10 / 19
09.
しおりを挟む
そして金曜日。翔悟の研修最終日。
その日はあっさりと来てしまった。
(……気持ちを自覚したせいだわ)
浮つき、気もそぞろとなっている自分に自己嫌悪が募りつつ、やはり気持ちには抗えない。
翔悟はというと、華子の言いつけを守って大人しくしているから尚更だ。
──いや、そう見えるだけで彼にとってはもう終わった関係なのかもしれない。もしそうなら、たった一度の関係で恋情を覚えた華子をどう思うだろう。
(はあー、嫌な想像ばかりが頭を占める……)
そして、もしかしたらという仄かな思いが華子を揺さぶるからタチが悪い。
くるくると変わる翔悟の表情が、未だ鮮やかに華子の脳裏に浮かんでは彩かに咲いている。
そうして一通り浮かれてから「でも」と頭を振る。
高く聳え立つ「年齢差」。
可愛げのない「性格」。
これだけでもう、華子の思いは現実味がないのに。
だからこそ、今日でもう会えなくなるこの関係は良い区切りなのだけれど。
それでも華子は結芽と翔悟の事が気になって仕方がなかった。
今まで視界の端にも入れて無かったのが嘘のように。もう既に、翔悟を見えなくても意識してしまっている。
今も親しげに語らう結芽と翔悟の横顔が、自然と目に入る。
(……いいな、お似合いだ)
羨ましくて切なくて仕方ない。勝手に期待して、失望する。
こんな気持ちになるなら、もう誰にも心を許したくないと思うのに……
泣いても笑っても今日が最後で、部内皆で彼を労って、お別れをする。
流石に最後くらい部内の交流を深めなさいと、翔悟には一日自由にさせている。元より彼は真面目だし、今まで華子がみっちりとしごいてきたので、それで丁度いい塩梅だ。
そしてお昼時間。
華子は慌ただしく席を立った。
結芽と翔悟が仲睦まじく昼食に行く姿なんて、とても見られない。
このまま少し遠くに足を伸ばそうかと腕時計を眺めていると、急に視界が陰った。
「華子」
「……っ」
そう自分を呼ぶのは元彼、新庄 堅太だ。
目を丸くすると同時に華子は慌てて周りを見回した。
「就業中ですよ、新庄君」
咎めるように口にすれば堅太は相好を崩す。
「なんか相変わらずだな、華子のそれ」
「──っ、だから」
じろっと睨みあげると、堅太は分かったよと首の後ろを掻き白い歯を見せる。
反省してるのかしてないのか、こういうところは相変わらずだ。華子は顔を顰めて口を開いた。
「……あのね。私と一緒にいると、婚約者が嫌な思いするでしょう?」
「んー? あいつもい仕事辞めちゃったし。会社にいないよ?」
「だからって。誰がどう伝えるか分からないじゃない?」
変な噂を立てられて迷惑被るのは振られた自分の方なのだから。
そんな意味を込めて睨みつけるも堅太はどこ吹く風である。
(……全く、随分図太くなったわね)
出会った頃は子犬のように可愛かったのにと、華子はふぅと息を吐いた。
「なぁ昼一緒に行こうよ、相談したい事があるんだ」
「相談? 嫌よ、他を当たって」
どうして別れた男の相談になんて乗らなきゃならんのだ。
くるりと踵を返す華子に堅太の声が追い縋る。
「そんな事言わないでよ。立川さんさ、華子の同期の。俺たちの事知ってるから俺に冷たいんだよ。それで仕事がやりにくくて困ってるんだ。ねえ、頼むよ」
ピタリと華子の足が止まる。
──立川の事は勿論知っている。
華子の同期の男性社員で、責任感の強い男だ。
(私のせい……?)
ちらりとそんな考えが頭を過ぎる。
二年前。華子が振られて堅太が歳下の新入社員と付き合い出した事に、確かに彼は怒っていた。彼自身結婚が早く、学生時代から付き合っていた奥さんをとても大事にしているから。
(でもそれは、当人たちの問題だし……)
確かに同期に愚痴を零した覚えがある。それで仕事に支障が出るならば、自分の過失、という事になるのか……
「……分かった」
仕方なしとは言え、華子にはそう答えるしか無かった。
その日はあっさりと来てしまった。
(……気持ちを自覚したせいだわ)
浮つき、気もそぞろとなっている自分に自己嫌悪が募りつつ、やはり気持ちには抗えない。
翔悟はというと、華子の言いつけを守って大人しくしているから尚更だ。
──いや、そう見えるだけで彼にとってはもう終わった関係なのかもしれない。もしそうなら、たった一度の関係で恋情を覚えた華子をどう思うだろう。
(はあー、嫌な想像ばかりが頭を占める……)
そして、もしかしたらという仄かな思いが華子を揺さぶるからタチが悪い。
くるくると変わる翔悟の表情が、未だ鮮やかに華子の脳裏に浮かんでは彩かに咲いている。
そうして一通り浮かれてから「でも」と頭を振る。
高く聳え立つ「年齢差」。
可愛げのない「性格」。
これだけでもう、華子の思いは現実味がないのに。
だからこそ、今日でもう会えなくなるこの関係は良い区切りなのだけれど。
それでも華子は結芽と翔悟の事が気になって仕方がなかった。
今まで視界の端にも入れて無かったのが嘘のように。もう既に、翔悟を見えなくても意識してしまっている。
今も親しげに語らう結芽と翔悟の横顔が、自然と目に入る。
(……いいな、お似合いだ)
羨ましくて切なくて仕方ない。勝手に期待して、失望する。
こんな気持ちになるなら、もう誰にも心を許したくないと思うのに……
泣いても笑っても今日が最後で、部内皆で彼を労って、お別れをする。
流石に最後くらい部内の交流を深めなさいと、翔悟には一日自由にさせている。元より彼は真面目だし、今まで華子がみっちりとしごいてきたので、それで丁度いい塩梅だ。
そしてお昼時間。
華子は慌ただしく席を立った。
結芽と翔悟が仲睦まじく昼食に行く姿なんて、とても見られない。
このまま少し遠くに足を伸ばそうかと腕時計を眺めていると、急に視界が陰った。
「華子」
「……っ」
そう自分を呼ぶのは元彼、新庄 堅太だ。
目を丸くすると同時に華子は慌てて周りを見回した。
「就業中ですよ、新庄君」
咎めるように口にすれば堅太は相好を崩す。
「なんか相変わらずだな、華子のそれ」
「──っ、だから」
じろっと睨みあげると、堅太は分かったよと首の後ろを掻き白い歯を見せる。
反省してるのかしてないのか、こういうところは相変わらずだ。華子は顔を顰めて口を開いた。
「……あのね。私と一緒にいると、婚約者が嫌な思いするでしょう?」
「んー? あいつもい仕事辞めちゃったし。会社にいないよ?」
「だからって。誰がどう伝えるか分からないじゃない?」
変な噂を立てられて迷惑被るのは振られた自分の方なのだから。
そんな意味を込めて睨みつけるも堅太はどこ吹く風である。
(……全く、随分図太くなったわね)
出会った頃は子犬のように可愛かったのにと、華子はふぅと息を吐いた。
「なぁ昼一緒に行こうよ、相談したい事があるんだ」
「相談? 嫌よ、他を当たって」
どうして別れた男の相談になんて乗らなきゃならんのだ。
くるりと踵を返す華子に堅太の声が追い縋る。
「そんな事言わないでよ。立川さんさ、華子の同期の。俺たちの事知ってるから俺に冷たいんだよ。それで仕事がやりにくくて困ってるんだ。ねえ、頼むよ」
ピタリと華子の足が止まる。
──立川の事は勿論知っている。
華子の同期の男性社員で、責任感の強い男だ。
(私のせい……?)
ちらりとそんな考えが頭を過ぎる。
二年前。華子が振られて堅太が歳下の新入社員と付き合い出した事に、確かに彼は怒っていた。彼自身結婚が早く、学生時代から付き合っていた奥さんをとても大事にしているから。
(でもそれは、当人たちの問題だし……)
確かに同期に愚痴を零した覚えがある。それで仕事に支障が出るならば、自分の過失、という事になるのか……
「……分かった」
仕方なしとは言え、華子にはそう答えるしか無かった。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

Heri nocte(エイリノクテ)
Tempp
恋愛
朝起きると、ベッドには誰かの気配が残っていた。
そういえば昨日Heri nocte(エイリノクテ)、昨日の夜という名前のバーで意気投合した女と、ええとどうだったのかな。なんとなく記憶を探りながら追いかけた玄関で見つけたメッセージ。
約束を覚えてる?
運命の車輪から奇跡を見つけて。

実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。
汐埼ゆたか
恋愛
旧題:あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
※現在公開の後半部分は、書籍化前のサイト連載版となっております。
書籍とは設定が異なる部分がありますので、あらかじめご了承ください。
―――――――――――――――――――
ひょんなことから旅行中の学生くんと知り合ったわたし。全然そんなつもりじゃなかったのに、なぜだか一夜を共に……。
傷心中の年下を喰っちゃうなんていい大人のすることじゃない。せめてもの罪滅ぼしと、三日間限定で家に置いてあげた。
―――なのに!
その正体は、ななな、なんと!グループ親会社の役員!しかも御曹司だと!?
恋を諦めたアラサーモブ子と、あふれる愛を注ぎたくて堪らない年下御曹司の溺愛攻防戦☆
「馬鹿だと思うよ自分でも。―――それでもあなたが欲しいんだ」
*・゚♡★♡゚・*:.。奨励賞ありがとうございます 。.:*・゚♡★♡゚・*
▶Attention
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
溺愛プロデュース〜年下彼の誘惑〜
氷萌
恋愛
30歳を迎えた私は彼氏もいない地味なOL。
そんな私が、突然、人気モデルに?
陰気な私が光り輝く外の世界に飛び出す
シンデレラ・ストーリー
恋もオシャレも興味なし:日陰女子
綺咲 由凪《きさき ゆいな》
30歳:独身
ハイスペックモデル:太陽男子
鳴瀬 然《なるせ ぜん》
26歳:イケてるメンズ
甘く優しい年下の彼。
仕事も恋愛もハイスペック。
けれど実は
甘いのは仕事だけで――――
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる