やっぱり幼馴染がいいそうです。 〜二年付き合った彼氏に振られたら、彼のライバルが迫って来て恋人の振りをする事になりました〜

藍生蕗

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21. トラウマの強襲④

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「余計なお世話だよ」

 冷たい声音に愛莉さんの身体がぴくりと揺れる。
「……え?」
 その口元が僅かに引きつったように見えた。

「邪魔しないでって事なんだけど……?」

 そう言って前髪を掻き上げる仕草が様になっていて、つい見惚れてしまう。
「ち、違っ。私は、あなたの事を思って……」
 けれど尚言い募る愛莉さんに、河村君は変わらぬ様子で口を開いた。

「あのね、どうして赤の他人の言う事を、大好きな彼女の言葉より優先すると思うの?」
 その言葉に愛莉さんは目を丸くする。
 私も瞳を瞬いた。
 
 いやいや、『彼女の設定』なのだ。当然かもしれない。
 ……けれど、これは私には特別な意味を持つ。

 ──彼女幼馴染愛莉さんより優先する。
 正確には私は河村君の彼女では無いし、愛莉さんも彼の幼馴染ではない。
(だから私のこの感情は私情を混在した、おかしな事なんだけど……)

 きっと河村君が私を優先するのは、私の方が彼と少しばかり面識があるからだろうと言う事も分かっている。
 これは彼にとって、何でも無い行為の一つに過ぎない。のに……

(嬉しい──)
 涙が溢れそうで、思わず唇を噛み締めた。
(愛莉さんに目を奪われた訳じゃ無かった、のね)
 ほっと息を吐いてしまう。

「……好きって、雪子さんを?」
「当たり前だろ」

 驚きに満ちた眼差しを向ける愛莉さん。
 先程から愛莉さんがどんな表情を見せても、河村君の態度は揺るがない。
 それが私にどれ程ありがたくて、切なく響くか、彼はきっと知りもしないのだろうけれど……

 呆れるように溜息を吐き、河村君はそっと私の肩を抱いた。その行為に頬どころか頭が丸ごと茹るように熱くなる。
 
「嘘よ!」
 けれどそれを見た愛莉さんは直ぐに叫んだ。
「だって愛莉さんの家には、智樹がいるんだから! あなたは騙されているのよ!」

 どこか必死に言い募る愛莉さんに、それでも河村君は呆れたように笑うだけ。
「……あのね、俺たちは普段から家で過ごす事が多いんだ。日向が入り込む余地なんて、あるわけない」

 その言葉に愛莉さんはショックを受けているようだ。けど……正確には、河村君は私の家には入った事は無くて。
 
 ただ夜遅くなれば家まで送ってくれては、心配だからと、わざわざ家の様子におかしなところが無いか。と、チェックしてから帰るので……
 智樹がいない事など分かりきっている、のだ。

『玖美が三上さんの話をうちの親にもしてさ、女の子の一人暮らしを心配されるんだよね。自分たちの娘と重ねちゃうみたいでさ』

 なんて言われれば断れず。
 最初は恥ずかしかったこの行為も、防犯だからと頷いて、今では慣れてしまった。
 ……とはいえ、こうして改めて人に話すところを見ていると、やはり羞恥が込み上げる。

「あのさ……」
 ぐっと私の肩を引き寄せながら河村君が続ける。
「俺は日向と同じサークルだったけど、あの時あいつ、皆に三上さんを彼女だって紹介してたけど? 君こそ本当に日向の彼女なの?」
 河村君の言葉に、愛莉さんは瞳を大きく見開いた。
 私も思わず息を飲む。

「い、一瞬の話よ。そうでしょう? その後直ぐに私と付き合ったんだからっ」
 けれど直ぐに気を取り直し、愛莉さんは両手を握りしめて訴える。そんな様子を河村君は相変わらず興味無さそうに一瞥して。

「二人は卒業するまで付き合ってたけど?」
 残酷な真実をあっさりと口にした。
 それを聞いた愛莉さんは、口を丸く開けて固まっている。

(知らなかったのね……)
 そういう意味では彼女も被害者なのかもしれない。でも、

「だ、騙されてるのよ……雪子さんに……」
 震えながらやっと言葉を紡ぐ彼女に、それでも自分と同じだと同情しきれない心がある。そしてそんな愛莉さんを、河村君は相変わらず冷めた目で見ていた。

「騙してたのは日向だろう。……こんな女と二股を掛けられてたなんて……もっと早く知りたかったのはこっちの方だ」
 呟いた河村君の言葉は全部は聞き取れなくて……
 けれど話は終わりとばかりに私の肩を抱いたまま、踵を返す。
「あ、待って……」

 呼び掛けたものの、どうして良いのか分からないような、そんな愛莉さんの戸惑いすら無視し、河村君も私も、彼女の前を立ち去った。
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