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17 偽聖女
しおりを挟む「柚子さん、炊き出しの手伝いの方の人数が集まりました」
「わあ、良かったです。ありがとうございます」
鍋を回す手を止め、柚子は声の方に笑顔を向けた。
ポーボの街から少し離れた村の役場で、柚子は炊き出しの手伝いに来ていた。
いつのまにかリオの騎士から遠ざかり、中心から外れていた。その内人手の一つとして役割を割り振られ、今に至る。
取り敢えず。
突如として襲われた未知の災害に、地の神の怒りだと震える領民を宥めすかし、祈りに費やしかねない時間を衣食住の確保に回せるよう、必死に説得して回っていた。
『祈りは聖女様にお任せしましょう』
……どの口がとも思うが、これはなかなか効果的めんだった。つい先日神殿入りした美しい聖女の噂は、これだけ離れた場所にもしっかりと届いている。
あれから五日が経ち、ひと段落と疲労が同時に襲い、軽く目眩を覚えた。
そもそも体調が悪かったのだが、火事場の何とやらを発揮できる力は残っていたようで、あの場では何とかなった。
とは言え柚子の疲労もいよいよピークとなり、同じく炊き出しを行っている女たちと支え合い、何とか立っている状態だ。
「それから毛布の方は足りそうです。温かくなる時期で良かったです」
「本当に。水の確保も川までそれ程遠くなかったから、料理に洗濯も出来るから助かっています」
「一番酷いのは隣領だったらしいけれど、領主様がしっかりなさっているから。領民もそれほど混乱していないようらしいですよ」
(良かった……)
「──これも偽聖女のせいじゃあないだろうな」
ほっと息を吐いていると、一人がそんな言葉を口にするもので、ぎくりとしてしまう。
「どうかしら、こっちに来てるそうだけど……まさか、ねえ」
ぎくしゃくとその場で身を縮こませる柚子の心情とは別に、ふんと鼻を鳴らすのは柚子に批判的な騎士の一人だ。
残念ながら騎士の役割は一箇所に留まる事ではない。そんな彼は中央街から担当を外された事が不本意らしく、更に柚子を目に留めて、益々不機嫌になってしまった。
ここに残った騎士の大半は平民出身だけれど……
平民出身の騎士は比較的柚子に寛容な者が多い。
かといって全員がそうとは、やはり言い難い。
でも、彼が……彼らの怒りも尤もなのだ。
何故ならリオは地震を知らなかった。
リオだけではない、この国の人たちは地震に馴染みが無い──という事は……
(もしかしたら本当に、私が原因なのかもしれない……)
だとしたら彼らの怒りは正統で、でもこの地で災害に遭い、疲弊する人たちから怒りを向けられれば、自分はどうなるのだろうと。そう考えればゾッとする。
怖くて言えない。それが今の柚子だ。
「本当に、そうなんだろうな」
いつの間にか近づいていた騎士に肩を掴まれ、柚子の身体は強張った。
「……あんたが偽物だから、こんな事になったんじゃないのか?」
耳に落とされるように吐き出された言葉は、柚子の心に罪悪感を落とす。
「もし殿下に何かあったら、あんたのせいだ」
びくりと指先が滑り、おたまを鍋の中に落としてしまった。
(そうだ、もしリオに何かあったら……)
意識を無くした土気色の顔を思い出す。
(私のせいなのに……私を庇ったから……)
動揺を見せる柚子に気を良くし、騎士はふふんと鼻を鳴らしてそっと囁いた。
「逃げるなら今だぞ」
ぴくりと震える肩に、宥めるように手を置かれ、柚子は恐々と振り返った。
「袋叩きに遭いたくないだろう? 或いは今度こそ殿下に手打ちにされるかもしれないじゃないか」
顔を向けた柚子に満足そうに目を細め、騎士は続けた。
「実はハビルド城には殿下の正妻となる方が既にいるんだ」
「え……」
目を見開く柚子に、騎士は楽しいお喋りでもしているように話を続ける。
「偽聖女を引き受けるだけなんて殿下が……いや、もう王族じゃないんだったな、誰かさんのせいで。……なあ、リオ様が可哀想だろう? ああお気の毒に。王位継承権を放棄させられ、異界の平民を妻とされて。
あの方にはお前とは違う、由緒あるハビルド辺境領の血統の貴族令嬢をご用意しているんだ。お前がついて行ったところで惨めな思いをするだけだ」
「……それは、」
柚子はぐっと唇を噛んだ。
何から何まで正当で、真っ当で……
逃げる。
それは分不相応だと嘆いていた自分には飛びつきたくなるような話だ。けれど、
(駄目)
柚子はぎゅっと目を閉じ、再び騎士を真っ直ぐに見つめ返した。
「私は……で、殿下に不要と言われるまで、ついていきます……私の命は殿下に助けて貰ったものなんです。だから……もう二度と勝手はしないと決めてありますから、だから……に、逃げません!」
「……へえ」
その答えを面白くないとでも言うように騎士は目を眇め、柚子に嘲笑を向けた。
「あー、殿下にわざわざ言わせないと気が済まないなんて、傲慢な女だな。気が利く女は黙って身を引くものだ。だが、それが出来ないって言うんなら仕方がないから……俺が手伝ってやるよ」
「え……?」
そう言うと騎士は手を口元に添え、大声を張り上げた。
「おーい! ここに偽者の聖女がいるぞー!」
「なっ」
叫ぶ騎士の声に、背中に冷水をかけられたような悪寒が走る。
「俺は王都で殿下の隣に居座る偽物の顔を見てきたんだ! この被害はこいつのせいだ! こいつが地の神の怒りを呼んだんだ! 王家の過失、偽聖女だ!」
途端に柚子を囲む視線が嫌悪と憎悪に満ちて行くのが分かった。
それを見届けた騎士はにやりと口端を吊り上げ柚子にだけ聞こえるように囁く。
「袋叩きにあった、ずだぼろの偽聖女なんて、外聞が悪すぎて王家の血筋には迎えられないだろう?」
さっと身を翻す騎士をそのままに、柚子はごくりと喉を鳴らした。
「わ、私は……」
地の神の怒りを呼んだつもりはない。
災いを呼ぶような真似も、していない。
胸元で拳を握り、柚子は大きく息を吸った。
「み、皆さんの平穏を脅かす事を望んでなんていません!」
根拠なんてない。
でもそう叫ぶしかなかった。
「た、確かに聖女として喚ばれたのに何も出来なくて、リオ……殿下にご迷惑をお掛けしましたが……わ、私は……私だってずっと、誰かの役に立ちたかったっ。不幸を願う事も、呼ぶ事も、私はしていません!」
自分の不名誉は、リオにもついて回るのだ。
そんな事はできない。
「私は聖女ではありません。でも、皆さんを害するような……そんな人間でも決してありません!」
やっとの思いで叫んで、柚子は両手を固く握り視線を落とした。
顔を上に向けるのが怖い……
どんな言葉が飛んでくるのか……
ざわざわと取り囲む自分への数々の言葉に柚子は身を固くした。
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