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7. 一番大切なもの
しおりを挟む深夜の王城で男の叫び声が響く。
「パブロ王太子殿下! 早く娘を牢からお出し下さい! 何故あの子があんな事に!」
「……伯爵。マデリン嬢は王族に楯突いたんだよ。仕方がないんじゃないのかな?」
「……なっ!」
王太子の執務室では王太子パブロとアンニーフィス伯爵が向かいあって座っている。
伯爵は足を組み窓の外をぼんやりと見つめるパブロを睨みつけた。
「あの子はあなたの寵姫の妹なのですぞ!」
パブロは窓から視線を外し、伯爵と目を合わせた。
「それって何なの?」
「はあ……?」
「彼女って私にとって何なの?」
心底分からないと言うように首を傾げる王太子に、伯爵は得体の知れない何かが心臓に触れたような感覚を覚えた。
「……っですから、ブリーレの妹ではありませんか!」
「他人だね」
ばっさりと言い切るパブロに伯爵は息を呑んだ。
「ねえ伯爵。王太子の子を産んだブリーレは王族なのかな?」
「そ、それはその。公的には違いますが……殿下のご寵愛を賜っているのですから……」
「違うよね」
薄らと口元に浮かべる弧を見つめ、伯爵は口を開けたまま固まった。
「っ殿下! 殿下がそんなでは娘が────ブリーレが可哀想です! あの子はあなたの子をお腹を痛めて産んだ、紛れもない寵姫ではないですか!」
口から泡を飛ばしながら叫ぶ伯爵とは対照的に、温度の無い様子でパブロがぼやいた。
「……どうして孕んだんだろうなあ……どの女も確実に避妊薬を飲ませていたのに……」
その台詞に伯爵の喉がごくりと鳴る。
「おかしいとは思わないか?」
顔を上げて問いかける王太子に伯爵は首を振って答えた。
「……何も……行為をすれば子は出来ます。望んでも授からない夫婦がいるように、望まなくとも宿る命もありましょう」
「お前は私が今まで何人の阿婆擦れを相手にしてきたか知っているだろう?……お前たちのせいで、私は……ずっと……っ。その中で孕んだのがあの女だけなのに、本当に何もある筈が無いと?」
伯爵の顔色がさっと青褪めた。同時に恐怖も覚える。
パブロの口から出た、あの女という響きには憎悪が篭っていた。少なくとも寵姫と呼ばれ王宮に住まう娘は愛されていないと分かる位に。
伯爵には理解出来ない。あれ程美しく性技に長けた女なのに。それに姉妹を同時に侍らせるなど最高だと思ったのだ。この男は色呆けだと思っていたから。
「お前たちは私に女共をしつこく押し付けて来て……頑なに拒んでいた頃、まだ小さい弟に標的を変えようとしていた。子どもなら力付くで押し倒せば、思い通りに支配出来るとでも思ったのか?」
碧眼が伯爵を射抜いた。金縛りにでもあったように、身体が硬直し動けない。
パブロは立ち上がり伯爵の横に立った。
「ジョルディ・アンニーフィス伯爵」
名前を呼ばれ、身体がびくりと反応する。
「私は王太子を辞そう。国を混乱に招いた。私の子を産んだあの女には、離宮住まいを許す様に父に取り計らっておいてやる。勿論子どもに王位など発生しない。お前のもう一人の娘の事は知らない。話は終わりだ。二度とその面を私の前に出すな」
勢い良くパブロを振り仰いだ伯爵は、直ぐにそうした自分の行動を後悔した。青く燃える憎しみの炎が自分を焼く。
恐怖に耐えきれず奇声を発し、アンニーフィス伯爵は王太子の執務室から転がり出る勢いで逃げ帰って行った。
◇ ◇ ◇
「エデリー」
切なそうにパブロは口にした。彼の婚約者の名を。
「お願いだよ、もう私を許して」
カツリとヒールの音が背後から聞こえた。
「許してくれないなら、せめて君の手で私を殺して」
背中にそっと指先が触れられるのが感じられ、身体が歓喜に震えた。
「君しか私を救えないんだ。お願いだから解放して」
お腹に腕が回されぎゅっと抱きすくめられる。
「いいわ……殺してあげる」
パブロはうっそりと微笑んだ。
「けれど、その前にわたくしも貴方の子どもが欲しいの。その子が父親はいらないと言ったら貴方を殺すわ」
パブロは身体を捩ってエデリーを見下ろした。
潤む瞳に自分が映るのを見て、パブロは破顔した。
「全て君の望むままに」
そう言って彼の唯一を腕の中に閉じ込めた。
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