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番外編 クライド
06.
しおりを挟む「弟がした事は許される事ではない」
完璧主義のコンラッドはそう言って謝罪を口にした。
アリサは目の前のお茶を見つめ、押し黙る。
言葉から察するに、ウィンガムも同じように先程聞いたクライドの暴走に不快感を表しているようではあるが……
(まあ確かに。驚いた、けれど……)
そういえば潔癖症と噂のウィンガムは、自分の元婚約者の情事の目撃者だった。……改めて申し訳ない。
──二人に王城に呼び出されたアリサは、王族の居室で王子たちと向き合っていた。
彼らの話をしっかりと受け止めて、アリサは深く息を吐いた。
……多分王族へ対して不敬であるが、今だけ許して欲しい。
「何かしてるな、とは思っていました」
そう口にするアリサにコンラッドとウィンガムは揃って口元を引き締めた。
その様子を見てアリサは小さく笑う。
「確かに殿下の行いは勝手なものでしょう。……けれどもし事前に相談されていたら、私は同意したかもしれません」
その言葉に二人は驚きに目を見開いた。
(……まあ実際は、余計なお世話と断っただろうけれど)
何故ならもしエイダンとの婚約が破棄されれば、アリサには別の相手が用意されるだけだ。一度瑕疵のついたアリサに、エイダンより恵まれた相手が見つかるとは思えない。元より、誰が相手だろうと自分の婚約者である以上、浮気という不安は付き纏うとアリサは思っていた。
だからわざわざ婚約者を変えるメリットなど無かったのだけれど……
そういえばクライドはアリサに、エイダンについて何度か聞いてきた事がある。
聞かれた事に答えただけなのに、何故か彼の顔は不機嫌そうで。部下の婚約者の何がそんなに気に入らないのかと本気で苛立った。
(つまり、きっとあの頃から考えていたのでしょうね)
ふーんとアリサは首を捻った。
その後クライドの婚約者になる意味は分からなかったが……成る程とアリサは理解する。
クライドは女性を苦手にしていたから、常に彼の部下として女を感じない自分は気楽で都合の良い相手だったのだろう。
そうか。そんな理由で婚約を壊された自分は、確かに怒るべきなのかもしれない。
(でも王族の申し込みを断るなんて、できなかったし)
アリサはふとクライドがミレイ家に挨拶に来た時の事を思い浮かべた。母は微妙な顔をし、姉はわざわざ婚家から出向き忌々しそうに睨んできた。
父は良縁を掴み取ったアリサを褒めたが──今迄の無関心さを思えば不快でしかなく……
ふむ。
あの鬱陶しいやりとりもクライドのせいだったと思えば確かに、怒ってもいいだろう。
それに、と。アリサはチラリと兄王子たちの様子を伺う。
(彼らがここに来たのは、本当に謝罪だけ?)
自分はクライドによって都合よく作り上げられた婚約者だ。当然ながら愛などない。
(つまり……)
ここまで話を聞いたアリサは、自分は「王族の婚約者に相応しくない」「婚約解消こそお互いに利がある」と、そう目の前の兄王子たちに言われているのだと、そんな曲解に至っていた。
◇
「アイツは舌先三寸で言い逃れるだろうが、アリサ嬢には簡単に許して欲しくないのだ」
キリリと告げるウィンガムにアリサは頷いた。
「成る程」
(やはり遠回しに別れろと念を押されている)
アリサの曲解はぶれない。
コンラッドもウィンガムも婚約者を大切にしているのは有名だ。加えて三兄弟は仲が良い。
(愛のない弟の婚約に納得がいかないのだわ)
アリサは居住まいを正し、改めて兄王子たちに向き直った。
「分かりました。クライド殿下とお話してみたいと思います」
そう言うと二人はあからさまにホッと息を吐いた。
「そうか」
「良かった。アリサ嬢から言われればクライドも懲りるだろう」
──一方の兄王子たちはアリサが弟を見捨てず、諭し、婚約継続を前向きに捉えてくれたものだと胸を撫で下ろしていた。
元々彼らの中では、婚約解消は反省の色の見えないクライドに対する脅しである。しかしやらかした内容を隠匿させたまま、婚姻を結ぶ事は看過できなかった。
とは言えアリサには馬鹿な弟を許して欲しい。
何故なら弟の様子はあからさまにおかしかった。
人の婚約者を横取りするような真似、あの面倒臭がりがするだろうか?
兄たちはそんな弟の深い執着を見抜いていた。
彼らは兄弟仲が良い。
なんならお兄ちゃんたちは弟が大好きである。けれどその性分から、曲がった道筋は正すべきという概念には抗えない。
彼らの思惑はそんなところにあったのだが、普段察しの良いアリサは自分の事になるとポンコツな為、伝わらなかった。
つまり、お互いのズレた思考に気付く事などないままに。
「畏まりました、お任せ下さい」
「君の名に傷つく事がないように、我らが配慮する」
「ありがとう存じます」
話し合いは終わった。
そして決意を固めたアリサは応接室を退出すると同時に、薬指から婚約指輪を抜き取った。
◇
アリサが部屋に訪れた時、クライドはすぐさまその指に指輪が無い事に気が付いた。
そしてその場に倒れるように膝をつく。
「っ、殿下! 大丈夫ですか?」
急な体調不良だろうか。
そんな懸念に慌てて駆け寄るアリサに、クライドは肩を震わせた。
「──ないで、くれ……」
「はい?」
覗き込むアリサに、クライドは勢いよく顔を上げた。
「好きでもないのに優しくしないでくれ!」
……アリサは目を丸くした。
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