上 下
12 / 19

11.

しおりを挟む
 向かいで驚く堅太を一瞥してから、翔悟はいつもの綺麗な笑みで口を開けた。
「初めまして先輩? 廉堂 翔悟といいます。仁科さんから新人指導研修を受けています」
「研修……廉堂……」
 社内行事であるそれに、堅太もピンと来たのだろう。ああと漏らし頷いている。
 けれど、それだけ言いクルリと会計へ向かう翔悟に、華子は慌てて席を立った。

「ちよっと、廉堂君。レシート!」
「あ、そうだ仁科さん。午後の準備手伝って貰っていいですか?」
 ……はい? 
(準備って何だっけ?)
 勢いよく振り返る翔悟に、華子の反応は鈍った。
「……えっと、勿論いいけど」
 準備とは何だとか、それはともかくレシートと口にする前に、翔悟にさっさと腕を掴まれてしまう。

「じゃあ急ぎましょう」
「はいっ? もう?」
「すぐです。食事は終わったでしょう?」
「それは……終わったけどっ、」

 状況を飲み込めない堅太を取り残し、華子は翔悟に引き摺られるように店を出た。

「廉堂君、その……一人だったの?」
 堅太を置いてきた反動で思わず口にする。
 あの店はどちらかと女性受けするような店内で、男一人というのは少し違和感があった。それに今日は最終日。部内の誰とお昼を摂っても不思議はないのだ。

 結芽の顔が頭を掠める。
 考えないようにしていた、結芽とのランチデート──あれから二人はどうなったのか……

「そうですよ。……今日くらい一緒に行きたかったのに」
 ずんずん進む翔悟の勢いに引き摺られ、華子は必死に足を動かす。物思いに耽っていたのも合わさり、翔悟が何を言ってるか聞き取れない。
 ……それにしても、さっきから怒って見えるようなのは何故なんだろう。

「元彼にあんな風に笑ったりして、誤解されたらどうするんだ。お人好しだとは思っていたけど、ここまで危なっかしいとは思ってなかった。俺ばっかりアレコレ気にして……」
 ……なんかブツブツ言ってるし。

 手を離して、お金を払うから、という言葉は、すっかり上がった息に邪魔されて言葉にならない。
 それから翔悟はやっと赤信号で止まってくれて、華子は手を膝について身体を支えた。
「も、早いよ……廉堂君」
「あ……仁科さん?!」
 ぐたりと頽れる華子に翔悟は焦った声を上げた。
(いくら恋心を自覚したとは言え……これは別)

「もう」
 一息吐いて華子は翔悟をじとっと睨んだ。
「っ、……ごめんなさい」
 ……そんな風に謝られたら怒れなくなってしまうけど。翔悟がこっそりとそう評価しているように、華子はお人好しだった。

「だって俺、今日が最後なのに……」
「──え、ええ」
 華子は一瞬躊躇する。
 最後。その言葉以上に、目の前の翔悟の様子に華子は落ち着かない気持ちになる。
(いつもの廉堂君と違う……)
 取り繕ったものとは違う。一週間前に見た、プライベートの翔悟の顔。
 今日は垂れた耳と尻尾が見える。

「それなのに……てっきり仁科さんは俺を労ってくれると思ってたから……」
「え、ごめ……」
 自分の心を優先して距離を取った挙句、好きな人の気持ちを疎かにしてしまった。
 そう気がついて華子は言葉を濁した。
(……私、何も変わってない)
 ふと堅太の顔が思い浮かぶ。
 歩み寄りが足りなかった時間……

 吊り合いが取れないのを言い訳に、翔悟を傷つけて良い訳ではないのに。
 シュンと落ち込む翔悟に華子の罪悪感が募る。
「ごめん、配慮が足りなかったね」
 華子は申し訳ない思いで顔を上げた。

「でも廉堂君は今週もよく頑張ってたよ? 何も言う事がないくらい。それに今夜は皆でワーッと飲みに行くんだし、元気だして?」
「……はあ」
 労いが足りなかったという謝罪に対して、返ってきたのは不満そうな溜息である。……垂れ耳と尻尾がハリボテに見えるのは気のせいか。
 そして何故ジトリと睨まれるのだろう。解せぬ。

「──まあ、いいです。とにかく今日、俺最後なんです。優先して下さい」
 青信号に今度は手を繋がれ、流石に華子はたじろいだ。
 大きな手が自分の手をすっぽりと包み、勝手にどきまぎしてしまう。
「あ、あの……でも観月さんは?」
 咄嗟に溢れた言葉に、慌てて口を手で抑えてももう遅い。
 結芽はもう告白したのか、二人は付き合っているのか。
 気になって仕方がない関係が頭を掠め、思わず口をついて出てしまった。
 
 躊躇う華子を他所に、翔悟はパッと振り返り、そしてにんまりと口角を上げた。
(……え? 何その顔?)
 戸惑う華子を他所に、彼の機嫌は上向いたようだ。
「何もありませんよ」
 どこかしら弾んだ声音でそう告げて、翔悟は足取りも軽く交差点を歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

溺愛プロデュース〜年下彼の誘惑〜

氷萌
恋愛
30歳を迎えた私は彼氏もいない地味なOL。 そんな私が、突然、人気モデルに? 陰気な私が光り輝く外の世界に飛び出す シンデレラ・ストーリー 恋もオシャレも興味なし:日陰女子 綺咲 由凪《きさき ゆいな》 30歳:独身 ハイスペックモデル:太陽男子 鳴瀬 然《なるせ ぜん》 26歳:イケてるメンズ 甘く優しい年下の彼。 仕事も恋愛もハイスペック。 けれど実は 甘いのは仕事だけで――――

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、136話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(11/21更新)

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

処理中です...