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出らざる者
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呆気にとられた私と司だったが、急いで細川の後を追う。
細川は、しんちゃんを見ていないせいか臆することなく目的の場所へ早足で進んで行く。田舎なので、入り組んだ道などないがそれにしても迷いのない歩みだ。私達は、いつあのしんちゃんが現れるか不安になりながらついて行く。
「あ、やっぱり灯りがあるよ」
前を行く細川が足を止め、私達の方を振り向きながら言った。見ると、細川の言う通り一軒の民家の一室。ぼうっと小さく灯りが見える。
「誰かいるのか?」
「分からないけど、取り敢えず行って見よう」
私達は、その灯りを目指して歩いて行った。
目的の家の前まで来ると、細川は無遠慮に玄関を開け土足で家の中に入って行ってしまう。驚いた私達は、玄関先で見ていたが
「俺達も入ろう」
司に言われ、一応靴を脱いで上がりこんだ。家の中は、月の灯りが届かない場所が多く暗闇が支配している。先に行ってしまった細川を見失った私達は、どこへ行けばいいのか分からず、廊下で立ち尽くしていると何やら話声が聞こえてきた。
「あっちの方からだ」
声のする方へそろりそろりと近づく。廊下の先の方がぼんやりと明るくなっていた。そこに近づくにつれ話声もハッキリしてくる。廊下を曲がると、目の前に部屋があり入り口の襖が開いている。部屋の灯りがユラユラと揺れていた。その揺れの中、誰かの影も一緒にユラユラと揺れている。
私の手を握り、恐怖に引きつった顔をした司が先にその部屋の中を覗く。覗いた司の顔がユラユラとした灯りに照らされる。司は何を見ているのか。私は部屋の中も気になりながら司の表情を見ていた。すると次第に、司の顔から少しだけ恐怖が和らいだ。
私の手を引っ張る。私はされるがまま部屋の中へ足を入れる。
六畳位の部屋の中にいたのは、割れた器に一本の大きな蝋燭を前に座る細川とお爺さんだった。
「やっぱり人がいたよ」
細川は、明るい調子で言う。
細川の向かいに座るお爺さんは、私達の方は見ずにじっと蝋燭の灯りを見ていた。
ボロボロの服を着て、妙に丸い背中は体を小さい体をさらに小さく見せている。髪や髭は伸び放題。こう言っては悪いが、まるで浮浪者のようだ。結構年配の様に見受けられるが、やけに手が大きくごつごつしているのが気になった。
「君さ、このおじさんに話してくれないか?俺が何言っても黙ってるだけなんだよ」
細川は、私にそう言った。
突然、話してくれと言われても何から話していいのか、第一この人は誰なのか。私は、司と一緒にその老人の向かいに座る。
「あの・・・・」
何の反応もない。じっと蝋燭の炎を見つめているだけ。
「突然すみません。あの私、坂巻の孫でよくこの村にも来てたんです。実は・・・」
と、自分の祖母の名字を言った途端、老人はものすごい勢いで顔を上げ私を見る。
私を見た老人の顔は、驚きと恐れが入り混じったような表情をしていた。伸びきった髪から覗く眼は白く濁っている。
突然の事に、私は話を続ける事が出来なかった。
(何?何?)
頭の中ではこの言葉ばかり。
暫くして、老人は私から目をそらしまた蝋燭の炎を見るとゆっくり話しだした。
「そうかい。徳子さんの孫か。徳子さんも死んじまったからな」
声になっていない声だった。空気と一緒に喋っているような聞き取りづらい声。
ちなみに、徳子と言うのは祖母の名前である。
「祖母をご存じなのですか?」
「ああ知ってるよ。俺と同級だから。本当に優しい人だったよ。困っている人を見ると必ず助けようとする。自分を犠牲にしても・・・だから・・・」
最後の方は何を言っているのか聞き取れない。
「あの・・・俺達、友達が大変な事になったんです」
聞き取れなかった言葉を聞こうとした私を遮り、司が話し出した。
「真っ黒な奴が突然・・・」
「分かってる」
司の話を聞くこともなく、老人はぴしゃりと言った。
「え?分かってるってどう言う事ですか?あの黒い奴ってしんちゃんなんですか?どうやったら、しんちゃんを沼までおびき寄せればいいんですか?」
司が早口に攻め立てる。
それを聞いた老人は、司をねめつけると
「何故知ってる?」
その迫力に押されたのか、司はぐっとつまる。
「この話は、私の母に聞いたんです。母が子供の頃に祖母に聞いた話を私にしてくれたんです。ここに来て、まさかこんな目にあうなんて思ってなかったので電話して・・・」
「・・・そうか。知っているなら話してやろう」
老人は、何処から出したのか缶ビールを取り出すと無造作に私達に一本ずつ投げてよこした。話が長くなるという事なのか。
「あの黒い人間は、俺の弟だ」
「え⁈」
細川、司、私は同時に声が出た。
「あの日、今みたいに暑い夏の盛りでな。昼間近所の子供達が集まって遊んでた。五歳年下の弟、慎太はいつも俺にべったりでね。どこ行くにも必ずついて来た。俺はそれが嫌でね。鬱陶しくてしょうがなかった。その日も慎太は俺についてきて一緒に遊んでたんだ」
そこまで話すと老人はビールを一口飲み口を潤す。
「鬼ごっこをしていた時だった。俺が鬼になってね。余り足の速くない俺は中々皆を捕まえることが出来なくていた。そんな時、慎太を見つけた。俺は慎太を追いかけたよ。俺から必死で逃げる慎太。でも、楽しかったんだろうな、走っている途中に後ろを振り向いては笑っていたな・・・・その時だよ。慎太が沼に気が付かずに落ちたんだ。あの当時の沼は、今と違って表面は透き通っていたんだ。でも、一歩でも入ってしまうと抜け出せない。どこまでもどこまでも沈んでいくような沼だった。全速力で俺から逃げていた慎太は、勢い余って沼の真ん中あたりにまで進んでしまっていた。だから、俺がどんなに手を伸ばしても届かないんだ。「兄ちゃん!兄ちゃん!」と呼ぶ慎太の声が今でも耳に残ってるよ。俺は、周りを見てロープがないかと探した。でもそんな都合のいいものは落ちていない。もう腰のあたりまで沈んだ慎太に「今、大人を呼んでくる。待ってろ!」と言って走った。背中で「兄ちゃん!行かないで!」って言う声を聞きながら・・・・」
そこで老人は黙ってしまった。
(じゃあ、あの黒い奴は不慮の事故で亡くなった慎太君なんだ)
何だか可哀そうになった。
話は途中なので、老人が話し出すのを待つのだが一向に口を開かない。じっと手の中の缶ビールを見つめているだけだ。
「あの・・・どうかしましたか?」
司がしびれを利かし尋ねる。
「あ・・・・ああ・・・・俺は急いで走ったよ。大人を呼びに・・・いつもならその辺りの畑に一人や二人必ずいる大人も、日が暮れてきた時間だったから家に帰っちまったらしく一人もいない。あんなにもどかしかったのは、後にも先にもあの時だけだったな」
「他の友達はどうしたんだい?」
細川が聞く。
「勿論、他の友達にも知らせようとしたさ。でもね・・・聞いてくれなかった。俺は鬼ごっこの鬼だから。みんな俺から逃げて行くんだ。そして・・・俺は途中で走るのをやめたんだ」
「え?なんで?」
「皆が話を聞いてくれなかったから?」
「違う・・・そのままにしてしまおうと思ったんだよ」
「は?どういう事だよ。自分の弟が沼に堕ちてんだぜ?何でそのままに?」
「そうだよな。普通はそう思うよ。でも、あの時の俺は違った。あの時の俺は、このまま知らん顔してしまえば弟は・・・」
「見殺しにしたのか・・・」
「・・・ああ」
何てことだ。不慮の事故でも何でもない。殺人に等しい行為だろう。私は、丸い背中をより丸くした老人を見て恐ろしくなった。
「何故・・・何故そのままにしてしまおうと思ったんですか?」
老人は顔を上げ、濁った眼で私を見る。
「人は、兄弟であろうと親であろうと本当の鬼になってしまう時がある」
「は?なんだそれ。意味わからん。じゃあその時のあんたは鬼になったという事かい?」
老人は細川の方に視線をやると
「そうだ」
と静かに言った。
「と・・・取り敢えず、あの黒い奴が何なのかと言うのは分かったし、おじさんとのつながりも分かった。でも、これからやらなくちゃいけないことあるだろ?由美子達を助けなきゃ」
司が慌てて言った。
由美子には悪いが、忘れていた。老人の話や雰囲気にのまれてしまっていたのだ。
「そうよ!おじさん。しんちゃんを沼に連れていく方法知ってますか?」
「ああ。知ってるよ」
「マジか!良かった。教えてくれないか!山本が捕まっちまって」
「この村は、世間ではどんな村だと言われているのかは知らないが、夜な夜なあんたらみたいな若い奴が来るようになった。だが、来たところは見ても帰ったところは見ていない。これが何を意味するのか分かるな。・・・あんたらも大人しく帰った方がいい」
「は?何言ってんだ?友達見捨てて帰れって言うのかよ!冗談じゃない。あんたと同じにするな!やり方知ってるんだろ?早く教えてくれ」
細川は、老人を殴らんばかりの勢いで声を張り上げた。
「・・・・・・」
「お爺さん、すみません。協力してくれませんか。私の友達・・・由美子もユウ君もいなくなっちゃったんです。どうか・・・どうかお願いします」
このお爺さんの協力なしでは、由美子達は帰ってこないと思った私は手を合わせ懇願した。
「・・・・・・」
老人は何も言わず私をジッと見た。
暫くそうしたのち老人は小さな声で
「徳ちゃんには恩があるからな」
と、ぼそりと呟いた。
「?」
私はその言葉の意味が分からなかったが、協力してくれそうなのでホッとしその事については聞かなかった。
「アイツを沼に返すには、誰か一人。おとりが必要だ。なるべく足の速い奴がいい。おとりは、アイツに追いかけられながら沼まで行く。俺は沼の所で待ってるからそこまで来い。後は、俺がやる。その他の奴は、徳ちゃんの家の中にアイツの祭壇があるだろ?その部屋に入って「帰ってください」と祈るんだ」
「おとり・・・」
「おいおい。そんなことしてもし、捕まりでもしたらどうするだ?影になっちまうんだぜ?」
「捕まらないようにすればいいだけだ」
「・・・・・」
三人共に黙った。恐らく同じことを考えていただろう。
本当にそのやり方で大丈夫なのかと・・・・
「よし!おとりは俺がやる!」
司が勢いよく言った。
「え?司が?・・・そんな」
「大丈夫。結構足には自信があるんだ」
「俺も一緒に行くよ」
細川が司の肩を掴みながら言う。友達を取り戻すという同じ目標を持った者同士という事で、今日初めて会ったのにもかかわらず仲間と言う意識が強くなったのかもしれない。
「じゃあ私は・・・」
「お前は家に戻って、あの部屋で祈っててくれ」
「・・・分かった」
一人であの部屋にいるというだけでも怖いのだが、そんな事は言ってられない。
「あ・・・でもさ、俺沼の場所知らないんだ」
「何だよマジか。俺知ってるから教えてやるよ」
廃墟マニアと言う者は、リサーチが徹底しているらしい。細川は、地元の人かと思う程に司にわかりやすく教えている。
「分かった。じゃ行こう」
本当に上手くいくか分からない不安を抱えたまま、私達は部屋を出る。お爺さんは「先に行く」とだけ言うと家の裏手の方へ行ってしまった。近道でも知っているのだろうか。
「細川さん。悪いんだけどこいつの事家まで送ってってくれませんか?」
「え?ああ、いいよ。じゃここで待ってて」
私は細川と一緒に祖母の家に戻る事になった。左程離れてはいないが、いつしんちゃんが出てくるかと思うと気が気ではない。
何とか無事家に着き、私が家に入ったのを確認した細川は急いで司の元へ戻った。
細川は、しんちゃんを見ていないせいか臆することなく目的の場所へ早足で進んで行く。田舎なので、入り組んだ道などないがそれにしても迷いのない歩みだ。私達は、いつあのしんちゃんが現れるか不安になりながらついて行く。
「あ、やっぱり灯りがあるよ」
前を行く細川が足を止め、私達の方を振り向きながら言った。見ると、細川の言う通り一軒の民家の一室。ぼうっと小さく灯りが見える。
「誰かいるのか?」
「分からないけど、取り敢えず行って見よう」
私達は、その灯りを目指して歩いて行った。
目的の家の前まで来ると、細川は無遠慮に玄関を開け土足で家の中に入って行ってしまう。驚いた私達は、玄関先で見ていたが
「俺達も入ろう」
司に言われ、一応靴を脱いで上がりこんだ。家の中は、月の灯りが届かない場所が多く暗闇が支配している。先に行ってしまった細川を見失った私達は、どこへ行けばいいのか分からず、廊下で立ち尽くしていると何やら話声が聞こえてきた。
「あっちの方からだ」
声のする方へそろりそろりと近づく。廊下の先の方がぼんやりと明るくなっていた。そこに近づくにつれ話声もハッキリしてくる。廊下を曲がると、目の前に部屋があり入り口の襖が開いている。部屋の灯りがユラユラと揺れていた。その揺れの中、誰かの影も一緒にユラユラと揺れている。
私の手を握り、恐怖に引きつった顔をした司が先にその部屋の中を覗く。覗いた司の顔がユラユラとした灯りに照らされる。司は何を見ているのか。私は部屋の中も気になりながら司の表情を見ていた。すると次第に、司の顔から少しだけ恐怖が和らいだ。
私の手を引っ張る。私はされるがまま部屋の中へ足を入れる。
六畳位の部屋の中にいたのは、割れた器に一本の大きな蝋燭を前に座る細川とお爺さんだった。
「やっぱり人がいたよ」
細川は、明るい調子で言う。
細川の向かいに座るお爺さんは、私達の方は見ずにじっと蝋燭の灯りを見ていた。
ボロボロの服を着て、妙に丸い背中は体を小さい体をさらに小さく見せている。髪や髭は伸び放題。こう言っては悪いが、まるで浮浪者のようだ。結構年配の様に見受けられるが、やけに手が大きくごつごつしているのが気になった。
「君さ、このおじさんに話してくれないか?俺が何言っても黙ってるだけなんだよ」
細川は、私にそう言った。
突然、話してくれと言われても何から話していいのか、第一この人は誰なのか。私は、司と一緒にその老人の向かいに座る。
「あの・・・・」
何の反応もない。じっと蝋燭の炎を見つめているだけ。
「突然すみません。あの私、坂巻の孫でよくこの村にも来てたんです。実は・・・」
と、自分の祖母の名字を言った途端、老人はものすごい勢いで顔を上げ私を見る。
私を見た老人の顔は、驚きと恐れが入り混じったような表情をしていた。伸びきった髪から覗く眼は白く濁っている。
突然の事に、私は話を続ける事が出来なかった。
(何?何?)
頭の中ではこの言葉ばかり。
暫くして、老人は私から目をそらしまた蝋燭の炎を見るとゆっくり話しだした。
「そうかい。徳子さんの孫か。徳子さんも死んじまったからな」
声になっていない声だった。空気と一緒に喋っているような聞き取りづらい声。
ちなみに、徳子と言うのは祖母の名前である。
「祖母をご存じなのですか?」
「ああ知ってるよ。俺と同級だから。本当に優しい人だったよ。困っている人を見ると必ず助けようとする。自分を犠牲にしても・・・だから・・・」
最後の方は何を言っているのか聞き取れない。
「あの・・・俺達、友達が大変な事になったんです」
聞き取れなかった言葉を聞こうとした私を遮り、司が話し出した。
「真っ黒な奴が突然・・・」
「分かってる」
司の話を聞くこともなく、老人はぴしゃりと言った。
「え?分かってるってどう言う事ですか?あの黒い奴ってしんちゃんなんですか?どうやったら、しんちゃんを沼までおびき寄せればいいんですか?」
司が早口に攻め立てる。
それを聞いた老人は、司をねめつけると
「何故知ってる?」
その迫力に押されたのか、司はぐっとつまる。
「この話は、私の母に聞いたんです。母が子供の頃に祖母に聞いた話を私にしてくれたんです。ここに来て、まさかこんな目にあうなんて思ってなかったので電話して・・・」
「・・・そうか。知っているなら話してやろう」
老人は、何処から出したのか缶ビールを取り出すと無造作に私達に一本ずつ投げてよこした。話が長くなるという事なのか。
「あの黒い人間は、俺の弟だ」
「え⁈」
細川、司、私は同時に声が出た。
「あの日、今みたいに暑い夏の盛りでな。昼間近所の子供達が集まって遊んでた。五歳年下の弟、慎太はいつも俺にべったりでね。どこ行くにも必ずついて来た。俺はそれが嫌でね。鬱陶しくてしょうがなかった。その日も慎太は俺についてきて一緒に遊んでたんだ」
そこまで話すと老人はビールを一口飲み口を潤す。
「鬼ごっこをしていた時だった。俺が鬼になってね。余り足の速くない俺は中々皆を捕まえることが出来なくていた。そんな時、慎太を見つけた。俺は慎太を追いかけたよ。俺から必死で逃げる慎太。でも、楽しかったんだろうな、走っている途中に後ろを振り向いては笑っていたな・・・・その時だよ。慎太が沼に気が付かずに落ちたんだ。あの当時の沼は、今と違って表面は透き通っていたんだ。でも、一歩でも入ってしまうと抜け出せない。どこまでもどこまでも沈んでいくような沼だった。全速力で俺から逃げていた慎太は、勢い余って沼の真ん中あたりにまで進んでしまっていた。だから、俺がどんなに手を伸ばしても届かないんだ。「兄ちゃん!兄ちゃん!」と呼ぶ慎太の声が今でも耳に残ってるよ。俺は、周りを見てロープがないかと探した。でもそんな都合のいいものは落ちていない。もう腰のあたりまで沈んだ慎太に「今、大人を呼んでくる。待ってろ!」と言って走った。背中で「兄ちゃん!行かないで!」って言う声を聞きながら・・・・」
そこで老人は黙ってしまった。
(じゃあ、あの黒い奴は不慮の事故で亡くなった慎太君なんだ)
何だか可哀そうになった。
話は途中なので、老人が話し出すのを待つのだが一向に口を開かない。じっと手の中の缶ビールを見つめているだけだ。
「あの・・・どうかしましたか?」
司がしびれを利かし尋ねる。
「あ・・・・ああ・・・・俺は急いで走ったよ。大人を呼びに・・・いつもならその辺りの畑に一人や二人必ずいる大人も、日が暮れてきた時間だったから家に帰っちまったらしく一人もいない。あんなにもどかしかったのは、後にも先にもあの時だけだったな」
「他の友達はどうしたんだい?」
細川が聞く。
「勿論、他の友達にも知らせようとしたさ。でもね・・・聞いてくれなかった。俺は鬼ごっこの鬼だから。みんな俺から逃げて行くんだ。そして・・・俺は途中で走るのをやめたんだ」
「え?なんで?」
「皆が話を聞いてくれなかったから?」
「違う・・・そのままにしてしまおうと思ったんだよ」
「は?どういう事だよ。自分の弟が沼に堕ちてんだぜ?何でそのままに?」
「そうだよな。普通はそう思うよ。でも、あの時の俺は違った。あの時の俺は、このまま知らん顔してしまえば弟は・・・」
「見殺しにしたのか・・・」
「・・・ああ」
何てことだ。不慮の事故でも何でもない。殺人に等しい行為だろう。私は、丸い背中をより丸くした老人を見て恐ろしくなった。
「何故・・・何故そのままにしてしまおうと思ったんですか?」
老人は顔を上げ、濁った眼で私を見る。
「人は、兄弟であろうと親であろうと本当の鬼になってしまう時がある」
「は?なんだそれ。意味わからん。じゃあその時のあんたは鬼になったという事かい?」
老人は細川の方に視線をやると
「そうだ」
と静かに言った。
「と・・・取り敢えず、あの黒い奴が何なのかと言うのは分かったし、おじさんとのつながりも分かった。でも、これからやらなくちゃいけないことあるだろ?由美子達を助けなきゃ」
司が慌てて言った。
由美子には悪いが、忘れていた。老人の話や雰囲気にのまれてしまっていたのだ。
「そうよ!おじさん。しんちゃんを沼に連れていく方法知ってますか?」
「ああ。知ってるよ」
「マジか!良かった。教えてくれないか!山本が捕まっちまって」
「この村は、世間ではどんな村だと言われているのかは知らないが、夜な夜なあんたらみたいな若い奴が来るようになった。だが、来たところは見ても帰ったところは見ていない。これが何を意味するのか分かるな。・・・あんたらも大人しく帰った方がいい」
「は?何言ってんだ?友達見捨てて帰れって言うのかよ!冗談じゃない。あんたと同じにするな!やり方知ってるんだろ?早く教えてくれ」
細川は、老人を殴らんばかりの勢いで声を張り上げた。
「・・・・・・」
「お爺さん、すみません。協力してくれませんか。私の友達・・・由美子もユウ君もいなくなっちゃったんです。どうか・・・どうかお願いします」
このお爺さんの協力なしでは、由美子達は帰ってこないと思った私は手を合わせ懇願した。
「・・・・・・」
老人は何も言わず私をジッと見た。
暫くそうしたのち老人は小さな声で
「徳ちゃんには恩があるからな」
と、ぼそりと呟いた。
「?」
私はその言葉の意味が分からなかったが、協力してくれそうなのでホッとしその事については聞かなかった。
「アイツを沼に返すには、誰か一人。おとりが必要だ。なるべく足の速い奴がいい。おとりは、アイツに追いかけられながら沼まで行く。俺は沼の所で待ってるからそこまで来い。後は、俺がやる。その他の奴は、徳ちゃんの家の中にアイツの祭壇があるだろ?その部屋に入って「帰ってください」と祈るんだ」
「おとり・・・」
「おいおい。そんなことしてもし、捕まりでもしたらどうするだ?影になっちまうんだぜ?」
「捕まらないようにすればいいだけだ」
「・・・・・」
三人共に黙った。恐らく同じことを考えていただろう。
本当にそのやり方で大丈夫なのかと・・・・
「よし!おとりは俺がやる!」
司が勢いよく言った。
「え?司が?・・・そんな」
「大丈夫。結構足には自信があるんだ」
「俺も一緒に行くよ」
細川が司の肩を掴みながら言う。友達を取り戻すという同じ目標を持った者同士という事で、今日初めて会ったのにもかかわらず仲間と言う意識が強くなったのかもしれない。
「じゃあ私は・・・」
「お前は家に戻って、あの部屋で祈っててくれ」
「・・・分かった」
一人であの部屋にいるというだけでも怖いのだが、そんな事は言ってられない。
「あ・・・でもさ、俺沼の場所知らないんだ」
「何だよマジか。俺知ってるから教えてやるよ」
廃墟マニアと言う者は、リサーチが徹底しているらしい。細川は、地元の人かと思う程に司にわかりやすく教えている。
「分かった。じゃ行こう」
本当に上手くいくか分からない不安を抱えたまま、私達は部屋を出る。お爺さんは「先に行く」とだけ言うと家の裏手の方へ行ってしまった。近道でも知っているのだろうか。
「細川さん。悪いんだけどこいつの事家まで送ってってくれませんか?」
「え?ああ、いいよ。じゃここで待ってて」
私は細川と一緒に祖母の家に戻る事になった。左程離れてはいないが、いつしんちゃんが出てくるかと思うと気が気ではない。
何とか無事家に着き、私が家に入ったのを確認した細川は急いで司の元へ戻った。
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