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28. どうして⑤ ※ 愛莉視点
しおりを挟む帰って来なさいと父が言う。
智樹から連絡があったのだそうだ。
もう私とはやっていけないと……
わざわざ地元に帰ってまで、うちの親に頭を下げて、許しを乞うて……
(どうして……)
もう私の事好きじゃないの?
いつからなの?
ずっと雪子さんと付き合ってたって本当?
「もう智樹君に関わるな。お互いが駄目になる」
そう言って父は、私が家事を全て智樹にさせていた事、共同貯金を使ってしまっていた事を話した。
怒りを帯びた父の声に震えたが、智樹だって浮気をしていた。その事を口にしようとしたところで、父から先に話が出た。
「学生時代からお付き合いしていた彼女より、お前を優先させてしまったと言っていた。それがお前をつけ上がらせてしまったと」
その言葉に私は引き攣る。
二股を掛けておいて、よくもそんな事を!
「お前もその頃お付き合いしていた相手がいただろう。母さんから聞いてるぞ」
「……っ」
両親に智樹と付き合ったと話したのは智樹の大学卒業のタイミングだった。
それまで黙ってたのは、他にも軽くお付き合いしている人がいて。その人たちの事を母に話すのが楽しかったから。
だって他の女の子に話すと、羨ましがられて嫌がれるんだもの。でも素敵な人と付き合ってるって、誰かに話したいじゃない?
それを止めてまで智樹と付き合うと親に話したのは、良い家に住みたいなって思ったから。
古くて物音丸聞こえのアパートがカッコ悪くて、私に似合わなくてずっと嫌だった。
けど先立つものを考えると一緒に住む人が必要で、それには智樹しかいなかったのだ。
同棲の許可が親から降りる人物……
私は唇を噛んだ。
(智樹、狡いわ。急に掌を返して……)
「お前に一人暮らしは無理だ。仕事振りも聞いたが、失敗して怒られてばかりだそうじゃかいか。智樹君との仲が上手くいかないからって、勝手に婚活を始めた事も聞いた……結婚したいなら戻って来なさい。父さんと母さんが探してあげるから」
「嫌よ! お父さんたちが紹介する人なんて、どうせ地元の人なんでしょ!? 私はこっちで暮らしたいの!」
「無理を言うな、智樹君はもう家を引き払うそうだ。お前一人で払える家賃じゃないだろう」
「それならまた安いアパートに引っ越すからっ」
「……家事が出来ないんだろう?」
「それだって今から頑張るから!」
「いい加減にしなさい!」
ぴしゃりと言われて肩を竦めた。
こんな風に怒られる事なんて今まで無かったのに……
「母さんがな……」
父の深い溜息が電話越しに聞こえる。
「泣いてたぞ、お前がずっと家事を放棄した家を見て……汚れた家を片付けながら、泣きながら電話してきたんだ」
その言葉に驚きを隠せない。
「えっ、お母さん、家に来たの?」
「お前に言ったら隠されるかもしれないと、連絡せずに行ったんだ。きっと杞憂だと笑って発っていったのに……」
──あ、あれを見たのか……
最近汚れ過ぎて、大嫌いなあの黒い虫も何匹か発生してるくらい酷いのに……
自分でもショックだったのだ、綺麗好きの母は放心したかもしれない。
「仕事は、どうしても辞めたく無いなら休職願いを申請してみなさい。とにかくお前は帰ってくるんだ。これ以上は危なっかしくて一人暮らしなんてさせておけん」
断固と告げる父の揺るぎない声に私は項垂れた。
「でも、河村さんが……」
王子様になってくれるかもしれない。
あの冷たい目だって、私の事を知ってくれたら変わる筈だ。
結婚するなら河村さんがいい。
やっと出会えた理想の相手なのだ……
縋る思いで口にすれば、再び父が重々しく口を開く。
「それはお前のところに通ってくる男の事か?」
「えっ?」
驚きに目を見開く。
流石に男友達を同棲相手のいる家に呼んだりしない。
「今日お前を訪ねて来たと、母さんが言ってた……」
「……」
智樹だ。
きっと智樹は母が来る日にちを父から聞き出したんだ。それで私が会社で「仲良く」している人たちに……話したんじゃなかろうか……幼馴染だから、私の家を知ってる。と……
──何て酷い男なんだろう。
私の所有物の一つでしかないくせに。
こういうのを飼い犬に手を噛まれると言うんだろうか……
私の帰りを待っていた母は、訪ねて来た男に面食らって父にすぐ電話をした。家が汚いくらいなら説教くらいで済んだかもしれないが、流石にこれでは連れ戻そう。となる……事実、なった。
智樹に嵌められと訴えても、私に他に軽い付き合いの男性がいた事に間違いがないし、もしかしたら母はその誰かに聞き出したかもしれない……から、弁明は……難しい……
恐らく私は家に帰った後、母に泣かれ怒られて実家に帰る事になる。
──何でよ……
(私ばかり悪者みたいじゃない……私は誰も嵌めたり貶めたりしてないのに……何なら人の幸せだって願ってたわよ……)
皆、酷い……
今後の事を考えると気が重い。やっとの事で立ち上がり、私は母の待つ家へと重い足取りで帰って行った。
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