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3章 解かれるものと結ばれるもの

52. 何か ※ 前半ロアン・後半フォリム視点

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「マリュアンゼ!」

 要人たちを非難させながら、ロアンは聖堂に妙な仕掛けをしていた者たちを締め上げる、という器用な立ち回りを演じていた。
 騎士を多く配置していた事が功を奏し、実行犯を早々に捉える事が出来た。けれど奴らが行動を起こしたとほぼ同時に聖堂への異常が確認され、結局は未然に防げず……

 そもそも婚姻の妨害ならナタリエを狙うと思っていたのだ。ナタリエにだけ警戒を向ければ良いのだと。
 まさか他国の高位貴族を傷つけるような真似までしてくるとは考えもしなかった。

 そこまで浅はかだとは思わなかったし、更には国宝であるアロージュ神殿を壊すなどと……いくら他国から嫁いできたとはいえ、常識から逸脱し過ぎて言葉が出ない。
 しかし放心している時間など無いことに気付き、救護班の手配を急ぐ。

 式用に点けていた蝋燭が火元になり、今は小火も起こってしまっている。
 報告を持ってきた部下からは聖堂の破壊は火薬では無く何かしかの薬品を用いたようだと口上を述べた。また薬───悪態をつきながらも現状の把握を務めるべく頭を働かせる。

 聖堂内の天井は、ほぼガラスだ。だから少なくとも圧死の可能性は無いと考えていた。
 しかし指示を飛ばすロアンに対し、騎士たちの動きは鈍く。苛立ちを隠さずにその視線の先を辿れば思わず息を飲むような光景が広がっていて、自分の浅慮を思い知る。

 ごくりと喉が鳴る。
 下から仰ぎ見ていたガラスの天井が床に散らばっている。それは普段目にする、窓にはまる薄さとはまるで違い、壁のような厚みだったのだと間近に落ちた今知った。その巨大な刃物たちが床にいくつも突き刺さり、聖堂内は凶器で埋め尽くされており……
 本当にここに生きた人が埋まっているのかと、あの美しかったアロージュ神殿が無惨に瓦礫の山と化した前で、ロアンもまた、騎士達と並び立ち竦んだ。



 
 ◇




「どうして私が捕まらないといけないのよ!」

 ───雨の離宮、ティリラの居室にて、甲高い声が響き渡った。
 ノウル国の正装である黒衣を纏った騎士に拘束され、ティリラは身を捩り抵抗している。

「王族へ毒を持った現行犯です」

 そう言ってティリラが用意したお茶を指差し、静かに告げるのは、シモンズ。
 ティリラを罠に嵌める為、面倒ながらフォリムは一芝居打つ事にした。何故ならこの女の挙動を確認してからでないと、未遂で終わってしまう。その為毒と知っていながらそのお茶を飲んだのだ。

 その後ティリラはフォリムに擦り寄り愛を囁いて不貞を促し……その言動を見張っていた騎士たちに不貞見咎められ、捕縛された。
 フォリムが身体の不調を訴えれば、シモンズが得心したようにお茶に異物があったのでは? とティリラの反応を試した。そうしてあからさまに動揺を見せたティリラの逮捕を促し、任意同行を口にしたところ自供を始めたのだ。

 数年前は先進的な薬剤であったかもしれないが、医療は常に日進月歩。そもそも薬学の専門であるフォリムがロアンと同じてつを踏む筈が無かった。……彼女は知りもしないだろうが。
 しかし耐性があるとは言え、気分は良くない。
 口に含んだ解毒剤を飲み干し、フォリムはティリラの用意した薬剤を証拠品として押収するよう指示を出した。

「ちがっ、違うわ! これは惚れ薬というか……ただの媚薬なの! 国王の第二妃から貰って、別に殺すつもりは無かったわよ!」

「王族に不法薬物を盛る事は立派に犯罪だ」

 毒の入った瓶を眺めながら、フォリムは何でも無さそうに口にする。だがティリラはフォリムの様子に虚を突かれたように一瞬動きを止めた後、急いで弁明の言葉を紡ぐ。

「えっ? ど、どうして?? あのっ、誤解なんです、私フォリム様と仲良くなりたくてっ、それで……」

「……」

 好意を寄せられている、と思っていた相手から裏切られたのだ。驚くのも無理はない。
 けれど、自分は本当に演じきれていたのだろうか?
 目の前で取り乱す女性を見ても、出会った時から変わらない感情しか持てていない。

 どれほど取り繕おうと、覆い隠せないものもあっただろうけれど、ティリラはフォリムのそれに気付かなかった。
 フォリムもまた、彼女が自分に寄せる好意には己の利権しか見て取れなかった。

 それは王族という肩書きに対するものか、或いはこの離宮から連れ出し、自分の思い描くを「幸せ」与えてくれる、都合の良い存在なのかは分からないけれど……

 いずれにしてもそれは人に対する好意ではなく、自分の為によく動く駒という認識ではなかろうか。
 駒の気持ちなど、どうでも良かったのだろう。だからこそ気付かなかった。

 それでも彼女はフォリムに好かれている。と、不思議な程確信していた。……これが前世の記憶とやらの影響なのか。
 とりあえず自分にそれが無くて良かったとしか思えない。

「……そうか、あなたはそうやって今まで人の気持ちを踏みにじってきたのだな」

 世迷いごとを振り払うように、フォリムは口にした。
 少なくとも、今のフォリムも、ロアンも、ティリラに全く好意を持っていない。それを過去の記憶とやらを盲信し、薬を用いて勝手を働いた。自分勝手な理由の為に。

「なっ、何を言っているの?! だってあなたは私の事が好きなんでしょう?! 私には時間が無いんだから、早く結ばれたかったの! それなのにあなたが、なんやかんやと理由を付けて私の誘いに乗らないから! 好きなら協力してくれたっていいじゃない!!」

 その科白にフォリムは瓶に向けていた視線をゆっくりとティリラに据えた。

「好意が無いと言ったらどうする?」

「は?」

「私はあなたに興味が無い」

 ティリラは一瞬ポカンとした後、引きった笑いを溢した。

「そ、そんな馬鹿な事ある訳無いじゃない。あなたは私に一目惚れしたんでしょう? 不本意な婚約にうんざりしていて、私に癒しを見て……ねえ、そうよね?」

 ティリラから伸ばされた手を厭うように一瞥して、フォリムは一歩後ろに下がる。

「私は一目惚れなんて言葉は信じていない。これまでも、これからも。そもそも恋なんて……」

 言い掛けて眉間に皺を溜める。

「ともかく、あなたに好意など、一切ない」

 言って、フォリムは騎士に目配せを送り、ティリラを連れて行くように指示を出す。

「酷いわ! 嘘つき! 騙したのね! あんなにあたしに優しくしておいて! あんたなんてこのままマリュアンゼと結婚すればいいのよ! そして浮気に悩ませられればいいんだわ!」

 聞き逃せぬ科白にフォリムがぴくりと反応する。

「待て、どういう事だ?」

 焦った様子のフォリムに気を良くしたのか、ティリラは勝ち誇ったように笑う。

「外伝ではあんたとマリュアンゼは既に結婚していて、妻の浮気に悩む夫という設定なのよ! 結婚前に会っちゃってバグなのかと思ったけど、既婚者より奪いやすいかもって喜んでたのに。結局バグだったのね! 何なのこのゲーム、バグばっかり! 制作会社に文句言ってやりたいわ!」

 ティリラが何を言っているのかは、ほぼ分からないが、自分とマリュアンゼが結婚?
 それは兄王の邪魔が入らなければ、あと数ヶ月後の話であって、確かにこのまま国に帰れば引き続き婚約関係が続くだろうから近い将来に起こる現実ではあるけれど、いや、そうではなくて。

 何故か緩む頬を誤魔化すように奥歯を噛み締め正気を保つ。
 ……マリュアンゼが浮気? それこそありえない。

 自分がティリラに一目惚れする以上にありえない話だ。そんな不誠実な事、あの令嬢が出来る筈が無い。
 マリュアンゼは、真っ直ぐで、勘はいいくせに鈍感で。彼女が笑えば幸せな気持ちになるけれど、それを他の誰かに向けると非常に不愉快な……そんな、存在で───

 そこまで考えてフォリムは、ふと何かに気付く。

(何だこれは……?)

 そう言えば自分はいつもマリュアンゼの事ばかり考えている。眉間に皺を寄せたまま、自分の中を探るように視線を横に滑らせる。

 何故───?
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