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そのまま、あっという間に就業時間が過ぎ、今翔悟は皆の前で最後の挨拶をしている。
その様子を眺めながら、華子はそっと周りに視線を走らせた。
女子社員の残念そうな顔に紛れ、結芽の表情はいまいち読み取れない。
翔悟は何もないと言っていたが、どう捉えればいいのかもイマイチ分からない。
やがて幹事が居酒屋の現地集合を呼びかける。
PCの電源を落とし、華子も皆に合わせて席を立った。
(これで本当に、最後……なのね)
ロッカールームで着替えながら、華子はぼんやりと呟いた。
短い時間で心を攫われて、消化しなければならなくて……今更ながら気持ちが追いつかない。
そんな華子の感傷を他所に、同行する女子課員たちはどこか浮かれて見える。
翔悟と関わる社外イベントに、皆楽しみに目を輝かせている。
(……可愛いな)
「仁科さん」
羨むような気持ちで彼女達を遠目にしていると、挑むような顔の結芽が立っていて息を飲む。
「……観月さん」
普段の結芽は先輩であり年上である華子を敬う姿勢を見せていて、こんな表情は初めて見る。
どきりと胸が鳴った。
「今日の準備で用意したいものがあるんですけど、一人じゃ迷いそうで、一緒に行ってくれますか?」
「……ええ勿論、いいわよ」
きっと額面通りのお願いではない。
結芽は華子に「話」があるのだ。
◇
就業時間後の金曜の夜、行き交う会社員たちの解放されたような表情を眺めつつ。華子は結芽の後をついて行った。
「仁科さんって翔悟君の事、好きですよね?」
ぼんやりとしていた。
だから急な結芽からの問いかけに、横から殴られたような衝撃を受けた。
「好きですよね?」
繰り返す結芽に、華子は固唾を飲み込んだ。
「な、何でそう思うの?」
華子がやっと吐いたのは、そんな当たり障りのない言葉。我ながら歯切れの悪い返事だと渋面を作ると、それをどう捉えたか結芽は失意したように顔を歪めた。
「……だって見てたので。でも何ですか、それ。自分の気持ちを隠そうとして、自分は関係ありませんて顔で」
結芽はきりりと眦を吊り上げた。
「それで翔悟君が誰かと付き合っても『自分は何とも思っていません』て取り澄ました顔してるんでしょう? 新庄さんの時みたいにっ」
「……っ」
吐き捨てるような結芽の言葉に華子は息を呑んだ。
「仁科さんの好きって何ですか?」
「……観月さん」
何だ急にという思いが確かにある。
けれどそれ以上に結芽の言葉には衝撃を受けた。
(周りには、そんな風に見えていたのかな……)
堅太と別れて落ち込んだ事も、翔悟に密かな思いを抱いている事も、華子が取るに足らない日常の一つをこなしているようにしか見えなかった。
確かに気取られないように注意してきたけれど、心はそれだけではなかったのに。
「……勝手な事を言わないで欲しい。私の気持ちは私のものでしょう?」
込み上げる不快感を押しやって、先輩の顔で窘めれば結芽はムッと顔を顰めた。
「気持ちを整理しないまま引き摺るのって建設的じゃないんですよね。もうすぐ翔悟君がいなくなって、仁科さんどうするんですか? 恋心を持て余したまま呆けながら仕事するんですよね。……そんなの流石に気になりますから」
「それは……」
言いかけた言葉を飲み込む。
結芽は華子の気持ちに気付いて、それを煩わしいと感じている。どの目線かといわれたら、思い当たるものは一つしかない。
(……そっか。あなたたち……上手くいったのね)
どこか必死な結芽に、小さく息を吐く。
魅力的な相手を恋人に持つ不安……今華子はそれをぶつけられているのだ。
ここで華子が自分など取るに足らないからと論じても、彼女は納得しない。結芽は多分、華子にきっちりと玉砕して、諦めて貰いたいのだ。
自分の為に人の気持ちを犠牲にする。
それは残酷だけど、推し量れないものに身を委ねる以上、自分を守る術とも言える。
黙りこくる華子をぎゅっと睨んで、結芽は近くの花屋で足を止めた。
「適当に選んで行くので、先に行ってて下さい」
「……そう」
背中から投げつけるように言われ、頷いた。見えないだろうけど、そのまま黙って踵を返す。
すると後ろ手で組んだ彼女の指に、キラリと光るものが視界に入り息を飲んだ。
さっきまでは無かった。
眩く光るそれは、もしかしたら敢えて、就業時間が過ぎた今、付けたのかもしれない。
(ああ……)
じわりと目尻に浮かぶ涙を瞬きで散らせば、結芽に言われた言葉が追いかけてきた。
いくじなし。
年が何よ。
けじめくらいキッチリつけなさい。
そう断じる事が出来るのは、若くて可愛い子の特権だ。
でも。
確かに、とも思う。
このまま何も告げず別れれば、華子はきっと溜息を吐き、思いを引き摺る日々を送る。
事実、今日堅太と会って、自分なりに別れが出来て気持ちが軽くなった。
翔悟に既に決められた相手がいるのなら、これ以上深みに嵌る事は無い。だったら尚更。
(……けじめ、大事かも)
このまま母の期待に押し切られる形でお見合いをして、無難な相手と結婚をする。その時この気持ちを思い出さないだろうか。いつか後悔しないだろうか……
(言いたい)
自分の気持ちを伝えたい。
年下の彼に。
恥ずかしくもある。でも、年齢を自覚すれば……勇気を持ちたい。
どくんと胸が大きく鳴った。
緊張と不安が胸を占める。
その後の別れを思えば胸が苦しいが、でもきっと、翔悟は笑ってくれるような気がした。
『ありがとう、嬉しいです』
その後ごめんなさいと言われても、泣いてしまっても、華子はやっぱり嬉しいだろうと思う。思いは遂げられなくても、自分の気持ちを大事にしたい。先に進む勇気を尊重したい。
キュッと前を向いて、華子は送別会の会場へと足を向けた。
その様子を眺めながら、華子はそっと周りに視線を走らせた。
女子社員の残念そうな顔に紛れ、結芽の表情はいまいち読み取れない。
翔悟は何もないと言っていたが、どう捉えればいいのかもイマイチ分からない。
やがて幹事が居酒屋の現地集合を呼びかける。
PCの電源を落とし、華子も皆に合わせて席を立った。
(これで本当に、最後……なのね)
ロッカールームで着替えながら、華子はぼんやりと呟いた。
短い時間で心を攫われて、消化しなければならなくて……今更ながら気持ちが追いつかない。
そんな華子の感傷を他所に、同行する女子課員たちはどこか浮かれて見える。
翔悟と関わる社外イベントに、皆楽しみに目を輝かせている。
(……可愛いな)
「仁科さん」
羨むような気持ちで彼女達を遠目にしていると、挑むような顔の結芽が立っていて息を飲む。
「……観月さん」
普段の結芽は先輩であり年上である華子を敬う姿勢を見せていて、こんな表情は初めて見る。
どきりと胸が鳴った。
「今日の準備で用意したいものがあるんですけど、一人じゃ迷いそうで、一緒に行ってくれますか?」
「……ええ勿論、いいわよ」
きっと額面通りのお願いではない。
結芽は華子に「話」があるのだ。
◇
就業時間後の金曜の夜、行き交う会社員たちの解放されたような表情を眺めつつ。華子は結芽の後をついて行った。
「仁科さんって翔悟君の事、好きですよね?」
ぼんやりとしていた。
だから急な結芽からの問いかけに、横から殴られたような衝撃を受けた。
「好きですよね?」
繰り返す結芽に、華子は固唾を飲み込んだ。
「な、何でそう思うの?」
華子がやっと吐いたのは、そんな当たり障りのない言葉。我ながら歯切れの悪い返事だと渋面を作ると、それをどう捉えたか結芽は失意したように顔を歪めた。
「……だって見てたので。でも何ですか、それ。自分の気持ちを隠そうとして、自分は関係ありませんて顔で」
結芽はきりりと眦を吊り上げた。
「それで翔悟君が誰かと付き合っても『自分は何とも思っていません』て取り澄ました顔してるんでしょう? 新庄さんの時みたいにっ」
「……っ」
吐き捨てるような結芽の言葉に華子は息を呑んだ。
「仁科さんの好きって何ですか?」
「……観月さん」
何だ急にという思いが確かにある。
けれどそれ以上に結芽の言葉には衝撃を受けた。
(周りには、そんな風に見えていたのかな……)
堅太と別れて落ち込んだ事も、翔悟に密かな思いを抱いている事も、華子が取るに足らない日常の一つをこなしているようにしか見えなかった。
確かに気取られないように注意してきたけれど、心はそれだけではなかったのに。
「……勝手な事を言わないで欲しい。私の気持ちは私のものでしょう?」
込み上げる不快感を押しやって、先輩の顔で窘めれば結芽はムッと顔を顰めた。
「気持ちを整理しないまま引き摺るのって建設的じゃないんですよね。もうすぐ翔悟君がいなくなって、仁科さんどうするんですか? 恋心を持て余したまま呆けながら仕事するんですよね。……そんなの流石に気になりますから」
「それは……」
言いかけた言葉を飲み込む。
結芽は華子の気持ちに気付いて、それを煩わしいと感じている。どの目線かといわれたら、思い当たるものは一つしかない。
(……そっか。あなたたち……上手くいったのね)
どこか必死な結芽に、小さく息を吐く。
魅力的な相手を恋人に持つ不安……今華子はそれをぶつけられているのだ。
ここで華子が自分など取るに足らないからと論じても、彼女は納得しない。結芽は多分、華子にきっちりと玉砕して、諦めて貰いたいのだ。
自分の為に人の気持ちを犠牲にする。
それは残酷だけど、推し量れないものに身を委ねる以上、自分を守る術とも言える。
黙りこくる華子をぎゅっと睨んで、結芽は近くの花屋で足を止めた。
「適当に選んで行くので、先に行ってて下さい」
「……そう」
背中から投げつけるように言われ、頷いた。見えないだろうけど、そのまま黙って踵を返す。
すると後ろ手で組んだ彼女の指に、キラリと光るものが視界に入り息を飲んだ。
さっきまでは無かった。
眩く光るそれは、もしかしたら敢えて、就業時間が過ぎた今、付けたのかもしれない。
(ああ……)
じわりと目尻に浮かぶ涙を瞬きで散らせば、結芽に言われた言葉が追いかけてきた。
いくじなし。
年が何よ。
けじめくらいキッチリつけなさい。
そう断じる事が出来るのは、若くて可愛い子の特権だ。
でも。
確かに、とも思う。
このまま何も告げず別れれば、華子はきっと溜息を吐き、思いを引き摺る日々を送る。
事実、今日堅太と会って、自分なりに別れが出来て気持ちが軽くなった。
翔悟に既に決められた相手がいるのなら、これ以上深みに嵌る事は無い。だったら尚更。
(……けじめ、大事かも)
このまま母の期待に押し切られる形でお見合いをして、無難な相手と結婚をする。その時この気持ちを思い出さないだろうか。いつか後悔しないだろうか……
(言いたい)
自分の気持ちを伝えたい。
年下の彼に。
恥ずかしくもある。でも、年齢を自覚すれば……勇気を持ちたい。
どくんと胸が大きく鳴った。
緊張と不安が胸を占める。
その後の別れを思えば胸が苦しいが、でもきっと、翔悟は笑ってくれるような気がした。
『ありがとう、嬉しいです』
その後ごめんなさいと言われても、泣いてしまっても、華子はやっぱり嬉しいだろうと思う。思いは遂げられなくても、自分の気持ちを大事にしたい。先に進む勇気を尊重したい。
キュッと前を向いて、華子は送別会の会場へと足を向けた。
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