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後編
18. リンゼルの言葉
しおりを挟む「ああ、なんて酷い。礼儀も何も無いこんな輩をこの場に許すなんて。わたくしたちに対する侮辱ですわ。殿下、もういいではないですか。リリーシア嬢は帝国が引き受けます。そしてあなた方はそちらのお嬢さんを王妃に据えればよろしいわ。カーフィ国の次期玉座を賜る者へ、帝国の次期太陽が花、レナジーラ・フェンダ・オールディが命じます」
エアラはきょとんとしているが、アレクシオは青褪めた。
「ま、待って下さい! 何を? 一体どうして、何の権限があって──!?」
思い切り顔を背けたレナジーラに代わり、リンゼルが苦笑しながら説明を始めた。
「アレクシオ殿下。いくら他国の者とは言え、貴族令嬢が死にかけて我が国に来たのだ。それを不審に思い、経緯を確認するのも無理は無いだろう?」
「そ、れは……しかし!」
「しかもその刃を向けたのが我が国とも交流のある一国の王太子だという」
アレクシオの身体がはっと強張る。
「そんな……まさか、リリーシアがそう言ったのですか?」
愕然とした気持ちになる。
誤解だ。
確かに捕縛を命じたが、殺意など無かった。剣の扱いを誤った兵士は懲戒を命じ既に城を辞している。
それ以上にリリーシアが? 誰かを、自分を貶めるような発言をするだろうか──……?
「そんな筈ないでしょう」
苛立ったように口を開いたのは後ろに控えていた従者の男だ。
向けられているのは確かに怒気であるのに、彼が放つ怒りを孕む眼差しさえも、美しくさえ見えるのだから不思議なものだ。
「彼女なら例え真実だとしても、あなたの立場を鑑みて口を閉ざすでしょう」
「それは……」
当然そうだろうと、ホッと落ち着きを覚え、そしてリリーシアをよく知っているような物言いに不快感を覚える。
「……何故、あなたはそう言い切れるのです?」
声が低くなるのを抑えきれずに問えば、彼は勝ち誇ったような、馬鹿にしたような顔でアレクシオを見た。
「証言者は彼女では無く、俺だからですよ。アレクシオ殿下」
「……は?」
「えっと、何を言ってるんですか? あの場にはリリーシアと魔物しかいなかった筈なんですけど?」
エアラが頬を膨らませて口を挟む。
しかし彼女が口を開く度に帝国の王太子妃の眼差しが険しくなるので、黙っていて欲しい。
嘲笑を浮かべたまま従者は首を横に振る。
「あなた方こそ何を仰っているのか……そもそも聖女、いえ……ユニコーンなど本気で存在していると思っているのか?」
「え?」
その言葉にカーフィ国の者は僅かに身を強張らせる。……いい大人がお伽噺を信じているのかと言われれば、当たり前だが気恥ずかしいものだ。
そう俯けばエアラが噴き出しながら口を開いた。
「あはは。いますよ! 私こそがユニコーンに認められ、リリーシアの呪いを跳ね返した聖女でなんですから!」
「あなた方の見たのは、頭角獣族の幼体です。我が家系であり、俺の甥御でもあります。種族の習性によりこの国に滞在を申し伝えた手続きは、確かにカーフィ国から証文を貰っているのですがね」
胸を叩く勢いで話すエアラを、従者は当然のように無視する。
そしてそんな従者の言葉を何一つ理解出来ないカーフィ国側の一堂は言葉を詰まらせ目を泳がせるだけだ。
「あの、それは……一体……? そもそもリリーシアと、あなたに何の関係が?」
理解が追いつかない頭を横に振るアレクシオに、従者は冷たく目を眇めた。
「こう言えば分かりますか──あの時、あの場にいたのは俺ですよ、殿下?」
「な、え……?」
リンゼルの背後で従者が光り、閃光の後に目を開ければ黒毛に青い瞳──そして額に白銀の角を生やしたユニコーンが従者と同じ位置に立っていた。
「…………っ!?」
「キャ、キャロライン!?」
口を開けて固まる一堂にユニコーンが言葉を続ける。
「俺は見ていた、お前が兵に指示を出し、リリーシアを攻撃させるのを」
「な? あっ……お前、あの時の悪鬼か!?」
「……心当たりがありそうですわね」
パチンと音を立てて扇を閉じ、レナジーラが冷たい笑みを浮かべる。
そんなレナジーラの肩に手を置き、リンゼルが柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。
「その前に何故私のレナがこれ程君たちに怒っているのかを、少し話そうか?」
その目に冷たい光を湛えて。
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