やっぱり幼馴染がいいそうです。 〜二年付き合った彼氏に振られたら、彼のライバルが迫って来て恋人の振りをする事になりました〜

藍生蕗

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32. 居酒屋会議

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 お酒を飲むよりも早く家に帰りたい気分だったけれど、誘ったのは自分だったと気付く。
 ざわざわと居酒屋特有の人の気配に馴染みながら、半個室の席について、ふと首を傾げた。

「あれ?」

 それと同時にある事にも気付く。

「ん? どしたん?」
 取り敢えずビールの美夏がジョッキを片手に首を傾げてみせた。

 自身の感覚を探りながら一つ一つ言葉を吐き出していく。

「私、智樹と別れて……」
「ん? 元カレの話? どうした、今更?」
 胸に手を当てながら言葉を続ける。
「うん……あの時、美夏に話を聞いて貰いたかったんだけど……」
「その時にはもう、河村さんが支えてくれてたって事か。くあー」

 お酒のせいか、絡み方がおやじくさい。
 でもそんな美夏に目を合わせて恐る恐る口を開く。

「でも今は誰にも話したく無いって思ってるの」

 泣きそうに声が震える。
 美夏は背中を伸ばして素面のような真顔に戻る。
「何? 河村さんと喧嘩したの?」

 喧嘩……それの方がいい。
 だって私がしたのは……

「一方的に傷つけた……」
 優しい河村君の好意を無碍むげにした。
 自分の気持ちが受け入れられないからって、傷つくのが嫌で先に傷つけた。

 そんな自分を河村君に知られたく無くて、言い訳を作って逃げて。

 奥歯を噛み締めて、目に涙を溜めていると、美夏が頭を撫でてくれた。

「何があったかは知らないけどさあ……人間間違える時だってあるし、本音なんて簡単に晒せないもんだって。河村さんだってさ、好きって、ごめんて謝れば許してくれると思うよ?」

 からりと笑う美夏にボロリと涙が溢れる。

「だって……嘘だったんだもん」
「んん?」
 焦りながらおしぼりを渡してくる美夏に、向かい合う自分の気持ちを探りながら、恐る恐る口を開く。

「河村君と、本当は付き合って無かったの」
「……」
「友達だから、河村君の都合に付き合っていただけ」

「……ん、んー? それが本当なら……」
 美夏は優しい声でよしよしと私の頭を撫で続ける。
 されるがままに、私はホッと息を吐いた。
「河村さんは最低だね」
 
 けれど続く言葉にがばりと頭を上げる。
「自分の一方的な都合に友達を付き合わせるものかね? それって友達っていう言葉を盾にしてるだけじゃない?」
 
 その言葉に私は口を開けて固まった。

「雪子は河村さんが好きなの?」
 真っ直ぐに問われ、赤面しつつも頷く。

「どういう条件で雪子が受けた話なのかは分からないけどさ。好きになってもおかしくない距離に置いておいて、いざ恋心を抱いたら切り捨てるんだ? 最低じゃん?」
「違う……っ」

 美夏の科白に首を横に振る。
 だって切り捨てたのは……私だ。
 捨てられた人がどんな気持ちか知ってるのに、一番不誠実な形で手を離した。

「私が……狡いから……」
 声が詰まる。
「好きになってまた傷つくのが嫌で、逃げたのは私で……
 また選ばれなかったらと思うと、怖くて……」
 自分の気持ちを探りながら言葉を紡げば、出てくる本音が耳を打ち、項垂れる。

「……だから雪子は話したかったんだろうね、日向さん。だったっけ? 元カレについて」

「え?」
 疑問を口にする私に苦笑しながら、美夏はジョッキを傾ける。
「あんたの中では、日向さんの事はもう終わった事だから話せるけど、河村さんの事は終わらせたく無いって事みたい」
 その私は言葉にぱちくりと瞳を瞬かせた。
「終わらせたく……無い……?」

 好きだから……
 でも智樹は? 智樹の事だって好きだったのに……?

「こう言っちゃ何だけど……」
 視線を下げながら口にする美夏にふと顔を上げる。
「雪子は日向さんと付き合っている時さ、なんていうか……諦めた感じがしてたよ。一歩引いてたっていうか、好きよりも遠慮を優先してた。でも……今は河村さんの事が、多分一番大事なんだよね? だから思い切れなくて、溜め込んでるんじゃないの?」

 美夏の口から聞く私の心情は、胸にぐさぐさ刺さる。本心と向き合えない、振る舞えない悪い癖。自分の悪い部分が晒されて、見たく無くて、顔が歪む。

「泣く事じゃ無いでしょ、馬鹿ね」
 恐らく酷い顔をしてる私の頭を、美夏はもう一度ポンポンと叩く。
「だからね、好きになって悪いとか、間違ってるって事じゃないのよ。ちゃんと伝えてさ、いいんだよ?」
 その言葉に項垂れれば、溢れ落ちる自分の涙が目の前に見えて。
「さっきも言ったけど、それで嫌な顔するような奴なら、こっちから願い下げだって話なんだから」
「うん……」

 きっと河村君は嫌な顔なんてしないけど。
 するなら困った顔だろうけど。
 そんな顔を見て、また好きになって……
「うん……」

 でもきっと、残るのは選ばれなかった切なさだけだと思う。
 けれど本当はそんな自分の気持ちと向き合わないといけなかったのに……

「謝らなきゃね……」
「まあそれもそうかもしれないけれど」

 美夏は枝豆に手を伸ばしながらポツリと呟く。
「喜ぶと思うけどねえ……あれだけ露骨に主張してたのに、振られたとか……むしろ何を下手こいてんだ、としか……」

 居酒屋のざわめきに消えた美夏の言葉はそのままに、私もまたジョッキを一気に煽った。
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