5 / 19
04.
しおりを挟む
「俺、仁科さんが教育係で良かったです」
そう切実に訴える姿に思わず息が詰まった。
いつもの……綺麗に取り繕われた表情が歪んでいる。
色味を帯びて向けられる表情は、儀礼的でも対外的なものでもない。
(ちょ、こんなタイミングで……そんな顔……っ)
自分だけがこんな彼の顔を見ているのではないか、なんて勘違いしてしまうじゃないか。
「そ、そう? ありがとう!」
そんな頭を掠めた思いを急いで振り払い、華子はあ慌てて財布を出した。
「会計はもうお連れ様に済ませて頂いています」
にこやかに告げるスタッフに華子は唖然と口を開く。
(いつの間に?)
「ちょっ……こう言う時は上司を立てるものよっ」
いつか聞いた台詞を口にするも、思わず噛んでしまい、羞恥に顔に熱が上がる。思っているより動揺しているらしい……
「……上司ですか?」
揶揄うように首を傾げる翔悟は妙に色っぽくて、思わず華子は視線を逸らしてしまった。
(何……?)
背が高いせいか、こうして間近で見下ろされると威圧感が凄い。
何も悪い事はしていないのに、何故かびくびくと居た堪れない気分になるのは、翔悟がずっとこちらを見つめたままだからだ。
(何なの……?)
「そ、そうよ……」
自分の心を見透かされているようで居た堪れない。
声に力が入らず尻すぼみになってしまうのは、急に萎んだ自信のせいだ。仕事の話だったらいくらでも言い返せるのに。……恋愛には、自信がない。どう見ても百戦錬磨の翔悟を前にしたら尚更だ。
内心で焦っていると、頭上からくすりと笑い声が降ってきて。華子のなけなしの矜持が顔を上に向けさせた。
気付けば身を屈めた翔悟の顔が目の前にあって息を呑んだ。
華子がその距離に面食らっている間に、翔悟は当たり前のように顔を寄せて話しかける。
「仁科さんは俺の一時的な教育係であって、上司とは違うでしょ?」
その言葉に華子はぎゅっと眉間に皺を寄せる。
確かにそうかもしれないが……そんなのは言葉遊びのようなものだ。
「少なくとも仮ではあっても今、私はあなたの上司だわ」
「それにこうしたプライベートの時間なんて、俺にとっては女性と過ごす時間に変わりありませんから」
反論する華子の返答は聞いていないのか、翔悟はけろりと言い切った。
「……えっ?」
ポカンと顔を上げる華子に、翔悟はなんて事ない風に笑ってみせる。
「まあだから。仁科さんは女の子なんで、甘えて下さいよ。ここは誘った男の俺を立てるって場面です」
「はい……? 女の子?」
華子はパチクリと目を瞬いた。
そんな台詞は予想外だった。
いつだって華子はその容姿や雰囲気から「頼れるお姉さん」だったから。彼氏だって友達からだって、そんな扱いをされた事はほぼ皆無で……
思わぬ扱いに顔に熱が上るのを感じながら、華子は口をぱくぱくしと動かした。
「そんな顔をするのも、俺の前だけですか?」
間近で囁く翔悟の声に、華子の平常心はこれ以上耐えられそうにない。
「か、揶揄わないで。あ、もう帰ろう。──終電!」
「待って下さい!」
そう張った華子の声を上回る音量に、他の客からの視線が向く。
「な、何……?」
真剣な顔の翔悟と視線と絡み、華子の頭を警鐘が鳴った。聞いちゃいけないのに、翔悟から視線が逸らせない。
「もっと、一緒にいたいです……」
「……、それは」
縋るような翔悟の眼差しに息を呑んだ。
何が言いたいのか分からない程子供でも、若くもない。
でも彼は研修指導担当で、短いながらも華子は翔悟の上司だ。
(駄目)
けれど頭とは裏腹に、翔悟に引かれるまま華子はその胸に収まった。
「もう少しだけ……」
こくっと喉を鳴らした。
(女の子……)
一体どういうつもりなのか、彼の真意は分からない。年下に振られた話を聞いて憐れんだのかもしれないし、申し訳なく思ったのかもしれない。彼には関係ないから、単純に欲でも抱いたのかもしれない。でも……
「……うん」
嬉しいと思った。
多分初めての女の子扱いが。
きっとほんの一時の気まぐれでも。
だから。
「いいよ……」
今だけ流されても、いいと思った。
そう切実に訴える姿に思わず息が詰まった。
いつもの……綺麗に取り繕われた表情が歪んでいる。
色味を帯びて向けられる表情は、儀礼的でも対外的なものでもない。
(ちょ、こんなタイミングで……そんな顔……っ)
自分だけがこんな彼の顔を見ているのではないか、なんて勘違いしてしまうじゃないか。
「そ、そう? ありがとう!」
そんな頭を掠めた思いを急いで振り払い、華子はあ慌てて財布を出した。
「会計はもうお連れ様に済ませて頂いています」
にこやかに告げるスタッフに華子は唖然と口を開く。
(いつの間に?)
「ちょっ……こう言う時は上司を立てるものよっ」
いつか聞いた台詞を口にするも、思わず噛んでしまい、羞恥に顔に熱が上がる。思っているより動揺しているらしい……
「……上司ですか?」
揶揄うように首を傾げる翔悟は妙に色っぽくて、思わず華子は視線を逸らしてしまった。
(何……?)
背が高いせいか、こうして間近で見下ろされると威圧感が凄い。
何も悪い事はしていないのに、何故かびくびくと居た堪れない気分になるのは、翔悟がずっとこちらを見つめたままだからだ。
(何なの……?)
「そ、そうよ……」
自分の心を見透かされているようで居た堪れない。
声に力が入らず尻すぼみになってしまうのは、急に萎んだ自信のせいだ。仕事の話だったらいくらでも言い返せるのに。……恋愛には、自信がない。どう見ても百戦錬磨の翔悟を前にしたら尚更だ。
内心で焦っていると、頭上からくすりと笑い声が降ってきて。華子のなけなしの矜持が顔を上に向けさせた。
気付けば身を屈めた翔悟の顔が目の前にあって息を呑んだ。
華子がその距離に面食らっている間に、翔悟は当たり前のように顔を寄せて話しかける。
「仁科さんは俺の一時的な教育係であって、上司とは違うでしょ?」
その言葉に華子はぎゅっと眉間に皺を寄せる。
確かにそうかもしれないが……そんなのは言葉遊びのようなものだ。
「少なくとも仮ではあっても今、私はあなたの上司だわ」
「それにこうしたプライベートの時間なんて、俺にとっては女性と過ごす時間に変わりありませんから」
反論する華子の返答は聞いていないのか、翔悟はけろりと言い切った。
「……えっ?」
ポカンと顔を上げる華子に、翔悟はなんて事ない風に笑ってみせる。
「まあだから。仁科さんは女の子なんで、甘えて下さいよ。ここは誘った男の俺を立てるって場面です」
「はい……? 女の子?」
華子はパチクリと目を瞬いた。
そんな台詞は予想外だった。
いつだって華子はその容姿や雰囲気から「頼れるお姉さん」だったから。彼氏だって友達からだって、そんな扱いをされた事はほぼ皆無で……
思わぬ扱いに顔に熱が上るのを感じながら、華子は口をぱくぱくしと動かした。
「そんな顔をするのも、俺の前だけですか?」
間近で囁く翔悟の声に、華子の平常心はこれ以上耐えられそうにない。
「か、揶揄わないで。あ、もう帰ろう。──終電!」
「待って下さい!」
そう張った華子の声を上回る音量に、他の客からの視線が向く。
「な、何……?」
真剣な顔の翔悟と視線と絡み、華子の頭を警鐘が鳴った。聞いちゃいけないのに、翔悟から視線が逸らせない。
「もっと、一緒にいたいです……」
「……、それは」
縋るような翔悟の眼差しに息を呑んだ。
何が言いたいのか分からない程子供でも、若くもない。
でも彼は研修指導担当で、短いながらも華子は翔悟の上司だ。
(駄目)
けれど頭とは裏腹に、翔悟に引かれるまま華子はその胸に収まった。
「もう少しだけ……」
こくっと喉を鳴らした。
(女の子……)
一体どういうつもりなのか、彼の真意は分からない。年下に振られた話を聞いて憐れんだのかもしれないし、申し訳なく思ったのかもしれない。彼には関係ないから、単純に欲でも抱いたのかもしれない。でも……
「……うん」
嬉しいと思った。
多分初めての女の子扱いが。
きっとほんの一時の気まぐれでも。
だから。
「いいよ……」
今だけ流されても、いいと思った。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

Heri nocte(エイリノクテ)
Tempp
恋愛
朝起きると、ベッドには誰かの気配が残っていた。
そういえば昨日Heri nocte(エイリノクテ)、昨日の夜という名前のバーで意気投合した女と、ええとどうだったのかな。なんとなく記憶を探りながら追いかけた玄関で見つけたメッセージ。
約束を覚えてる?
運命の車輪から奇跡を見つけて。

実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。
汐埼ゆたか
恋愛
旧題:あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
※現在公開の後半部分は、書籍化前のサイト連載版となっております。
書籍とは設定が異なる部分がありますので、あらかじめご了承ください。
―――――――――――――――――――
ひょんなことから旅行中の学生くんと知り合ったわたし。全然そんなつもりじゃなかったのに、なぜだか一夜を共に……。
傷心中の年下を喰っちゃうなんていい大人のすることじゃない。せめてもの罪滅ぼしと、三日間限定で家に置いてあげた。
―――なのに!
その正体は、ななな、なんと!グループ親会社の役員!しかも御曹司だと!?
恋を諦めたアラサーモブ子と、あふれる愛を注ぎたくて堪らない年下御曹司の溺愛攻防戦☆
「馬鹿だと思うよ自分でも。―――それでもあなたが欲しいんだ」
*・゚♡★♡゚・*:.。奨励賞ありがとうございます 。.:*・゚♡★♡゚・*
▶Attention
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
溺愛プロデュース〜年下彼の誘惑〜
氷萌
恋愛
30歳を迎えた私は彼氏もいない地味なOL。
そんな私が、突然、人気モデルに?
陰気な私が光り輝く外の世界に飛び出す
シンデレラ・ストーリー
恋もオシャレも興味なし:日陰女子
綺咲 由凪《きさき ゆいな》
30歳:独身
ハイスペックモデル:太陽男子
鳴瀬 然《なるせ ぜん》
26歳:イケてるメンズ
甘く優しい年下の彼。
仕事も恋愛もハイスペック。
けれど実は
甘いのは仕事だけで――――
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる