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番外編 クライド
12. 完
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──三年後
未だクライドは浮気をしていない。その気配すらない。
クライドが綺麗な令嬢に誘われれば、当然アリサは面白くない顔をするのだが、その度にクライドはにっこりと笑う。
「君より魅力的な人はいないよ」
その言葉にうっ、と一瞬躊躇うも、何となく悔しいのアリサは出来るだけ平然と受け流してやる。
「あなたも誰より素敵だわ」
そしてクライドの反応を窺えば、一瞬だけ眉を顰めてから顔を背ける彼の耳は、確かに赤くなっていて……
密かに勝ちを確信し、アリサは口元をにやけさせた。
「……成る程、私は今日こそ君に誘惑されていると思っていい訳かな?」
けれどポツリと零される不穏な台詞に思わず狼狽えた声が出る。
「──してないわ! そんな誤解は結構よ!」
慌てて身を翻す自分をクライドの声がくつくつと追いかける。結局負けたという悔しさと共に、アリサは執務室を飛び出した。
アリサと義姉たちとの定期的なお茶会は変わらず続いている。
彼女たちと知り合った最初の夏。暑い時期にも関わらず首から手首まできっちりとドレスを着込んでいた。意味が分からないアリサは、ただ首を傾げた。
『……あの、暑くないのですか?』
『ええ、暑苦しいわよ……』
『とてもね……』
深々と溜息を吐く彼女たちからただならぬ予感を感じてからは、アリサは自衛を怠らない。けれど……
「あら、アリサ様」
呼び声にアリサは足を止める。
「……リエラ。様はいらないって何度も言ってるでしょう」
「そういう訳にはいきませんよ」
そう笑うリエラは小さな包みを抱えていた。
「……持つわよ」
「いえ、いいんです」
侍女にも預けないそれは、城に従事している夫の為のお昼だろう。
困ったように眉を下げる侍女を脇に。アリサは来た道を引き返し、二人は並んで歩き出した。
「あと三ヶ月くらいだったかしら?」
「……はい」
幸せそうに頬を緩めるリエラにアリサはリエラが大事そうに抱える包みの下、緩やかなドレスに覆われた腹部の辺りを窺った。
六ヵ月と聞いているが、出産経験のないアリサにはいまいち分からない。けれどリエラのお腹はその月数からは目立たないように思う。だからこそ執務室でもシェイドが過保護に騒いでいるらしい。
……確かに、自分より他者を気に掛ける様子は見ていてハラハラしてしまう。
「シェイドの気持ちが少し分かるわ」
「ええ? 何がですか?」
「あまり心配を掛けたら可哀想という事よ」
苦笑するアリサにリエラは首を竦めた。
執務室までリエラを送るとシェイドが犬のように尻尾を振って……はいないが、駆け寄ってきた。
あれこれ気遣うシェイドを微笑ましく眺めていると、いつの間にやらクライドがアリサの腰を抱いていた。
「羨ましい?」
先程の続きのような、揶揄いを含んだような問いかけ。
けれどその問いかけにアリサは言葉に詰まった。
ローデやフィリアが懐妊した時も。今こうして、リエラが愛おしそうにお腹を撫でる姿を見るのも。
「……はい」
いつからか、好きな男の子供を身籠るとは、どれだけ幸せなのだろうと思うようになった。
その相手がクライドなら、嫌だなんて思わない。
そう思って答えたのに、何故かクライドの方が真っ赤になって固まってしまった。
(……自分で言い出したのに)
アリサは思わず唇を尖らせた。
「君は……意味が分かって言ってるのか……いや、いい。そう思ってくれて嬉しい。良かった……」
それだけ言うとクライドはフラフラと執務机に戻って行った。
「あと二週間、あと二週間……」
組んだ両手に額を押し付け、呪詛のように吐き出される言葉は小さくて聞き取れない。けれど、間もなくクライドとアリサの婚姻が整う。……きっとクライドにも色々あるのだろう。
──アリサがクライドへの思いを自覚した後、兄王子たちに彼と別れたくないと話をしに行ったのだが、何の事かと目を丸くされた。
それから暫く面食らった者同士が対時するという奇妙な空間が出来上がり……
あれ以来アリサは自分の自己評価の低さや疎さを恥じ、曲解する癖を治さなければと努力してきた。
その結果、相談先のローデとフィリアにより、徹底的に流行りや容姿について叩き込まれた。これは装備なのだそうだ。
防御力ゼロで貴人たちの前に出たらそれは格好の餌食である。成る程と思う。注意を怠り殴られるためだけに身を晒すのは、確かに性に合わない。
自分に似合うだろうかという不安を収め、アリサは必死に姉たちの講義についていった。
「やっとその気になってくれて嬉しいわ!」
「待ってたのよ?」
「もう、何でこんな勿体無い事してたのかしら!」
「まあ。見て下さいなお義姉様、これも似合うわ。あらこちらも素敵。いいわねえ、羨ましい」
「こっちもいいじゃない! ホラ、あれを持ってきてちょうだい、イリア夫人の新作の……!」
講義……とは違うような気もするが……
「……わあ」
思わず出る低い声に、自分の素直な心が表れた。
化粧とドレスでこれ程変わるとは……詐欺ではないだろうか……
アリサの凹凸の寂しい身体が、二人の手に掛かれば「華奢」に早変わりとなった。……黙っていれば深層の令嬢にも見えそうだ。眼鏡も公式の場ではクライドがいるのだから頼ればいいのだと取り上げられてしまったし。
「眼鏡は普段使いだからって油断したら駄目。そうねえ……こっちの方が素敵」
「あら、いっそデザインから取り組みましょうよ! いいわね。知的な第三王子妃。見習いたい令嬢は増えるわよ! 女性はこうあるべきという風習を一変するきっかけになるのではないかしら?」
「もう、お義姉様ったらアリサが可愛いのね」
「あらフィリアも可愛いわよ? そもそも女性は皆可愛いの。でも自覚の無い方が多いだけ。私はもっとこの国を女性が元気な国にしたいのよ!」
壮大な夢である。
けれど、そう切り捨てるにはローデの瞳に宿る光は美しく煌めいていた。
(私に出来る事、か)
自分やクライドの為に思い立った事だけれど。
自分の立ち振る舞いで、同じように頑なな人たちの開眼のきっかけになるかもしれない。
素晴らしい世界が開けた、自分と同じように──
(それにしても……)
未だ興奮覚め止まぬ二人へと、アリサは微妙な視線を向けた。
「儚げで頼りなさげな印象が出るわね!」
「……中身は真逆ですが」
「そのギャップがいいのよ」
「……ものは言いようですね」
──婚活において。
真のハンターは女性だったんだなとアリサは思った。
しかしそんなアリサの覚悟を他所に、クライドは複雑な顔をしている。
「わざわざ他の男たちに知らせなくてもいいものを……」
そもそも元婚約者のエイダンは気付かなかったが、在園中に彼女に憧れる生徒は性別を問わず一定数いた。面倒見の良い姉御肌。最近では表情も随分柔らかくなってきたし、更に色気まで見せてどうするのか……
たまにクライドの愛を込めた言葉の意味が分からず首を傾げては、「まだまだ知らない事が多そうですね」と勤勉に受け止めるところとか可愛いくて、そんなものは自分だけ知ってればいいと、クライドの顔に不満が浮かぶ。
(……まあエイダンの驚きに目を見開いた顔には多少溜飲が下がったけれど)
結局彼はあの時の浮気相手、子爵家の令嬢と婚姻した。
だが思いの外身分差に苦労しているらしい。爵位だけ見れば伯爵家と子爵家だが、家柄的にその間には大きな開きがある。令嬢は玉の輿だと乗り気だったようだが、身体の相性だけで罷り通るほど、お気楽ではいられなかったという事だ。
第一印象の悪かった義父母からもビシバシやられているらしい。
アリサは実の両親からの評価は低かったが、義父母からは期待されていたのだから仕方ない。
まあ浮かれるだけで何の覚悟もなかったのだから当然で。元々エイダンは気の弱い事勿れ主義だし、逆境を跳ね返す力もない。彼については今後、せいぜい両親と妻の板挟みによる頭髪ダメージで散らかればいいと思う。
(エイダンなんて、もうどうでもいいんだけど……)
チラチラとアリサを気にする奴らの視線を思い出し不快感が込み上げる。
溜息を隠すクライドの心中など気にも留めず。盛り上がる義姉たちと共に、アリサは今日も研磨を続けるのだった。
今ではもう、社交界でアリサを軽んじる者はどこにもいない。
(結婚かあ……)
実感がない、ふわふわと浮ついたような心持ちは、アリサの嫌いな不明瞭なものな筈なのに、決して不快でも、不安でもない。
自然と綻ぶ顔を隠す事もなく、アリサは笑みを零した。
ちらりと未だ机に突っ伏すクライドへとそろりと近づく。
「クライド様、浮気しないで下さいね」
耳元でコソッと告げるとクライドが顔を横に背けた。
「例え君が浮気しても別れないよ。……その男は、殺すけど」
「……」
ああそういう事かとアリサは目を瞬いた。
「ごめんなさいクライド様」
「何が!?」
突然謝るアリサにクライドはガバリと跳ね起き、顔色を悪くした。
「いえ、そうではなくて……浮気しないでって言われるの……あまりいい気がしませんね。だってしませんもの。あなたの事が大好きだから」
そっと耳元で囁いてやればクライドは耳まで茹ってしまった。
クライドは我儘に育ったせいか振り回され慣れていない。それができる自分は特別なのかと、少しばかり得意になってしまう。
(ふふ、可愛いわ)
自分の素直な気持ちを口に出来るのは、心地が良い。その一番の相手が彼である事が嬉しい。
すっかり熱くなった手を握れば同じ強さで握り返されて。アリサは溢れる思いを隠さずに、満面の笑みで未来の夫に笑いかけた。
※ お読みいただきありがとうございました!
今後の予定
・ 需要はあるのかレイモンド
・ そういやお前らどうなった、アッシュ&クララ
短いやつでサラッと書く予定です。
お付き合い頂けると嬉しいです^_^
未だクライドは浮気をしていない。その気配すらない。
クライドが綺麗な令嬢に誘われれば、当然アリサは面白くない顔をするのだが、その度にクライドはにっこりと笑う。
「君より魅力的な人はいないよ」
その言葉にうっ、と一瞬躊躇うも、何となく悔しいのアリサは出来るだけ平然と受け流してやる。
「あなたも誰より素敵だわ」
そしてクライドの反応を窺えば、一瞬だけ眉を顰めてから顔を背ける彼の耳は、確かに赤くなっていて……
密かに勝ちを確信し、アリサは口元をにやけさせた。
「……成る程、私は今日こそ君に誘惑されていると思っていい訳かな?」
けれどポツリと零される不穏な台詞に思わず狼狽えた声が出る。
「──してないわ! そんな誤解は結構よ!」
慌てて身を翻す自分をクライドの声がくつくつと追いかける。結局負けたという悔しさと共に、アリサは執務室を飛び出した。
アリサと義姉たちとの定期的なお茶会は変わらず続いている。
彼女たちと知り合った最初の夏。暑い時期にも関わらず首から手首まできっちりとドレスを着込んでいた。意味が分からないアリサは、ただ首を傾げた。
『……あの、暑くないのですか?』
『ええ、暑苦しいわよ……』
『とてもね……』
深々と溜息を吐く彼女たちからただならぬ予感を感じてからは、アリサは自衛を怠らない。けれど……
「あら、アリサ様」
呼び声にアリサは足を止める。
「……リエラ。様はいらないって何度も言ってるでしょう」
「そういう訳にはいきませんよ」
そう笑うリエラは小さな包みを抱えていた。
「……持つわよ」
「いえ、いいんです」
侍女にも預けないそれは、城に従事している夫の為のお昼だろう。
困ったように眉を下げる侍女を脇に。アリサは来た道を引き返し、二人は並んで歩き出した。
「あと三ヶ月くらいだったかしら?」
「……はい」
幸せそうに頬を緩めるリエラにアリサはリエラが大事そうに抱える包みの下、緩やかなドレスに覆われた腹部の辺りを窺った。
六ヵ月と聞いているが、出産経験のないアリサにはいまいち分からない。けれどリエラのお腹はその月数からは目立たないように思う。だからこそ執務室でもシェイドが過保護に騒いでいるらしい。
……確かに、自分より他者を気に掛ける様子は見ていてハラハラしてしまう。
「シェイドの気持ちが少し分かるわ」
「ええ? 何がですか?」
「あまり心配を掛けたら可哀想という事よ」
苦笑するアリサにリエラは首を竦めた。
執務室までリエラを送るとシェイドが犬のように尻尾を振って……はいないが、駆け寄ってきた。
あれこれ気遣うシェイドを微笑ましく眺めていると、いつの間にやらクライドがアリサの腰を抱いていた。
「羨ましい?」
先程の続きのような、揶揄いを含んだような問いかけ。
けれどその問いかけにアリサは言葉に詰まった。
ローデやフィリアが懐妊した時も。今こうして、リエラが愛おしそうにお腹を撫でる姿を見るのも。
「……はい」
いつからか、好きな男の子供を身籠るとは、どれだけ幸せなのだろうと思うようになった。
その相手がクライドなら、嫌だなんて思わない。
そう思って答えたのに、何故かクライドの方が真っ赤になって固まってしまった。
(……自分で言い出したのに)
アリサは思わず唇を尖らせた。
「君は……意味が分かって言ってるのか……いや、いい。そう思ってくれて嬉しい。良かった……」
それだけ言うとクライドはフラフラと執務机に戻って行った。
「あと二週間、あと二週間……」
組んだ両手に額を押し付け、呪詛のように吐き出される言葉は小さくて聞き取れない。けれど、間もなくクライドとアリサの婚姻が整う。……きっとクライドにも色々あるのだろう。
──アリサがクライドへの思いを自覚した後、兄王子たちに彼と別れたくないと話をしに行ったのだが、何の事かと目を丸くされた。
それから暫く面食らった者同士が対時するという奇妙な空間が出来上がり……
あれ以来アリサは自分の自己評価の低さや疎さを恥じ、曲解する癖を治さなければと努力してきた。
その結果、相談先のローデとフィリアにより、徹底的に流行りや容姿について叩き込まれた。これは装備なのだそうだ。
防御力ゼロで貴人たちの前に出たらそれは格好の餌食である。成る程と思う。注意を怠り殴られるためだけに身を晒すのは、確かに性に合わない。
自分に似合うだろうかという不安を収め、アリサは必死に姉たちの講義についていった。
「やっとその気になってくれて嬉しいわ!」
「待ってたのよ?」
「もう、何でこんな勿体無い事してたのかしら!」
「まあ。見て下さいなお義姉様、これも似合うわ。あらこちらも素敵。いいわねえ、羨ましい」
「こっちもいいじゃない! ホラ、あれを持ってきてちょうだい、イリア夫人の新作の……!」
講義……とは違うような気もするが……
「……わあ」
思わず出る低い声に、自分の素直な心が表れた。
化粧とドレスでこれ程変わるとは……詐欺ではないだろうか……
アリサの凹凸の寂しい身体が、二人の手に掛かれば「華奢」に早変わりとなった。……黙っていれば深層の令嬢にも見えそうだ。眼鏡も公式の場ではクライドがいるのだから頼ればいいのだと取り上げられてしまったし。
「眼鏡は普段使いだからって油断したら駄目。そうねえ……こっちの方が素敵」
「あら、いっそデザインから取り組みましょうよ! いいわね。知的な第三王子妃。見習いたい令嬢は増えるわよ! 女性はこうあるべきという風習を一変するきっかけになるのではないかしら?」
「もう、お義姉様ったらアリサが可愛いのね」
「あらフィリアも可愛いわよ? そもそも女性は皆可愛いの。でも自覚の無い方が多いだけ。私はもっとこの国を女性が元気な国にしたいのよ!」
壮大な夢である。
けれど、そう切り捨てるにはローデの瞳に宿る光は美しく煌めいていた。
(私に出来る事、か)
自分やクライドの為に思い立った事だけれど。
自分の立ち振る舞いで、同じように頑なな人たちの開眼のきっかけになるかもしれない。
素晴らしい世界が開けた、自分と同じように──
(それにしても……)
未だ興奮覚め止まぬ二人へと、アリサは微妙な視線を向けた。
「儚げで頼りなさげな印象が出るわね!」
「……中身は真逆ですが」
「そのギャップがいいのよ」
「……ものは言いようですね」
──婚活において。
真のハンターは女性だったんだなとアリサは思った。
しかしそんなアリサの覚悟を他所に、クライドは複雑な顔をしている。
「わざわざ他の男たちに知らせなくてもいいものを……」
そもそも元婚約者のエイダンは気付かなかったが、在園中に彼女に憧れる生徒は性別を問わず一定数いた。面倒見の良い姉御肌。最近では表情も随分柔らかくなってきたし、更に色気まで見せてどうするのか……
たまにクライドの愛を込めた言葉の意味が分からず首を傾げては、「まだまだ知らない事が多そうですね」と勤勉に受け止めるところとか可愛いくて、そんなものは自分だけ知ってればいいと、クライドの顔に不満が浮かぶ。
(……まあエイダンの驚きに目を見開いた顔には多少溜飲が下がったけれど)
結局彼はあの時の浮気相手、子爵家の令嬢と婚姻した。
だが思いの外身分差に苦労しているらしい。爵位だけ見れば伯爵家と子爵家だが、家柄的にその間には大きな開きがある。令嬢は玉の輿だと乗り気だったようだが、身体の相性だけで罷り通るほど、お気楽ではいられなかったという事だ。
第一印象の悪かった義父母からもビシバシやられているらしい。
アリサは実の両親からの評価は低かったが、義父母からは期待されていたのだから仕方ない。
まあ浮かれるだけで何の覚悟もなかったのだから当然で。元々エイダンは気の弱い事勿れ主義だし、逆境を跳ね返す力もない。彼については今後、せいぜい両親と妻の板挟みによる頭髪ダメージで散らかればいいと思う。
(エイダンなんて、もうどうでもいいんだけど……)
チラチラとアリサを気にする奴らの視線を思い出し不快感が込み上げる。
溜息を隠すクライドの心中など気にも留めず。盛り上がる義姉たちと共に、アリサは今日も研磨を続けるのだった。
今ではもう、社交界でアリサを軽んじる者はどこにもいない。
(結婚かあ……)
実感がない、ふわふわと浮ついたような心持ちは、アリサの嫌いな不明瞭なものな筈なのに、決して不快でも、不安でもない。
自然と綻ぶ顔を隠す事もなく、アリサは笑みを零した。
ちらりと未だ机に突っ伏すクライドへとそろりと近づく。
「クライド様、浮気しないで下さいね」
耳元でコソッと告げるとクライドが顔を横に背けた。
「例え君が浮気しても別れないよ。……その男は、殺すけど」
「……」
ああそういう事かとアリサは目を瞬いた。
「ごめんなさいクライド様」
「何が!?」
突然謝るアリサにクライドはガバリと跳ね起き、顔色を悪くした。
「いえ、そうではなくて……浮気しないでって言われるの……あまりいい気がしませんね。だってしませんもの。あなたの事が大好きだから」
そっと耳元で囁いてやればクライドは耳まで茹ってしまった。
クライドは我儘に育ったせいか振り回され慣れていない。それができる自分は特別なのかと、少しばかり得意になってしまう。
(ふふ、可愛いわ)
自分の素直な気持ちを口に出来るのは、心地が良い。その一番の相手が彼である事が嬉しい。
すっかり熱くなった手を握れば同じ強さで握り返されて。アリサは溢れる思いを隠さずに、満面の笑みで未来の夫に笑いかけた。
※ お読みいただきありがとうございました!
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短いやつでサラッと書く予定です。
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