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19 暗闇にて
しおりを挟むディガが捻り上げた赤服の兵士の腕をへし折り、リオはにっこりと微笑んだ。
鈍い音と共に男の悲鳴が石牢に暗く響く。
勿論柚子はここにはいない。
……本当は急いでハビルド領主の城に向かいたかったけれど。
城からポーボの街まで三日掛かるところを、馬に鞭打って一日で駆けつけたのだ。馬も休ませなければいけないし……仕方がないので一泊してから出発する事にする。
それに目覚めてすぐ馬を駆るのも身体に負担があった。自分と柚子の体調を考えれば仕方がない。
腕を庇い蹲る兵士の肩に足を置き踏み潰し、更に木霊する絶叫に、リオはふっと息を吐いた。
「まだハビルドの城内には君のような輩がいるのかな。その内の何人が矯正可能なんだろう? 全員殺してしまう訳にはいかないし……」
ぽつりと落とした言葉に兵士の身体が強張るのが分かった。
役立たずはいらない。
でも国境の守護に充てる人数を考えれば、ボーダーラインを設ける必要はあるだろう。
「まあ、死んだ方がマシって人間もいるからね」
思えばロデルは気骨のある男だった。
惚れた女の為に命を賭したのだから。
ただ、柚子から厚意を抱かれていたのは面白くないし、更に殺そうとした事も許せないが。欲を抱かなかった事だけには評価している。
だから一思いに殺してやったのだ。
ちらりと床で震えている男に視線を送る。
多分こいつは死に怯え、生に縋るだろう。
(……人壁くらいにはなるかな)
利き腕を壊してやったので、もう剣は握れない。だったら国境の最前線で領地の壁役にでもなって貰おうか。
ただその境をどう決めよう。
リオはうーんと唸った。
「ねえ、お前には自分より大事なものが、何かあるかい?」
その言葉に男はばっと顔を上げた。
「婚約者に……い、妹がいます。殿下がお望みなら、好きにして頂いて構いません!」
リオはにんまりと口の端を上げた。
「一番大事なものを僕にくれると言う事か。いいね、それにしよう」
男の顔にほっと安堵が浮かぶ。
「自分の大事なものを、命を懸けて守るかどうか……せめて葛藤を持つか……そんなところかな」
その言葉に兵士の顔が強張ったかと思えば、必死で食い下がる。
「で、殿下! 領主が地の揺れを起こしたなどと濡れ衣! これは正式に抗議が入るのではありませんか!?」
涙ながらに訴える兵士にリオはふと首を傾げた。
「辺境の地に力の強い魔導士などおりません! あれは間違いなく偽物が引き起こした災害! こんな事で領民を欺くなど許される事では──」
「だから、こんな事で許してあげると言っているんじゃないか」
表情を無くすリオに兵士は息を飲んだ。
「彼女の心に蟠りを残すなんて、出来るわけないだろう? 僕への後ろめたさで愛してくれなくなったらどうするんだ? 君たちが行った勝手を、そんな事で相殺してあげるんじゃないか」
青褪める兵士を見下ろし、リオはつまらなそうに溜息を吐いた。
「な、何を……」
「分からないならもういいよ」
青醒めた顔で汗を流す男は、気の毒なくらい様子がおかしい。
「君と僕の価値観は永遠に平行線だ」
そう言ってリオは悲しげに微笑んだ。
スルリと剣を抜き、深まる笑みとは相反し、冷めた眼差しが男を射抜く。
「余計な事を知りすぎたよね」
上手く意味を掴めない。
そんな男の戸惑った顔が刃紋の一つに浮かんだ直後、リオはそれを閃かせた。
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