「……え?」
って言うか、頭って掴めるものだろうか?
そんな事を思いながら自分の頭に伸びた手を辿れば、怒りに満ちた美少年の顔がすぐそばに。
今日は美形の顔の接近率の高い日だ……などとどうでもいい事に逃げていると、ナタナエルがシーラの額に口付けんばかりに近づいてきたので、シーラは思わず目を瞑った。
「臭い」
「……は?」
「……お香くさい。何だその匂い」
そう言いながら袖で、遠慮なく額を擦ってくる。
「痛い痛い痛い!」
服の柔らかい箇所とかでなく、わざわざ固くのりの効いた場所で擦るものだから最悪だ。
「はあ? 何か文句でもあるのか? まさかこんな臭い身体で今日一日僕に張り付くつもりじゃあ無いだろうな?」
「……いえ、あの……申し訳ありません。着替えて参りますので……」
実は自分もあの聖水は臭いなと思ったが……ラフィムには絶対に言ってはいけないような気がしたので我慢した。
アンティナも何も言わなかったし、大丈夫かと思ったのだ。うう、恥ずかしい。これ絶対みんな申し訳なくて言えなかったヤツだ……。
項垂れるシーラの腕を掴み、ナタナエルはまた寝室へと引っ張って行った。
「奥に着替えがあるからそれを着ろ」
「え? 殿下。私その……一応女なんですけど……」
流石にナタナエルのものを着るのはちょっと……と控えめに断わろうとしたら睨まれた。
「見れば分かる。僕も着替えるから手伝え。服に移り香した。臭い」
「……はい」
臭くてすみません。
シーラは項垂れるしかなかった。
◇ ◇ ◇
「今日は緑色の服は着ない」
「分かりました」
そういう気分では無いという事だろうか……
だがそう思ってクローゼットを見回せば、何故か緑の色合いのものが無い。他は大体各色揃って色ごとに並べられているのだが、緑がない……
何だろう。緑に何か嫌な思い出でも出来たのだろうか。
「……これなんてどうだろうか?」
「……」
そう言ってナタナエルが持ってきたのは青いドレスで。
シーラはどうしていいのか分からず固まった。
……似合うとは思うが……
ちらりとナタナエルの顔を伺う。何かを期待したような顔をして見えるのは気のせいだろうか。
だが流石に王族男子がこれを着て王城を歩くのはちょっと……仮面舞踏会じゃあるまいし。
「ええと……」
「何だ駄目なのか?」
「駄目って言いますか……」
「じゃあ何が気に入らない」
「いえ、とても素敵なドレスで殿下と相性も良いと思いますけど……」
もごもごと口の中で言葉を咀嚼する。
飲み込めず、かと言って吐き出せない言葉をどうしたものかと口の中で転がしていると、ナタナエルがドレスを放ってきた。
「ぶっ!」
本日二回目のぶっ! ですからね。今日は二回も言いましたからね。
しかもドレスって案外重いんですからね! 痛いわ!
「良いと思うならさっさと着ろ。僕はこれにする」
……ん?
ナタナエルの選んだ服はベージュ……また地味なものを、ってそうじゃなくて。
「ちょっと! ナタナエル殿下?!」
「うるさいな、着替えるから手伝え。僕の着替えが済んだら
メイドを呼んでやる」
「は、はあ……?」
間の抜けた顔で返事を返せば、ナタナエルは勝ち誇った顔で八重歯を覗かせた。
「ふふん。今日はお前に僕の供を命じてやる。有り難く思えよ」
絶対に嫌な予感しかしないやつだ。これ。
「……殿下、遊んでおりませんで今日の公務はなんですか? 着替えが必要でしたら、勿論お手伝いさせて頂きますので、これは……」
「今日の公務は見合いだ」
「え?」
「だからお前が僕の防波堤になれ」
「は?」
「いつまでも呆けていないで、さっさと手伝え!」
ピシャリと言われ、シーラは慌ててナタナエルに近寄る。
黒髪なので、薄い色でも似合ってしまう。
けれどもう少し華があってもよいだろうと、濃い色のシャツを合わせて、柄のあるスカーフを首周りに飾った。
「い、如何でしょう?」
こうして淡い色を基点に飾ると印象が柔らかくなる。
黙っていると、かわいらしい美少年だ。
「ああ、悪くない……」
どうやらナタナエルも気に入ったようだ。
まんざらでもない様子で鏡に見入っている。
「お前も脱げ」
「……はい?」
「だからこれに着替えろと言っている」
そう言って先程シーラが顔面で受け止めたドレスを指差した。反対の手で、ちりりんと可愛らしい音のベルを鳴らす。
……何故?
シーラがドレスを見て固まっていると、ナタナエルがお仕着せのリボンを解いた。
ぎょっと身体を捩る。
「はっ? ちょっと殿下?何してるんですか??」
「間怠っこしいからメイドが来るまでに脱いでおけ」
うわあああ! 権力による暴力反対!!
「わかりました! 分かったからせめて自分で脱がせてー!!」
15歳の少年の手はこんなに大きいものだろうか。
シーラの腕をがっちり掴み、首を捻りながらお仕着せを脱がせていく。
「へえ、こうなってるのか……ふうん」
「いや! もう! もういいんで! それ以上は、もうっ!」
がちゃり
「失礼致します、殿下。お呼びでしょう……か」
寝室の扉を開けたメイドさんが固まってますから!
お互い次の言動を探るように動けずにいる。
「あ、これをこうして下げればいいのか」
心得たとばかりのナタナエルの声と共にシーラのお仕着せがスルリと身体を滑り落ちた。
「……っ!」
全て落ちる前に慌ててお仕着せを引っ掴み、シーラは何とか体裁を保とうとする。
「これで次からは僕が脱がしてやれるな。もう自分で脱がなくて良いぞ」
ナタナエルの台詞がおかしい。
空いた口が塞がらない状態でナタナエルを凝視していると、ナタナエルはにやりと口元を歪めて扉付近で固まったままのメイドに向き直った。
「おい、この女にこのドレスを着せつけろ。アクセサリーはここにある。お前は髪を結えるか?」
唐突に話しかけられ、返事も出来ずにメイドはこくこくと首肯している。
「……人手が足りないなら追加で連れてこい。四十分で終わらせろ」
それを聞いてメイドは慌てて人手を呼びに走って行った。
ナタナエルもそのまま振り返りもせずに寝室を出て行く。
シーラは呆然とその様を見送るばかりだった。
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