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31. 考える時間をください②
しおりを挟む「何で?」
その声は妙に低くて、昏く眇められた眼差しに身体が竦む。
口を開くけれど言葉が出てこない。
喉に引っかかった科白は彼を説得できる類のものですら無いであろう、意味の無い単語。
「だって……悪いもの……」
語彙力無いなあ自分、と思いながら、これで引き下がって欲しいと期待を込めて、じっと河村君を見上げた。
「そんな事ないよ」
けれどそんな気配は見えない。
それなのに、いつものように笑っているようで、どこか元気がないような、寂しそうな表情に声が出なくなる……
躊躇っていると河村君の手がすっと伸びてきて私の手を握ってきたので肩が跳ねた。
(今まで手を繋いだ事なんて無かったのに……)
前回は指先だけだったし……それに、河村君は私に一切触れなかった。
いや、このあいだ肩を抱いたのは恋人役に必要な仕草だったから仕方がない。として……とにかく、今までずっと友達の距離感でしかなくて……
握手では無く、私の右手を河村君の左手が握り込むように包んでいる。こんな時どうしていいか分からなくて、手に視線を落とせば自然と顔を俯けるものだから、助かる。
今は顔に相当熱が篭っているのが、自分で分かってしまうから。
「三上さんが知らない男と一緒にいる方が不安だよ。駄目だよ、そんなの……」
きゅっと握り込まれた手の感触に、はっと息を息を飲む。
それは……
(もしかして私が従弟と一緒にいる事で、変な噂が流れたら、河村君の都合が悪くなるから……とか?)
なんて風に考えてしまう、穿った見方をする私……
けれどその考えに賛同する分身たちが、私の中でそうだそうだと声を上げる。
──どうしてそんな事をするんだろう。この手だって後で離すつもりのくせに……と。
私には智樹みたいに比べる相手がいない。だから本当のところは分からない。けれど、やっぱり彼が最初に言った通り、私に求めるのは恋人の振り。
(だって私たちは信頼関係のある友達だから……)
それ以上の関係になるなら、振りなんて頼まないでしょう? だから……
「もうこういうのは止めたいんだ」
私は出来るだけ明るく言った。
「嘘をつき続けるの、もう疲れちゃった。ごめんなさい。でも、もう十分河村君の要望に応えたと思うの。私は当分誰とも付き合うつもりは無いし、名前だけは好きに使ってくれていいから──」
「それは今まで俺に無理に付き合ってくれてたって事?」
被せるように口にする河村君は本当に傷ついたような顔をしていた。
違うんだよ。
友達だと思ってたから、一緒にいて楽しかったのに。
恋心を自覚したら、友達っていう壁は高い。だって──
友達だから、頼んだんでしょう? 何とも思わないから出来たんじゃないのかな? 恋人役を……
「うん……」
だったらせめてその信頼は、壊したく無い。
私は顔を俯けて、短く、けれどはっきりと意思表示をした。
途端に河村君の手からするりと力が抜けて、私の手は自由になる。
行き場の無い視線を彷徨わせ、私は仕事に戻ると、もごもごと口にして、急いで踵を返した。
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