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1. 宿屋で働いております
しおりを挟むもうかれこれ五年程前まで、私────オリランダは公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者でありました。
しかしそれはある日突然現れた聖女によって覆されます。
私は家を追われ、婚約者から見捨てられ、国を追放されてしまったのです。
────で、現在私は宿屋で住み込みの女中をやっております。
「オーリーちゃん、エールおかわり~」
「はあい、ただいまー」
常連のお客さんの呼び掛けに振り返って注文を取りに行く。
「今日のお勧め何だっけー?」
「今日のメインは鶏肉の香草焼きと魚介のパスタ、それに採れたての山菜で作ったスープどれもお勧めですよ!」
「よっしゃ、腹へってるから、全部頼もうかな! お勧め全部頂戴!」
「毎度あり!」
景気の良い注文に笑顔が浮かぶ。
私は厨房の女将さんたちに注文を伝えて店の中を見渡した。
わいわいがやがや
こんなの公爵令嬢やってた時にはありえない光景。
食事の場というものが、こんなに賑やかで楽しいなんて、この宿屋で働くようになってから知った。
私の「貧相」と言われていた容姿も、この場に溶け込む事に一役買っている。私の髪は金髪であるけれど、それだけならば平民にも珍しく無いし、薄い茶色の瞳も印象が薄く、社交界でも褒められた事は無かった。
初めは礼儀も作法も無く近付いてくるお客たちに恐怖しか無かったけれど、そんな私に根気よく付き合ってここでの生活を教えてくれた宿の女将さんと旦那さんには頭が上がらない。
宿屋のご夫婦は、子供を三人育て終わった、おおらかな性格で面倒見が良い人たちだった。
森を彷徨っているところをたまたま宿屋のご夫婦が見つけてくれて助けてくれて……本当に運が良かった。
改めて今の自分の境遇に感謝していると、今日もお客さんたちの話し声が聞こえてくる。
「────キエル王国はもう駄目か」
「ああ、あそこでの商売は当分控えておいた方がいいだろう……なんせ国が無くなっちまうんだから。首が綺麗にすげ変わってから通行証を発行して貰った方がいいだろうよ。今無理に入ってもトラブルに巻き込まれるだけさ」
(もう駄目……か……)
その言葉に睫毛を伏せる。
「オーリー! はい、パスタと香草焼き! それとスープにサラダもおまけしといたよって言っておきな! ったく、好きなものばかり食べて……ついでにそろそろ嫁さん見つけて家での食事を楽しみな! ってね!」
「うるせーな! 聞こえてるぞ女将!」
がははと囃し立てる周囲を怒鳴り付け、常連客の一人が女将が置いた料理に手を伸ばす。
「あら、手伝ってくれるの? ありがとうレオルさん」
「早く食いたいだけだろ!」
「うるせーなー!」
レオルと呼ばれた青年は赤らめた顔を顰めて、料理を持って席に着く。そのまま今夜のお勧めメニューを一気に食べ始めた。
「そんな事より、なあ……キエル国王がいなくなったって本当かね」
「ああ、なんでも王妃と一緒に逃亡したんだと」
「えっ……」
思わず声を上げて固まる私にレオルさんたちがこちらを振り向いた。
「なんだあ、オーリーちゃん興味あるのか? 王様とお妃様の話なんて、物語の中だけだもんなあ」
「ええ……まあ……」
口籠るオーリーの返事に期待した様子はなく、お客たちは会話を続ける。
「でも、その逃亡した国王夫妻はお話に出てくるような優しい人たちじゃないみたいだけどなー」
「まあ、王様なんて皆そんなもんなんじゃ無いのかね」
「やめとけよ、変な事を口にして、どこで誰が聞いているかも分からないんだぞ!」
「誰が聞いてるってんだよ! こんな田舎町の片宿で!」
「ちげえねえ!」
どんな話でもお酒が入れば盛り上がるようで……結局話は段々とよく分からない方へと進んで行き、オーリーは空いた食器を持って厨房へと下がった。
「オーリー、今のお客さんたち暫く居座るだろうから、あんたも今のうちにちょっと休んでな。あたしがホールに入るから」
「はい、女将さんっ」
女将の指示に返事をし、下げて来た食器を水に漬ける。それを見つめながら、ふと思い出す元婚約者の顔……
『私は幸せだ……本物の聖女と巡り会う事が出来たのだから』
(ロレンフィオン様……)
あの時、聖女の手を取った婚約者により、オーリーの居場所は無くなった。
王太子の婚約者という立場を失いたく無い実家の公爵家は聖女を養女に迎えた。
(何の縁もない平民、だったけど……)
顔を俯ける。
あの時のオーリーは聖女へ悪感情しか持てなかった。
まだ十五歳で、実家では甘やかされて育っていたし、急に婚約者と自分の家族を奪われて、居場所を無くしたような喪失感に苛まれてしまったから。
それでオーリーは聖女────メイルティンに日常的に嫌がらせをしていた。
そんな事をしても離れて行ったものは戻る筈も無く、むしろもっと距離が出来てしまうと知ったのは、追放されてしまってからだったけれど……
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