やっぱり幼馴染がいいそうです。 〜二年付き合った彼氏に振られたら、彼のライバルが迫って来て恋人の振りをする事になりました〜

藍生蕗

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38. 想いを口に①

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「……流石に俺は……帰るよ……」

 スマホで近隣のホテルを探し、ようやっと部屋に辿り着いた。
 河村君の申し出は当たり前の事なのに、途方に暮れる思いが湧く。
 そしてどこか、河村君は一緒にいてくれると思っていた自分がいる。
 こんな時まで一緒にいるような関係じゃないのに……
「……」

 気遣わしそうな顔をする河村君と目を合わせて、口を開き掛けては、閉じた。でも……

「行かないで」
 泣きそうに顔が歪む。震える両手を胸元で握りしめ、それでも自分のズルさに、恥ずかしげも無く、言葉を紡いでしまう。

「怖いの……お願いだから、傍にいて……」

 やっと言った言葉から目を背けるように俯いた。
 だって、きっと河村君は、こんな状況の私を一人にするような真似は出来なくて、断れない。
 ぎゅっと目を閉じれば、自分の気持ちが暗闇で渦を巻いて語りかけてくる。分かっている。こんなのは狡いと。
(でも……こんなの……これじゃ……)

 ──智樹みたいじゃない……

 自分で思いついた事実が胸を突き上げる。
 恐る恐る伸びてきた河村君の手を躱すように、私は急いで一歩下がった。
「ごめんなさい!」

 傷付いた顔を見せる河村君を見上げ、私は、ああやっぱりと眉を下げた。

「ごめんなさい……私……河村君の優しさを利用しました……」

 恥ずかしさに口元が戦慄く。

「……三上さん……?」
 彷徨う河村君の手が諦めたようにゆっくりと降ろされるのを見届け、私は観念したように口を開いた。

「私は……河村君の事が好きなの」

 はっと息を飲む河村君を見ながら、必死に涙を堪える。ここで泣いたらきっと河村君は甘やかしてくれるように思う。でもそんなの、お互いに気まずい思いを残すだけだ。

「だから、優しくしないで……きっと私は甘えて縋ってしまうから……河村君を、困らせちゃうから……」

 ぶんぶんと首を振る。
 そうして精一杯気丈に振る舞った表情で顔を上げ、明るい口調を心掛けた。
「だから、ごめん! さっきの言葉は無かった事にして! ホテルならセキュリティ面は問題無いし、いつでもフロントに人がいるしね!」

 ぽかんと口を開ける河村君に早口で捲し立てて……急に恥ずかしくなって、踵を返した。

「ご、ごめん。本当に、忘れて──?」

 けれど言い切る前にふわりと身体が反転して……
 気付けば河村君に捕らえられた左腕と、彼の真剣な眼差しが間近に見えて……私は驚きに目を見開いた。

「本当──に?」
 迫るように問われて思わず息を飲むと、河村君はぱっと距離を取って手で半分顔を覆った。
 けれど、もう方の手はしっかりと私の腕を掴んだままで……
「今言ってくれた事、本当? 本当に俺が……好き、なの?」

「……うん」
 私は恐る恐る返事をして、河村君の様子を窺う。
 河村君も不安そうな視線を私に向けて、お互いをじっと見つめ合った。

 やがて意を決したように河村君が私の両肩に手を置いて、難しい顔で告げる。

「俺は……俺がずっと三上さんを好きだったんだ。本当は俺から言いたかったんだけど……こんな、こんな時に付け込むようで、言えなくて……」

「え……」
 驚きに目を見開く私に河村君は、でも、と少しだけ躊躇ってから言葉を続ける。
 その目に籠る熱を見つけ、息を飲んだ。

「一緒にいたい。他の誰かに託す事も、放って置く事もしたくない。一番近くで、守らせて……」

 請う様に細まる眼差しに、自然と頷いて科白を返す。
「うん……一緒に、いて……」
 溢れる言葉ごと一緒に抱きすくめるように、河村君の両腕が私の身体をぎゅっと包んだ。
 込み上げてくる喜びに、ほっと息を漏らし、河村君の胸に頬を寄せてふと気付く。
 
(……なんだか私、凄く大胆な事を、しているような……)

 ごくりと喉を鳴らして自分の言動を頭で反芻する。
 何となくここがビジネスとは言え、ホテルである事も思い出し、この体勢のまま焦り出す。
 そんな動揺を感じ取ったのか、ふっと笑うような吐息が頭に掛かり、息を飲んだ。

「大丈夫、今更そんながっつかないから。三上さんの気持ちを聞けただけで今はもう、満足」

 ぽつりと落ちてきた言葉を追うように河村君を振り仰げば、優しげに細まる眼差しに嬉しくなって、思わず飛びつくように、再び河村君に抱きついてしまった。
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