【完結】暴君王子は執愛魔王の転生者〜何故か魔族たちに勇者と呼ばれ、彼の機嫌を取る役割を期待されています〜

藍生蕗

文字の大きさ
上 下
13 / 51

12. お見合い

しおりを挟む

「何だ、また来たのかブス」

「失礼致します」

 今日も美少年は絶好調で口が悪い。
 きちんと頭を下げた後、顔を上げればナタナエルと目が合う。けれどその顔は思いっきり顰められた。

「っお前……!」

 肩を怒らせながらツカツカと歩み寄って来るナタナエルにシーラは怯み、思わず後退りした────が、凄い勢いで頭を鷲掴みにされて固まった。

「……え?」

 って言うか、頭って掴めるものだろうか?
 そんな事を思いながら自分の頭に伸びた手を辿れば、怒りに満ちた美少年の顔がすぐそばに。

 今日は美形の顔の接近率の高い日だ……などとどうでもいい事に逃げていると、ナタナエルがシーラの額に口付けんばかりに近づいてきたので、シーラは思わず目を瞑った。

「臭い」

「……は?」

「……お香くさい。何だその匂い」

 そう言いながら袖で、遠慮なく額を擦ってくる。

「痛い痛い痛い!」

 服の柔らかい箇所とかでなく、わざわざ固くのりの効いた場所で擦るものだから最悪だ。

「はあ? 何か文句でもあるのか? まさかこんな臭い身体で今日一日僕に張り付くつもりじゃあ無いだろうな?」

「……いえ、あの……申し訳ありません。着替えて参りますので……」

 実は自分もあの聖水は臭いなと思ったが……ラフィムには絶対に言ってはいけないような気がしたので我慢した。
 アンティナも何も言わなかったし、大丈夫かと思ったのだ。うう、恥ずかしい。これ絶対みんな申し訳なくて言えなかったヤツだ……。
 項垂れるシーラの腕を掴み、ナタナエルはまた寝室へと引っ張って行った。

「奥に着替えがあるからそれを着ろ」

「え? 殿下。私その……一応女なんですけど……」

 流石にナタナエルのものを着るのはちょっと……と控えめに断わろうとしたら睨まれた。

「見れば分かる。僕も着替えるから手伝え。服に移り香した。臭い」

「……はい」

 臭くてすみません。
 シーラは項垂れるしかなかった。

 ◇ ◇ ◇
 
「今日は緑色の服は着ない」

「分かりました」

 そういう気分では無いという事だろうか……
 だがそう思ってクローゼットを見回せば、何故か緑の色合いのものが無い。他は大体各色揃って色ごとに並べられているのだが、緑がない……

 何だろう。緑に何か嫌な思い出でも出来たのだろうか。

「……これなんてどうだろうか?」

「……」

 そう言ってナタナエルが持ってきたのは青いドレスで。
 シーラはどうしていいのか分からず固まった。

 ……似合うとは思うが……

 ちらりとナタナエルの顔を伺う。何かを期待したような顔をして見えるのは気のせいだろうか。
 だが流石に王族男子がこれを着て王城を歩くのはちょっと……仮面舞踏会じゃあるまいし。

「ええと……」

「何だ駄目なのか?」

「駄目って言いますか……」

「じゃあ何が気に入らない」

「いえ、とても素敵なドレスで殿下と相性も良いと思いますけど……」

 もごもごと口の中で言葉を咀嚼する。
 飲み込めず、かと言って吐き出せない言葉をどうしたものかと口の中で転がしていると、ナタナエルがドレスを放ってきた。

「ぶっ!」

 本日二回目のぶっ! ですからね。今日は二回も言いましたからね。
 しかもドレスって案外重いんですからね! 痛いわ!

「良いと思うならさっさと着ろ。僕はこれにする」

 ……ん?
 ナタナエルの選んだ服はベージュ……また地味なものを、ってそうじゃなくて。

「ちょっと! ナタナエル殿下?!」

「うるさいな、着替えるから手伝え。僕の着替えが済んだら
メイドを呼んでやる」

「は、はあ……?」

 間の抜けた顔で返事を返せば、ナタナエルは勝ち誇った顔で八重歯を覗かせた。

「ふふん。今日はお前に僕の供を命じてやる。有り難く思えよ」

 絶対に嫌な予感しかしないやつだ。これ。

「……殿下、遊んでおりませんで今日の公務はなんですか? 着替えが必要でしたら、勿論お手伝いさせて頂きますので、これは……」

「今日の公務は見合いだ」

「え?」

 「だからお前が僕の防波堤になれ」

「は?」

「いつまでも呆けていないで、さっさと手伝え!」

 ピシャリと言われ、シーラは慌ててナタナエルに近寄る。
 黒髪なので、薄い色でも似合ってしまう。
 けれどもう少し華があってもよいだろうと、濃い色のシャツを合わせて、柄のあるスカーフを首周りに飾った。

「い、如何でしょう?」

 こうして淡い色を基点に飾ると印象が柔らかくなる。
 黙っていると、かわいらしい美少年だ。

「ああ、悪くない……」

 どうやらナタナエルも気に入ったようだ。
 まんざらでもない様子で鏡に見入っている。

「お前も脱げ」

「……はい?」

「だからこれに着替えろと言っている」

 そう言って先程シーラが顔面で受け止めたドレスを指差した。反対の手で、ちりりんと可愛らしい音のベルを鳴らす。

 ……何故?

 シーラがドレスを見て固まっていると、ナタナエルがお仕着せのリボンを解いた。
 ぎょっと身体を捩る。

「はっ? ちょっと殿下?何してるんですか??」

間怠まだるっこしいからメイドが来るまでに脱いでおけ」

 うわあああ! 権力による暴力反対!!

「わかりました! 分かったからせめて自分で脱がせてー!!」

 15歳の少年の手はこんなに大きいものだろうか。
 シーラの腕をがっちり掴み、首を捻りながらお仕着せを脱がせていく。

「へえ、こうなってるのか……ふうん」

「いや! もう! もういいんで! それ以上は、もうっ!」

 がちゃり

「失礼致します、殿下。お呼びでしょう……か」

 寝室の扉を開けたメイドさんが固まってますから!
 お互い次の言動を探るように動けずにいる。

「あ、これをこうして下げればいいのか」

 心得たとばかりのナタナエルの声と共にシーラのお仕着せがスルリと身体を滑り落ちた。

「……っ!」

 全て落ちる前に慌ててお仕着せを引っ掴み、シーラは何とか体裁を保とうとする。

「これで次からは僕が脱がしてやれるな。もう自分で脱がなくて良いぞ」

 ナタナエルの台詞がおかしい。
 空いた口が塞がらない状態でナタナエルを凝視していると、ナタナエルはにやりと口元を歪めて扉付近で固まったままのメイドに向き直った。

「おい、この女にこのドレスを着せつけろ。アクセサリーはここにある。お前は髪を結えるか?」

 唐突に話しかけられ、返事も出来ずにメイドはこくこくと首肯している。

「……人手が足りないなら追加で連れてこい。四十分で終わらせろ」

 それを聞いてメイドは慌てて人手を呼びに走って行った。
 ナタナエルもそのまま振り返りもせずに寝室を出て行く。
 シーラは呆然とその様を見送るばかりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています

柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。 領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。 しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。 幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。 「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」 「お、畏れ多いので結構です!」 「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」 「もっと重い提案がきた?!」 果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。 さくっとお読みいただけますと嬉しいです。

処理中です...