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05.
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そして翌日は大反省会である。
(うう……やってしまった……)
大して飲んでいない筈なのに頭が痛い。
理由なんて知れた事。
華子は隣ですやすやと眠る翔悟に苦々しい思いで頬を突こうとして……止めた。
本当にどういうつもりなのか。
実は彼は相当に質の悪い男で、華子に自分の内心点を上げようと取り図っているとか──
(……それはない)
そんな事をせずとも翔悟は優秀だ。
そもそもあのショットバーの近くに彼の家があるとは思わなかった。やっぱり帰るとは言えない距離な上、華子の肩をガッチリと掴む力は異様に強かった。
更にいつの間にか預けていた鞄の行方が分からなくなっており、翔悟がシャワーを浴びている間にやはり、と部屋を飛び出そうとしたものの──気付けば服すら無い有り様で……目も当てられなかった。
もう自分には帰る術など無いのだと、そんな状況に愕然としてからは、あっという間の出来事で。
(何故、こんな事に……)
本当ならいつものように何の変哲もない週末を過ごす予定だったのに。
(と、とにかく今からでも帰らないとっ)
シーツを引っ掻くようにベッドから身を乗り出すと同時に、逞しい腕が腹に周り、華子は息を呑んだ。
「……おはよ?」
甘えるように華子の背中に額を擦り付けて、朝の挨拶を口にするのは、自分が教育担当を受け持つ新入社員だ。……多分。
「お、おはよう……?」
それより全く知らない男と過ごしてしまい、無かった事にする方が断然いいと今なら思う。
強張る舌を何とか動かせば、すっかり掠れた自分の声に驚き、華子は思わず手で口を覆った。
くすっと笑う声が腰に響く。
「今、飲み物用意する。腰は平気?」
そういいながら腰に頬擦りをする翔悟に華子は身動いだ。
「く、擽ったいっ──痛っ、?!」
ズキッと響く腰に顔を顰めれば、申し訳なさそうな翔悟が華子の顔を覗き込んだ。
「ごめん、やっぱり無理させちゃった。……嬉しくて、つい……」
「……う」
込み上げていた怒りがさっと霧散する。
頼られるのに慣れているせいか、そんな顔をされると絆されてしまって、強く出れない。
「い、いいのよ……しょうがないわ、若いものね」
なのでついそう返すと、翔悟は何だか不機嫌そうな顔をした。
「それって元彼と比べてる?」
「──はい?」
思わず元彼を思い浮かべて、恥ずかしくなる。
そんなつもりは無かったが、そう取られたのだろうか。
「ち、違うけど……その、前の彼はあんまり……淡白っていうか……あーいや、うん。何言ってんだろ、私」
むしろ比べるなと言われて思い出してしまった。頭に響くのは昨日、翔悟が何度も自分を呼ぶ声と──……
「と、とにかく全然何にも思い出してなんていません!」
急いで不埒な思考を頭を振って追いやる。
(あー、もう恥ずかしい)
けれど翔悟の機嫌は上向いたらしく、にんまりと口角を上げている。
「そう?」
そのままベッドを降りてスタスタ歩く翔悟に華子は悲鳴じみた声を上げた。
「ちょっ、服着てよ!」
「え? だって昨日全部見たでしょ?」
しれっと言わないで欲しい。そういう問題じゃない。
別に好きで見た訳でも──そもそも見て見て言ってきたのは自分のくせに……
(あーもー)
また思い出そうとしている。もしかして自分は変態なのだろうか。
「……そういう問題じゃありません! それに私の服は? 鞄は?」
けほこほと咳払いをしながら告げると翔悟は軽く肩を竦めた。
「服は洗濯機だよ。乾燥も掛けてあるから、もう乾いてる筈。待ってて今持ってくるね」
「や! いいよ! 自分で取りに行くからっ」
華子は慌てて毛布を身体に巻き付け、脱衣室に駆け込んだ。
「どうしたの?」なんて首を傾げる翔悟が憎たらしい。
(いくら何でも知り合ったばかりの男性に、下着の用意をさせられる程無神経じゃないわよ!)
昨日慌ただしく使ったバスルームに置かれたドラム式洗濯機の中で、確かに華子の着替えが回っていた。
(良かった、乾いてる)
ホッと息を吐きながら急いで着替えを済ませ、ようやく一息ついたのだった。
「え……帰るの? 何で?」
むうっと眉間に皺を寄せた翔悟の反応は、華子が再三に鞄の在り方を尋ねた故である。
「……えーと、今日は実家の母が……来るんだよね?」
(嘘だけど)
「ふーん、華子さんも一人暮らしなの?」
(──……あぅ)
嘘をついた弊害がえらいところに出た。
華子は生温い気持ちで弁明を続ける。
「えーと、それでほら。週末は実家に帰るか、親が訪ねてくるかなのよ。うち、この年になっても親が過保護でね……あはは」
もごもごと口にする言い訳は苦しいかもしれないが、流石にこれを駄目だとは言わないだろう。
「……じゃあ俺も挨拶しておこうかな」
「駄目!」
勢いよく返せば翔悟の眼差しが剣呑に光った。
「──何で?」
「それはえーと、うちの親は、その……ほら……」
胡乱な眼差しから目を逸らし、華子はぱくぱくと空気を食んだ。
「──今日は母親しか来ないので……挨拶なら、両親一緒の時がいいんじゃないかなあ、なんて……?」
(うう、何この言い訳)
華子は内心で頭を抱えた。何なら両手両膝を突き蹲って叫びたい。
しかし当の翔悟はきょとんとした後、顔を真っ赤に染め上げた。
「うん。そ、それならまあ……仕方ないかな」
(え、嘘。それアリなんだ?)
まじか。と目を丸くしつつも、華子はこの場から逃げ出せる事に安堵した。
(うう……やってしまった……)
大して飲んでいない筈なのに頭が痛い。
理由なんて知れた事。
華子は隣ですやすやと眠る翔悟に苦々しい思いで頬を突こうとして……止めた。
本当にどういうつもりなのか。
実は彼は相当に質の悪い男で、華子に自分の内心点を上げようと取り図っているとか──
(……それはない)
そんな事をせずとも翔悟は優秀だ。
そもそもあのショットバーの近くに彼の家があるとは思わなかった。やっぱり帰るとは言えない距離な上、華子の肩をガッチリと掴む力は異様に強かった。
更にいつの間にか預けていた鞄の行方が分からなくなっており、翔悟がシャワーを浴びている間にやはり、と部屋を飛び出そうとしたものの──気付けば服すら無い有り様で……目も当てられなかった。
もう自分には帰る術など無いのだと、そんな状況に愕然としてからは、あっという間の出来事で。
(何故、こんな事に……)
本当ならいつものように何の変哲もない週末を過ごす予定だったのに。
(と、とにかく今からでも帰らないとっ)
シーツを引っ掻くようにベッドから身を乗り出すと同時に、逞しい腕が腹に周り、華子は息を呑んだ。
「……おはよ?」
甘えるように華子の背中に額を擦り付けて、朝の挨拶を口にするのは、自分が教育担当を受け持つ新入社員だ。……多分。
「お、おはよう……?」
それより全く知らない男と過ごしてしまい、無かった事にする方が断然いいと今なら思う。
強張る舌を何とか動かせば、すっかり掠れた自分の声に驚き、華子は思わず手で口を覆った。
くすっと笑う声が腰に響く。
「今、飲み物用意する。腰は平気?」
そういいながら腰に頬擦りをする翔悟に華子は身動いだ。
「く、擽ったいっ──痛っ、?!」
ズキッと響く腰に顔を顰めれば、申し訳なさそうな翔悟が華子の顔を覗き込んだ。
「ごめん、やっぱり無理させちゃった。……嬉しくて、つい……」
「……う」
込み上げていた怒りがさっと霧散する。
頼られるのに慣れているせいか、そんな顔をされると絆されてしまって、強く出れない。
「い、いいのよ……しょうがないわ、若いものね」
なのでついそう返すと、翔悟は何だか不機嫌そうな顔をした。
「それって元彼と比べてる?」
「──はい?」
思わず元彼を思い浮かべて、恥ずかしくなる。
そんなつもりは無かったが、そう取られたのだろうか。
「ち、違うけど……その、前の彼はあんまり……淡白っていうか……あーいや、うん。何言ってんだろ、私」
むしろ比べるなと言われて思い出してしまった。頭に響くのは昨日、翔悟が何度も自分を呼ぶ声と──……
「と、とにかく全然何にも思い出してなんていません!」
急いで不埒な思考を頭を振って追いやる。
(あー、もう恥ずかしい)
けれど翔悟の機嫌は上向いたらしく、にんまりと口角を上げている。
「そう?」
そのままベッドを降りてスタスタ歩く翔悟に華子は悲鳴じみた声を上げた。
「ちょっ、服着てよ!」
「え? だって昨日全部見たでしょ?」
しれっと言わないで欲しい。そういう問題じゃない。
別に好きで見た訳でも──そもそも見て見て言ってきたのは自分のくせに……
(あーもー)
また思い出そうとしている。もしかして自分は変態なのだろうか。
「……そういう問題じゃありません! それに私の服は? 鞄は?」
けほこほと咳払いをしながら告げると翔悟は軽く肩を竦めた。
「服は洗濯機だよ。乾燥も掛けてあるから、もう乾いてる筈。待ってて今持ってくるね」
「や! いいよ! 自分で取りに行くからっ」
華子は慌てて毛布を身体に巻き付け、脱衣室に駆け込んだ。
「どうしたの?」なんて首を傾げる翔悟が憎たらしい。
(いくら何でも知り合ったばかりの男性に、下着の用意をさせられる程無神経じゃないわよ!)
昨日慌ただしく使ったバスルームに置かれたドラム式洗濯機の中で、確かに華子の着替えが回っていた。
(良かった、乾いてる)
ホッと息を吐きながら急いで着替えを済ませ、ようやく一息ついたのだった。
「え……帰るの? 何で?」
むうっと眉間に皺を寄せた翔悟の反応は、華子が再三に鞄の在り方を尋ねた故である。
「……えーと、今日は実家の母が……来るんだよね?」
(嘘だけど)
「ふーん、華子さんも一人暮らしなの?」
(──……あぅ)
嘘をついた弊害がえらいところに出た。
華子は生温い気持ちで弁明を続ける。
「えーと、それでほら。週末は実家に帰るか、親が訪ねてくるかなのよ。うち、この年になっても親が過保護でね……あはは」
もごもごと口にする言い訳は苦しいかもしれないが、流石にこれを駄目だとは言わないだろう。
「……じゃあ俺も挨拶しておこうかな」
「駄目!」
勢いよく返せば翔悟の眼差しが剣呑に光った。
「──何で?」
「それはえーと、うちの親は、その……ほら……」
胡乱な眼差しから目を逸らし、華子はぱくぱくと空気を食んだ。
「──今日は母親しか来ないので……挨拶なら、両親一緒の時がいいんじゃないかなあ、なんて……?」
(うう、何この言い訳)
華子は内心で頭を抱えた。何なら両手両膝を突き蹲って叫びたい。
しかし当の翔悟はきょとんとした後、顔を真っ赤に染め上げた。
「うん。そ、それならまあ……仕方ないかな」
(え、嘘。それアリなんだ?)
まじか。と目を丸くしつつも、華子はこの場から逃げ出せる事に安堵した。
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