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番外編 五百年前の話
17. 独り立ち
しおりを挟む背中を切り付けられたアレアミラはアシュトンの手配で医師に診てもらう事が出来た。けれど獣族を嫌うこの地ではそれが限界で、往診を引き受けるような者はいなかった。
だからセヴランは早々にアレアミラを抱えてここを出ようと、アシュトンに釘を刺しに行ったのだ。
(見破るなんて意外だったなあ……)
宿の階段を上がりながら。セヴランは本心からそう思う。
若干人間不審だったアレアミラが自分の事を打ち明けたのも……
このままカーフィ国を出て、アレアミラは集落には帰れない。けれど少しでもこの子に優しい場所を見つけてやろうと思っていた。
「アレアミラ」
夜通し駆け抜け国境近くに宿を取り、先程医師を手配した。旅の途中で野盗に出くわしたのだと言えば、女将は手早く動いてくれた。
アレアミラは獣族なのだ。
エミュエラというあのか弱い娘の渾身の一撃くらいなら致命傷にはなりえない。けれど刺されたショックはあるだろう。傷の化膿も防ぐ必要がある。
少しの間ここで様子を見て、隣国にでも腰を落ち着けるつもりだった。
俯く彼女に食堂から貰ってきたカップ入りのスープを差し出し笑顔を向ける。
「食べられるなら少しでも腹に入れた方がいい」
セヴランは手近にあった椅子に掛けて食事を促した。
「はい、ありがとうございます」
受け取ったカップを眺めながら、ほうと溜息を吐くアレアミラに、セヴランは組んだ足に肘をついて何気なく声を掛けた。
「アレアミラはアシュトンの事が好きだった?」
「はははいっ?」
ずりっと滑り落ちそうになるカップを慌てて掴み直し、アレアミラは動揺に真っ赤になって震えている。
けれどその様をじっと視線を動かさずに見つめていると、やがてアレアミラは諦めたように、こくりと頷いた。
アレアミラが初めて会った、姉でなく自分を真っ直ぐに見てくれた人。
「身分違いどころか、種族違いの恋なんですが……」
そう困ったように眉を下げる。
「まあそれは別に問題無いと思うけど……獣族の権利が強い国だってあるし」
アレアミラは首を横に振った。
「でも、私がアシュトンに付き纏ったら立場が悪くなるから……これでいいんです」
姉が王となったテリオットに受け入れられたのなら、結果的に和平の形は成り立った事になる。
後は上手く収める必要があるけれど、アシュトンなら出来るだろう。短い期間しか共にいなかったけれど。
真っ直ぐで純真な……けれど聡明な人だった。
それを自分が足を引っ張るような事は、あってはいけないのだ。
それに……
アシュトンは最後までアレアミラを見なかった。
だけど拳を握ってじっと意識をこちらに向けて耐えていたのを知っている。気配に敏感なアレアミラはちゃんと気が付いていた。
そしてアシュトンには、アレアミラとは違う、「立場」というものがあるのだと理解した。
だから出来るだけ自分の今の状況を利用して欲しいと、セヴランに頼んだのだ。死んだ事にするのが一番いいだろうと言われ、それはもう会えなくなるという事だと、分かったけれど……
アシュトンの意思と立場を尊重したかった。
「馬鹿だなあ……君もアシュトン殿下も……もっと欲張ったり甘えたり……そうしている人は沢山いるのにね」
アレアミラは小さく笑った。
だけど、セヴランがアシュトンに遺髪を渡すと言った時、アレアミラはアシュトンに告げた秘密を言わなかった。最後の挨拶に変えたくて。それがアシュトンに伝わって、分かったと受け取ってくれればそれで良いと思った。
◇
傷が癒えて見知らぬ土地へ手を引かれ。
アレアミラは段々とセヴランの事が心配になってきた。
「あの、セヴラン……さんは大丈夫なんですか? 族長の依頼は……」
「うん……?」
セヴランは少し困ったように笑ってから、そうだねと頷いた。
「カレンティナの処罰が決まって、俺の役目は君の護衛だったからね。……ザレン──族長は国王に、君が魔力で土地を富める力がある事も話してあった。不当に扱われる謂れは何も無い状態で送り出していたんだ。だから、この状況なら逃すのが最善だろう。元々君は何もしていないのに、集落の為に国に出されたのを、俺は反対していた。……だからあんまりその辺は気にしなくていい」
「……そう、なんですか?」
最終的には族長の指示より自分を優先するつもりだったと言っているように聞こえて目を丸くする。
「俺からしたら君は女の子で、守るべき子供なんだから」
「はい……」
そう言って笑うセヴランは優しいような寂しいような、不思議な顔をしていて。アレアミラは何だか胸が締め付けられた。
集落ではいつも姉が優遇されていた。誰かの顔色を見て過ごしていた。
こうして個として尊重されるのは嬉しくも慣れず、恥ずかしい。
「新しい土地で暮らしていける手筈を整える」
「ありがとうございます」
けれどセヴランとはそこまでの縁だと言う事は、何となく気が付いた。
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