4 / 45
4. 頭痛がやまない週明け、月曜日
しおりを挟む『将来は公務員になりたいわ』
進路指導の講義を受けて、用紙と睨めっこしながらぽつりと呟く。
『雪子は堅実だな』
智樹は公務員には興味が無さそうだった。
(でしょうね……)
勝手に決めつけては、けれどこっそりと同意する。
(だってあの子は──愛莉さんは、デザイナー志望だものね)
智樹の可愛い幼馴染の愛莉さんは、服飾系の専門学校に通っている。彼女の可愛らしい雰囲気には、なんともお似合いな学校だ。
ちらりと智樹を盗み見る。
少し癖のある黒髪に、四角いフレームの黒縁眼鏡。
真摯で物静かな雰囲気がとても素敵な智樹。
でも……
(智樹は真面目だから……)
だからこそ愛莉さんのような、無邪気な女の子が可愛くて仕方がないんだろうなあ、と思う。
私は、どちらかというと、自分と似た価値観を持ってくれている智樹が安心出来て好きたったけど……
そっと息を吐く。
『親の勧めなんだけどね、でも私の性には合ってるみたいだし。それに好きな事を突き詰めて生きて行くのって、カッコいいって思うんだけど、それに人生を全て捧げるのはちょっと怖いかな』
『……俺もそう思うよ』
(なのに……だから、かな……結局あの子を選んだよね。自由に生きるあの子と同じ会社をさ……)
はあっと溢れる長い息を吐き、目の前のお弁当を見つめる。
一人暮らしは食費の管理も厳しいのだ。
まだ社会人一年目。公務員とて、それ程のものでは無い。加えて趣味は貯金な私であり、目指せ幸せな老後生活! をスローガンに掲げる私の辞書に無駄遣いの文字は、あるけど無い。
しかし今はそんな節制弁当と睨めっこしては箸が進まないでいる。理由は勿論──
「雪子ったら、河村さんと知り合いだなんて、羨ましいすぎるー。ね、後で紹介してね!」
「……だから大学が同じってだけで、接点なんて無いんだって……」
「ちょっと止めてー、私の恋のチャンスを潰さないでー!」
同僚の美夏はうきうきである。こちらの話は聞いちゃくれないようだ……
週明けの月曜日、河村君は私が務める部署の研修にいた。
え、河村君て……同じ職場だったの?
私は学生時代の希望通り、公務員になった。
河村君も同じ志望だったとは勿論知らないが、そもそも省庁も一緒だったなんて、驚きすぎる。
私は勿論放心した。
……身分証に見覚えがあったのは、勤め先が同じだったから。という訳で……お酒って怖いって、改めて思う。
──ここでは配属後、二週間ほど関連部署で研修を受ける制度が設けられている。これは部署間交流の一環にもなるとの事。
先輩の説明によると、忙しい時期はどうしても部署間でのやりとりが険悪になってしまうし、こういった関係作りで雰囲気が改善されるなら、という事らしい。
(でも何も今じゃなくてもさあー)
なんて自分の都合で不平を溢す。
一方の河村君は大して驚いた様子もなく、一人慄く私の顔を見てすぐ、衆目の元あの日の忘れ物を届けてくれた。……ありがとうよ……
それは元カレに貰ったピアス。
就業時間には着けていないけれど、あの日はデートだったから……仕事が終わってロッカールームで着けて待ち合わせ場所に行ったんだよ。
(滑り台遊びで無くなったと思ってたのに……)
因みに一つ残った分はゴミ箱に捨てた。
残してたら未練が残りそうだったから。
それともあーゆーのも年取ったらいい思い出になるのかな。
今は見たくも無いんだけど……
河村君がわざわざ届けてくれたお陰で家でピアスが揃ってしまった。と、顔を顰める私に奴は更に言い募った。
『あ、なんかいらないみたいなんで貰っておこうかな。迷惑料の一部として』
──ちょっと、私の迷惑料どれだけ高いんですか? それ一応そこそこ良い値段の誕生石なんですが?? しかもお返しはいらないとか言っといて迷惑料は取るんかい。
……いやいや、いかんいかん。
確かに迷惑を掛けたのはこっちなんだから……それに確かにもう不要なものだ。が、何だろう。なーんか神経逆撫でしてくるような真似ばかりされてる気がするよ。
「河村さんて、彼女とかいるのかなー?」
「……さあ」
一転こちらは恋の予感にときめきが止まらないご様子で……私は少しだけ冷静になる。
まあ河村君と同じ部署で過ごすのはたったの二週間。業務全部を網羅するのは当然無理だし、担当外の私では仕事を通して話す事も無いでしょう。
「ああ、楽しみだなー」
何がだろう……
うきうきと食堂のパスタをフォークに巻きつける美夏を横目に、私は密かに息を吐いた。
(そんな事より失恋の相談に乗って欲しかったのになあ……)
初めての恋人との決別に、意外と大きなダメージを与えられている。今日は週の始まりの月曜日。
あー、二週間が長いなあ……
そうやって無理矢理詰め込んだお弁当はお腹の中でずしりと重く凭れたのだった。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説




忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる