【完結】暴君王子は執愛魔王の転生者〜何故か魔族たちに勇者と呼ばれ、彼の機嫌を取る役割を期待されています〜

藍生蕗

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5. 城を駆け抜け庭を進んで

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 赤がいい。そのデザインは気に入らない。青はどうだ。黄色、緑……あれでもないこれでもない。

 女子かよ……

 シーラは内心げっそりとナタナエルの服選びに付き合った。

「今日の気分に合う色が無いな。……おい、これはどうだ?」

 茶色……

 シーラは微妙な顔をした。
 この王子は顔がいいし、何を着ても良く似合う。この服も色合いは地味だが生地や仕立ては良いし、刺繍や飾りも精緻で美しい事には変わりない。

 だが、ナタナエルの15歳という年齢と今日の陽気には些か合わないような気がする。
 見るからに戸惑っているシーラの様子にナタナエルは眉間の皺を深めた。

「気に入らないのか? ならお前はどれがいいんだ」

 しまった。嘘でもお似合いですとか、流石王子殿下趣味がいいとか答えるべきだった。
 マデリンを取り巻いていた太鼓持ち侍女に呆れ返っていないで、いろはを盗んでおけば良かった……

 こんこんと反省文を頭の中で並び連ねていると、無言のナタナエルと目がかち合う。

「こ、こちラなんかよろしいかとっ」

 上擦った声で手近にあった緑の上着を引っ掴む。
 最初に見た時に綺麗な色だなと密かに思っていたので、嘘は言っていない。何でも似合うのだから着こなしてしまうに違いない。

 ナタナエルはふん、と鼻を鳴らして、腕を通す仕草をしてみせた。慌てて着せつけてボタンを留める。

 皺や寄りを整えれば、あら素敵。黙っていれば完璧な王子様の出来上がりである。

「とてもお似合いです、王子殿下」

 ほう、と感嘆の息が漏れる。

「ならこれにする。お前が選んだんだから責任をとれよ」

 ……責任ってなんだ。
 よくわからないので、カーテシーでごまかしておいた。


 散らかしたクローゼットの中を整理して、げんなりと寝室を後にした。
 ナタナエルの服選びは毎日こんなに大変なのだろうか。思わずメイドに同情してしまう。
 部屋を出て近衛と目が合えば、何故か気まずそうに目を逸らされた。

 そんな風に思うなら手伝って欲しかったけどね!


 王族付きの侍女やメイドは勿論いる。だが、ナタナエルは部屋付きのメイド以外侍女は側に置かない。
 女嫌いのナタナエル。
 皆兄である王太子を見ているからに違いないと影で噂をしている。

 途端ナタナエルがシーラの手を握り込んだ。ぎょっと身を竦めると、相変わらずの仏頂面がとんでもない事を告げる。

「走るぞ」

「は?」

 ええええと、頭に疑問符を浮かべる間もなくナタナエルは走り出した。

「思わず服選びに時間が掛かって鬱屈した。庭を散歩する」

「それで何故走るんです? 危ないですし、はしたなっ……」

「喋ると舌を噛むぞ。走りたいからに決まっているだろう」

 後ろを振り返れば騎士が無言で駆けて追ってくる。よくある事なのだろうか……
 そのまま大人しくナタナエルに手を引かれ、シーラは王宮を駆け抜けた。

 ◇ ◇ ◇

 (つ、疲れた……)

 侍女頭の嘘つき。マデリンによる人災の後は必ず楽な仕事を振ってくれていたのに……

 嘘も何も無いのだが、思わず侍女頭に愚痴る。

「お前は体力が無いんだな……」

 汗一つかかない涼しい顔で、美少年がそんな事を言ってのける。

「お恥ずかしい限りです」

「別にこれからつければいいんじゃないか?」

「そうですね」

 毎日走り込みをする予定は無いし、侍女から護衛に転職する予定も無いのだが、無いよりあった方がいいのは確かだろうと思う。

「ほら、行くぞ」

 流石にもう手は繋いでいない。シーラはナタナエルの後をよたよたとついていった。


 庭園には薔薇が咲き誇っており、見頃を迎えていた。薔薇の香りが辺りを満たし、気分が華やいでくる。

 前を歩くナタナエルの背中を見ては、やっぱりこの色を選んで正解だったと嬉しくなる。ちらりと見える横顔は薔薇の精のように麗しい。
 自分はなかなか良い仕事をしたと内心ガッツポーズをとっていると、視線だけこちらに向けたナタナエルと目が合い、胸がどきりと跳ねた。

「あの四阿あずまやで一休みする」

 動揺をひた隠して何とか取り繕う。

「畏まりました」

 一礼してお茶の用意をしに王宮に戻ろうとすると、ナタナエルから声が飛んできた。

「どこへ行くんだ?」

「え? あの、お茶を……」

「それなら既に用意してある」

 綺麗に整えられた指が差した先では、メイドがこちらに向かってお辞儀をしている。横には茶器の用意された台車が置かれていた。

 (いつの間に)

 ポカンと口を開けたシーラの手を再び取り、ナタナエルは四阿へと向かった。
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