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第1話 脳筋令嬢、婚約破棄される
しおりを挟む「マリュアンゼ! お前の顔なんてもう見たくない! 二度と僕の前に顔を見せるな!!」
そう言い放つ婚約者をしばし見下ろし逡巡するも、相手が駆け出しこの場から立ち去ってしまったので、マリュアンゼはひとまず肩の力を抜いた。そうして自分を見守る困惑の眼差しに少しばかり苦笑して、自身もまたその場を後にした。
◇
「こんの馬鹿娘が─────────────!!」
そう力の限り叫んだのは、マリュアンゼの母だ。
父と二人、祝いの酒盛りをしていたところに、こんな勢いで怒鳴りこんできたものだから、酔いも醒める。
ぱちくりと目を瞬かせるマリュアンゼの横で父が母を宥めた。
「まあまあ、またマリュアンゼが何かしたのか? 今日は許してやれ。こんな良い日にそんなに怒るな怒るな。お前も一杯やるか?」
父はまだ酔っている。故に母の怒りの目測を誤っている。
マリュアンゼが読んだ通り、その言葉に母は目をカッと見開き父の目の前に一枚の書類を突きつけた。
「どこが! 何が良い日なんですか?! おめでたいのは、あなたの頭の中だけになさって下さい下さい! この書類が目に入らないんですか────────!?」
どこぞのご老公の為のような台詞を捲し立てる母を横目に、マリュアンゼは手に持った酒を再び口に運び、ぐびりと飲んだ。
「は、はあ? 近すぎて見えないが、うん。んん? こ、婚約破棄??!」
「そうですよ! ジェラシル様が、フォンズ伯爵家が、マリュアンゼとの婚約を破棄すると言って来たんですよ────!!」
その言葉に慌てて父が書類を両手に取る。その様子を眺めながらマリュアンゼは、あれはそう言う意味だったのかと得心した。
◇
ジェラシル・フォンズ伯爵令息とマリュアンゼ・アッセム伯爵令嬢は両家の事業提携の為、婚約した。
しかし今回の事で、傷心の息子にこのまま婚姻を押し付ける事は出来ないと、手紙にはあちらの親の悲痛な叫びが書いてあった。
書いたのは伯爵でも、書かせたのは夫人だろう。あの夫人はマリュアンゼを見てガッカリしていたから。
実は夫人と母との相性もあまり良く無かったし、事業提携なんて名ばかりで、負担もウチの方が大きい。それでもいいからこの脳筋を貰ってくれと頭を下げた結果がこれだ。母は発狂せんばかりに取り乱している。
父と二人床に正座をさせられ、マリュアンゼはそんな事を考えていた。命令した母は二人の前を行ったり来たりしながら、ひたすら嘆いている。
「何で勝ったりしたの!?」
「……ジェラシル様が遠慮はいらないって言ったから……」
じゃあしょうがないよな、なんて顔をしてた父は母から凄い目で睨まれ視線を逸らした。
そして母は、どうして本音と建前の区別がつかなかったの! と怒り出し、ひとしきり喚いた後崩れ落ちた。
「せめて……せめて、優勝しなければ良かったのに……」
そう言って今度はすすり泣き始める。
「いや、凄い事だぞ? 騎士団主催の剣術大会で優勝だなんて? 最後は副団長と手合わせして相打ち! 初の女性優勝! 快挙じゃないか!」
因みにジェラシルとは二回戦で当たった。彼はあまり強く無かった。運動神経に自信があるなら参加してみろ、胸を貸してやる。なんて宣っていたくせに。
娘の栄誉を思い出し喜色を浮かべる父を、ハンカチを噛んで泣いていた母が、ギリッと睨みつける。
「ふ、副団長も褒めてたぞ?」
そう言えば最後、副団長は顔が引き攣ってた気がする。マリュアンゼは、ぼんやりとそんな事を思い出す。
それにしても、母の形相に怯みながらも父は父なりに頑張って母の機嫌を取ろうとしているが、逆効果だ。マリュアンゼは耳を塞いだ。
「どこの世界に男より強い令嬢を好む男がいるか────!! そして、そんな令嬢を嫁に欲しいと望む令息があああ!! ジェラシル様は、公衆の面前で婚約者に叩きのめされて恥をかいて……マリュアンゼはゴリラみたいな女だって周囲に言わしめてるんですよ! 私はもう、恥ずかしいったら……」
そう言って泣き出す母に父は眉を顰める。
「な、うちの娘をゴリラだと?!」
「お父様、あんまりです!」
頷き合う父娘に母が涙ながらに顔を向け────
「「ゴリラより、私|《マリュアンゼ》の方が強い」」
「こんの脳筋父娘があああ────!!」
────絶叫した。
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