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前編
01. 救国の聖女が現れて
しおりを挟む聖地と呼ばれる山脈を、リリーシアは草木を掻き分け登っていた。
こんなに険しい道を歩く事になったのは、こっちの方が近道なんじゃなかろうかと、安易な考えに至ったからである。
目指すは山の中腹にある御堂。
そこにいるユニコーンに会う為だ。
実際は出現率が高いというだけで、いつもいる訳ではない。でも可能性はゼロではない。全体的に言えば高いくらいだ。
(……多分、ね)
◇
リリーシアはここカーフィ国の公爵令嬢として生まれ育ち、次期王妃として教育されてきた。自分でも疑いようのなかった次期王妃という輝かしい未来は、けれど純白の聖女の出現であっさりと覆った。
真っ白なユニコーンを従え、国民に手を振る聖女エアラ。日の光のような眩い金髪に碧眼の、絵に描いたような美少女だ。
五百年ぶりの聖女降誕に、彼女の美貌に、国中が湧きたった。
そしてもう一つ。平民出身の聖女と王太子の、身分違いの恋の舞台は大いに受けた。
そしてリリーシアは簡単に悪役となった。
聖女を王配に相応しくないと言ったから。
リリーシアの見た目は白銀の髪に猫のように釣り上がった目。十八歳という年齢より大人びた存在感で、冷水のような水色の瞳でそう口にすれば、周囲は簡単にリリーシアを悪女と見限った。
しかしリリーシアは本当にエアラが王配に相応しいとは思えなかったのだ。マナー然り、教養然り。
実際王城内ではエアラを貴人とは認められないと眉を顰める者も少なからずいた。それらの感情がリリーシアの背中を押し、そして……
『リリー、国の象徴たる聖女には敬意を表さなければならない』
『アレクシオ様……』
婚約者である王太子、アレクシオに背を向けられるようになったのだ。
『エアラ、勉強は少しずつでいいんだ。無理をしなくていい』
『はい、ありがとう。アレク』
『……っ』
見つめ合い、頬を染めるエアラに息を飲む。
この国で聖女の伝承を知らない人はいない。
カーフィ国で語り継がれる聖女は、国を救った事で王族と婚姻し、この国を繁栄に導いた救国の聖女……
そして常に彼女の傍に現れるユニコーンは、この国の平和と発展の象徴なのだ。だから、
ユニコーンに認められたエアラをアレクシオは当然のように優遇する。そして彼女自身に心惹かれ、変わっていった。
……リリーシアが一生懸命積み上げてきたものを、エアラは簡単に崩していく。
二人きりの時にリリーシアだけが呼んでいた愛称も、今はアレクシオはエアラにしか許さなくなった。
そんなアレクシオの態度から、エアラへの周囲からの嘲笑は次第と薄れ、彼女を取り巻く空気が柔らかく、優しいものへと変化していく。
──リリーシアの時とは違った。
リリーシアは子供の頃から頑張った。周囲の厳しい眼差しを跳ね返す為に。王太子妃への期待を、責務を、全うする為に。
そこに優しさなんて見つけられなかった。労いなんてあっただろうか。
頑張らないといけなかった日々は充実していたけれど、気を緩める事は許されなかった。そうする事が当然だった自分は、あの時は気付かなかったけれど……
優しい顔で笑う婚約者を見たのはいつ以来だろう。
最近はずっと公務の会話ばかりだった。
好きな花や色、本に、幼い頃の思い出。
二人が語り合うのを近くで見ながら、そんな事をぼんやりと考える。
次期王太子妃という立場から、リリーシアもまた聖女と仲良くするよう言いつかっていた。
ただとても二人の間に割って入れる雰囲気ではない。
(薄々気付いていたけれど……)
二人の間に芽生え始めている感情に。
それがゆっくりと繋がり、絆を作り上げていっている事に。
ついに公式の場で、アレクシオがエアラに自分の色のドレスを贈り、それを纏ったエアラをアレクがエスコートするのを目の当たりにした。
リリーシアの頭は真っ白になり、その場でアレクシオに詰め寄った。アレクシオは取り乱すリリーシアを品が無いと不快そうに目を眇める。
エアラは気の毒そうに眉を下げ、着替えましょうかと首を傾げた。
悔しくて悔しくて、リリーシアはエアラの控え室に乗り込んで、お針子から強引に布や糸を取り上げた。こんな貴金属、平民女に似合うものかと片っ端から捨てていった。こんな事は許さないで欲しいと国王にも訴えた。
……けれどやはり国全体の聖女への傾倒は強く、リリーシアの言葉はいなされるどころか咎められるだけだった。
リリーシアが嫌だと言っても、邪魔をしても、気付けば二人は番のように寄り添い、幸せそうに言葉を交わし愛を囁き合っている。そして満たされている二人がリリーシアの存在に気付くと、顔を曇らせるのだ。
(どうして私がそんな目で見られないといけないの……?)
何もしなければ良かったのだろうか。
二人が仲良くなるのも止めず、嫉妬せず、輪に入り一緒に笑えあえば良かったのだろうか。
(そんなみじめな事、できる訳ないのに……)
アレクシオとの開いていく距離をぼんやりと眺め、リリーシアは一人公務に臨む。
どれ程アレクシオがエアラを望んでも、長く次期王妃として期待されてきたリリーシアは王室のしがらみから逃れられない。
そっと自身で選んだドレスを撫でる。
(……せめて褒めて下さったら良かったのに)
エアラと二人で興じる公務の前に、リリーシアを労ってくれたなら……自身で選び用意したドレスを、綺麗だ、良く似合っている。お前は頑張っていると……
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