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第9話 はっきり言われてしまったようです

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 フォリムは応接室のソファで足を組み肘を突いていた。
 ソファに座ると大体この姿勢をする。品位は無いが身体は楽だ。そのままその先にある一組の男女をじっと眺めていた。

 すっかり二人の世界で会話を楽しむマリュアンゼとジョレットにフォリムは内心舌打ちしていた。

 (さっさと帰れ)

 今までは用件のみで立ち去っていた癖に、最近居座る時間が長いのは、自分の気のせいでは無いだろう。
 ……割と高確率で、屋敷に連れ込んでいた女性とかち合っていたのは理由にはなるまい。ヴィオリーシャ避けという意味では、マリュアンゼだって同等なのだから。

 確かに面白い娘だと思う。
 そしてジェラシル程度では手に負えない娘だろうとも。
 
 恐らくジョレットも、剣術大会であの目を向けられたのだろう。
 挑み、燃える、あの瞳。
 ジェラシルは恐怖し逃げた。
 ジョレットは、興味を持った。
 そして恐らく知ったのだ。あの痺れるような感覚は、他の令嬢では味わえないと。

 (ちっ……)

 自分は何を考えるている?
 猿に愛着でも持ったか。

 自嘲気味に口元を歪めれば、ジョレットがマリュアンゼの手に唇を寄せ、別れの挨拶を口にしていた。

 ◇

「役が終われば頂けませんか?」

 帰りに見送りをしろとジョレットにせがまれれば、そんな台詞が出てきた。
 何を……とは聞かなくとも察せた。

「……お前の好みとは違うだろう」

 気づけばそんな言葉を返している。

「そんなもの……自分でも知らなかっただけですよ」

 そう言って部下は少年のように笑った。

 ◇

 翌日兄に呼び出された。
 ヴィオリーシャがどうしても話がしたいと言い出したそうだ。兄はヴィオリーシャの言う事を何でも聞く。はっきり言って振り回され過ぎだ。王という立場を分かってるのだろうか。

 城の上等な応接室で渋面を作っていると、兄とヴィオリーシャがやってきた。

「待たせて済まないな、フォリム」

「いえ、先日は失礼致しました。兄上、義姉上」

 兄姉への挨拶を口にしながら、臣下の礼を取る。
 ヴィオリーシャへの牽制。
 すると、ヴィオリーシャがクスクスと笑い出した。
 眉間に皺を刻み顔を上げれば、ヴィオリーシャが意地の悪い顔で笑っている。……なんだと言うのだ。
 困ったように兄も笑い、まあ掛けろとソファを勧められた。

 向かいに座る彼らとの間のテーブルに、お茶が用意されたの見て、フォリムは口を開いた。

「お話とは……?」

「お前の婚約の事だ」

 フォリムは再び眉間に皺を寄せた。

「またその話ですか? 私の婚約者は────」

「勘違いするな。応援すると、喜んでいると言っているんだ。私も、勿論ヴィオリーシャも」

 その言葉にフォリムは眉間の皺を深めた。
 応援? ヴィオリーシャが?
 思わずそちらを振り返れば、ヴィオリーシャは澄ました顔でお茶を飲んでいたが、フォリムの視線を感じてニコリと笑った。

「ええ、応援しているわ。頑張ってね」

 その台詞にフォリムは胡散臭そうに顔を顰める。

「本当に応援しているのよ、ようやっと王妃教育に集中出来る位には、私の気持ちは落ち着いたわ」

「何故……」

 そう問わずにはいられない。
 だったら今までは何だったと言うのだ。
 固い声で出したその疑問符にヴィオリーシャはツンと顎を逸らした。

「そうね、教えてあげるわ。私は別に性悪じゃあありませんから」

 どう見ても捻くれた笑顔で勝ち誇る義姉に、フォリムは肩の力を抜いた。どうせ大した事では無い癖に、ロクでも無い事なのだ。

「あなたが私と同じになると思ったら、溜飲が下がったの」

「……は?」

 言われた言葉の意味が分からずに目を丸くする。

「分からないわよね、あなたには。婚約者に全く顧みられないという事がどういう事か。……誤解しないでね。あなたのエスコートは完璧だったわ。でも、私が捧げた心の一欠片でもあなたは私に返してくれた? ……他所の……未亡人の方と恋人だった事もあったでしょう?」

 フォリムは一旦口を噤んだ後、答えた。

「……恋人がいた事は無い」

「そうね……婚約者がいるのにそんな事しないわよね。でも例え一時の戯れでも、私には嫌だったわ……」

「……」

 少しばかりバツの悪い気分になる。
 フォリムはヴィオリーシャより五歳年上だ。
 婚約者とは言え未婚女性に手を出す事は出来なかったが……流石にいい年をして、そういう事に全く縁が無いという事も無かった。

「あの時……」

 ふとヴィオリーシャが宙を見て、呟く。

「玉座に座っていた私からはよく見えたの。……あの子の……視線の先が……」

 そう言って今度はフォリムに目を合わせ微笑んだ。

「あなたの見ていたものも……私はね、あなたの事をそれくらい見ていたの。だから……」

 震え出すヴィオリーシャの手に兄が自分のそれを重ね、二人はそのまま見つめ合った。

「ざまあみろって思ったわ」

 兄と目を合わせながら、ヴィオリーシャは泣きそうな顔で口にした。

「あの子が見ているのはあなたじゃない。だけどあなたは自分で気づいていないだけで、きっとあの子の事────だから、振られればいいのよ、あなたなんて! 好きな人に見てもらえないまま他の誰かに攫われて、惨めに泣けばいいんだから!」

 思わずはっと息を飲む。

 そしてそう言って泣き出すヴィオリーシャを、兄はキツく抱きしめ頭を撫でた。

 フォリムは無言のまま立ち上がり、そのまま城を後にした。
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