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07 求めた先
しおりを挟む神殿の周りは野山に囲まれ、人里が遠くに見えた。
リオの兄が治める国はその向こうにあるのだとか。
こんなに離れた場所を行き来していたのかと驚けば、転移の魔法があるのだそうだ。元の世界では考えられない手段にわくわくする。
自分も魔法が使えるのだろうかとロデルに聞けば、異界人には無理だと聞いてがっくりした。
けれど魔法が身近にある、見られるかもしれないと知り嬉しく思ったし、まだ見ぬこの世界に夜明けのような眩さを感じた。
それなのに、
今迄悩んでいた事を馬鹿馬鹿しく思うくらい、楽しい事が待ってるかもしれない。そう思い気持ちは上向いていたのに……
「すまないな」
何故今、自分はロデルに剣を突きつけられているのだろう──
「ロデル」
後ろに下がれば崩れた砂が崖から落ちていく。
遥か下からは激しい水音が聞こえてくる。ここは川の上流かもしれない。いや、そんな事より……
「どうして……?」
どうして自分を殺そうとするのか……
「セレナが言うからだ」
「セレナさん?」
ロデルは低く、ああと頷いた。
「俺は、あいつと一緒になる為なら、何でもする」
ぎらつく眼差しを刃に乗せ、ロデルは唸るように口にした。
「──でも、セレナさんは……リオと結婚するんでしょう?」
その言葉にロデルの顔が強張る。
いつも柚子を気にかけていた痛ましげな表情は欠片も無いまま、その憤怒の形相を柚子に向けた。
「ふざけるな、人の婚約者を勝手に奪ったあいつを……!」
その言葉に柚子の頭は混乱する。
「え? どういう事? ロデルも異世界から来たの?」
ちっと舌打ちをして、ロデルは己の失言を悔いているように顔を歪めた。
「まあ、いい。どの道殺すしか無かったんだ」
自らに言い聞かせるように口にするロデルに柚子は眉を顰めた。さっぱり頭がついていかない。
どうしてが頭に沢山浮かんでいるが、のんきにそれを聞いてもいるより早く逃げた方がいいような気がして。思考が止まる。
(行く場所なんて、無かったんだ……)
がくんと力が抜ける。
優しかったロデルはもういない……いや、まやかしだったのだ。理由は分からないけれど、彼の……セレナの都合で……
「セレナも俺もこの世界の人間だ。リオ殿下が聖女の代わりを欲しがったから。没落貴族のセレナに声が掛かったんだ」
──セレナの聖女降誕は転移魔法で誤魔化した。
そう続いた台詞に柚子は顔を跳ね上げた。
「……え、そんな単純な事で代用できるの?」
思わずそんな言葉が出る。
「リオ殿下は強い魔力を持っているからな。最初にお前を呼び出した儀式を真似る演出を、魔力で補ったんだ」
「……っ、」
リオって凄いのね、
とはロデルの顔色を見る限り、思っても口にしない方が良さそうだ。
リオの名が出る度にロデルの表情が憎々しげに歪むのが見て取れるけど。……婚約者を取られたならば、それもそうかと思う。
「それじゃ、異世界から聖女を呼び出す意味って何なのかな……? 私はどうしてここに来たの?」
セレナに聖女としての資質があるなら尚更。召喚なんて必要ないのに……
「そんなもん知るか」
けんもほろろ。
思わず口にした疑問をロデルはばっさりと切り捨てた。
「そ、それじゃあ、どうして私を……殺そうとするの?」
ぎゅっと手を握り、柚子はロデルを睨みつけた。
「それは……お前は知らなくていい事だ……」
「──そんな、」
与えられない人生だとは思ってはいたけれど、自分が殺される理由も教えて貰えないなんて。
振り回された挙句、結局何も分からないまま死ぬのか。
「これもお前の言う、『仕方のない事』──だ」
「そんな、……私が何をしたって言うの?」
ただ居場所を求めただけなのに……
「恨むんならお前を呼び出したリオ殿下を恨め」
ロデルの眼差しは迷いなく、真っ直ぐに柚子の死に向かっている。それが正しいと確信しているように……
──セレナは、こうなる事を知っていたのだろうか。
ロデルが柚子を手に掛けると知っていて、笑顔で送り出したのだろうか。
涙が滲む。
思ってもみない事だったけれど。
セレナからの感情を残念に思っていたくせに、それでも自分には本当に誰もいなかったんだと改めて思い知れば、悲しいと思ってしまう。
「リオ……」
せめて一番優しかった記憶と共に死のう。
そう思い目を瞑り、その時を待った。
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