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番外編 五百年前の話

04. 空回る奮起

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 頑張らなければと思ったアレアミラは、与えられた離宮から出る事から始めようとした。

 初日は名目上は初夜だったので、寝床は王城だったが、翌日からは離宮に追い払われていた。
 それにここの人たちは獣族を嫌っているようで、行動範囲を広げようとすると怯えられてしまう。

 獣族と人族は元々あまり仲が良くない。
 だから大人たちは人族と関わらないようにと特に子供に言い聞かせて育てている。うっかり好奇心を刺激され近づけば、大抵か弱い人族が怪我をして諍いになるからだ。

 ──つまりアレアミラはそもそも彼らを理解する事から始めなければならないようだ。

 まあ。最も、他者から嫌われる事に鈍感な姉は、それが理解出来ずにやらかしてしまった訳だけれど……


 カーフィ国の王は独身だが初婚ではない。そして二十年程前に迎えた王妃との間に王子がいる。
 和平を結ぶという名目上の婚姻──そのきっかけとなった婚約者持ちの貴族とは、この国の第一王子、テリオットの事だった。

 彼は美しいカレンティナを見て未知の種族への関心を強くした。それが獣族を異端とするカーフィ国の反感を買ったのだ。

 彼には婚約者である公爵令嬢がいるのだが、彼はその令嬢の前でカレンティナを側妃にしたいとも言い出したそうだ。

 保守派の貴族と公爵家の止められぬ怒りを収める為、問題のカレンティナは現王が引き受ける事として族長との間で取り決められた。
 現王が獣族との和平に乗り気であった事がこれに起因する。
(……でも族長は問題児を押し付けただけで、和平なんて本音では無かったのかなあ)

 国王からも放置されているし。
 アレアミラはぼんやりと空を仰いだ。


 ◇

 
 カーフィ国には獣族がまだ入り込んでいない国だった為、獣族側は権利を主張しやすいという利点もある。
 またカーフィ国側も獣族の労働力に期待するところがあった。長く差別意識が根付いてきたものの、獣族の発揮する力は上手く使えば国益を齎すと、他国では彼らの権力を強めるところも増えている。

 それが結果として共存という形に成っていくのだろうけれど、その為の第一歩は慎重にならざるを得ない。
 しかも獣族側の失態により、双方の思惑が崩れてしまったのだ。

 確かに獣族は花嫁を送ってきたが、原因となった娘では無かった。これでは約束が違うし、王子が惚れ込む程の娘を手放すのが惜しくなったのではと、勘ぐってしまっても当然だ。



 落ちてきた髪を掻き上げ、カーフィ国王グレイスは執務机を睨みつけた。

(見くびられては困る)

 当たり前だが『なら、こちらでもいいか』では済まされない。
 だから手を出す訳にはいかないけれど、何故か送り返す事も出来なかった。
 あの場に立った彼女から、彼女なりの決意を感じられてしまったから。

(息子と、同じ歳……)

 深い溜息を吐き、仕方ないと頭を抑える。 
 その姉でも充分若すぎるとは思ったのだ。
 とは言え後継は既にいるし長年王妃不在の政務を担う人材にも不自由はないとして、お飾りの妻に据え置くつもりでいた。

(あちらは戦線布告されてもおかしくない状況だろうに)
 しかも獣族の不手際からで。
 騎兵に何の問題もない、と思われる。
(しかし──)

 先程届いた文を机上に置き、グレイスは髪を乱した。
 成る程そこには確かに和平の証が書かれていた。
 一度会っただけではあるが、あの老齢の獣族の狡猾な眼差しは侮れないものがあったのを覚えている。
 確かにこれならアレアミラでも問題がないだろう。
 しかし約束を反故にされた事は事実。

(……)

 本来なら抗議を入れるべきところだが、これを見れば矛を収めようと思ってしまう。
 そこにはアレアミラの能力に加え、彼女を姉から離してやりたいという気遣いが認めてあった。
 全てが本心とも思えないが、これ以上獣族と揉めるのも面倒だったし、疑えばキリがない。

 とはいえ保守派の貴族へよく言い含めなければならないだろう。
 侍従を呼び寄せ、グレイスは獣族側の動向と輿入れしてきた娘の様子を報告に上げるよう告げた。

(心労ばかりが祟るものだ)

 胸を刺す痛みに顔を顰め、グレイスは小さく息を吐いた。
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