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番外編 五百年前の話
03. 不出来な策士たち
しおりを挟む「この愚か者が!」
その言葉と共に族長の息子──レインズが横に飛んでいった。
飛んでいったレインズが白目を剥いて目を回すのを見届けて、殴りつけた拳を固め肩を怒らせている人物へと視線を向け、そこに集った者たちは固唾を呑んだ。
「ぞ、族長……どうかお許しくださいっ」
膝をつき声を震わすカレンティナを、族長ザレンはギロリと睨みつけた。
「この女狐に誑かされてお前たちは……揃いも揃って──っ、族長の取り決めを何だと思っている!!」
びくりと身体を強ばらせる若者たちは、皆一様に足元に視線を落としだまり込む。
「女狐……」
自分に向けられた言葉が信じられなくて、カレンティナは呆然とした。
「そ、そんな言い方……それにアレアミラが、姉を思って名乗り出てくれたのです。あいつの思いを無碍には出来なくて、俺たちは……」
必死に言い募る若者に族長は長い息を吐いた。
「お前たち……本当にそれでいいと思ったのか? 姉の尻拭いの為に何の罪もない娘を敵国に送り込んだ事を。お前たちの手前勝手な願望を押し付けられたアレアミラを気の毒には思わないのか!」
「……で、でもカレンティナには無理です!」
「そうです、俺たちは彼女の不安を少しでも取り除いてあげたくて!」
「アレアミラなら大丈夫です、あいつは普段から一人で何でもできるんだから!」
「そうです、一人が好きなんですよ!」
そうだそうだと口を揃える若者たちに族長は頭を抑えた。
もっと早くカレンティナを放逐するべきだった。
コレについて行く、と集落から男手が流れていく事など惜しむべきでは無かったようだ。
自分の息子さえも愚者となり、使いようもなくなってしまったのだから。
当のカレンティナは味方に守られ嬉しそうに微笑んでいて、反省など欠片もみられない。
「……お前たちがよってたかってカレンティナに懸想しているのは知っている。それは勝手だ。だがな、自分たちがその女と共にいたいからと、その妹の劣等感を煽り失意と共に国を追いやったんだぞ? それの何が良かったのだ? 正しいのだ? そんな事をやり遂げたと胸を張り、よくもワシに報告出来たものだな。おかしすぎて笑えんわ」
「で、でもアレアミラが……」
「……全てアレアミラのせいだといいたいのか。敵国に一人捨ててきておいて」
「それは……」
「父上……」
殴り飛ばされていたレインズがよろよろと立ち上がる。
打たれた頬を押さえながら頭を振り、僅かに取り戻した狡猾さを含み口の端を吊り上げた。
「アレアミラには、カレンティナの婚約者のセヴランがついていったのです。だから──カレンティナも、彼女も罰を受けているんです」
「……なんだと?」
にやりと笑う息子に族長から表情が消えた。
カレンティナも辛いのだと。
だからこれは痛み分けだと言い切る姿勢に目眩すら覚える。
するとカレンティナがワッと声を上げて泣き出した。
「私はセヴランもアレアミラも愛してします! 身を引き裂かれる思いでいます! そして二人も同じように私を愛し、私の為に使命を持って望んでくれたのですわ! 族長……どうぞ彼らの気持ちを重んじ、二人の決死の覚悟をお認めになって?」
そうだそうだと賛同の意志を見せる若者に、族長は痛み出した頭を押さえて首を振った。
ここは族長の屋敷。
婚姻先に送り出した筈のカレンティナが姿を見せたものだから、使用人たちは動揺を見せていた。
急ぎ箝口令を敷いたが、もう間に合わないだろう。この醜聞は直ぐ集落に広まる。
共に話を聞いていた妻は先程から立つ気力も無くなったようで、椅子に腰を落とし項垂れている。
屈強で頭もキレる、自慢の息子だったレインズが見る影もなく霞んで見える。自分だって信じたくないけれど……残念ながら現実のようだ。
ザレンは一つ息を吐いた。
「……いずれにせよ、今更花嫁を取り違えたなど、馬鹿な訴えはまかり通らん」
はっと期待に身動ぐ愚か者共に一瞥をくれ、族長は続けた。
「だがお前たちの勝手はお前たちに落とし前をつけてもらう。妹や婚約者ではなく、カレンティナ本人と、その意志に賛同したお前たちに──だ」
「ああ! 勿論だ親父。俺たちに出来る事なら何でもするよ!」
ホッした様子で頷く息子に諦念さえ浮かぶ。
どこまでも平和な頭であると。
「わ、私も……妹たちが頑張っているんですから、私だってお咎めを受け入れます」
「……そうか」
ザレンは冷めた目でカレンティナを一瞥した。
どうせ彼女はそれがどんなものかなど分かっていない。
辛い思いに耐える必要など、今までの人生には無かったのだから。
周りを見回せば若者たちの目に同意の意志が見て取れた。ザレンは何度目かと分からない溜息を吐いた。
(このまま……)
いつまで、どこまで自分たちの過失に気付かないままでいるのだろう。
抜けそうになる力を振り絞り、ザレンは息子の目を見て沙汰を口にした。
「これからカレンティナは集落の外れで一人過ごす事。誰もカレンティナに声を掛ける事は元より、手を貸す事も許さん。知らぬ土地で一人生きていく妹の心を慮り生きよ」
驚愕に目を見開く息子からカレンティナに顔を向ければ、こちらも驚きに固まっている。
「ひ、一人でなんて……そんなの無理です! 私料理も洗濯も出来ないもの! 掃除は? 買い物は? 誰かとお喋りしたくなったらどうしたらいいの?」
甘え上手な姉に翻弄され、両親も妹を頼り切った末に、彼女はこうなった。
それでも腐らないアレアミラに、どの家の女房も嫁に貰うならアレアミラだと言う程に、彼女は健気に映った。
そしてそこにしか自分の居場所がないように立ち回る彼女を甘やかせてやりたいと、そう望む年嵩の者たちがそれだけ多かったのだけれど。
(肝心の息子たちがカレンティナに心を蕩かせているのだから……)
どの家も溜息を吐いて事の成り行きを見守っていたのだ。
今も若者たちは嘆くカレンティナの肩に手を置き、宥め慰める事に必死で、こちらの言葉など何も伝わっていない。
「……アレアミラもそんな心細さを胸に抱いて旅立って行ったのだぞ」
「そんな! わ、私は別に頼んでいないのに……! どうして……!」
「そうです父上、これではまるで追放ではないですか! アレアミラは我らの栄誉を背負って向かったというのに! こんな仕打ちはカレンティナが可哀想です!」
追放? その通り。よく分かったなという思いと、やっぱり盲目なままだという思いが交錯する。
「そうだな、期間を決めておこう」
期待が込められた眼差しを受け、ザレンは口を開いた。
「期間はアレアミラが国王との間に子を産まれるまでである」
しかし期待に満ちていたその空気は、微妙なものへと変貌を遂げた。
「アレアミラが、子供を……? そんなの……」
「そうだ。夫婦仲が良ければ自然と恵まれる事だ。子をその目安としようと思う」
「ちょっと待てよ、そんなの最低でも一年は掛かるだろう!」
叫ぶ息子に族長は目を剥いた。
「いい加減にしろ愚か者共が! まだ目を覚まさないのか! お前たちがしでかした事は子供の悪ふざけでも、軽はずみな行動でも済まない罪だ! 無自覚にも程がある!」
「そ、そんな……」
再び拳を握りしめる父にレインズは後ずさった。
「尚、この取り決めを破ったものは集落から追放とする。私の敵になった者がその顔を二度と見せれば、喉元に食らいつき命を終わらせてやるから覚悟をしておけ」
ザレンは熊の獣族である。
老齢とは言えその力は未だ長を司るに相応しい強さを誇っている。
そんな未だ衰えない族長の威圧感に若者たちは震え上がり、カレンティナの追放が決まった。
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