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第二十章

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 小鳩が暴行事件に遭ってからというもの、昂志は小鳩のそばにいるためにバイトを減らしていた。そのせいで所持金は少なかったが、それを費やして買ったのは、一本の太いバールだった。
 さらには家には、金属バットがあった。昂志が幼いころ買ってもらったものだ。この家には、子供に遊び道具を買ってやる余裕があったころもあったのだ。
 福田がやってくるのは、夜夜中。まわりが寝静まった時間に訪問してきたら、まずはドアを開け、中に招き入れる。隙を見て彼の口にタオルを押し込む。そうやって悲鳴があがらないようにして、ふたりしてバットとバールで殴りつける。
 何撃ほど打ち込めば人は死ぬものかわからないが、人間の急所のひとつである額を狙えばすぐに死ぬだろう、というのが昂志の言だ。そういえば確かに、時代劇ではちまきの額部分に金属を入れてある。
 福田は腹の出た動きの鈍そうな中年男だし、本気になった小鳩たちにはそう難しくない仕事に違いない。
 バットとバールを扱うときは、手袋を忘れずに。死体は近くの、中止になった工事現場にまで引きずっていく――これが一番大変だろう。しかし時間は一晩あるし、工事の途中で放ってある人の近づかない場所なら発見も遅いだろう。凶器に指紋が残っていなければ、小鳩たちに疑いが向くとは思えない。
 ふたりで、何度もシミュレーションをした。バットとバールの扱いに慣れるために狭い家の中で振りまわし、電球をひとつ割ってしまったくらいだ。
「暗くなっちゃうね……」
「いいよ。暗いほうがやりやすいだろう?」
 共犯者は、『殺す』という言葉を使わない。うっかりどこかで誰かに聞かれるようなことがあってはならないし、今さら言わなくてもふたりの心はひとつだからだ。
「あ、じゃあ、福田が来たときには電気、消しておいたほうがよくない? 口にタオル突っ込むときだけ、懐中電灯で。懐中電灯、あったよね」
「そうだな。そのほうがいいだろうな」
 どこにあったかと記憶を探り、埃をかぶった、電池の残り具合の怪しい懐中電灯を捜し出す。
「これで、昔。お兄ちゃんに泣かされたんだよ」
 かち、と点けてみると、薄ぼんやりと灯が点いた。光源としては、これで充分だろう。
「俺が? どうして」
「夜中、うとうと寝かけてたら、これを顎の下から照らして。お兄ちゃん、すっごい恐い顔になって、わたし、泣いたもん」
「そうだったか……?」
 昂志は忘れているようだけれど、そのときのことを小鳩ははっきりと覚えている。
「いじめたほうは忘れてても、いじめられたほうは覚えてるって、本当だね」
「別に、いじめたわけじゃ……」
 いたたまれない様子の昂志に笑い、懐中電灯を消す。新しい電池を買う金はないし、本番のために、残しておかねばならない。



 そして、十五日が来た。
 学校から帰って、動きやすい恰好に着替えて。昂志も、今日はバイトを休んでいる。福田が来るまでまだ何時間もあるが、ふたりとも夕食を食べる心の余裕もなく、緊張して壁時計が時を刻むのを聞いていた。
 それは、夜の十時ごろだった。灯もテレビもつけず、ただその時間が来るのを待っていたふたりは、インターフォンの音に驚いた。大家には先日、なけなしのバイト代で今月の家賃を渡したし、ほかにこのような時間に直接訪ねてくる者に心当たりはない。
「誰……?」
「福田だろう?」
 昂志は、緊張した口調でそう言った。
「きっと、待ちきれなくて来たんだ。あのぐらいの時間、って言っただけで、はっきり時間の約束したわけじゃないし。あんなこと言ってたけどただの脅しで、小鳩が逃げないようにって思ってるのかもしれない」
 もう一度、インターフォンが鳴る。ふたりは、ごくりと息を呑む。インターフォンの鳴らしかたは忙しなくて、確かに小鳩を逃すまいと焦っている福田の手によってのものに違いない。
「行こう」
 昂志は、共犯の宣言をした。小鳩はうなずき、立ちあがる。手袋はもちろん嵌めていて、昂志が金属バットを、小鳩がバールを持っていた。
 まずは昂志がタオルを福田の口に押し込み、小鳩が殴る計画だ。タオルを押し込めるときに抵抗された場合、昂志のほうが福田を押さえつける力があるからだ。
 また、インターフォンが鳴った。福田はよほどに待ちきれないのだろう。――自分を襲う、宿運も知らず。
「お兄ちゃん」
 小鳩が、小声でそう呼びかけた。うん、と昂志はうなずき、手袋をした手で小鳩の頭を撫でてくれた。
 そして、運命の扉が開く。
「……っ、っ!」
 思わず小鳩は、ぎゅっと目をつぶる。そして開いたドアの向こうに立っている人物に向かって、思いきりバールを振り上げた。ぐしゃ、と命中した感覚がある。
 どこに当たったのかはわからない。額の部分をめがけて殴るつもりだったけれど、そんな狙いをつける余裕はなかった。ただ目を強くつぶり、手応えのあった場所にバールを叩きつける。ひたすらに、何度も何度も、何度も何度も殴りつける。
 福田――あの、いやらしい男。顔を思い出すだけで怖気の走る、粘つくような笑いかたをする男。小鳩を食いものにしようと画策する、グロテスクな男。
 ――死ね、死ね。死ね、死ね。死んでしまえ!
 小鳩は、なおもバールを振るった。バールは確かに、人間の頭蓋骨を砕いているらしい感覚を伝えてくる。ぐしゃ、ぐぎゅ、と音がする。
「やめろ、小鳩!」
 昂志の声が聞こえたような気がした。しかし小鳩は、自分の使命を果すことに精いっぱいだ。福田の悲鳴はあがらなかった。昂志が計画通り、タオルを口に押し込んでくれたはずだから当然だ。
「やめろ、やめろ小鳩!」
 なぜか、昂志は小鳩を止める。しかし勢いのついた小鳩の手は止まらなかった。何度も何度も、目の前の人影にバールを叩きつける。がぎっ、ぐぎっ、ごきっ。
「小鳩! やめろ! 美咲だ!」
 バールで殴りつけながら、小鳩は奇異なことを聞いたと思った。
 ――美咲、さん?
 小鳩が殴っているのは、福田であるはずなのに。美咲、など。あり得るはずがない。小鳩はなおもバールを叩きつけ、しかし昂志の手が、小鳩を制す。
「やめろって! 小鳩! 美咲だ、美咲なんだ!!」
 はぁ、はぁ、と息をしながら、小鳩はバールを振るう手を止めた。昂志が、小鳩の二の腕を痛いほど強い力で掴んだからだ。
「な、に……」
「違う、小鳩。違うんだ!」
「違うって、何が……」
 昂志の言葉を繰り返しながら、両手でバールを握ったままの小鳩は、強くつぶっていた目を見開いて、足もとを見た。
 目の前には、美咲がいる。額から血を流し、顔中を血だらけにして仰向けに倒れている。目は驚いて瞠目したかのようで、両手足は壊れた人形のように投げ出されていた。
 ――美咲さん。
 小鳩は目をつぶり、もう一度バールを振りかざした。美咲の、額に今までで一番強い一撃を加える。血が、ぱっと飛び散る。ぐじゃ、と妙な音と震動が伝わってきた。
 ――美咲、さん。
「小鳩! 福田じゃない! ……美咲、だ」
「美咲さん……?」
 小鳩は、たった今それに気がついたような声をあげた。ふたりの前に仰向けになっている美咲の手には、コンビニの袋が握られていて、飛び出しているのはコンビニデザートのロールケーキだった。
 昂志は、くずおれるようにひざまずいた。美咲の耳の下に手を置き、手首に指を添える。何度も同じことをやって、それは知りたくない事実を確認するようだ。そして目を見開いて、つぶやいた。
「死ん、でる……」
 昂志は、額を抑えて荒い呼気を吐いた。
「美咲が、死んだ。死んだ……美咲、が……」
「お兄ちゃん」
 血まみれのバールを握ったまま、小鳩は言った。自分の声が、妙に落ち着いていることに気がついていた。しかし昂志は、そんな小鳩に気づかないらしい。倒れている美咲の脇に膝を突き、彼女の手を取って唖然と玄関先に膝を突いているのだ。
「早く、どうにかしないと」
「どうにか、って……?」
 いつもと、立場が逆だ。昂志は戸惑い、どうしていいのかわからないらしい。しかし小鳩は冷静だった。
「死体をどうするかよ。この時間じゃ、工事現場に引っ張っていくにはまだ早いから。人目につくわ」
「死体……」
 昂志は、掠れた声でつぶやいた。恋人が死んだことを受け入れられないらしい。戸惑った口調でそう言う兄を、小鳩は叱咤した。
「そう、死体。今だって、早くしないと隣の人とかが出てくるかも。死体を……家の中に入れるしかないわ」
 そして昂志に、血に汚れた手袋を嵌めた手を差し出して、立つように促した。
「早く、血を拭かないと。お兄ちゃん、死体を家の中、入れて。わたし、タオル取ってくるから」
 そう言って、血まみれのバールを握ったまま小鳩は部屋に駆けた。バスタオルを三枚持って戻ってくると、昂志は美咲の背と膝の裏に腕をまわし、抱きあげているところだった。ぐたりとした美咲の顎先からは、ぽたぽたと血が垂れている。
「早く、お兄ちゃん」
「あ、ああ……」
 美咲を抱いたまま、昂志は部屋に入る。小鳩は、手早く血を拭き取った。乾いたタオルでは充分に血糊を消せなかったので急いで台所に入り、濡れタオルを作って改めて玄関先を丁寧に拭いた。
 できるだけ音を立てずにドアを閉め、しっかりと鍵を閉めてチェーンをかけ、小鳩はひとつ息をつく。
 昂志は、まだ美咲を抱きあげたまま呆然としていた。その腕の中にいる美咲は四肢をぶらりと垂れ、頸をおかしな方向にねじ曲げて、目を見開いて額から血を流して――確かに、死んでいる。
 昂志に、小鳩を見る余裕があれば見たかもしれない。――小鳩が、ゆっくりと唇の端を持ちあげたのを。
 ――美咲さん。
 彼女が、昂志をキスをしていたところを思い出した。スカートをまくり、昂志の腰のうえで淫らな声をあげていたことを思い起こす。
 ――美咲、さん。
 美咲は、いなくなった。美咲を殺し、昂志は小鳩だけのものになった――共犯者。それは福田などを殺すよりも、もっともっと素敵な共犯関係ではないか。ともに昂志の恋人を殺し、その罪を負う。美咲は二度と昂志とキスもセックスもできなくて、しかし小鳩はここにいるのだ。昂志のそばにいるのだ。
「お兄ちゃん」
 まだ、現実を把握しかねているかのような昂志に、小鳩は言った。
「美咲さん、お風呂場に連れていこう」
「な、何で、風呂……」
「そのままじゃ、家中血まみれになっちゃうじゃない」
「……ああ」
 それはもっともだ、と昂志は思ったらしい。小鳩に言われるまま、素直に風呂場に連れていく。浴槽に湯は張っていなくて、昂志は丁寧に、美咲を降ろす。
「出刃包丁があったら、よかったんだけど」
 小鳩が言うと、昂志はぎょっとしたような顔をした。
「ど、どうして……」
「だって、このまま工事現場に連れて行けないでしょう? 体を刃物でばらばらにして、少しずつ持っていくの」
「小鳩!」
 昂志は、彼自身を取り戻したようだった。急に怒鳴られて、小鳩は大きく目をみはった。
「そんな……美咲を、ものみたいに言うな。そんな……ミステリ小説の、死体の始末の仕方みたいなこと、言うな」
「ごめんなさい……」
 小鳩は、しゅんとする。うつむき、唇を噛んだ。
「ただ、わたし……ばれちゃだめだと思って」
「……ああ」
 昂志も唇を噛む。彼はそのままごくりと固唾を呑み込み、浴槽の中の美咲を見つめながら、言った。
「俺、自首してくる」
「え?」
 彼の言葉の意味がわからなくて、小鳩は聞き返した。昂志は同じことをもう一度言い、浴室をあとにしようとする。
「やめて! 行かないで、お兄ちゃん!」
「でも、俺は美咲を殺したんだ。自首しなくちゃいけない」
「違う!」
 小鳩は叫んだ。
「バールで殴ったのは、わたしだわ! お兄ちゃんは、先に美咲さんが美咲さんだって気づいたじゃない。自首するなら、わたしが行くから!」
「ばかなこと言うな」
 怒ったように、昂志は言った。
「そもそも、福田を殺す計画を立てたのは、俺だ。殺人の罪は、俺が負うべきなんだ」
「やだ! やだ!」
 子供のように、小鳩はわめいた。
「行っちゃ、いや! お兄ちゃんがいないのなんて、絶対にいやなんだから!」
 小鳩は、昂志に取り縋る。力を込めて腕を掴み、ぴったりと体を寄せる。
「お兄ちゃんがいなくなって、またわたしが、あんな目に遭ったら?」
 そう言うと、昂志は小さく息を呑んだ。
「お兄ちゃんがいないと、わたし、どうなるかわからない。たったひとりぼっちで、どうなるか……お兄ちゃんは、わたしをひとりにして平気なの?」
「小鳩……」
 昂志は、心底困惑した表情をした。そんな彼の腕を取り、強く縋ったまま小鳩は何度も、同じことを繰り返した。
「お兄ちゃんがいなきゃ、いや! いやなの! お兄ちゃん……」
 そして、小鳩は言った。美咲が聞いているこの場で、小鳩は大きな声で昂志に告げた。
「お兄ちゃんが、好き。大好き。……愛してるの」
 ここまではっきりと声にしたのは、初めてだった。心の底では何度も繰り返した言葉を、小鳩は初めて、明確に昂志に告げたのだ。
「小鳩……」
 昂志は、驚いたように言葉を失っていた。「愛している」などという言葉が彼を驚愕させたらしい。その言葉は、家族愛を越えている。そのことに昂志は気がついたのだろう。
「愛してる。お兄ちゃん……昂志」
 初めて、小鳩は昂志を名で呼んだ。それは甘く、ぞくぞくとするような体験だった。小鳩は繰り返し昂志を呼び、彼に抱きつくと唇を押しつける。
「愛してるの……、一緒に、いて。ずっと、わたしと一緒にいて……」
「小鳩」
 戸惑ったように、昂志が言う。ふたりの間には、ぷんと血のにおいが漂う――小鳩はそれに背を押されるとますますくちづけを深くし、昂志に強く抱きついた。
「小鳩、だめだ……こういうの、は」
「だめじゃないの。だって、愛してるの。好きなの……お兄ちゃん」
 どのような言葉を使えば、この想いを伝えられるのだろうか――小鳩は必死に考えた。しかし出てくるのは、愛してる、好き。そんなストレートな心の言葉ばかりだった。
「ずっとずっと、お兄ちゃんだけを好きだったの」
 唇を重ねたままそうささやき、舌先を入り込ませようとした。
 ぴん、ぽーん――。
 インターフォンが鳴って、ふたりはびくりと大きく震えた。ふたりして、玄関のほうを見る。今度こそ、福田に違いない。
 ふたりは、顔を見あわせた。同時に浴槽の中の血まみれの美咲を見る。彼女は、窓から入ってくる街灯の薄明かりに照らされて、青白くそこにいた。
「知られちゃ、だめだ」
 小さな声で、昂志は言った。
「美咲が死んだことを知られたら、もっとひどいことになる。おまえは本当に働かされるだろうし……自首しなくても、一緒にはいられない」
「いや! あんな仕事するなんて、いや!」
 しっ、と昂志が小鳩を制したのと、またインターフォンが鳴ったのは同時だった。美咲がそうしたように、何度もインターフォンは鳴った。
 ふたりは抱きあい、身を固くしていた。インターフォンはしつこく鳴り続け、やがてドアをどんどんと蹴る音がした。
 しかし口汚く罵られると思ったのに、脅す声がなかったのは近所を憚ってのことか。中学生を使って風俗業をしていることを警察にどう隠しているのかは知らないけれど、言質を取られでもすれば彼もまずい目に遭うのだろう、と小鳩は思った。
 インターフォンの鳴る音と、ドアを蹴る音はしばらく続いた。しかしやがて静かになり、窓から入る街灯だけの家の中は、しんと静まり返った。
「また、来るだろうね」
 小鳩が言うと、ああ、と昂志はうなずいた。
「居留守使ってるって、ばれたかな? それとも、逃げたと思われた?」
「俺たちに、逃げる場所なんてない」
 ぽつり、と昂志は言った。その声に調子は、小鳩の心臓を引き絞るようだった。小鳩は目を見開いて、昂志を見る。
「それは、あいつもわかってる。だから、また来る。俺たちは、逃げられない」
 せつなく歌うように、彼は言った。
「美咲を残して、行けない。金もない。……行く場所も、ない」
 彼は、何度も何度もその言葉を繰り返した。そして、ぎゅっと小鳩を抱きしめる。
「お兄ちゃん……」
 昂志から抱きしめてきたことに、小鳩は驚いた。好き、愛してる、と繰り返す小鳩に戸惑っていたはずの昂志から、強い抱擁が与えられたのだ。
 小鳩の耳もとで、昂志はつぶやく。
「脱げ。早く」
「な、……に……?」
 いきなりの言葉に、小鳩は戸惑う。小鳩を抱きしめたまま、昂志は言った。
「服も、血まみれだ。脱ぐんだ、全部」
「あ……」
 手袋だけではない、着ているシャツにもズボンにも血は散っているだろう。小鳩はうなずき、すると昂志は小鳩を強い腕から解放した。
 小鳩は、寝室に向かった。すると昂志もついてきて、後ろ手に襖を閉める。
「お兄ちゃん……?」
「俺を好きだって、言ったな?」
 その口調は、どこか狂っているよう――小鳩には、そう感じられた。美咲を殺し、福田から逃げる術はない。金もなく、今の状況から逃れる場所などどこにもないことが、昂志を追いつめているのかもしれない、と小鳩は考える。
「じゃあ、俺の前で脱いでも恥ずかしくないな? 裸を見せても、平気だな?」
「う、うん……」
 小鳩は戸惑い、しかしじっと見つめてくる昂志の視線に押されるように、小鳩は血のにおいのするシャツを脱いだ。ズボンを脱いだ。ブラジャーとショーツになって、それ以上をためらう小鳩に、昂志が歩み寄る。
「小鳩」
 彼は、むしり取るようにブラジャーを外した。破る勢いでショーツも脱がせ、小鳩の裸体の前で、自分も脱いだ。血にまみれたシャツの下から、鍛えた胸筋が現われる。脱いだジーンズと下着は、彼の勃ちあがった欲望をあらわにした。
「お兄、ちゃ……」
「好きだ……小鳩。俺も、好きなんだ」
 それは、昂志の低い叫びだった。彼の言葉には、どんな意味があるのか。そう言うことで、彼は何を訴えようとしているのか――このような、運命を前にして。それでも小鳩は、彼の言葉に縋った。わたしも、とささやいてキスをした。
「俺たちに、行けるような場所なんかないんだ……!」
 血のにおいのするような呼気で、昂志はそう叫ぶ。
 その夜、ふたりは結ばれた。
 小鳩にとっては一度経験したセックスという行為ではあったが、あれとはまったく違った。比べものになどならない。
 なんと幸せな、なんと喜ばしい――身も心も、小鳩は溺れた。そして、数えることができないくらい何度も、何度も、自分の体を犯す男の名を呼んだ。
 ――お兄ちゃん。お兄ちゃん。
 ――昂志。
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