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2章 隣国ノウルでの役割

44. 似た者同士

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 三年前、ロアンが政敵の罠に嵌った話をシモンズにすれば、「美人局ですね」の一言で一刀されたのでマリュアンゼは引き攣った。

「違うわよ……以前からティリラ妃を嫌っていたみたいだったし」

 とりなすように顔の前で手を振るマリュアンゼに、シモンズは変わらず温度の無い視線を返す。が、その瞳が一瞬だけ揺れたのにマリュアンゼは驚いた。
 彼がそんな風に自身の感情を表すとは珍しい。

「シモンズ、何かあったの?」

 その言葉にシモンズは僅かに言い淀む。

「いえ、その……フォリム殿下は……こちらにいらっしゃいましたか?」

 マリュアンゼの部屋に入りたがらないシモンズだが、流石に廊下で出来る話では無いと踏んだらしい。エンラ同席の元、来客用の居室でテーブルを挟み、話し合いに応じてくれている。
 マリュアンゼはシモンズの言葉に首を傾げた。てっきりフォリムの指示があって来てくれたと思っていたから。

「来てないわ」

 言葉にすれば少しだけ落ちこむ。
 フォリムが異性として好きなのだと気付いてから、頭はふわふわするし胸はぎゅうぎゅう苦しい。
 そしてティリラへの一心な眼差しが忘れられないのだ。

 実はシモンズに相談しようかと思っていたが、いつにも増して雰囲気が冷たったので止める事にした。慣れない地で彼も余裕が無いのかもしれない。

 マリュアンゼもまた自分の心身の異常が、思ったよりも深刻で驚いている。恋に身を焦がすとはこういう事なのかと、身をもって知っているところである。
 果たして自国に帰るまで身体が持つだろうか。この四半刻の間に何度も溜息と自問自答を繰り返している。

「そうですか……」

 ふと気付く。マリュアンゼの返事にシモンズが動揺を見せている事に。

「公爵様がどうかした?」

「いえ……何も。いつも通りです」

「あなたはいつも通りじゃないみたいだけど?」

 シモンズの顔を覗き込む仕草を見せれば、予想以上に勢いよく身を引かれる。

「んん? 怪しいわね」

「っそれより明日以降の段取りを説明します」

 唸るマリュアンゼから視線を逸らし、シモンズはいつもの雰囲気を模倣したような口調で、淡々と話し始めた。

「婚姻式は三日後です。マリュアンゼ嬢には明日、朝一でイルム国へ輿入れするご令嬢に会いに行って頂きます」

「え? 随分と急なのね……分かったわ。そう言えばお名前も存じ上げ無かったわね。何ていう方なのかしら?」

 マリュアンゼの疑問にいつもの様子を取り戻し、シモンズは、つとマリュアンゼと視線を合わせる。

「ナタリエ・アルゼ公爵令嬢です」

 その名前にマリュアンゼも固まる。

「それって……」

「はい、ロアン殿下の元婚約者です」




 ◇




 肩より少し伸びた銀の巻き髪。サファイアのような鮮やかな色彩の瞳に、花びらのように柔らかく綻んだピンク色の唇。

 どこをどう取っても美しく、非の打ち所のない美女だ。ただ……

「あなたもロアン殿下の恋人なの?」

 塞ぎ込んだような表情が彼女の彩りを台無しにしていた。
 
(美人なのに、勿体無い)

 ある意味リランダやティリラとは真逆のタイプと言えるけれど、大人しいを通り越して、何というか、翳りを帯びた人物のようだ。

 ロアンとの婚約破棄後、ナタリエは戒律の厳しい修道院に入れられている。そのせいだろうか、苦労が表情に滲み出て、儚さより痛ましさが印象的な女性だった。
 マリュアンゼは出来るだけ優しく微笑んでみせる。

「違いますよ。ロアン殿下の計らいで雇われた、あなたの護衛です」

「でも、ロアン殿下の……第二妃なのでしょう?」

 そう言ってナタリエは傷ついたような顔でマリュアンゼを振り仰ぐ。

「それはその、ロアン殿下から話を聞いていないのですか?」

「……知らないわ。あの方が私に大事な話をした事なんて、今まで無かったもの」
 
 そう言ってふい、と顔を逸らし顔を俯けてしまった。
 ロアンも拗らせているが、ナタリエも勘違いというか、誤解をしているような感じがする。

「ナタリエ様、それでは私からご説明させて頂いても宜しいですか? 大事な作戦ですから、ナタリエ様にも把握して頂きたいのです」

 にこりと笑いかければ、ナタリエは少しだけ戸惑った風に視線を泳がせる。

「大事な、作戦……?」

「はい、殿下があなたを信頼しているからこそ実行される作戦なのです。その名も───」

 マリュアンゼは、えへんと胸を逸らし口を開いた。

「囮捜査です!」

 凍りつくナタリエの表情より、そばに控えていたシモンズの表情が珍しく、マリュアンゼは密かに感動してしまった。
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