31 / 110
第一章 予想外の婚約破棄
第31話 サナの花
しおりを挟む糸人形にでもなった気分だ。
ぎくしゃくと身体を動かして、我が家のささやかな庭園を二人で歩く。
先程家令が四阿でと言っていたが、こちらの方が視界が開けているので問題はなさそうだ。
「リヴィアは何が好きなの?」
思考を飛ばして気を紛らわせていると、アーサーから声を掛けられて現実に引き戻された。
「魔術……です」
唯一即答できる質問が来て良かったあ、とほっとしていると、一瞬だけアーサーが止まった。
なんだろうと顔を上げると、先程と変わらぬ笑顔のアーサーから、他には?と追撃が来た。
「えーと」
リヴィアは目を泳がせた。
「好きな食べ物とか」
「ああ、パンケーキが好きです」
そう言うと、アーサーは目を丸くしていた。
どうしたのかとリヴィアが首を傾げていると、アーサーは申し訳なさそうに笑った。
「ごめん、君は何ていうか、甘いものは好まないような気がしていたんだ。悪い意味じゃなくて……」
似合わないと言いたいのだろうか。
アーサーの口元がふっと綻んだ。
「かわいいなと思って」
リヴィアは今度こそ息を止めた。
立ち止まったアーサーの斜め後ろで放心しそうになる。
意識を保つのに必死になっていると、アーサーがぽつりと呟いた。
「珍しいな」
「?」
くるりと振り向いたアーサーは、花壇の一角で静かに揺れているサナの花を指差した。サナは薄い水色の小ぶりの花だ。
それを見てからリヴィアはアーサーを振り仰いだ。
「この花は国を一つ跨いだ先の高山地域が生息地なんだよ。国花とされているから有名だけど、輸入して取り寄せる程この国ではポピュラーでは無いからね」
「そうなんですか」
流石皇子、知識の造詣が深い。
うちの庭師の趣味だろうか。国花とされるだけあって気品のある綺麗な花だ。
色々感心していると、すっとアーサーの目が細まった。
「私の執務室にも用意しようかな。君に見られているみたいで嬉しいから」
ポカンと固まるリヴィアの手を取り、アーサーは再び歩を進めた。
確かにリヴィアの目は水色だけれども……
横顔を振り仰げば笑いを噛み殺したような顔をしているので、揶揄われたのだと悟り、むっと頬を膨らませた。
「良かった、やっとそんな顔が見れた」
「え……」
「ちゃんと君を知りたいんだ」
真剣な眼差しで、けれど口元には笑みを刷いて、リヴィアの緊張をほぐそうとしているのだろう。
古代魔術の調査
元婚約者への訪問
婚約者の振り────しかも皇族の
いくら貴族令嬢とはいえ、許容オーバーな案件だ。
きっと多少の不作法はおおらかに見逃してくれるだろう。
「わかりましたわ、殿下」
リヴィアは一つ頷いてアーサーを見た。
「良かった。それから私の事は名前で呼ぶように」
「か、畏まりました。アーサー様」
「様もいらないよ」
「……それは、おいおい……」
「いいよ、分かった」
ふふ、と笑って歩くアーサーは楽しそうだ。その手が先程から繋がれている事が胸に温かく響き、リヴィアもふわりと微笑んだ。
「あと……話しておきたいんだが……」
アーサーは少し迷ってからリヴィアと目を合わせた。
「ライラの事だ」
その名にリヴィアはひゅっと喉が鳴った。
……アーサーはライラが好き……
あの夜会で本人が口にしていた言葉だ。
そんな状況で、別の女性と婚約者の振りをするなんて……
リヴィアは顔を俯けた。
「リヴィア、誤解しないでほしい。私たちは確かに幼なじみで結婚も考えていた。けれどもう今は別の道を歩いているんだ」
「……ですが……」
アーサーの気持ちはどこにあるんだろう。何故かそんな事が気になるのだ。
「君には変なところを見せてしまって、恥ずかしく思うよ。ライラの名前を都合良く使っていたのだから……けれど、これくらい許されるだろうと、あの頃の私は当然のように考えていて……」
ふと口調に影を落とすアーサーにリヴィアは首を振った。
そんな考えを持つ事自体おかしいし、深く入り込むべきでもない。感情に支配されず役目を全うするべきだ。
リヴィアはアーサーの目を見て口を開く。
「アーサー殿下に一つお願いがあります……」
そう言うとアーサーは驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。
13
お気に入りに追加
204
あなたにおすすめの小説
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?
曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」
エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。
最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。
(王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様)
しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……?
小説家になろう様でも更新中
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる