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20. トラウマの強襲③
しおりを挟む「河村くん……?」
つい声を掛ければ、河村君は、はっと意識を取り戻したようにこちらを振り返った。それから、励ますような笑顔に自然と元気付けられて。
どきりと口から飛び出しそうな音を、続く言葉と一緒に飲み込んだ。指先が微かに触れた後、そのままそっと握り込まれ、心臓が飛び出しそうだったから。
「西澤さん、だっけ? 俺の彼女を困らせないでくれないかな?」
まだばくばくと胸が落ちつなかい中、いつもの調子を取り戻したらしい、河村君がにこりと告げた。
「えっ」
ぽかん、という表現が合ってるような、愛莉さんの表情。
私も揃ってぽかんと口を開ける。けど、
(──あ、ああ。設定か……)
一つ気持ちを落ち着ける。
……一応慣れたけど、こういう場面でまで彼女設定で、いいのだろうか……恥ずかしくて、嬉しい……けど……
「付き合ってるって、どうして……何で雪子さんなんかと……」
けれど愛莉さんの科白に我に帰る。照れている場合じゃなかった。
信じられないと言わんばかりに瞳を見開く愛莉さんは、どこか歪で……なんというか、台本通りに進まない相手に戸惑っているような……
けれどすぐに意を決した風に生真面目な顔を作り、河村君をぎゅっと見据える。
「こんな事を言うのは筋違いだって分かってます。けど、」
前置きのように一言断ってから、再び目に涙を溜める。
「雪子さんは、学生時代から私がいるって知りながら、私の恋人と付き合っていたんです。友達だって言われてたけど、二人はいつも一緒で……同じ学校に通えなかった私の事を、笑って……いたのも知っています」
伏せる睫毛が頬に長い影を落とした。
そこを涙の雫が伝い、落ちる。
それが彼女を更に悲しげに、か弱く見せて。
(また、嘘……)
付き合っていたのは事実だけれど。愛莉さんと付き合ってるなんて知らなかった。知ってたら付き合っていなかった。それに、
(笑った事なんて、ない)
会話らしい会話すらした覚えもないのに。
三人で会ったのも一回だけで、愛莉さんの話を智樹が相槌を打って聞くのを眺めるだけだった。
(笑える場所なんて、無かった……)
けれど愛莉さんの声は段々と弱々しくなり、痛みにやっと耐えているように辛そうだ。
「私も馬鹿だったんです。おかしいでしょう? 二人の事を疑うなんて恥ずかしいって、自分が我慢すればいいなんて思ってしまって。……でも、あなたには、同じ思いをして欲しくないんです」
自分がかつて思った事をこの人に口にして欲しく無いと、強く思う。
一緒にしないでと。勝手かもしれないけれど、それは私の科白だと、心が彼女を、その言葉を拒絶する。
けれど意を決したような愛莉さんを、河村君は相変わらずの無表情で眺めていた。
(河村君がどんな反応をするのか怖い──)
けれど、繋いだ指先が温かくて、ここにいていいのだと言われている気がして、何故か彼は……大丈夫なのだと思えた。
どこか緊張した空気が流れる中、隣からふっと笑い声のような吐息が漏れた。
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