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前編
07. オフィールオの事情
しおりを挟む姉のラーシャが懐妊し、オフィールオは甥っ子の見届け人に任命された。
頭角獣族と呼ばれる自分たちは出産に魔力を宿した場所を選ぶ。それは神樹であったり、聖なる泉であったりと母胎が好ましいと思う方角から場所を選び、その立ち合いに親族が選ばれる。
姉の夫が来なかったのは、彼が有翼種では無かったから。こういうのは女性の方がいいとは言われているが、姉が選んだ場所が故郷からかなり遠く、母では体力が持たないから、という理由で自分が選ばれた。
見届け人の仕事は、産まれた子がちゃんと故郷へ向けて帰るかどうか──帰巣本能を宿し産まれたかの見極めである。この本能が備わっていれば、獣族の成長は概ね問題はない。
……因みに産まれる赤子が有翼種で無い場合は、母胎が自然と近場でのお産を望むのだ。だから延々と長い道のりを歩いて帰るという事はない。
姉が選んだカーフィ国にある泉。
そこに自然に近づけるよう、オフィールオは城の侍医となった。元々職業は医者だ。城勤めは柄では無いが、大事に備えた小事と割り切り、淡々と勤務をこなしながら姉のお産を見守った。
産後の姉は宿屋に押し込み、体調が戻り次第帰るように伝えておく。……けれど好奇心旺盛な彼女が大人しく自分の話など聞くはずもなく。こっちが医者の仕事をしながら甥っ子に目を光らせている中で、彼女はふらふらと観光を楽しみながら、のんびり産後ライフを楽しんでいた。
けれどそんな中で聞こえてきた、聖女降誕の話には自分も姉も唖然となった。
獣族と呼ばれる種族は出産直後は白毛なのに。
この国の人間は何故そんな事も知らないんだろう?
子供たちは生後半年は、幼体で喋れもしない。
母親を恋しがる傾向はあるが、それは次第に薄れ帰巣本能を優先させる。
しかし人の子のような儚さは無いので、基本あまり手を掛けず自由にさせる。どうやらそれが誤解を呼んだようだった……
聖女と呼ばれた少女はたまたま産まれたばかりの甥っ子の近くにいて、受け入れられただけだ。
理由は分からない。だって赤子の気持ちなんて誰も分からないから。
手に持っていたエサが気に入ったのかもしれないし、興味のある装飾品でも身に付けていたのかもしれない。
この国が、そんな獣族の習性を一切知らない、閉鎖的な場所だと知ったのはそれからだ。
これにはこの大陸を統べる、テゼーリス帝国の存在が大きい。
カーフィ国はこの隣接するこの帝国の従国であり、また密集する小国の一つでもある。
これらの小国は帝国からかなりの輸入制限が掛けられていた。これは周辺国と結託して国力を強化する事を妨げる事と、帝国への翻意を防ぐ狙いを持っている。
そしてこの制限には魔力に関するものも該当する。
更にこの魔力の枠には、獣族も当てはまっていたのだ。
勿論制限しきれずに漏れてくる情報もあるのだが、そもそもこの国に獣族がいない……
そのせいか、それらは御伽噺のような扱いで、この国では現実として受け入れる者はいないようだった。
何故獣族がいないのか。
それはこの国で語り継がれる聖女の伝説。
五百年前にこの国であった、獣族に対する差別が始まりだった。
この国で言う聖女とは、国と獣族を結びつけた獣族側の女性の事だ。彼女は彼らの怒りを収める為、王家に輿入れし、怒れる獣族たちから国を守り救った。
その際彼女と共に国へ赴いた従者が、成人後も珍しく白毛の頭角獣族──彼らのいうユニコーンだったのだ。
しかしその後の王家の聖女への態度がどういうものだったのかは知らない。ただ、立派な石像を造りそれが城前に飾ってあったとて、あくまで対外的な対応としてでしかなかったのだろう。
彼女が後世を残さなかった事、未だ獣族たちがこの国に寄り付かないのが何よりの証拠だ。
そのまま対外的な物語だけが国に浸透し、しかも王家の人間は自分たちの失態など都合良く忘れてしまった。
綺麗な歴史だけが伝えられ残ったのだ。
「……」
因みに出産の為に獣族が国境を越える事は、種族の本能であると人権を尊重され、帝国法で容認されている。確かに滞在の申告に何枚も書類を書く羽目になったが、そもそも出産の立ち会いなど初めてだったし、こんな事情があったとは思い至らなかった。
国際問題である以上、口を挟む事も出来ない。
帝国法で禁止されている要項を、勝手に国内に持ち込む事は出来なかったからだ。
確かに強引な手段はあった。
けれど分かるだろうと思ったのだ。
自分たちが崇める聖女とやらを見れば。
長らく国に身を捧げた令嬢と見比べれば。
真実くらい、自分たちで見出せるだろうと。
それなのに、どこまでもこの国の者たちは聖女の存在に傾倒していて……
結果まやかしの歴史を妄信するこの国の為に、一人の少女が犠牲になってしまった。国の為に弛まぬ努力をし、身を捧げた人が。
身を諦念と罪悪感が身を苛む。
オフィールオは寝台に横たわり、静かに寝息を立てる少女に視線を落として、悲しげに吐息を漏らした。
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