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第六章

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 母はいつのとおり仕事で家におらず、父は競馬だか競輪だかに出かけた。昂志は友達の家に出かけていて、小鳩は家にひとりだった。
「ん、しょ……」
 小鳩に任されたのは、洗濯ものの片づけだった。一枚一枚をたたみ、箪笥に片づける。小鳩にとっては慣れた仕事だった。今日は母に干すだけの余裕があったらしく乾いたものを畳むだけで済んだが、洗濯機をまわすところからだって、お手のものだ。
「……あ」
 洗濯ものの山から探り出したのは、昂志のシャツだ。学校の、体育の運動服。小鳩は、それをしばらく眺めた。
(お兄ちゃん、の……)
 なぜ、昂志のシャツを前にそんなことを思ったのかはわからない。ただ、何の変哲もない洗濯ものなのに、昂志のものであるというだけで小鳩の手はとまったのだ。
 小鳩を守ってくれる、兄。自分は傷ついても、小鳩をかばってくれる兄。そんな彼の服を手に、どきり、と胸が鳴るのがわかる。
(お兄ちゃんの、着てるもの……)
 誰もいない家。父の暴力に脅えなくていい家。そこで、小鳩の心は緩んだのかもしれない。自分の心に正直になることができたのかもしれない。
「お兄ちゃん……」
 小鳩は、シャツを抱きしめた。くん、と匂いをかぐと、洗剤の匂いに混ざって昂志の匂いがする。それに胸をかき乱された。頭の中までがくちゃくちゃになるような気がして、慌てて鼻から遠ざける。そして、ことさらに丁寧に畳んだ。
 すべての洗濯ものを畳み終わり、それぞれを箪笥にしまう。本当は触りたくもない父の下着をしまおうと、抽斗を開ける。と、目に入ったものがあった。
「……ん?」
 肌色――小鳩は、手を伸ばす。それは雑誌で、表紙にはほとんど肌の隠れていない水着を着た女性が、しなを作っている。
「やぁぁっ!」
 小鳩は、思わずそれを取り落とした。六歳の小鳩には穢らわしいばかりの雑誌だったけれど、落としたときに広がった、白黒のページ――そこにあった文字に、小鳩の目は釘づけになった。

『兄との体験』――。

 兄? その言葉だけで小鳩は雑誌の前に膝を突く。そのページには艶めかしく絡みあう男女の姿があったけれど、それを穢らわしいと思う余裕は、今の小鳩にはなかった。ただ、『兄』。その言葉が、小鳩を惹きつけた。

 ――お父さんもお母さんも、いませんでした。お兄ちゃんはわたしにキスをして、舌を入れてきて、ぐちゃぐちゃにかきまわしました。

 小鳩の顔が、ぱぁぁっと熱くなった。キス――唇同士を、くっつけること。愛する者同士が、すること。そのくらいの知識は、小鳩にもあった。

 ――お兄ちゃんは、わたしのおっぱいを触りました。力を入れて揉んできて、少し痛かったけど、でも、すごく気持ちよかったんです。

「あ……」
 小鳩は思わず、自分の胸を触った。ほとんど膨らみなどない平たい乳房。それでも今触れているのが雑誌に書いてあるように兄の手かもしれないと思うと、心臓がどきどきした。確かに手には鼓動が伝わってきて、自分が興奮しているのがわかった。

 ――お兄ちゃんの手は、わたしのパンツの中に入ってきました。わたしは、もうじゅくじゅくに濡れていて、お兄ちゃんの手がパンツの中で、ぴちゃぴちゃ音を立てました。

 濡れる? 濡れるって、なに? 小鳩は、そっと自分の股間に手をやった。下着越しに、微かに濡れた感触――おもらしなんて、していないのに。それなのに、濡れるって何なの?

 ――指が、中に入ってきました。いっぱいいっぱいぐちゅぐちゅってされて、わたしは声が押えられませんでした。もっと声を出せっていうみたいに、お兄ちゃんは指を――。

 気づけば小鳩の指は、下着越しに股間を擦っていた。はぁ、はぁ、と声が洩れる。ぞくぞくと痺れるような感覚があって、それがたまらなく気持ちよかった。
「はぁ、あ……っ……っ」
 小鳩の下着に、しみができる。それすらにも構っていられなかった。小鳩は股間を擦り続け、すると、腹の奥で何かがぱぁんと弾けるような感覚があった。
「あ……っ、……っぁ……あ……」
 しばらく、息ができなかった。身動きもできなかった。小鳩は雑誌を前に、肩を何度も上下させる。
 まるで体育の時間、全力疾走したみたい――それでいてつま先までが疼くような感覚があって、それは確かに、小鳩にとっての快楽だった。
 もう一度、味わいたい――しかし濡れた下着を擦っても微かな痺れが貫くだけで、先ほどの、弾けるような感覚はもうなかった。

 ――お兄ちゃんは、お兄ちゃんの――を、わたしの――に。

 小鳩は、雑誌をぱたんと閉じた。そして折角畳んだ洗濯ものがぐちゃぐちゃになった中を踏んで、雑誌を兄と共同の部屋に持っていく。そして押し入れの中、座布団の詰んである下に押し込んだ。

 ――お兄ちゃんは、わたしを――して、そうしたらわたしは、もう何もわからなくなっちゃって、ただ、お兄ちゃんだけを呼んでいました。

 一部は何のことかわからないままに、雑誌の記事の内容が頭に焼きついている。
 閉めた押し入れに寄りかかり、小鳩はずるずると座り込む。先ほどの快楽はもう去っていたけれど、つま先までが痺れる感覚はまだ残っていて、小鳩をまるで雲の上にまで連れていってくれているかのようだ。
「はぁ……、ぁ……っ……」
 ――お兄ちゃんと、お兄ちゃんと。
 お兄ちゃん、と……。
 小鳩は、胸の奥で雑誌の内容を反芻した。少し落ち着いてきた体は、しかし脳裏で繰り返す記事の中、再び何かが湧き起こる。膝を擦りあわせてもじもじとしながら、小鳩は押し入れの襖に背を押しつけていた。
 そこには秘密があって、誰にも知られてはいけなくて、それでも小鳩の脳裏には、ただひとつの言葉が回り続ける。
 ――お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん。
 声には出さず、小鳩はただ、その言葉を繰り返し続けた。
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