上 下
78 / 110
第四章 選ぶ未来

第78話 目覚めれば

しおりを挟む


 ある日目を覚ましたら、父が自分のベッドに頭を乗せ寝ていたので、飛び上がらんばかりに驚いた。
 何をしているのかと、起き上がって叫ぼうとするにも、身体が自分のものでは無いように力が入らず、ぺしゃりとベッドに崩れ落ちた。

 何事かとベッドに突っ伏したまま目を瞬かせていると、頭の上でジタバタ動いていたのがうるさかったようで、父がむくりと起き、目を開けた。

 その目がリヴィアを見据え驚愕に見開かれたので、それはこっちの台詞だと(喋って無いが)言ってやりたかった。

 起き上がろうにも何故か腕にも力が入らない為、横になったまま父を睨みつける。

「リヴィア……」

 名前を呼び、涙をぼろぼろと零し始めた父に、リヴィアはぎょっと身じろいだ。

「ぉ父……さま」

 まるで話すのが久しぶりなように舌が回らない。

「そうだ、お父さまだ。わかるかリヴィア。良かった本当に」

 そう言い父はリヴィアを抱き寄せぎゅうと抱きしめた。

「……っ」

「やはり皇族などに関わらせるべきじゃ無かった」

 父が何か喋っているが、それどころではないくらい気分が悪い。
 目の前がちかちかして頭がぐわんぐわんと回り始める。真っ青になり、もたれかかってきたリヴィアに気づき、父は慌ててベッドサイドの呼び鈴を鳴らした。

 入室してきたメイドは、リヴィアの顔を見てぎょっと目を剥いたが、父が侍医を呼ぶように伝えると、慌てて部屋を出て行った。

 父はリヴィアをそっとベッドに横たえ、額に手を当てた。

 視界が霞む中、その温かさだけが心地よくてリヴィアは再び目を閉じた。

 ◇ ◇ ◇

「ずっと横になっておりましたので、急に起き上がり気分が悪くなられたのでしょう」

 診察を終え、侍医は穏やかに話した。しかし我が家と長く付き合いのある侍医からそんな話を聞き、リヴィアは内心首を傾げる。そんなに長く寝ていた覚えはないのだが……

 だが神妙な顔で診察結果を聞く父や、執事の様子を見ると、どうにも口を挟みにくい。それにまだ座っているのも辛く、ベッドにクッションを高く重ね、そこにもたれるのがやっとだ。

「体力も落ちていると思いますし、焦らずに元の生活に戻していきましょう。大きな問題は無さそうですし、大丈夫ですよ」

 にっこりと笑う侍医のその言葉に、侍女たちが部屋の隅で嗚咽を漏らして泣き出した。
 それを見てリヴィアは少なからず動揺する。何故彼女たちが泣いているのか分からない。父も執事も安堵に顔を緩めるのを見ても混乱するだけだ。

 自分を軸に起こっている事に、自分だけが取り残されている。
 不思議な感覚で誰か説明してくれないだろうかと、そわそわした気持ちでいるも、この場で皆リヴィアを案じているのに、誰もリヴィアを気に留めていない。

「お前が眠っている間、アーサー殿下は一度も見舞いにこなかった」

 急にリヴィアに向き合った父が、いつものように鋭い視線でリヴィアを睨む。

「……」

 父に関しては一番違和感のあった存在だったが、ここに来て平素に戻ったようで、何故か安堵してしまうのだから慣れとは怖いものだ。

 だが質問が理解出来ない。

 リヴィアの記憶が正しければ、確か従兄のレストルが侍従を務める第二皇子の名前だった筈だ。

「婚約など破棄すべきだ」

 顔を背けつつ話す父が、何を言わんとするのかが未だ分からないが、使用人たちの空気がぴりりと張り詰めたのが分かった。

 どう答えれば良いのか分からず、口を開いては閉じる。
 どうにも気まずい空気が部屋の中を締める中、部屋の外から慌しい人の気配が聞こえてくれば、勢いよく扉が開いた。

「リヴィア!気がついたんだって?良かったな!」

「お兄様……」

 嬉しそうに近づく従兄にリヴィアはぽつりと呟いた。
 叔父上良かったですね。と言いながら遠慮なくベッドに腰掛けリヴィアの顔を覗き込む。

「まだ顔色が悪いようだね……ちゃんと休んでしっかり治しなよ」

 リヴィアは従兄の空気の壊しっぷりに苦笑して、そういえばと思い出した事を口にした。

「お兄様。わたくし叔母さまと約束していたのです」

「うん?約束?」

 首を傾げるレストルにリヴィアは、はいと答えた。

「長く眠っていたようですから、もしかして反故にしてしまったのかしら?ドレスの仕立てを見に行く予定だったの。ねえ、夜会はこれからよね?折角叔母さまに見立てて頂いたのだから、是非着ていて行きたいわ」

 そう話せば、珍しくレストルの顔から表情が抜け落ちた。

「リヴィア……君……」

 しかしリヴィアは一気に話して息切れしてしまった。
 たったこれだけのやりとりで、もう疲れてしまったようだ。
 その為周りの空気がふっと変わった事にも気づかない。

「ねえ、叔母さまの足の具合はどう?」

 その質問にレストルは弾かれたように父を振り向いた。

「叔父上!どういう事です?!」

 普段取り澄ましているレストルが珍しく声を荒げた。
 レストルに続いて父を見れば、再び目が驚愕に見開かれている。

 部屋の中の使用人たちがそれぞれ視線を交わし合い、それらが最後に侍医に向かう。

「お嬢様……」

 恐る恐る声を掛けられ、リヴィアは侍医に目を向けた。

「あなたのお名前は……」

「リヴィア・エルトナです」

 侍医は先程と同じ質問を、真剣な顔で繰り返す。

「年齢は?」

「17歳です」

「あなたのご家族は」

「……父です」

「部屋の中に見覚えのない使用人はいますか?」

「おりません」

 答えてからほっと一息つく。先程の質問はここまでだった。だが侍医は再び口を開いた。

「あなたの婚約者の名前は?」

「……おりませんわ。先日破棄されたばかりですもの」

 ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。

「その……お名前は……」

「イリス・ゼフラーダですわ」

 リヴィアは流石に眉間に皺を寄せた。イリスがなんだと言うのだろう。だが更に何か口にしようとしたところで、頭がくらりと傾いた。思わず目をきつく閉じ、目眩をやり過ごす。

「っこれ以上は!お嬢様はもうお休みさせなければ。伯爵、別室でお話しを」

 慌てて侍医がそう言えば、レストルが侍女たちにリヴィアを横にして休ませるように伝えた。
 父はふらつく身体をレストルに支えられながら、部屋を出て行く。

 本当に何だと言うのか……

 けれど、閉められた扉の向こうから聞こえてくる言葉に耳を澄ます事も出来ず、リヴィアの意識は溶けるように眠りに引き込まれていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

わたしは出発点の人生で浮気され心が壊れた。転生一度目は悪役令嬢。婚約破棄、家を追放、処断された。素敵な王太子殿下に転生二度目は溺愛されます。

のんびりとゆっくり
恋愛
わたしはリディテーヌ。ボードリックス公爵家令嬢。 デュヴィテール王国ルシャール王太子殿下の婚約者。 わたしは、ルシャール殿下に婚約を破棄され、公爵家を追放された。 そして、その後、とてもみじめな思いをする。 婚約者の座についたのは、わたしとずっと対立していた継母が推していた自分の娘。 わたしの義理の妹だ。 しかし、これは、わたしが好きだった乙女ゲーム「つらい思いをしてきた少女は、素敵な人に出会い、溺愛されていく」の世界だった。 わたしは、このゲームの悪役令嬢として、転生していたのだ。 わたしの出発点の人生は、日本だった。 ここでわたしは、恋人となった幼馴染を寝取られた。 わたしは結婚したいとまで思っていた恋人を寝取られたことにより、心が壊れるとともに、もともと病弱だった為、体も壊れてしまった。 その後、このゲームの悪役令嬢に転生したわたしは、ゲームの通り、婚約破棄・家からの追放を経験した。 その後、とてもみじめな思いをすることになる。 これが転生一度目だった。 そして、わたしは、再びこのゲームの悪役令嬢として転生していた。 そのことに気がついたのは、十七歳の時だった。 このままだと、また婚約破棄された後、家を追放され、その後、とてもみじめな思いをすることになってしまう。 それは絶対に避けたいところだった。 もうあまり時間はない。 それでも避ける努力をしなければ、転生一度目と同じことになってしまう。 わたしはその時から、生まれ変わる決意をした。 自分磨きを一生懸命行い、周囲の人たちには、気品を持ちながら、心やさしく接するようにしていく。 いじわるで、わたしをずっと苦しめてきた継母を屈服させることも決意する。 そして、ルシャール殿下ではなく、ゲームの中で一番好きで推しだったルクシブルテール王国のオクタヴィノール殿下と仲良くなり、恋人どうしとなって溺愛され、結婚したいと強く思った。 こうしてわたしは、新しい人生を歩み始めた。 この作品は、「小説家になろう」様にも投稿しています。 「小説家になろう」様では、「わたしは出発点の人生で寝取られ、心が壊れた。転生一度目は、悪役令嬢。婚約破棄され、家を追放。そして……。もうみじめな人生は嫌。転生二度目は、いじわるな継母を屈服させて、素敵な王太子殿下に溺愛されます。」という題名で投稿しています。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

婚約者と義妹に裏切られたので、ざまぁして逃げてみた

せいめ
恋愛
 伯爵令嬢のフローラは、夜会で婚約者のレイモンドと義妹のリリアンが抱き合う姿を見てしまった。  大好きだったレイモンドの裏切りを知りショックを受けるフローラ。  三ヶ月後には結婚式なのに、このままあの方と結婚していいの?  深く傷付いたフローラは散々悩んだ挙句、その場に偶然居合わせた公爵令息や親友の力を借り、ざまぁして逃げ出すことにしたのであった。  ご都合主義です。  誤字脱字、申し訳ありません。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

処理中です...