【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、元婚約者と略奪聖女をお似合いだと応援する事にした

藍生蕗

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番外編 五百年前の話

07. 変わる認識、深まる憎悪

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「えっと、お義兄様は……ご存知だったんですね?」
 そう考えれば、彼がこの役目を引き受けたのも納得できる。姉を守れるし、何と言っても族長の後ろ盾があるのだ。
 
「ああ。族長の話に乗ったからこそ、君を守らなきゃと思ったんだよ」
「へっ……? 私をですか?」
 何を言い出すのだろうと目を丸くする。
(あ、そっか)
 姉の代わりに来た妹への最低限の礼儀だろう。
 セヴランがここに来たのは姉の為なのだから。
 ……でも。
 
「えっと、ありがとうございます……」
 何というか……それでも嬉しくなって。自然と笑顔になってしまった。

 しかし驚いた顔のセヴランの横でアシュトンが怒り出した。
「おい! 何でお礼なんて言ってるんだよ! お前が大変なのを皆分かってたって事じゃんか! お人好し過ぎだろ!」
(あー、まあ確かにそう……なのかな?)
 内心で苦笑しつつアレアミラは頬を掻く。
(まあでもこういう対応には慣れたというか何というか……)

「でも、私の方が都合がつきやすかったっていう事なんでしょう? それってつまり酷い事にはならないんじゃないかしら?」
 何となくだけど。
 確かに族長は掟に厳しい人だけれど、情が無い人ではないのだから。
 そう問い掛ければれば、セヴランは困り顔で頷いた。

「……うん。まあ、族長実はね……君を集落から出してあげたかったんだよ」
「えっ?」
 驚きに目を丸くするアレアミラにセヴランは小さく笑った。

「どんな形でも、そうした方がいいと思ったんだと思う。そうでもしないと君はずっとあのまま、姉の劣等感に苛まれて生きていかなきゃならなかっただろうから。それに今回を転機と割り切って敵国に送る事にしたのは、君を買っているのもあるんだよ。加えて国王陛下には君の|素質(・・)を伝えてあるし、粗悪に扱われる事はないと踏んだんだ」

 アレアミラは目を丸くした。
 思わず自分の短い髪を手で抑え、顔を俯ける。
 自身を取り巻く状況にいまいち頭が追いつかない。
 
「ご両親も君に頼り切りなところがあったから、手放そうとしなかったし、君も彼らを見捨てられないと思っていただろう? だから別にザレンは君を蔑ろにしてた訳じゃなくって……もしそうだったら流石に国に着く前に逃してあげてたよ」

「……」

 何だか意外だ。 
 驚きに固まりながらも、アレアミラは思いがけずに触れた気遣いにじわじわと身体全体に熱を帯びるのを感じた。
 仕方ないと諦めていた境遇を、それでも断ち切れ無かったのは結局は自分の諦めの悪さで、それすらも諦めていたのに。それを第三者に心配されていたとは思いもしなかったから驚いている。誰も姉しか見ていないと思い込んでいたから。
 でもそれは自分でも気付かなかったアレアミラの悪い癖となっていたようだ。
 小さく感動していると、セヴランが優しく続けた。

「もしここでの立場が悪くなるようなら、俺が君を連れ出すから、何も心配いらないよ」
 
 ムッと顔を顰めるアシュトンにアレアミラは少しだけ慌ててしまう。別に逃げ出すつもりはない。
 首を横に振ってその意思はないとセヴランに告げ、口をへの字に曲げるアシュトンを宥めた。
 
 セヴランは喜びに顔を緩ませるアレアミラと、何となく落ち着きのないアシュトンを交互に見てからキラリと目を光らせる。
「白状ついでにもう一つ。俺は君の義兄にはならないよ」
「え?」
「族長からの依頼でね。君の姉さんが集落の風紀を乱して、仲間同士で喧嘩が絶えないからって。恋人がいればある程度制限できるだろう? 族長の遠縁として呼び寄せられただけだよ」
 
「え、だって……」
 確かにセヴランは集落で一番の美男子で、だからこそ姉の隣に並ぶに相応しくて、誰も横槍を入れられなかったのだけれど。……まさかそれが仕事?
 驚いているとセヴランがにっこりと頷いた。
「君が思っている程、誰もがカレンティナに夢中になっている訳じゃない」
 困惑に揺れる眼差しに、そう真っ直ぐに言われ、何だかその言葉がストンと胸に落ちた。

 少しずつ歩み寄ってくれるアシュトンに、近くで見守ってくれているセヴラン。アレアミラの状況を心配し変化へ後押ししてくれた族長。
 ここに来てから自分に向けられる沢山の厚意に包まれて、自分でも霞んでいた自身の存在を感じられ、不思議な心持ちになっている。
 でも決して不快じゃない。

 何故か自分以上にアシュトンが驚いているのが気になるが……
 緩む頬に手を当てお礼に口を開きかけたその時、荒々しい足音と共に一人の青年が場に乗り込んで来た。

「アシュトン!」

 遠くから響く怒声にアシュトンの肩が跳ねる。
 振り返れば怒気を纏った青年がこちらに猛進してくるところだった。
「あ、兄上……」
 アシュトンによく似た色合いの青年、テリオットはその瞳に怒りを漲らせアシュトンに吠えかかった。

「何故獣の巣にくるような真似をする! 私の評価に益々影響が出るのが何故わからん!」
「獣の巣って……父上の再婚相手じゃないか……」
 その言葉に青年はアシュトンの腕を掴んで捻じ上げる。
「まさかこれを母と呼ぶ気じゃないだろうな! 獣如きと和平だなどと……! 私がこいつらにどんな辱めを受けたのか分からない筈がないだろう!? お前までこの離宮に寄りつけば、王家の信頼は失墜するだけだ!」
「そんなの……何でそんな事になるんだよ」
 掴んだ腕をぎりぎりと握りしめて、青年は眦を吊り上げた。

「アシュトン殿下……や、止めて下さいっ、テリオット殿下……」
 恐怖に耐えて何とか口にすれば、テリオットが鋭い眼差しを向けてきた。
「話は聞いているぞ、お前がカレンの身代わりらしいな! あの女のように男の気を引く容姿をしていなくて安心したよ。死なせる事は出来ないが、せいぜい嬲り痛めてやろう」
「あ、兄上! 何て事を言うんだよ! ……獣族の娘を好きだったんだろう? 別にいいじゃないか! その気持ちの何が悪いって言うんだ? 周りに何を言われたからって、大事なものくらい自分で決めろよ!」
 
「黙れアシュトン! 私は次期国王なんだ! 穢らわしい過失は消さなければならない!」
「……兄上」

 ばっとアシュトンから手を離し、テリオットは冷たく目を眇めた。
「私は間違えていた……けれどそれは決して表面化させてはいけないんだ……!」

 テリオットは爛々とした目をアレアミラに向けた。
 カレンティナとの恋を失くし傷心のテリオットは、全ての怒りを獣族に向くよう仕向けられていた。
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