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後編
19. アレクシオの覚悟
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そうして聞かされた、獣族の事。
聖女の正式な所以。
隠蔽され、都合良く忘れ去った自分たちの蒙昧さ。
一同は愕然と、呆然と話を辿り青褪めていった。
「ユニコーンじゃ、ない……?」
「……ええ。そもそも獣族にそんな名称は存在しません」
「そんな……つまりリリーシアは冤罪で、何の瑕疵も無かったという事では無いか?!」
ぽかんと口にした父に続き、急に怒りを露わにしたのはレイジェラ公爵だ。同時にエアラを仇のような目で睨み出す。
「お、お義父さま?」
彼は元々血統主義の貴族だ。家の為に何の取り柄もない平民を家に招いた事に怒りを覚えたのだろうけれど……
再び人型に戻ったオフィールオを見て、一堂は事情を何とか飲み込んだ。
そして込み上げる怒りを、不当に恩恵を受けた者へと漲らせた。
「おやめなさい! 見苦しい! 公爵であるあなたは王族に準じる身であり立場でしょう? 共に忘れておきながらその罪を平民になすりつけるなど、恥を知りなさい!」
ぱしりと扇を閉じ目を怒らせるレナジーラをリンゼルが抱き寄せ、静かに口を開いた。
「……因みに私のレナも獣族でね。それは美しい鳥に変わるのだよ。悪感情を表面に押し出すのは王族として頂けないかもしれないが、まあ心中察して欲しい。君たちだって大事な者が蔑ろにされれば憤るだろう? それと同じだ。彼らは特に絆を大事にする種族だからね」
にっこりと笑うリンゼルにレナジーラは悲しそうに顔を歪める。
「リリーシア様はこの国の二人目の犠牲者よ。……それこそあなた方が伝え崇めてきた、本来の聖女のように」
悔しそうに落とされたレナジーラの言葉に皆、誰も何も言えなくなる。エアラだけはレナジーラの怒りを受け止めきれなかったようで、肩を震わせポロポロと涙を零しているが……
「リリーシア様が可哀想……」
「エアラ?!」
「何ですって?」
「だからって私に嫌がらせをしてもいい訳でもないと思います。……でも私は皆が認めてくれた聖女だから、あの人を許してあげますね」
涙を讃え、にっこりと笑うエアラに開いた口が塞がらない。
レナジーラの手の中で扇がバキリと音を立て砕けた。
話を聞いていなかったのだろうか。
今の話のどこにまだ自分を聖女だと信じられるのか……付き合わされるこちらの身になって欲しい。もう勘弁して欲しい……
アレクシオは強くなる眩暈に頭を抑えた。
怒りを爆発しかけるレナジーラを宥め、リンゼルはすくと立ち上がる。
「……私からは以上だ。君たちの未来に幸多からん事を願っている」
呆れたように告げるリンゼルにアレクシオはばっと顔を上げた。
「以上とは? リリーシアは? どうぞ彼女をお返し下さい!」
「そ、そうです! 何の咎も無いのなら……あの子は我が家の娘です。行き違いだったのです! 殿下、どうぞ。この通りです」
「……おや、我が未来の王妃の命を、たった今発言したその言葉すら、君たちはもう忘れてしまったのかな?」
「な、何です? 何を……?」
立ち上がる三人は虫けらでも見るようにアレクシオたちを睥睨した。
「わたくしは、そちらのただの平民のお嬢さんを王配に据えるように命じました。……リリーシア嬢の為を思えばこそですわ。あの方はもうあなた方に振り回される事もなく、我が国で穏やかに暮らすのです。あなた方王族は彼女の冤罪と自らの過ちを、今度こそ後世に伝えてゆきなさい」
「……勿論、今度こそ忘れたなんて許さないよ。偽りの伝承に現を抜かした挙句、何の瑕疵もない貴族令嬢を婚約破棄の醜聞に貶め、家名から追放し、挙句命を奪おうとした。……当然彼女はもう君たちの元に戻りたいなんて露ほども思っていない」
冷たい眼差しに震え上がり、アレクシオは真っ青になって追い縋った。
「し、しかし……話せばきっと……彼女なら……」
「──絆されてしまうかもしれない。だから連れてこなかったんだ。お前たちは彼女に対し少しでも贖罪の気持ちがあるのなら、今後一切関わらず手放すべきだ」
そう低く告げるのは黒髪の従者だ。
「……そんな」
リンゼルの表情はどこまでも穏やかだ。
けれど有無を言わさぬ物言いはこの決定が覆らない事を物語っていた。
「あの方はあなた方と一緒にいると幸せになれません。……それに、あんなに魅力的な方ですもの。我が国できっと良縁に恵まれますから、……お気になさらず?」
「……っ、」
ゆるりと細められた眼差しが一瞬従者へ向き、それがアレクシオに止めを刺した。
リリーシアを救い出し、命を繋ぎ、心を癒す……この従者とリリーシアとの見えないやりとりが頭を掠め、動揺に息が詰まりそうになる。
「では失礼。──リンゼル様、もう結構だわこんな場所。早く帰りましょう?」
冷たく睨まれれば、怯えたようにエアラがびくりと身動ぎをした。
「見送りもいらないよ」
腰を上げかけていた国王夫妻を一瞥だけで釘を刺し、二人は従者を従え部屋から出て行った。
「……リリーシア」
ぽつりと呟けば、隣でエアラが涙を拭きつつ口を開く。
「えっと、よく分からないけど、いい人たちだったんですかね?」
再び室内からぽかんと向けられる視線を受け、エアラは満更でも無さそうにはにかんだ。
「だって私とアレクの事を応援してくれるんですよね? 私はこのままアレクと結婚して王妃になるのでしょう? それってつまりそういう事なんですよね?」
「……国の威信と引き換えにな」
そう口にすれば室内の空気は益々重くなる。
これを王妃に──国のトップに据える事は、確かに何よりの贖罪だろう、けれど……
「でもアレクは私が好きだから、何も問題ないよね?」
にっこりと笑うエアラにアレクシオは表情を取り繕う事も出来ないまま、この半刻程ですっかりやつれた顔をエアラに向けた。
好きだと思っていたのに。
もう自分の気持ちが分からない。
リリーシアに対してはやり直したいと望めたけれど、彼女には? このままエアラと再び歩む未来を描けるのか?
今はもう、聖女という価値が無い彼女に、そこまで固執する事は出来なくなってしまっている。あれ程彼女にのめり込んでいた感情が自分の中のどこにも見当たらない。
それでも、
「やるしか、ないんだ……」
帝国に睨まれた。
例えアレクシオが継承権を放棄したとしても、次期国王の妻にせよとの命だったのだから。自分たちが掲げた偽りの太陽に、生涯従い、責任を全うせよと。
そしてリリーシアは、この国から逃げて幸せになる。
きっと、あの冷たい眼差しをした、あいつがそうするのだと……言われた気がした……
もう自分が出来るのは、その幸せを願うだけ……それだけとなってしまったから。
アレクシオは隣でオロオロと泣き出したエアラに目を向け、諦念と共にその責務を受け入れた。
聖女の正式な所以。
隠蔽され、都合良く忘れ去った自分たちの蒙昧さ。
一同は愕然と、呆然と話を辿り青褪めていった。
「ユニコーンじゃ、ない……?」
「……ええ。そもそも獣族にそんな名称は存在しません」
「そんな……つまりリリーシアは冤罪で、何の瑕疵も無かったという事では無いか?!」
ぽかんと口にした父に続き、急に怒りを露わにしたのはレイジェラ公爵だ。同時にエアラを仇のような目で睨み出す。
「お、お義父さま?」
彼は元々血統主義の貴族だ。家の為に何の取り柄もない平民を家に招いた事に怒りを覚えたのだろうけれど……
再び人型に戻ったオフィールオを見て、一堂は事情を何とか飲み込んだ。
そして込み上げる怒りを、不当に恩恵を受けた者へと漲らせた。
「おやめなさい! 見苦しい! 公爵であるあなたは王族に準じる身であり立場でしょう? 共に忘れておきながらその罪を平民になすりつけるなど、恥を知りなさい!」
ぱしりと扇を閉じ目を怒らせるレナジーラをリンゼルが抱き寄せ、静かに口を開いた。
「……因みに私のレナも獣族でね。それは美しい鳥に変わるのだよ。悪感情を表面に押し出すのは王族として頂けないかもしれないが、まあ心中察して欲しい。君たちだって大事な者が蔑ろにされれば憤るだろう? それと同じだ。彼らは特に絆を大事にする種族だからね」
にっこりと笑うリンゼルにレナジーラは悲しそうに顔を歪める。
「リリーシア様はこの国の二人目の犠牲者よ。……それこそあなた方が伝え崇めてきた、本来の聖女のように」
悔しそうに落とされたレナジーラの言葉に皆、誰も何も言えなくなる。エアラだけはレナジーラの怒りを受け止めきれなかったようで、肩を震わせポロポロと涙を零しているが……
「リリーシア様が可哀想……」
「エアラ?!」
「何ですって?」
「だからって私に嫌がらせをしてもいい訳でもないと思います。……でも私は皆が認めてくれた聖女だから、あの人を許してあげますね」
涙を讃え、にっこりと笑うエアラに開いた口が塞がらない。
レナジーラの手の中で扇がバキリと音を立て砕けた。
話を聞いていなかったのだろうか。
今の話のどこにまだ自分を聖女だと信じられるのか……付き合わされるこちらの身になって欲しい。もう勘弁して欲しい……
アレクシオは強くなる眩暈に頭を抑えた。
怒りを爆発しかけるレナジーラを宥め、リンゼルはすくと立ち上がる。
「……私からは以上だ。君たちの未来に幸多からん事を願っている」
呆れたように告げるリンゼルにアレクシオはばっと顔を上げた。
「以上とは? リリーシアは? どうぞ彼女をお返し下さい!」
「そ、そうです! 何の咎も無いのなら……あの子は我が家の娘です。行き違いだったのです! 殿下、どうぞ。この通りです」
「……おや、我が未来の王妃の命を、たった今発言したその言葉すら、君たちはもう忘れてしまったのかな?」
「な、何です? 何を……?」
立ち上がる三人は虫けらでも見るようにアレクシオたちを睥睨した。
「わたくしは、そちらのただの平民のお嬢さんを王配に据えるように命じました。……リリーシア嬢の為を思えばこそですわ。あの方はもうあなた方に振り回される事もなく、我が国で穏やかに暮らすのです。あなた方王族は彼女の冤罪と自らの過ちを、今度こそ後世に伝えてゆきなさい」
「……勿論、今度こそ忘れたなんて許さないよ。偽りの伝承に現を抜かした挙句、何の瑕疵もない貴族令嬢を婚約破棄の醜聞に貶め、家名から追放し、挙句命を奪おうとした。……当然彼女はもう君たちの元に戻りたいなんて露ほども思っていない」
冷たい眼差しに震え上がり、アレクシオは真っ青になって追い縋った。
「し、しかし……話せばきっと……彼女なら……」
「──絆されてしまうかもしれない。だから連れてこなかったんだ。お前たちは彼女に対し少しでも贖罪の気持ちがあるのなら、今後一切関わらず手放すべきだ」
そう低く告げるのは黒髪の従者だ。
「……そんな」
リンゼルの表情はどこまでも穏やかだ。
けれど有無を言わさぬ物言いはこの決定が覆らない事を物語っていた。
「あの方はあなた方と一緒にいると幸せになれません。……それに、あんなに魅力的な方ですもの。我が国できっと良縁に恵まれますから、……お気になさらず?」
「……っ、」
ゆるりと細められた眼差しが一瞬従者へ向き、それがアレクシオに止めを刺した。
リリーシアを救い出し、命を繋ぎ、心を癒す……この従者とリリーシアとの見えないやりとりが頭を掠め、動揺に息が詰まりそうになる。
「では失礼。──リンゼル様、もう結構だわこんな場所。早く帰りましょう?」
冷たく睨まれれば、怯えたようにエアラがびくりと身動ぎをした。
「見送りもいらないよ」
腰を上げかけていた国王夫妻を一瞥だけで釘を刺し、二人は従者を従え部屋から出て行った。
「……リリーシア」
ぽつりと呟けば、隣でエアラが涙を拭きつつ口を開く。
「えっと、よく分からないけど、いい人たちだったんですかね?」
再び室内からぽかんと向けられる視線を受け、エアラは満更でも無さそうにはにかんだ。
「だって私とアレクの事を応援してくれるんですよね? 私はこのままアレクと結婚して王妃になるのでしょう? それってつまりそういう事なんですよね?」
「……国の威信と引き換えにな」
そう口にすれば室内の空気は益々重くなる。
これを王妃に──国のトップに据える事は、確かに何よりの贖罪だろう、けれど……
「でもアレクは私が好きだから、何も問題ないよね?」
にっこりと笑うエアラにアレクシオは表情を取り繕う事も出来ないまま、この半刻程ですっかりやつれた顔をエアラに向けた。
好きだと思っていたのに。
もう自分の気持ちが分からない。
リリーシアに対してはやり直したいと望めたけれど、彼女には? このままエアラと再び歩む未来を描けるのか?
今はもう、聖女という価値が無い彼女に、そこまで固執する事は出来なくなってしまっている。あれ程彼女にのめり込んでいた感情が自分の中のどこにも見当たらない。
それでも、
「やるしか、ないんだ……」
帝国に睨まれた。
例えアレクシオが継承権を放棄したとしても、次期国王の妻にせよとの命だったのだから。自分たちが掲げた偽りの太陽に、生涯従い、責任を全うせよと。
そしてリリーシアは、この国から逃げて幸せになる。
きっと、あの冷たい眼差しをした、あいつがそうするのだと……言われた気がした……
もう自分が出来るのは、その幸せを願うだけ……それだけとなってしまったから。
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