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不味いコーヒー
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次の日。明子は何事もなかったかのように、朝食の用意やら洗濯やら忙しく動いていた。
一人で起きてきた香織は、明子の姿を見ると開口一番
「お母さん大丈夫?何であんな所に倒れていたの?」
と、心配そうに聞いてきた。
「うん・・ちょっと貧血気味だったからね。大丈夫よ」
「そう。お母さん私みたいに運動しないからだよ。今度一緒に縄跳びやろうよ!」
「そうね」
「・・・・・・・」
「何?どうしたの?」
「・・・貧血って何?」
「フフフ。後で教えてあげるわよ。いいから早く顔を洗ってらっしゃい」
香織の可愛いおとぼけが、明子の気持ちを和らげてくれる。
それぞれの時間に、行平と香織を送り出すと明子は何も考えないようにして家事に専念した。いつもより丁寧に念入りに掃除をしていく。少しでも手を緩めると、昨日の事が蘇ってきそうだからだ。
しかし、一軒家とはいえさほど大きくない家。一階の掃除など一時間程度で終わってしまう。
明子は階段下に立ち上を見上げる。
「次は二階の掃除か・・よし」
掃除機と雑巾などの掃除道具と一緒に、念のため携帯も持つ。
朝起きて香織の部屋の横を通る時、何となく目をそらしてしまった。気にはなったがどうしても見ることが出来なかったのだ。
明子はゆっくりと階段を上っていく。
一応香織には、掃除をするから部屋の戸は開けておくようにと言っておいた。ずるいようだが自分で開ける自信がなかったのだ。
階段を上がっていく間、目は香織の部屋の方を見ている。
自分のお気に入りの手すり越しに見える香織の部屋は、朝の光が存分に入り明るかった。
(音もしないし、大丈夫そう)
明るく照らす光は人に安心感を与えてくれるのか、明子は少しほっとしながら香織の部屋に入り掃除を始める。
(気のせいだったのかしら)
そんな風に思ってしまう程、何事もなく普段通りに掃除を済ませることが出来た。
一通り二階の掃除を終えた明子は、掃除道具を持ち一階へ降りると台所でコーヒーを淹れ一息ついた。
(何ともなかったわ・・アレは何だったのかしら。アレって・・・最初ぬいぐるみだと思ったけど・・瞬きしたのよね。って事は人?でも人にしてはやけに小さかった。行平の拳位?一瞬だったから分からないけど)
やはり、やる事がないと色々と昨日の事を考えてしまう。
考えれば考えるほど気味が悪く、コーヒーの味がよく分からなくなってくる。
「出かけよう」
明子は飲みかけのコーヒーをそのままにして、いつもの図書館へと行く為いそいそと用意をするとすぐに家を出た。
時間が早かったせいかまだ図書館は開館していなかった。
「しょうがない。どこかで時間潰すか」
図書館が開くまで約三十分。明子は通り沿いにある喫茶店に入った。
「こんな所に喫茶店なんてあったのね。丁度いいわ」
レトロな感じの喫茶店で、店内に入ると明子が家で飲んでいるコーヒーとは違う高そうなコーヒーの匂いが鼻孔に入って来た。
「いらっしゃい」
カウンター内にいるマスターが笑顔で明子を迎える。初老の男性で、白いワイシャツに黒のベスト。ネクタイではなく黄色の蝶ネクタイをしている。温和な表情をした人物だ。
「どうも」
この喫茶店には初めて入る明子だったが、何だか前から通った常連にでもなったような気がする程なんとも懐かしい感じのする喫茶店だった。
カウンターに座り
「コーヒー一つお願いします」
「はい。今のご気分は?」
「え?」
「うちはね。コーヒーを頼む人にはこう聞いているんですよ。ここに来る人は皆同じ気持ちで来るなんてことはないでしょ?落ち込んでたり嬉しかったりイライラしたり・・・ね。そんな今の気持ちを聞いて、ソレを和ませるようなコーヒーを淹れてあげるのが私の役目なんですよ」
「はぁ」
しかし、今の気分と聞かれてもただ図書館が開くまでの時間潰しの為に入っただけだ。さて何て言っていいのやら。
「もし分からないようだったら、私の方で淹れてもよろしいですか?」
「あ・・はい。じゃあお任せで」
「はい」
マスターは手慣れた手つきで、コーヒー豆を手動のコーヒーミルに入れゆっくりと回していく。なんとなく店内のコーヒーの匂いが濃くなったような気がする。
サイフォンにはもうお湯が入っており挽き終わった豆をロートに入れる。お湯がコポコポと沸騰して小さな泡が立ってきた。
お湯がロートの方へと上昇した所を、マスターはゆっくりとスプーンでかき混ぜていく。
(ん~いい匂い)
明子は、マスターの流れるような手つきを見ながら漂ってくる良い匂いに自分の気持ちがほぐれていくのが分かった。
「少しお待ちください」
気が付くと、ロートの中のコーヒーがフラスコへとぽたりぽたりと落ちている。本格的なコーヒーの淹れ方など見たことのなかった明子は、ゆっくりと落ちていくコーヒーを見ながら満たされた気分になっていた。
「お待たせしました」
真っ白のカップに入れられたコーヒーは、カップの底が見えるほど薄いコーヒーだった。
(薄そうね)
明子は、少しだけがっかりしながらコーヒーを一口飲んだ。
「ん」
「どうかしましたか?」
「え・・いえ」
一口飲んだ後、明子はもうそのコーヒーには手を付けなかった。
コーヒーが飲めればしばらく時間も潰せたのだろうが、何ともこのコーヒー生臭くとてもまずい。あれだけいいにおいを漂わせていたはずなのに、出て来た物がこんなにひどい物だとは思いもしなかった。
「ごちそうさま」
居心地が悪くなった明子は、折角頼んだのに残すのはもったいないと思いコーヒーを一気に飲み干すと、マスターに愛想笑いをしながらお金をカウンターに置き急いで店を出た。
「何あのコーヒー。ビックリするほど不味かったわ。それともあれが本格的なコーヒーの味なのかしら」
釈然としないまま明子は図書館の方へと歩いて行く。
図書館は開いていた。
「良かった。一応時間つぶしにはなったようね」
まだ他の来館者がいないようだが、それも何か得した気分の明子は早足で図書館の中に入るとお目当てのミステリーのコーナーへと真っ直ぐ向かった。
「これこれ。この前途中で終わっちゃったのよね」
読み途中の本が貸し出し中になっていない事にホッとしながら棚から取り出すと、椅子に座り本の中の世界へと入って行った。
明子が夢中で本を読んでいると、携帯のバイブ音がどこからか聞こえてきた。
(誰よ。こういう所ではマナーモードじゃなくて電源切っといてよね)
せっかく本の世界にのめり込んでいた所を邪魔された気分になった明子は周りをぐるりと見まわした。
いつの間にか結構人がいるのに驚いたが、皆本に集中しているのかバイブ音を気にしている人がいない。
(まだ鳴ってる。早く気がついて止めてよ)
一度気がついてしまうと耳障りなものである。明子は、今だ鳴り続けているバイブ音にイライラしながら本に目を落とす。
「あの~」
突然、年配の女性に声を掛けられた。
「はい」
「申し訳ありませんが、さっきから携帯が鳴っていませんか?」
「え?私ですか?」
「ええ」
年配の女性は、明子が持つ鞄をちらりと見ながらそう話した。
「私のは確か電源を切っているはず・・」
そう言いながら自分の鞄を開くと、先程から鳴っているバイブ音が大きく聞こえた。
「何で・・あ、すみません」
明子は急いで席を立つと、廊下に走り出た。
鞄から取り出した携帯を見ると、確かに画面には着信が入っている。
「学校?」
液晶には、香織が通っている学校の文字が表示されている。
図書館に入る前に、確かに切ったはずの携帯の電源が勝手に入っていたこともよく分からなかったが、学校から何の連絡なのか。もしや香織が怪我でもしたのだろうか。明子は急いで電話に出た。
「もしもし」
「あ、行平さんですか?」
「はい」
「私担任の山口です」
「お世話になっております」
「お忙しいところ恐縮ですが、香織さんの事でちょっとお話があるので学校へ来ていただく事って出来ますか?」
「香織がどうかしたんですか?」
「少し込み入った事なので電話ではなく、直接お話した方がいいと思うんですが」
「分かりました。今からでも大丈夫ですが」
「そうですか。では・・二時半頃職員室の方へ来ていただけますか?私、いますので」
「分かりました」
もう、ミステリーどころではなくなってしまった。
(香織・・何の話だろう)
明子は、自分が読んでいた本を棚に仕舞い図書館を出た。
一人で起きてきた香織は、明子の姿を見ると開口一番
「お母さん大丈夫?何であんな所に倒れていたの?」
と、心配そうに聞いてきた。
「うん・・ちょっと貧血気味だったからね。大丈夫よ」
「そう。お母さん私みたいに運動しないからだよ。今度一緒に縄跳びやろうよ!」
「そうね」
「・・・・・・・」
「何?どうしたの?」
「・・・貧血って何?」
「フフフ。後で教えてあげるわよ。いいから早く顔を洗ってらっしゃい」
香織の可愛いおとぼけが、明子の気持ちを和らげてくれる。
それぞれの時間に、行平と香織を送り出すと明子は何も考えないようにして家事に専念した。いつもより丁寧に念入りに掃除をしていく。少しでも手を緩めると、昨日の事が蘇ってきそうだからだ。
しかし、一軒家とはいえさほど大きくない家。一階の掃除など一時間程度で終わってしまう。
明子は階段下に立ち上を見上げる。
「次は二階の掃除か・・よし」
掃除機と雑巾などの掃除道具と一緒に、念のため携帯も持つ。
朝起きて香織の部屋の横を通る時、何となく目をそらしてしまった。気にはなったがどうしても見ることが出来なかったのだ。
明子はゆっくりと階段を上っていく。
一応香織には、掃除をするから部屋の戸は開けておくようにと言っておいた。ずるいようだが自分で開ける自信がなかったのだ。
階段を上がっていく間、目は香織の部屋の方を見ている。
自分のお気に入りの手すり越しに見える香織の部屋は、朝の光が存分に入り明るかった。
(音もしないし、大丈夫そう)
明るく照らす光は人に安心感を与えてくれるのか、明子は少しほっとしながら香織の部屋に入り掃除を始める。
(気のせいだったのかしら)
そんな風に思ってしまう程、何事もなく普段通りに掃除を済ませることが出来た。
一通り二階の掃除を終えた明子は、掃除道具を持ち一階へ降りると台所でコーヒーを淹れ一息ついた。
(何ともなかったわ・・アレは何だったのかしら。アレって・・・最初ぬいぐるみだと思ったけど・・瞬きしたのよね。って事は人?でも人にしてはやけに小さかった。行平の拳位?一瞬だったから分からないけど)
やはり、やる事がないと色々と昨日の事を考えてしまう。
考えれば考えるほど気味が悪く、コーヒーの味がよく分からなくなってくる。
「出かけよう」
明子は飲みかけのコーヒーをそのままにして、いつもの図書館へと行く為いそいそと用意をするとすぐに家を出た。
時間が早かったせいかまだ図書館は開館していなかった。
「しょうがない。どこかで時間潰すか」
図書館が開くまで約三十分。明子は通り沿いにある喫茶店に入った。
「こんな所に喫茶店なんてあったのね。丁度いいわ」
レトロな感じの喫茶店で、店内に入ると明子が家で飲んでいるコーヒーとは違う高そうなコーヒーの匂いが鼻孔に入って来た。
「いらっしゃい」
カウンター内にいるマスターが笑顔で明子を迎える。初老の男性で、白いワイシャツに黒のベスト。ネクタイではなく黄色の蝶ネクタイをしている。温和な表情をした人物だ。
「どうも」
この喫茶店には初めて入る明子だったが、何だか前から通った常連にでもなったような気がする程なんとも懐かしい感じのする喫茶店だった。
カウンターに座り
「コーヒー一つお願いします」
「はい。今のご気分は?」
「え?」
「うちはね。コーヒーを頼む人にはこう聞いているんですよ。ここに来る人は皆同じ気持ちで来るなんてことはないでしょ?落ち込んでたり嬉しかったりイライラしたり・・・ね。そんな今の気持ちを聞いて、ソレを和ませるようなコーヒーを淹れてあげるのが私の役目なんですよ」
「はぁ」
しかし、今の気分と聞かれてもただ図書館が開くまでの時間潰しの為に入っただけだ。さて何て言っていいのやら。
「もし分からないようだったら、私の方で淹れてもよろしいですか?」
「あ・・はい。じゃあお任せで」
「はい」
マスターは手慣れた手つきで、コーヒー豆を手動のコーヒーミルに入れゆっくりと回していく。なんとなく店内のコーヒーの匂いが濃くなったような気がする。
サイフォンにはもうお湯が入っており挽き終わった豆をロートに入れる。お湯がコポコポと沸騰して小さな泡が立ってきた。
お湯がロートの方へと上昇した所を、マスターはゆっくりとスプーンでかき混ぜていく。
(ん~いい匂い)
明子は、マスターの流れるような手つきを見ながら漂ってくる良い匂いに自分の気持ちがほぐれていくのが分かった。
「少しお待ちください」
気が付くと、ロートの中のコーヒーがフラスコへとぽたりぽたりと落ちている。本格的なコーヒーの淹れ方など見たことのなかった明子は、ゆっくりと落ちていくコーヒーを見ながら満たされた気分になっていた。
「お待たせしました」
真っ白のカップに入れられたコーヒーは、カップの底が見えるほど薄いコーヒーだった。
(薄そうね)
明子は、少しだけがっかりしながらコーヒーを一口飲んだ。
「ん」
「どうかしましたか?」
「え・・いえ」
一口飲んだ後、明子はもうそのコーヒーには手を付けなかった。
コーヒーが飲めればしばらく時間も潰せたのだろうが、何ともこのコーヒー生臭くとてもまずい。あれだけいいにおいを漂わせていたはずなのに、出て来た物がこんなにひどい物だとは思いもしなかった。
「ごちそうさま」
居心地が悪くなった明子は、折角頼んだのに残すのはもったいないと思いコーヒーを一気に飲み干すと、マスターに愛想笑いをしながらお金をカウンターに置き急いで店を出た。
「何あのコーヒー。ビックリするほど不味かったわ。それともあれが本格的なコーヒーの味なのかしら」
釈然としないまま明子は図書館の方へと歩いて行く。
図書館は開いていた。
「良かった。一応時間つぶしにはなったようね」
まだ他の来館者がいないようだが、それも何か得した気分の明子は早足で図書館の中に入るとお目当てのミステリーのコーナーへと真っ直ぐ向かった。
「これこれ。この前途中で終わっちゃったのよね」
読み途中の本が貸し出し中になっていない事にホッとしながら棚から取り出すと、椅子に座り本の中の世界へと入って行った。
明子が夢中で本を読んでいると、携帯のバイブ音がどこからか聞こえてきた。
(誰よ。こういう所ではマナーモードじゃなくて電源切っといてよね)
せっかく本の世界にのめり込んでいた所を邪魔された気分になった明子は周りをぐるりと見まわした。
いつの間にか結構人がいるのに驚いたが、皆本に集中しているのかバイブ音を気にしている人がいない。
(まだ鳴ってる。早く気がついて止めてよ)
一度気がついてしまうと耳障りなものである。明子は、今だ鳴り続けているバイブ音にイライラしながら本に目を落とす。
「あの~」
突然、年配の女性に声を掛けられた。
「はい」
「申し訳ありませんが、さっきから携帯が鳴っていませんか?」
「え?私ですか?」
「ええ」
年配の女性は、明子が持つ鞄をちらりと見ながらそう話した。
「私のは確か電源を切っているはず・・」
そう言いながら自分の鞄を開くと、先程から鳴っているバイブ音が大きく聞こえた。
「何で・・あ、すみません」
明子は急いで席を立つと、廊下に走り出た。
鞄から取り出した携帯を見ると、確かに画面には着信が入っている。
「学校?」
液晶には、香織が通っている学校の文字が表示されている。
図書館に入る前に、確かに切ったはずの携帯の電源が勝手に入っていたこともよく分からなかったが、学校から何の連絡なのか。もしや香織が怪我でもしたのだろうか。明子は急いで電話に出た。
「もしもし」
「あ、行平さんですか?」
「はい」
「私担任の山口です」
「お世話になっております」
「お忙しいところ恐縮ですが、香織さんの事でちょっとお話があるので学校へ来ていただく事って出来ますか?」
「香織がどうかしたんですか?」
「少し込み入った事なので電話ではなく、直接お話した方がいいと思うんですが」
「分かりました。今からでも大丈夫ですが」
「そうですか。では・・二時半頃職員室の方へ来ていただけますか?私、いますので」
「分かりました」
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