8 / 51
7. 一番大切なもの
しおりを挟む深夜の王城で男の叫び声が響く。
「パブロ王太子殿下! 早く娘を牢からお出し下さい! 何故あの子があんな事に!」
「……伯爵。マデリン嬢は王族に楯突いたんだよ。仕方がないんじゃないのかな?」
「……なっ!」
王太子の執務室では王太子パブロとアンニーフィス伯爵が向かいあって座っている。
伯爵は足を組み窓の外をぼんやりと見つめるパブロを睨みつけた。
「あの子はあなたの寵姫の妹なのですぞ!」
パブロは窓から視線を外し、伯爵と目を合わせた。
「それって何なの?」
「はあ……?」
「彼女って私にとって何なの?」
心底分からないと言うように首を傾げる王太子に、伯爵は得体の知れない何かが心臓に触れたような感覚を覚えた。
「……っですから、ブリーレの妹ではありませんか!」
「他人だね」
ばっさりと言い切るパブロに伯爵は息を呑んだ。
「ねえ伯爵。王太子の子を産んだブリーレは王族なのかな?」
「そ、それはその。公的には違いますが……殿下のご寵愛を賜っているのですから……」
「違うよね」
薄らと口元に浮かべる弧を見つめ、伯爵は口を開けたまま固まった。
「っ殿下! 殿下がそんなでは娘が────ブリーレが可哀想です! あの子はあなたの子をお腹を痛めて産んだ、紛れもない寵姫ではないですか!」
口から泡を飛ばしながら叫ぶ伯爵とは対照的に、温度の無い様子でパブロがぼやいた。
「……どうして孕んだんだろうなあ……どの女も確実に避妊薬を飲ませていたのに……」
その台詞に伯爵の喉がごくりと鳴る。
「おかしいとは思わないか?」
顔を上げて問いかける王太子に伯爵は首を振って答えた。
「……何も……行為をすれば子は出来ます。望んでも授からない夫婦がいるように、望まなくとも宿る命もありましょう」
「お前は私が今まで何人の阿婆擦れを相手にしてきたか知っているだろう?……お前たちのせいで、私は……ずっと……っ。その中で孕んだのがあの女だけなのに、本当に何もある筈が無いと?」
伯爵の顔色がさっと青褪めた。同時に恐怖も覚える。
パブロの口から出た、あの女という響きには憎悪が篭っていた。少なくとも寵姫と呼ばれ王宮に住まう娘は愛されていないと分かる位に。
伯爵には理解出来ない。あれ程美しく性技に長けた女なのに。それに姉妹を同時に侍らせるなど最高だと思ったのだ。この男は色呆けだと思っていたから。
「お前たちは私に女共をしつこく押し付けて来て……頑なに拒んでいた頃、まだ小さい弟に標的を変えようとしていた。子どもなら力付くで押し倒せば、思い通りに支配出来るとでも思ったのか?」
碧眼が伯爵を射抜いた。金縛りにでもあったように、身体が硬直し動けない。
パブロは立ち上がり伯爵の横に立った。
「ジョルディ・アンニーフィス伯爵」
名前を呼ばれ、身体がびくりと反応する。
「私は王太子を辞そう。国を混乱に招いた。私の子を産んだあの女には、離宮住まいを許す様に父に取り計らっておいてやる。勿論子どもに王位など発生しない。お前のもう一人の娘の事は知らない。話は終わりだ。二度とその面を私の前に出すな」
勢い良くパブロを振り仰いだ伯爵は、直ぐにそうした自分の行動を後悔した。青く燃える憎しみの炎が自分を焼く。
恐怖に耐えきれず奇声を発し、アンニーフィス伯爵は王太子の執務室から転がり出る勢いで逃げ帰って行った。
◇ ◇ ◇
「エデリー」
切なそうにパブロは口にした。彼の婚約者の名を。
「お願いだよ、もう私を許して」
カツリとヒールの音が背後から聞こえた。
「許してくれないなら、せめて君の手で私を殺して」
背中にそっと指先が触れられるのが感じられ、身体が歓喜に震えた。
「君しか私を救えないんだ。お願いだから解放して」
お腹に腕が回されぎゅっと抱きすくめられる。
「いいわ……殺してあげる」
パブロはうっそりと微笑んだ。
「けれど、その前にわたくしも貴方の子どもが欲しいの。その子が父親はいらないと言ったら貴方を殺すわ」
パブロは身体を捩ってエデリーを見下ろした。
潤む瞳に自分が映るのを見て、パブロは破顔した。
「全て君の望むままに」
そう言って彼の唯一を腕の中に閉じ込めた。
10
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
侍女から第2夫人、そして……
しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。
翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。
ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。
一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。
正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。
セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています
柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。
領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。
しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。
幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。
「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」
「お、畏れ多いので結構です!」
「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」
「もっと重い提案がきた?!」
果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。
さくっとお読みいただけますと嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる