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9. 憧れの騎士
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「シーラ嬢。この書類も追加して貰えるだろうか?」
手を留め声の方へ顔を向ける。
そんな事をしなくても、声だけで誰かなんて分かってしまうのだけど。
「はい、かしこまりました」
書類に目を落とし、平静を装った。書類の端を掴んでそれを受け取り、そのまま作業に戻ろうとすると、何となく躊躇うような様子が横から感じられた。気のせいかもしれないけれど。
やがて何かを諦めたようにその場を立ち去る気配に、シーラはほっと息を吐いた。
「ラフィム」
少し離れたところで呼び止められるその名に、シーラの胸がばくんと鳴った。動揺を隠す様にこっそりと視線を上げる。
少し離れたところで話し込む、二人のうちの一人は先程この書類を置いていった騎士、ラフィム・ヤムクル様だ。
アンティナに結婚に興味無いなどと言いながら、実はこっそりと想いを寄せる相手がいたりする。別にこの人と恋がしたいとか、結婚したいなんて思っている訳では無い。ただ憧れているだけだ。
侯爵家嫡男でありながら、品行方正。真面目で誰にでも優しくて平等で……見かけもシーラ好みだったりする。
白銀に新緑のように柔らかく澄んだ色の瞳。きりりと凛々しい顔つきに、逞しくもしなやかな体躯。動いている様を見るだけで悶絶しそうになるのも、いや仕方あるまい。垂涎ものである。
嫡男なのに何故騎士になったの? と疑問を持ったが、身体の弱い弟がいて、体調さえ気をつければその子がとても優秀だからと話すのを聞いてしまい、また憤死しそうになった。
家族思いでいい人! ひっそりと隠れて聞き耳を立て、手近な柱をばしばしと叩きたい衝動に、ひたすら耐えた。よく耐えた私。
バレたら立ち聞きした事も、ストーカーちっくな衝動に抗えなかった事も知られ、あの柔らかい緑の瞳が、侮蔑に染まりシーラを見るのだ。凍死してしまう。
勿論アンニーフィス家が王城でふんぞり返っている時も彼は誠実だった。
マデリンや伯爵にも臆する事なく貴族らしく誇り高くあった。……余計なお世話だが、正直見ているこっちは非常にヒヤヒヤしたのだが。
彼のファンは王城内には多い。シーラもその一人だ。
によによと回想に耽っていると、急にこちらを振り向いたラフィムと目が合い、肩を跳ねさせた。
「ああ、すまない。何か書類に不備があっただろうか?」
「何も、あの、すみません。まだ全部見れていませんっ」
颯爽と歩いて来るラフィムに、シーラは慌てて書類に目を
通す。
「いいんだ、焦らないでくれ。それと────」
これを
小さく折り畳まれたメモがシーラの手に握りこまされた。
思わずはっと顔を上げる。
目が合うとこくりと一つ頷いて、ラフィムは去って行った。
シーラは思わず両手で顔を押さえた。思いがけず至近距離で見てしまい、きっと顔が真っ赤になっているだろうから。
◇ ◇ ◇
「何だかお久しぶりですねえ。こちらも少々立て込んでおりまして。お元気でしたか? ……とは言ってもあなたは寝ておりますけどね。勿論知っておりますとも。ただねえ、あなたの寝顔を見てただ帰るだけというのも面白味がないというか……自分の行動理由の確認の意味もあるのですが。
おや、今日は随分と幸せそうな顔をして眠っておられる。何かいい事でもありましたか? それとも今宵は魔王様に夢で追いかけ回されていないとか?」
バチッ!
シーラを覗き込もうとした魔族の顔が、じゅうと音を立てて焼けた。焦げた自分の肉の匂いに顔を顰め、バリバリと音を立てて爛れた自分の顔を復元する。
「……」
そうして彼を拒んだ物の正体に目を眇め、静かに嘆息した。
「ああ……これは予想外でした。わたくしめは魔王様に殺されてしまうかもしれません」
そう言って今宵も魔族は夜闇に溶ける様に去っていった。
手を留め声の方へ顔を向ける。
そんな事をしなくても、声だけで誰かなんて分かってしまうのだけど。
「はい、かしこまりました」
書類に目を落とし、平静を装った。書類の端を掴んでそれを受け取り、そのまま作業に戻ろうとすると、何となく躊躇うような様子が横から感じられた。気のせいかもしれないけれど。
やがて何かを諦めたようにその場を立ち去る気配に、シーラはほっと息を吐いた。
「ラフィム」
少し離れたところで呼び止められるその名に、シーラの胸がばくんと鳴った。動揺を隠す様にこっそりと視線を上げる。
少し離れたところで話し込む、二人のうちの一人は先程この書類を置いていった騎士、ラフィム・ヤムクル様だ。
アンティナに結婚に興味無いなどと言いながら、実はこっそりと想いを寄せる相手がいたりする。別にこの人と恋がしたいとか、結婚したいなんて思っている訳では無い。ただ憧れているだけだ。
侯爵家嫡男でありながら、品行方正。真面目で誰にでも優しくて平等で……見かけもシーラ好みだったりする。
白銀に新緑のように柔らかく澄んだ色の瞳。きりりと凛々しい顔つきに、逞しくもしなやかな体躯。動いている様を見るだけで悶絶しそうになるのも、いや仕方あるまい。垂涎ものである。
嫡男なのに何故騎士になったの? と疑問を持ったが、身体の弱い弟がいて、体調さえ気をつければその子がとても優秀だからと話すのを聞いてしまい、また憤死しそうになった。
家族思いでいい人! ひっそりと隠れて聞き耳を立て、手近な柱をばしばしと叩きたい衝動に、ひたすら耐えた。よく耐えた私。
バレたら立ち聞きした事も、ストーカーちっくな衝動に抗えなかった事も知られ、あの柔らかい緑の瞳が、侮蔑に染まりシーラを見るのだ。凍死してしまう。
勿論アンニーフィス家が王城でふんぞり返っている時も彼は誠実だった。
マデリンや伯爵にも臆する事なく貴族らしく誇り高くあった。……余計なお世話だが、正直見ているこっちは非常にヒヤヒヤしたのだが。
彼のファンは王城内には多い。シーラもその一人だ。
によによと回想に耽っていると、急にこちらを振り向いたラフィムと目が合い、肩を跳ねさせた。
「ああ、すまない。何か書類に不備があっただろうか?」
「何も、あの、すみません。まだ全部見れていませんっ」
颯爽と歩いて来るラフィムに、シーラは慌てて書類に目を
通す。
「いいんだ、焦らないでくれ。それと────」
これを
小さく折り畳まれたメモがシーラの手に握りこまされた。
思わずはっと顔を上げる。
目が合うとこくりと一つ頷いて、ラフィムは去って行った。
シーラは思わず両手で顔を押さえた。思いがけず至近距離で見てしまい、きっと顔が真っ赤になっているだろうから。
◇ ◇ ◇
「何だかお久しぶりですねえ。こちらも少々立て込んでおりまして。お元気でしたか? ……とは言ってもあなたは寝ておりますけどね。勿論知っておりますとも。ただねえ、あなたの寝顔を見てただ帰るだけというのも面白味がないというか……自分の行動理由の確認の意味もあるのですが。
おや、今日は随分と幸せそうな顔をして眠っておられる。何かいい事でもありましたか? それとも今宵は魔王様に夢で追いかけ回されていないとか?」
バチッ!
シーラを覗き込もうとした魔族の顔が、じゅうと音を立てて焼けた。焦げた自分の肉の匂いに顔を顰め、バリバリと音を立てて爛れた自分の顔を復元する。
「……」
そうして彼を拒んだ物の正体に目を眇め、静かに嘆息した。
「ああ……これは予想外でした。わたくしめは魔王様に殺されてしまうかもしれません」
そう言って今宵も魔族は夜闇に溶ける様に去っていった。
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