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19. トラウマの強襲②
しおりを挟む(どうして……また……)
愕然とした気持ちになる。
可愛い愛莉さん。
長く智樹の心を離さなかった人。
……そんな人が今、河村君を熱心に見ている……
(嫌!)
「愛莉さんっ、場所を変えましょう!」
「痛い!」
急いで愛莉さんの腕を掴んで促せば、彼女は怯えたように私を見つめてポロポロと涙を溢した。
「酷い……私が何をしたって言うの?」
「え、あの……ごめんなさい」
思わず掴んでいた手を離し、一歩下がる。
愛莉さんは河村君に助けを求めるように視線を向けた。
私も釣られるようにそちらに目をやり、息を詰める。
いつも笑顔の河村君の表情が抜け落ちて、能面のようだ。
(どうして……)
そう思いながらも、頭はそこに至る思考に占められる。
(愛莉さんが……可愛いから……)
一目で目を奪われて、彼女を泣かせた私を嫌悪しているのだ。
智樹もそうだった。
少しでも愛莉さんに非があるような発言をすれば嫌がり、時には怒った。
あの時はどうしていただろう……思わず記憶の底に押し込めたそれに手を伸ばす。
(そんなつもりは無かったと、智樹に謝って……それで……)
込み上げてきそうになる感情を何とか抑える。
あの時、少しでも、一つでも愛莉さんに勝ちたくて、智樹は嫌がるかもしれないけど……そう思っても止められ無かった、彼女への苦言。
智樹は顔を顰めて怒りを露わにした。
『やめてくれ、彼女はそんな人じゃ無い。雪子に何が分かるんだ』
どんな時でもブレない智樹。
遊びで付き合っていた彼女なんかより本命の幼馴染が何より大事。
当分顔を合わせたく無いと、謝る機会も貰えないまま……何日許して貰えなかったか……
(智樹なんてもう忘れたいのに、いつまでこんな記憶から解放して貰えないの)
何とか抑え込んだ涙は溢れない。
私は泣けない──
耐えるのに、慣れてしまったから。
そうして綺麗な涙を流す愛莉さんを羨んで、忌むだけの、惨めな存在なのだ……
ふと睫毛を伏せれば、目の前に大きな影が掛かり、はっと顔を上げた。
見下ろすように立つ河村君の視線と、一瞬絡む。
「河村君……」
ぽつりと呟く。
じっと黙る河村君は、少しだけ辛そうに顔を歪めた。
そんな顔をして欲しくなくて、けれど何と言えばいいのか分からなくて顔を伏せる。
「あのっ、もしかして雪子さんの同僚の方ですか?」
遠慮がちに掛ける声がいつもよりワントーン高く聞こえるのは気のせいだろうか。
見れば愛莉さんが口元に手を当て、溢れそうな涙を必死で耐えていた。
一体何に泣いてるのかと、詰りたくなる気持ちと、慰めたくなる衝動が身体の中でないまぜになる。
彼女の涙には不思議とそんな説得力があって。
「……そうですが、あなたはどなたですか?」
正面に立つ河村君が首を捩り、愛莉さんと目を合わせた。
「あの、私は雪子さんと友達だったんですけど……」
そこまで話して彼女の瞳に溜まった涙がぼろりと溢れた。
「し、信じてたのに……ゆ、雪子さん……私の彼氏と浮気して、彼は出て行っちゃったんですっ」
女優も真っ青の演技力に言葉も無い。
嘘だと叫びたいが、こちらの方が場違いでは無いかと思う程、その科白に説得力を感じる。
「あ、ごめんなさい……私、西澤愛莉っていいます」
指先で涙を拭い、河村君を見上げる愛莉さんの瞳はまだ潤んでいて、私の心は重く沈んでいく。
『彼女はそんな人じゃない』そう言った智樹には、彼女はさぞ美しく、天使のような人なのだろう。
(でも私には……)
質の悪い悪女に見える。
(──だから、いいのよ)
仕方がないじゃない。価値観が違うのだから。
大好きだった元彼の顔が少しずつ朧げに、やがて薄れて消えていく。
あの人と、一緒にいられる筈が無かったのだ。
戦慄きそうになる口元を引き結び、再び愛莉さんを見る。
けれど先程まで河村君を縋るように見上げていた顔は強ばり、その瞳は戸惑いに揺れていた。
何故かは、振り仰いだ河村君の顔を見て合点がいく。
彼は先程から変わらない、色を無くした顔で、温度を感じない眼差しで、じっと愛莉さんを見つめていた。
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