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男の素顔
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男は、尻を動かし体を俺の方へ向け、瞬きをしない目で俺をジッと見る。
そういえば、この男は瞬きをしていただろうか・・
俺は、シワが多く吸い込まれそうな男の目をじっと見て考えた。
「貴方のお友達と飼い猫のミヨちゃんは残念でした。でも、この村にいればいつでも会えますよ」
「は?高野とミヨに?どういう事だ?」
「高野さんには貴方より先にお会いしました。とてもいい方ですね。エネルギッシュで明るくて。お弁当をご馳走になりました」
「弁当・・・」
そうだ・・稲毛が言っていた。高野が早朝、いもやに来て弁当を二つ買っていったと。
もしかしたら、病院で高野が言った「あいつに気をつけろ。し・・」のあいつとは、この男の事だったのか。
「お二人のどちらが良いか見定めるために会ったのですが、色々お話をして分かった事は、高野さんは向いてなかった。それに対して、貴方はとてもいい。控えめと言えば聞こえはいいですが、基本、欲がない。仕事にもプライベートにも。流れに任せて生きている。そんな感じですね。ああ、失礼言いすぎましたね。でも貴方は私が理想としていた人間にピッタリなんですよ」
「・・何を言ってるんだ?」
俺は、男が何を言っているのか、何を考えているのか分からなかった。
すると男は、先程の真剣な顔から一転、ゆっくりと顔が崩れにちゃりと笑った。
あの顔だ・・・高野が車にひかれる前に笑ったあの顔。顔がドロリと溶けているような笑い。
一瞬にして俺は総毛立ちゾッとする。
「幼い頃の私は考えた。何日も何日も。そした思ったんですよ。人の考えていることがよめると言う事は良いことだって。顔では良いこと言っていても心の中では反対の事を思っている。それが分かるんです。こんな素晴らしい力はない。だから、この力を存分に生かし、私の大切なルナの友達を増やす事に使おうと思ったんです」
「友達を?」
「そう。友達を。残念ながらルナは死にました。でも見てください。あんなに沢山の子供達に囲まれている。きっとルナも喜んでいるでしょう」
男はルナの方を見る。その表情は先程の笑いが消え、恍惚とした表情となっている。
そんな男の顔に、言い知れぬ恐怖と不安が体の底から湧いてくる。
「そうそう。気が付きましたか?子供達が遊んでいる中に、由美意外に洋服を着た子供がいることを」
気が付いていた。由美の服と違い、現代に近い服を着ているから違和感を感じていた。
「あの子達も、最近この村の住人になったんですよ。ルナの友達が増えました」
男は嬉しそうに話す。
「住人になったって・・だって、ここにいる子供達は死んでるんだろ?じゃあ、あの子供も死んだのか?」
「はい」
「・・・・まさか」
「いえいえ。私はもう殺しませんよ?」
「じゃあどうしてここにいる?」
「橋を渡ったからですよ」
「橋?」
「はい。あの未帰橋です。あの橋は、あの世とこの世を結ぶ橋。貴方も渡って来たでしょう?」
この村の最高傑作の自慢の橋。桔木という手法で作られた血のように真っ赤な橋。あれが、あの世とこの世を結ぶ・・・橋。
「じゃ・・じゃあ、俺は・・・」
「貴方はまだあの世とこの世の境目にいます。だから、日向神社で会った男の人は百目鬼旅館やトキ子さんの事を知らなかったでしょう?日向神社の「陽」の気に触れた貴方は生きた人間。影来神社の「陰」の気に触れた貴方は死人なんですよ」
確かに、日向神社で太鼓を用意していたあの男は、俺が話した事に不思議そうな顔をしていた。
「そ・・そんな事が・・」
「新しく来たあの子達は、子供達が埋められていた雑木林があった場所に肝試しに来たんです。あの場所に行くには橋を渡らないと行けませんからね」
その時思い出した。
高野とこの村に来た時、雑木林の下から古い骨が沢山出たと高野は言っていた。そこが心霊スポットになっていると言う事も。
「そうです。それは、ことり祖母ちゃんが埋めた子供達の骨です。今は、小さな石碑が立っています。本当に人間って面白いですよね。そこには集団自殺した人の霊が出るとか、処刑場だったとか。ふふふ。それを面白がって、自分の好奇心とスリリングを求めるためにわざわざ来るんですから。私としては有り難いですけどね。自分で連れて来なくても向こうがかってに来てくれる。こんな楽な事はない。でもね、もう私には時間がないんですよ」
「時間がない?」
話しを始める前もそんな事を言っていた。
「ええ。人は死んだら、そこからは永遠の時間があると思っていました「死」という時間がね。でも違うみたいなんです。少しでも自分の想いが叶うと、消えてしまうようなんです」
「消えるって・・成仏すると言う事か?」
「さぁ・・・どうなんでしょうねぇ。でも自分で分かるんですよ。もうそろそろ本当に終わるなって。その時に思ったんです。この村で起きた悲惨な出来事をもっと知ってもらいたい。処刑場だとか集団自殺とか、そういう間違った情報ではなく、正しい情報を知ってもらいたい。そう思い、今まで案内役と伝える役をしてきました。でもそれも、もう出来なくなる。私の後釜を探さなくてはいけない。でも良かった。貴方みたいな良い人が見つかって」
俺に笑いかける男の表情は、やっと仕事を終えたという安堵感に満ちている。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。何が何だか俺にはさっぱりだ。第一俺は今どういう状況なんだ?生きてるのか?死んでるのか?あの世とこの世の境目にいるって言うが、境目って何だよ」
「ん~それは説明が難しいですね。死んでもいるし生きてもいる。そうとしか言えないんですよね。あの未帰橋を渡れば生者として、こちらに渡れば死者として。ただし、さっきも言ったように日向神社だけは別ですよ?分かりますか?ああそうだ。いもやの鈴木さんに貴方が見えなかったのは、ルナが会いに行ったからです」
「ルナが?」
「ええ。貴方の事をとても心配していた鈴木さんは、貴方が降りかかるはずの災いを貰ってしまった。だから、ルナが救いに行ったんです。じゃなかったら、骨折だけじゃ済まなかったでしょうね。ルナの気に少しでも触れたものは、境目にいる貴方の事は見えないんです。居酒屋の大将はルナと会ってませんから、貴方の事はちゃんと見えていましたよ」
よく分からない理屈だが、鈴木さんを助けてくれたルナには感謝したい。
それにしても、三途の川みたいな話だ。此岸に彼岸。あの世にこの世。常世に冥土。色々な呼び方があるが、まさかそんな事が現実にあるとは思えない。
「ふふ。そうですね。実際自分の目で見てみないと信じられないかもしれませんね」
そう言って男は立ち上がる。そんな男を見上げた俺が、ふとおかしな事に気がつく。
空が明るい。視線を動かせば、眩しい太陽が昇っている。
日が暮れたばかりのはず・・・?この村に来た時からそうだった。家の中から、土砂降りの雨を見ていたかと思えば、外に出るとやんでいて太陽が顔を出す。この村はおかしい。
「さぁ行きましょう。百聞は一見にしかずです」
笑顔を張り付けたままの男は、俺をエスコートするかのように立ち上がらせ導いてく。
子供達が楽しそうに遊び続けているのを通り過ぎ、歩いて行く。ルナを見ると、じっと表情のない目を真っ直ぐ前に向けているだけだった。
「え?・・」
夜だ。夜が来た。境内を出た瞬間、電気を消したように辺りが真っ暗になる。
空にはやけに大きな月と沢山の星空。
朽ちた鳥居に続く飛び石を、男の後に続き歩いて行く。
「始まってますね」
鳥居を出ると、男がぼそりと呟いた。
「え?」
「アレを見てください」
男が指さした方を見ると、白い長襦袢を着た女が地蔵を背負い歩いている。狭い道幅を縦横無尽に歩き、時折小走りに走り出したり飛び跳ねたりしている。その後ろには、その女の様子をジッと見ている男の子がいる。
「あれは、安君のお母さんと安君です。今度の出番は安君だったんですね」
「御地家の子祭り・・でもあれは年に一度の祭りだったはず」
「村の大人達が生きて祭りを・・・弔いですね。それをやっていた時はそうでした。でも、全ての大人達がいなくなった後は毎日のように繰り返しているんです」
「いなくなった?」
「この村の記憶・・いや、これがことり祖母ちゃんの呪なんでしょうね」
男の言っていることが理解できない。頭がぼうっとしてくる。深い眠りに入る前の朦朧とした時と似た状態になってきた。
「・・・終わる事はないんだろうか」
「そうですねぇ。貴方がことり祖母ちゃんや、私の立場だったら終わらせますか?」
「・・・・・」
言葉が出なかった。
特異な力を持ち産まれてきた一族。村の為と思いその力を使って来た。なのに、一度の失敗でルナの両親は殺されてしまう。ルナとことり祖母ちゃんの、その時の悲しみと怒りはいかばかりか。
それにこの男だってそうだ。好きな女の子の為一生懸命自分なりに頑張り、ようやくルナを外に連れ出しみんなと遊べるようになった。そのルナを殺されたのだ。
俺は、田畑が広がる中にある道を歩く母娘に目を移す。女の白い長襦袢が月明かりに照らされ、まるで死装束のように見える。その母親の後をジッと見つめついて行く息子。
あの息子の中には母親がいる。その母親は、地蔵を背負う母親を見ているのではなく、我が子を見ているのだ。だから、子供の身代わりとなる地蔵を背負わせているのか・・・
俺は、身につまされるような気分になる。
この村の罪。橋を渡らないと外へ出られない閉鎖された村で起こった出来事。本当にそんな事をあの人達はやったのだろうか。百目鬼旅館の真っ黒になりながらアジサイの世話をするご主人や、客の前でも旦那を叱り飛ばす女将。愛嬌のある顔をして酒を飲む達朗や、モデルのような美貌を持つ瞳。この八世帯の中で僅かな人としか関りはなかったが、俺にはとても良い人という印象しかない。
「外から来た人達には優しかったですからね。ほら、自分達の村にお金を落としてくれるんですから。誰に対しても態度が変わらなかったのは、トキ子さんだけですよ」
また俺の考えをよんだようだ。
「どうしますか?」
突然男が聞いてきた。
「え?」
「私の願いを叶えてくれますか?」
願い・・・ああそうか。村の案内人の事か。ボウっとした頭では考えがまとまらない。頭の中にカーテンがかかり、その先の答えや決断を隠しているようだ。
「あの・・あの橋の方へ行ってもいいかな」
「橋?・・・ええいいですよ」
俺は、男を見る事なく未帰橋の方へと歩いて行った。
そういえば、この男は瞬きをしていただろうか・・
俺は、シワが多く吸い込まれそうな男の目をじっと見て考えた。
「貴方のお友達と飼い猫のミヨちゃんは残念でした。でも、この村にいればいつでも会えますよ」
「は?高野とミヨに?どういう事だ?」
「高野さんには貴方より先にお会いしました。とてもいい方ですね。エネルギッシュで明るくて。お弁当をご馳走になりました」
「弁当・・・」
そうだ・・稲毛が言っていた。高野が早朝、いもやに来て弁当を二つ買っていったと。
もしかしたら、病院で高野が言った「あいつに気をつけろ。し・・」のあいつとは、この男の事だったのか。
「お二人のどちらが良いか見定めるために会ったのですが、色々お話をして分かった事は、高野さんは向いてなかった。それに対して、貴方はとてもいい。控えめと言えば聞こえはいいですが、基本、欲がない。仕事にもプライベートにも。流れに任せて生きている。そんな感じですね。ああ、失礼言いすぎましたね。でも貴方は私が理想としていた人間にピッタリなんですよ」
「・・何を言ってるんだ?」
俺は、男が何を言っているのか、何を考えているのか分からなかった。
すると男は、先程の真剣な顔から一転、ゆっくりと顔が崩れにちゃりと笑った。
あの顔だ・・・高野が車にひかれる前に笑ったあの顔。顔がドロリと溶けているような笑い。
一瞬にして俺は総毛立ちゾッとする。
「幼い頃の私は考えた。何日も何日も。そした思ったんですよ。人の考えていることがよめると言う事は良いことだって。顔では良いこと言っていても心の中では反対の事を思っている。それが分かるんです。こんな素晴らしい力はない。だから、この力を存分に生かし、私の大切なルナの友達を増やす事に使おうと思ったんです」
「友達を?」
「そう。友達を。残念ながらルナは死にました。でも見てください。あんなに沢山の子供達に囲まれている。きっとルナも喜んでいるでしょう」
男はルナの方を見る。その表情は先程の笑いが消え、恍惚とした表情となっている。
そんな男の顔に、言い知れぬ恐怖と不安が体の底から湧いてくる。
「そうそう。気が付きましたか?子供達が遊んでいる中に、由美意外に洋服を着た子供がいることを」
気が付いていた。由美の服と違い、現代に近い服を着ているから違和感を感じていた。
「あの子達も、最近この村の住人になったんですよ。ルナの友達が増えました」
男は嬉しそうに話す。
「住人になったって・・だって、ここにいる子供達は死んでるんだろ?じゃあ、あの子供も死んだのか?」
「はい」
「・・・・まさか」
「いえいえ。私はもう殺しませんよ?」
「じゃあどうしてここにいる?」
「橋を渡ったからですよ」
「橋?」
「はい。あの未帰橋です。あの橋は、あの世とこの世を結ぶ橋。貴方も渡って来たでしょう?」
この村の最高傑作の自慢の橋。桔木という手法で作られた血のように真っ赤な橋。あれが、あの世とこの世を結ぶ・・・橋。
「じゃ・・じゃあ、俺は・・・」
「貴方はまだあの世とこの世の境目にいます。だから、日向神社で会った男の人は百目鬼旅館やトキ子さんの事を知らなかったでしょう?日向神社の「陽」の気に触れた貴方は生きた人間。影来神社の「陰」の気に触れた貴方は死人なんですよ」
確かに、日向神社で太鼓を用意していたあの男は、俺が話した事に不思議そうな顔をしていた。
「そ・・そんな事が・・」
「新しく来たあの子達は、子供達が埋められていた雑木林があった場所に肝試しに来たんです。あの場所に行くには橋を渡らないと行けませんからね」
その時思い出した。
高野とこの村に来た時、雑木林の下から古い骨が沢山出たと高野は言っていた。そこが心霊スポットになっていると言う事も。
「そうです。それは、ことり祖母ちゃんが埋めた子供達の骨です。今は、小さな石碑が立っています。本当に人間って面白いですよね。そこには集団自殺した人の霊が出るとか、処刑場だったとか。ふふふ。それを面白がって、自分の好奇心とスリリングを求めるためにわざわざ来るんですから。私としては有り難いですけどね。自分で連れて来なくても向こうがかってに来てくれる。こんな楽な事はない。でもね、もう私には時間がないんですよ」
「時間がない?」
話しを始める前もそんな事を言っていた。
「ええ。人は死んだら、そこからは永遠の時間があると思っていました「死」という時間がね。でも違うみたいなんです。少しでも自分の想いが叶うと、消えてしまうようなんです」
「消えるって・・成仏すると言う事か?」
「さぁ・・・どうなんでしょうねぇ。でも自分で分かるんですよ。もうそろそろ本当に終わるなって。その時に思ったんです。この村で起きた悲惨な出来事をもっと知ってもらいたい。処刑場だとか集団自殺とか、そういう間違った情報ではなく、正しい情報を知ってもらいたい。そう思い、今まで案内役と伝える役をしてきました。でもそれも、もう出来なくなる。私の後釜を探さなくてはいけない。でも良かった。貴方みたいな良い人が見つかって」
俺に笑いかける男の表情は、やっと仕事を終えたという安堵感に満ちている。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。何が何だか俺にはさっぱりだ。第一俺は今どういう状況なんだ?生きてるのか?死んでるのか?あの世とこの世の境目にいるって言うが、境目って何だよ」
「ん~それは説明が難しいですね。死んでもいるし生きてもいる。そうとしか言えないんですよね。あの未帰橋を渡れば生者として、こちらに渡れば死者として。ただし、さっきも言ったように日向神社だけは別ですよ?分かりますか?ああそうだ。いもやの鈴木さんに貴方が見えなかったのは、ルナが会いに行ったからです」
「ルナが?」
「ええ。貴方の事をとても心配していた鈴木さんは、貴方が降りかかるはずの災いを貰ってしまった。だから、ルナが救いに行ったんです。じゃなかったら、骨折だけじゃ済まなかったでしょうね。ルナの気に少しでも触れたものは、境目にいる貴方の事は見えないんです。居酒屋の大将はルナと会ってませんから、貴方の事はちゃんと見えていましたよ」
よく分からない理屈だが、鈴木さんを助けてくれたルナには感謝したい。
それにしても、三途の川みたいな話だ。此岸に彼岸。あの世にこの世。常世に冥土。色々な呼び方があるが、まさかそんな事が現実にあるとは思えない。
「ふふ。そうですね。実際自分の目で見てみないと信じられないかもしれませんね」
そう言って男は立ち上がる。そんな男を見上げた俺が、ふとおかしな事に気がつく。
空が明るい。視線を動かせば、眩しい太陽が昇っている。
日が暮れたばかりのはず・・・?この村に来た時からそうだった。家の中から、土砂降りの雨を見ていたかと思えば、外に出るとやんでいて太陽が顔を出す。この村はおかしい。
「さぁ行きましょう。百聞は一見にしかずです」
笑顔を張り付けたままの男は、俺をエスコートするかのように立ち上がらせ導いてく。
子供達が楽しそうに遊び続けているのを通り過ぎ、歩いて行く。ルナを見ると、じっと表情のない目を真っ直ぐ前に向けているだけだった。
「え?・・」
夜だ。夜が来た。境内を出た瞬間、電気を消したように辺りが真っ暗になる。
空にはやけに大きな月と沢山の星空。
朽ちた鳥居に続く飛び石を、男の後に続き歩いて行く。
「始まってますね」
鳥居を出ると、男がぼそりと呟いた。
「え?」
「アレを見てください」
男が指さした方を見ると、白い長襦袢を着た女が地蔵を背負い歩いている。狭い道幅を縦横無尽に歩き、時折小走りに走り出したり飛び跳ねたりしている。その後ろには、その女の様子をジッと見ている男の子がいる。
「あれは、安君のお母さんと安君です。今度の出番は安君だったんですね」
「御地家の子祭り・・でもあれは年に一度の祭りだったはず」
「村の大人達が生きて祭りを・・・弔いですね。それをやっていた時はそうでした。でも、全ての大人達がいなくなった後は毎日のように繰り返しているんです」
「いなくなった?」
「この村の記憶・・いや、これがことり祖母ちゃんの呪なんでしょうね」
男の言っていることが理解できない。頭がぼうっとしてくる。深い眠りに入る前の朦朧とした時と似た状態になってきた。
「・・・終わる事はないんだろうか」
「そうですねぇ。貴方がことり祖母ちゃんや、私の立場だったら終わらせますか?」
「・・・・・」
言葉が出なかった。
特異な力を持ち産まれてきた一族。村の為と思いその力を使って来た。なのに、一度の失敗でルナの両親は殺されてしまう。ルナとことり祖母ちゃんの、その時の悲しみと怒りはいかばかりか。
それにこの男だってそうだ。好きな女の子の為一生懸命自分なりに頑張り、ようやくルナを外に連れ出しみんなと遊べるようになった。そのルナを殺されたのだ。
俺は、田畑が広がる中にある道を歩く母娘に目を移す。女の白い長襦袢が月明かりに照らされ、まるで死装束のように見える。その母親の後をジッと見つめついて行く息子。
あの息子の中には母親がいる。その母親は、地蔵を背負う母親を見ているのではなく、我が子を見ているのだ。だから、子供の身代わりとなる地蔵を背負わせているのか・・・
俺は、身につまされるような気分になる。
この村の罪。橋を渡らないと外へ出られない閉鎖された村で起こった出来事。本当にそんな事をあの人達はやったのだろうか。百目鬼旅館の真っ黒になりながらアジサイの世話をするご主人や、客の前でも旦那を叱り飛ばす女将。愛嬌のある顔をして酒を飲む達朗や、モデルのような美貌を持つ瞳。この八世帯の中で僅かな人としか関りはなかったが、俺にはとても良い人という印象しかない。
「外から来た人達には優しかったですからね。ほら、自分達の村にお金を落としてくれるんですから。誰に対しても態度が変わらなかったのは、トキ子さんだけですよ」
また俺の考えをよんだようだ。
「どうしますか?」
突然男が聞いてきた。
「え?」
「私の願いを叶えてくれますか?」
願い・・・ああそうか。村の案内人の事か。ボウっとした頭では考えがまとまらない。頭の中にカーテンがかかり、その先の答えや決断を隠しているようだ。
「あの・・あの橋の方へ行ってもいいかな」
「橋?・・・ええいいですよ」
俺は、男を見る事なく未帰橋の方へと歩いて行った。
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