虎と姫ぎみ――異彩奇譚

序章

　村全体が見渡せる、小高い丘の上。
　丘には、夏の終わりの少し涼しくなった風が吹いた。その風に、短衣チョゴリと脚衣パジの裾を揺らす男がいる。
　彼は、無数の淡い赤い花をつけた低い茂みにもたれて座っていた。自分を囲む子供たちの顔を見渡しながら、彼は穏やかに微笑んだ。
「不思議な話をしよう」
　そう言って、男は話し始めた。男は、ずいぶんと若く見えた。実際のところは相当な年寄りであるはずなのだけれど、話し始めた顔は若々しく、村の娘たちが胸を高鳴らせる、村一番の美丈夫にも負けない男っぷりだ。
「不思議な話……美しい女性と、虎。花と、燕と、蛇と、その眷属たちの」
　彼の口調は歌うようだ。彼の脳裏には遠い昔の景色が浮かんでいて、その思い出が自然に口に現われているとでもいうような。
　その話しぶりは、男の話に聞き入る子供たちも含めた、村の者たちが楽しみにしている男寺常輩ナムサダンペたちの傀儡閣氏劇コウトゥクカクシグクにも負けない、なめらかな口調だ。彼の話す言葉だけで、彼の言うその美しい女性、虎、花と燕と蛇の姿が、目の前に現われてくるかのようだ。
「まだこの世に、精霊と妖魔、術師と巫人ムーダン、術に魔力が当たり前にあったころのこと……今思えば、本当にあったことなのか、そうでないのか。それさえも曖昧な、不思議な、不思議な話……」
　物語の幕が、開いた。真っ赤な裳チマをひらめかせた美しい女性。その体の模様も鮮やかな、見上げるばかりに大きな虎。咲き乱れる女性の裳のように華やかな花。蒼穹を翔る燕に、しなやかにくねる体を飾る、輝く鱗を持った蛇。
　彼を囲む子供たちは、耳を澄ませる。酷暑の終わりを知らせる涼やかな風が淡い赤の花を揺らし、その音は物語の始まりを告げる鐘のように、聞く者たちの耳に響き渡った。