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第一章 予想外の婚約破棄
第8話 結婚は絶望的
しおりを挟む貴族令嬢でありながら結婚を回避するという手段は、結局手に職を持った労働に落ち着いた。10歳から勉強を始め、14歳に行動を起こし、もう18歳。3年もここにいる事になる。
魔術院の中でも、リヴィアが勤めている翡翠の塔は平民出身者が多い。作られる魔道具が大衆向けのものだからだ。
加えてあの婚約破棄。
リヴィアは緩みそうになる口元を覆い、笑いを噛み殺す。
とにかくこれで自分は魔術院に勤める変わり者で、婚約破棄された疵ものの令嬢という事だ。
リヴィアはエルトナ家の一人娘であるが、婿はとらない。
家督は従兄のレストルが継ぐ事になっている。
これは以前からの取り決めで、元々は祖父が爵位を二つ持っていた事がその理由だ。伯爵家は兄である父が継ぎ、子爵家は弟の叔父が継いだ。
リヴィアの母が女児を一人産み他界した時に、父と叔父で、レストルに伯爵家を継がせ、レストルの妹のサララに婿を取らせ子爵家を継がせると決めたのだそうだ。まあ父は再婚する気がなかったのだから妥当な判断だろう。
更に当時はレストルとリヴィアを結婚させるという話も出たらしいのだが、それには父が異を唱えた。
貴族の娘の義務は家の繋がりを持つ為のもので、内輪で固まるものではない、と。最もらしい事を宣っていたそうだ。それでも叔父は将来二人がそれを望むのなら、とは思っていてくれたそうだが、それは無い。
自分はこのまま魔術院勤めで、独り身を通す。通常貴族の娘が適齢期を過ぎても結婚しない場合は、修道院に送られるものだが、自分で言うのも何だがこの3年間は伊達じゃないのだ。
そもそも平民落ちするつもりなのだし、魔術院なら平民の勤人でも受けいれてくれるのだから。
エルトナ家の醜聞になるかもしれないが、父や従兄なら大丈夫だろう。
リヴィアの結婚回避計画は順調に進んでいる。思わぬ横槍も自分の計画を躍進させる糧となってくれた。
一人机に向かってくつくつ笑っていたら、背後から「うわ」という声が聞こえてきた。
慌てて振り向くと小柄な少女が一人。
「大丈夫ですか、リヴィアさん。婚約破棄がやっぱり辛かったんですね。それとも納期ですか。でもすみません。どれも逃したくない顧客なので、ついお金に目が眩んでしまいました……できました?」
リヴィアを心配しているというよりは、しているのはお金の心配だろう。
リヴィアは無言で応接用のテーブルを指し示した。
今向いているのは執務机で、手元にあるのはオルゴール時計という、息抜きの品である。
魔術院での仕事は研究だ。魔道具制作はリヴィアの趣味である。ただこちらの方が実りがいいので、息抜きと称してこの守銭奴の秘書はよく魔道具制作を勧めてくる。
「ノックくらいしなさい」
リヴィアは机に肘をついてこめかみを揉んだ。
「わあ、これはこれは。見てすぐに興味を引く魔道具のデザイン!流石リヴィアさんはセンスがありますね~!いやあ、納期が間に合って良かった本当に!納期が!あ、もちろん品質に間違いはありませんよね?」
ほくほくと魔道具に手を伸ばす少女はシェリル。孤児院出身の平民だが、出納管理が著しく優秀で、リヴィアが所属するウィリス研究室の秘書を務めている。
リヴィアはそんなシェリルに胡乱な視線を向けた。
久しぶりに魔術院に来たリヴィアに、納期納期と騒ぎたてた現金主義の少女でも、会えた時はそれさえ嬉しかったものだが、慣れたらこれか。
リヴィアの作る魔道具は小物────趣向品が多い。
夜寝る時のランプに柄を付け、回転させ子どもや女性を楽しませたり、宝石箱を開けると音楽が流れるようにしたり、朝になると起こしてくれるぬいぐるみや、描いた絵が動き出す落書き帳など……
市販の物に魔力の流れを組み込んだり、素材に拘ってみたりと、自身も楽しんでやっているが、需要もなかなかだ。もちろんこういった物はある程度お金のある者しか依頼をかけてこないし、実用性より娯楽性の方が高いものの、女性人気が高い。
リヴィアは魔術院勤めの変わり者令嬢だが、その辺の事情を知っている人間は表立ってリヴィアを非難しない。
魚心あればというやつか────だからこの間夜会で悪意を向けられたのは、そういえば久しぶりだった気がする。
ふとその後の出来事が脳裏を掠め、慌てて頭を振る。
かれこれひと月は前の話だ。流石にもう平常運転いつもの自分である。リヴィアは口の端を持ち上げ自信に満ちた気持ちで頷いた。
あの後結局叔父から父に話が行き、一か月の謹慎を言い渡された。
思い出し顔を顰め、舌打ちしそうになるのを奥歯を噛みしめやり過ごした。
……はっきり言って、あの初恋こじらせ男のせいである。
何度ハゲろ腹くだせと呪いの言葉を脳内で絶叫したか。
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