上 下
18 / 42
後編

18. リンゼルの言葉

しおりを挟む

「ああ、なんて酷い。礼儀も何も無いこんな輩をこの場に許すなんて。わたくしたちに対する侮辱ですわ。殿下、もういいではないですか。リリーシア嬢は帝国が引き受けます。そしてあなた方はそちらのお嬢さんを王妃に据えればよろしいわ。カーフィ国の次期玉座を賜る者へ、帝国の次期太陽が花、レナジーラ・フェンダ・オールディが命じます」

 エアラはきょとんとしているが、アレクシオは青褪めた。
「ま、待って下さい! 何を? 一体どうして、何の権限があって──!?」

 思い切り顔を背けたレナジーラに代わり、リンゼルが苦笑しながら説明を始めた。

「アレクシオ殿下。いくら他国の者とは言え、貴族令嬢が死にかけて我が国に来たのだ。それを不審に思い、経緯を確認するのも無理は無いだろう?」
「そ、れは……しかし!」
「しかもその刃を向けたのが我が国とも交流のある一国の王太子だという」
 アレクシオの身体がはっと強張る。
「そんな……まさか、リリーシアがそう言ったのですか?」
 愕然とした気持ちになる。
 誤解だ。
 確かに捕縛を命じたが、殺意など無かった。剣の扱いを誤った兵士は懲戒を命じ既に城を辞している。

 それ以上にリリーシアが? 誰かを、自分を貶めるような発言をするだろうか──……?

「そんな筈ないでしょう」
 苛立ったように口を開いたのは後ろに控えていた従者の男だ。
 向けられているのは確かに怒気であるのに、彼が放つ怒りを孕む眼差しさえも、美しくさえ見えるのだから不思議なものだ。

「彼女なら例え真実だとしても、あなたの立場を鑑みて口を閉ざすでしょう」
「それは……」
 当然そうだろうと、ホッと落ち着きを覚え、そしてリリーシアをよく知っているような物言いに不快感を覚える。

「……何故、あなたはそう言い切れるのです?」
 声が低くなるのを抑えきれずに問えば、彼は勝ち誇ったような、馬鹿にしたような顔でアレクシオを見た。
「証言者は彼女では無く、俺だからですよ。アレクシオ殿下」


「……は?」
「えっと、何を言ってるんですか? あの場にはリリーシアと魔物しかいなかった筈なんですけど?」
 エアラが頬を膨らませて口を挟む。
 しかし彼女が口を開く度に帝国の王太子妃の眼差しが険しくなるので、黙っていて欲しい。
 嘲笑を浮かべたまま従者は首を横に振る。

「あなた方こそ何を仰っているのか……そもそも聖女、いえ……ユニコーンなど本気で存在していると思っているのか?」
「え?」
 その言葉にカーフィ国の者は僅かに身を強張らせる。……いい大人がお伽噺を信じているのかと言われれば、当たり前だが気恥ずかしいものだ。

 そう俯けばエアラが噴き出しながら口を開いた。
「あはは。いますよ! 私こそがユニコーンに認められ、リリーシアの呪いを跳ね返した聖女でなんですから!」

「あなた方の見たのは、頭角獣族の幼体です。我が家系であり、俺の甥御でもあります。種族の習性によりこの国に滞在を申し伝えた手続きは、確かにカーフィ国から証文を貰っているのですがね」

 胸を叩く勢いで話すエアラを、従者は当然のように無視する。
 そしてそんな従者の言葉を何一つ理解出来ないカーフィ国側の一堂は言葉を詰まらせ目を泳がせるだけだ。

「あの、それは……一体……? そもそもリリーシアと、あなたに何の関係が?」
 理解が追いつかない頭を横に振るアレクシオに、従者は冷たく目を眇めた。
「こう言えば分かりますか──あの時、あの場にいたのは俺ですよ、殿下?」
「な、え……?」

 リンゼルの背後で従者が光り、閃光の後に目を開ければ黒毛に青い瞳──そして額に白銀の角を生やしたユニコーンが従者と同じ位置に立っていた。
「…………っ!?」
「キャ、キャロライン!?」

 口を開けて固まる一堂にユニコーンが言葉を続ける。

「俺は見ていた、お前が兵に指示を出し、リリーシアを攻撃させるのを」

「な? あっ……お前、あの時の悪鬼か!?」
「……心当たりがありそうですわね」
 パチンと音を立てて扇を閉じ、レナジーラが冷たい笑みを浮かべる。
 そんなレナジーラの肩に手を置き、リンゼルが柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。

「その前に何故私のレナがこれ程君たちに怒っているのかを、少し話そうか?」

 その目に冷たい光を湛えて。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

悪『役』令嬢ってなんですの?私は悪『の』令嬢ですわ。悪役の役者と一緒にしないで………ね?

naturalsoft
恋愛
「悪役令嬢である貴様との婚約を破棄させてもらう!」 目の前には私の婚約者だった者が叫んでいる。私は深いため息を付いて、手に持った扇を上げた。 すると、周囲にいた近衛兵達が婚約者殿を組み従えた。 「貴様ら!何をする!?」 地面に押さえ付けられている婚約者殿に言ってやりました。 「貴方に本物の悪の令嬢というものを見せてあげますわ♪」 それはとても素晴らしい笑顔で言ってやりましたとも。

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!

九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。 しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。 アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。 これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。 ツイッターで先行して呟いています。

大好きな第一王子様、私の正体を知りたいですか? 本当に知りたいんですか?

サイコちゃん
恋愛
第一王子クライドは聖女アレクサンドラに婚約破棄を言い渡す。すると彼女はお腹にあなたの子がいると訴えた。しかしクライドは彼女と寝た覚えはない。狂言だと断じて、妹のカサンドラとの婚約を告げた。ショックを受けたアレクサンドラは消えてしまい、そのまま行方知れずとなる。その頃、クライドは我が儘なカサンドラを重たく感じていた。やがて新しい聖女レイラと恋に落ちた彼はカサンドラと別れることにする。その時、カサンドラが言った。「私……あなたに隠していたことがあるの……! 実は私の正体は……――」

最後に報われるのは誰でしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
散々婚約者に罵倒され侮辱されてきたリリアは、いい加減我慢の限界を迎える。 「もう限界だ、きみとは婚約破棄をさせてもらう!」と婚約者に突きつけられたリリアはそれを聞いてラッキーだと思った。 限界なのはリリアの方だったからだ。 なので彼女は、ある提案をする。 「婚約者を取り替えっこしませんか?」と。 リリアの婚約者、ホシュアは婚約者のいる令嬢に手を出していたのだ。その令嬢とリリア、ホシュアと令嬢の婚約者を取り替えようとリリアは提案する。 「別にどちらでも私は構わないのです。どちらにせよ、私は痛くも痒くもないですから」 リリアには考えがある。どっちに転ぼうが、リリアにはどうだっていいのだ。 だけど、提案したリリアにこれからどう物事が進むか理解していないホシュアは一も二もなく頷く。 そうして婚約者を取り替えてからしばらくして、辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

処理中です...