【完結】暴君王子は執愛魔王の転生者〜何故か魔族たちに勇者と呼ばれ、彼の機嫌を取る役割を期待されています〜

藍生蕗

文字の大きさ
上 下
3 / 51

2. ムカつく一日

しおりを挟む

「なんだお前か」

 建設省のドアを開ければ、がっかりした顔に出迎えられた。

「嬉しい日の後はつまらない日が来るんだよな」

 シーラの顔を確認し、別の役人が仕事に戻る。

「……よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げ、侍女に充てがわれている机に向かう。
 広々とした室内には多くの人間が働いており、皆忙しそうに立ち回っている。横切るシーラを一瞬見て、すぐに仕事に戻るのはいつもの事だ。

 (やっぱり)

 部屋の端にある自分たちの作業机を見て、思った通りの展開にシーラは思わずため息をついた。

 書類は|堆(うずたか)く積まれ、どう見ても一日の作業量を大幅に超えている。……昨日の担当の侍女が仕事をしなかったのだろう。

 仕方なしに席に着き、黙々と作業を開始する。集中しないと今日中に終わらないし、明日の担当者が泣く事になる。

「つまんねえな。華が無いっていうか、今日は一日これかあ」

 ……それはこっちの台詞である。

「我慢しろよ、昨日たっぷり癒やして貰っただろ。高い評価を付けておいたから、またうちに遊びに来てくれるさ」

 それもそうだと、はははと笑う役人の声を聞いて、指先を震わせ作業に支障をきたしていた自分はもういない。

「あー。マデリンちゃんに会いたいなあー」

 聞きたくない名前に顔を顰めそうになったが、たったそれだけの事で言いがかりをつけられた経緯もある。
 今は仕事が優先だ。シーラは無表情を顔に貼り付け、黙々と作業を続けた。

 ◇ ◇ ◇

「やっと終わった……」

 すっかり日は落ち、終業時間も大幅に過ぎた。
 食堂の時間も過ぎているので、夕飯はアンティナが気を利かせてくれる事を祈るばかりだ。

「お疲れさん」

 すっかり片付いた机にがさりと袋が置かれた。
 シーラは顔を上げて袋を持つ手の先を確認した。

「室長……」

 思わず顔が顔を綻ぶ。

「相変わらず遅くまで頑張っているんだな。おチビさん」

 その言葉にシーラはむっと頬を膨らませた。室長にかかればシーラなんてまだまだお子様なのだ。もっとも彼の場合は、シーラが入城した頃の印象が強いらしく、ずっとその呼び方ではあるのだが。

 セドリック・ウクフルデ室長。
 彼は城内の人事の管理者で、宰相直轄の人事院管理室のトップである。偉いのに気さくな人柄で、シーラのようないち侍女にも気安く声をかけてくれる。

 やや大雑把なところがあり、それが表に現れているかのように、全体的な印象はいまいち野暮ったい。良い人だが勿体無い人でもある。

「アンティナの方の仕事も忙しくて、食事を確保出来なかったんだよ。それで頼まれてな。食堂の運営時間を変えるべきか……」

 ちらりと建設省の部屋を見やる。
 中は既にがらんどうだ。部屋を退室する際に掛ける鍵もシーラの机に置いてある。

「難しいな、本当に。いやすまん。お前に愚痴るのは筋違いだな」

 申し訳無さそうに眉を下げる室長にシーラは苦笑した。

「いいんですよ。それよりこれ、助かりました。ご馳走さまです」

 遠慮なくご褒美を手に取り、シーラはセドリックににっこりと笑い掛けた。

 ◇ ◇ ◇

 省庁内の気質はそれぞれで、仕事内容もまた違う。
 毎日同じ仕事をするわけではなく、かと言って仕事は持ち越せない。終わらなかった仕事は侍女頭に申し伝え、翌日の人員調整の参考にする。

 昨日の担当者だったマデリンは仕事を完遂せず、侍女頭に引き継ぎの話をしていない。口裏を合わせるように、省内の者たちは、マデリンの仕事は完璧だったと評価を下す。

 |これ(・・)は今日の分だ。出来ないのか?マデリンとは違うんだな。そう言って散々嘲笑う声を掛けられてきた。
 これは毎回の彼女のやり口で、殆どの侍女が彼女の被害を被っている。

 流石に侍女頭もわかっているが、彼女への注意はされずにいる。対応策として、翌日の担当者は比較的仕事の早い者が充てがわれるというだけだ。あとは恐らく翌日は楽な仕事に配分されるだろう。

 マデリンは伯爵家の次女で、とても美しい。それだけで城内の男性の心を鷲掴みにしてきたが、彼女の姉はそれ以上の美女で、天女もかくやと言わんばかりの美しさを誇っている。
 それが王太子の目に留まり、彼女は王子を産んだのだ。

 城内は騒然となった。
 何故なら王太子には公爵家から迎える婚約者がおり、既に式も間近に控えていた。
 青ざめる公爵令嬢と怒り狂う公爵閣下。
 城内は修羅場と化した。
 
 未婚の令嬢に手を出し子を産ませたのだから、責任を取るべきだとは伯爵家の言い分だ。それもまあ当然だろう。

 このまま王太子と公爵令嬢との婚約は破棄されるのかと、周囲は固唾を呑んで見守っていたが、なんと王太子が公爵令嬢に捨てないで欲しいと縋ったのだ。

 何とも言えない図式である。
 国王としては、公爵家の力を王家に取り込みたい本音もある。そして王太子は公爵令嬢を愛しているからと、婚約破棄を認めなかった。
 だが婚儀は延期された。
 
 伯爵令嬢であるマデリンの姉は、寵姫と呼ばれ王宮に住んでいる。
 彼女の産んだのは王子。
 このまま公爵令嬢が王太子との結婚を嫌がり、破談したら。或いは結婚しても男児が産まれなかったら。
 もしかしたらその子が後を継ぐ事になるかもしれない。

 そんな理由で、今マデリンの実家であるアンニーフィス伯爵家は、大きな顔で城内を闊歩している。
 そして彼らに|謙(へりくだ)る取り巻きは勢いを増している。
 先日また公爵令嬢との婚儀が延期した為だ。

 シーラはため息を吐いた。
 そんな雲の上の話はどうでもいいのだ。

 こんな働き方を認めていれば、仕事に嫌気がさして侍女がどんどん辞めてしまう。実際婚約者との結婚を早めたり、実家で家事手伝いをすると戻っていった者が多くいる。

 戻る場所があるのはいい事だ。シーラもただの行儀見習いだったら、実家に帰っていただろう。けれどそんな場所はシーラには無い。自分はここで踏ん張るしかないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...