輪(りん)

玉城真紀

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故郷へ

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次の日。橋本の家に水島が迎えに来てくれた。

(この人仕事は大丈夫なんだろうか?)などと思ったが黙っていた。橋本の母親にお礼を言い家を出る。

日引の家に着き、蛇の様にうねる飛び石を渡り玄関へと向かう。

「おはようございます」

水島が挨拶をする。今日は勝手に開けないようだ。
暫くすると、すりガラスの引き戸の玄関に人の影が映る。ガラリと開くと昨日会った日引が立っていた。
相変わらずゆったりと着物を着ているが昨日と違う着物だ。昨日は、淡い水色の絣の着物だったが今日は全体に同じ模様がある着物を着ていた。のちに聞いたところによると小紋と言うらしい。

「おはようございます」

「はい。おはようさん」

それだけ言うと日引は玄関の鍵も閉めずにさっさと水島の車に乗り込んだ。
慌てて俺達も乗る。運転席に座った水島は

「あ、あの日引さん?」

「何やってんだい?家に行かないと詳しくは分からないだろう?」

「あっそうですよね。すみません」

慌てて車を出す。後部座席に座る俺と橋本は顔を見合わせた。橋本は何が楽しいのかニヤニヤしている。

俺の家に着いた。
また玄関の鍵は開いたままだ。飛び出した時以来だからしょうがない。玄関を開け皆を中へと促した時、日引だけは家に入らず車の近くで二階の方を見ていた。俺は日引の近くへ行くと

「日引さんどうかしましたか?」

と声を掛けながら日引が見ている方向を見るが何もない。あるのはカーテンの閉まっている二階の窓だ。しかし日引は皺くちゃの顔の中に埋もれている目で何かを見ながら

「そうかい・・・・・・」

一言そう言うと、日引はゆっくりと家の中へと入って行った。俺はそんな日引が気味が悪いと思うと同時に、頼もしくも感じた。

家に入りリビングで皆にお茶を出す。俺はこれまでの経緯を日引に話した。勿論、相馬の事も。日引はお茶をすすりながら黙って聞いている。

「・・・・・・という訳なんです」

「で、これが例のお面」

橋本はいつの間に持ってきたのかあの般若の面が入った箱を日引の前に出し、言われもしないのに蓋を開けた。中には般若の面がきちんと入っている。

日引は何も言わずその面を見る。俺達も日引が何て言うのか、何を感じるのか、話し出すのを待った。

「何でこれがあんたの家にあるんだい?」

「さあ。両親の遺品整理をしていた時に見つけたもので、俺がこの家にいた時は見た事なかったんです」

「ふん・・・・・・写真を見せてくれるかい?」

「これです」

隣に座る橋本が、例の女の子が写った写真を日引の前に出した。

(いつの間に・・・・・・)

日引は数枚の写真をそれぞれじっくりと見る。暫くして大きなため息をつき

「可哀そうにね」

と呟いた。

次に、箱からお面を取り出すとテーブルの上に横に二枚並べておく。お面の前で黙っている日引を見ても、しわくちゃの顔の中の目が何を見ているのか見当がつかないので不安と何が分かったのか、知りたい好奇心とで気持ちが落ち着かなくなる。水島と橋本も黙って日引の動向を見守っている。

まるで、日引の回りだけ時が止まったのかと思う程、微動だにせずに面を見ていたが、突然大きく息を吸い込み、次に体がしぼんでしまうのではと思うくらい息を吐いた。

そして長い長い昔話を語り出した。

その話は今の現代ではとても信じられない話だった。

ある村に嫁いできた嫁の出来事で、その嫁は結婚後双子を出産するがその村には双子に対しての厳しい風習があった。その双子が産まれた事がきっかけとなり、その家の歯車がおかしな動きをし始める。
日引は、まるで見て来たかのように事細かに語る。俺達はドラマの話でも聞いているかのような気分だった。

「・・・・・・で、そのきぬっていう人はいなくなったって言うけど逃げたのか?」

橋本が聞いた。

「逃げた・・・・・・そうだね。逃げたのかもしれないね」

日引の歯切れが悪い。

「じゃあこのお面は、その双子が付けていたお面って事ですか」

「そう。こっちのお面を見てごらん。やけに傷がついてるだろ?こっちをチヨが被っていたんだろうね」

俺はぞっとした。
今の話では、チヨはこのお面を被ったまま水の中に顔を押し付けられて殺された。確かによく見ると、鼻先が少し削れており所々無数に傷がある。だが、その部分は誰かが直したのか白い塗料で隠されていた。だから気がつかなかったのか。

「でも、酷い話ですね。双子が産まれただだけで片方を殺し、母親を毒殺。あげくにもう片方の双子まで。そんな事が本当に日本であったんでしょうか。その後も、その家の人達は普通に暮らしていったんですかね」

水島が嫌な顔をしながら言うと

「昔々の日本。それも閉鎖的な村。その村独自のルールというのは自然に出来上がるものだよ。その中で、力がある者は独裁者にもなりうる」

日引は、傷がついた面を撫でながら言った。

「小此鬼家の人は、「まだお許しを貰えていない」って言っていますが、誰からの許しが必要だったんでしょうか?」
水島が聞く。

「誰ともないさ。一言で言うと「信仰」かね。恐らく小此鬼家は由緒ある家系なんだろう。そういう家は、そういう物がつきものだからね」

「そんな迷信めいたもので人の人生狂わせられたらたまったもんじゃないな。それに、何かやり方が汚いよな。土地の借り賃を半額にしてやるって。皆そいつの言う通りにするに決まってるじゃん」

橋本が唾を飛ばしながら言う。

「うん。それもあるけど、俺は人を利用したことが許せないな。だってそのきぬって人は親のためにやった事なんだよ?人の弱みに付け込んだ酷いやり方だよね。騙されたと知った時の気持ちは・・・・・・俺には想像できないな」

胸が苦しくなってきた。

「それにしてもさ、その旦那はどういう気持ちなんだろうな。普通、いい年した男が親の言いなりになんかならないだろ?」

「本当そうだよね」

水島は般若の面を見ながら言った。俺も自然に水島と同じように般若の面に視線を送り

「日引さん。何故母はこの面を持っていたんでしょうか?」

と聞いてみた。日引は残りのお茶を飲み干すと

「あんたのひいおばあちゃんがきぬだからさ」

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

この時、俺達三人は同じように同じ時間をかけて日引が言った言葉を理解していった。そして

「はぁ⁈こいつのひいおばあちゃん?」
「君の・・・・・・」
「お、俺のひいおばあちゃん・・・・・・」

三者三様の驚きの言葉が出る。

「ヒヒヒ。そうさ。あんたの母方のひいおばあちゃんさ。どうやって生き抜いてきたのかは分からないけどね。間違いないよ」

きぬが・・・俺のひいばあちゃん。
俺はひいばあちゃんとは会った事がない。写真も見た事がない。俺が産まれて物心ついた時にはいなかったし、ひいばあちゃんの話も聞いたことがなかった。
亡くなった俺の祖母ちゃんは青森に住んでいた。
という事は、きぬも青森出身?いや。あんな事があった場所にいつまでもいるだろうか。別の土地に行くのが普通だろう。

(きぬが・・・・・・両親の為に子供を殺したきぬが・・・・・・俺のひいばあちゃん)
俺は頭が混乱しそうだった。

「なるほど、それなら話は分かるよね。きぬはチヨとハルからお面を取ったんだから。小此鬼家の物だけど、きぬは渡さずにそのままずっと持っていたんだよ。だから君の家にある」

「そうか!この面にはチヨの怨念が憑いているんだよ。だからお前が声を聞いたり、階段で変なの見たりしたんだ。じゃあ。これをお祓いしてもらえばいいんじゃね?」

橋本は名案とばかりに鼻を膨らませながら言った。

「この面をお祓いしても何にもならんよ。このお面には何も憑いてはおらん。記憶はあるがね。昔はね、幽霊や髑髏など恐ろしいものを魔除けとして身に着けたりしたんだよ。さっきも言ったように、双子が産まれるとその家に災いが来ると信じられていた。だから小此鬼家ではこの恐ろしい表情をした般若の面を魔除けとして先代は選んだんだろうね。私が今話したことが分かったのは、この面の記憶を見たからさ」

「う~ん。じゃあどうすればいいんだ?この写真だって気味悪いしな」

橋本が写真を手に日引に聞く。

「ふん。このお面はお祓いの媒体としては役に立ちそうだけど、それだけでは弱いね。それに・・・その写真に写りこんでいるのは小此鬼家に奉公に行っている頃のきぬだよ」

「え?それにしてはちょっと幼く見えませんか?確か話では十二、三歳頃という事でしたよね?」

水島がすかさず聞く。

「きぬ自身の姿というよりも、きぬの精神が写ったものだからね。この写真に写っているのは見た所七歳か八歳位かな。恐らくチヨに対しての思いが強かったんだね。自分が殺してしまったんだから」

「なるほど。だからこんな風に写りこんだ。でも、何で写りこんだんです?自分がやった事が殺人とはいえ、逃げる事が出来て別の土地で人生を歩き出したわけですよね?」

水島の言葉が俺の心にぐさりと刺さる。殺人。俺は殺人者のひ孫。
日引はそんな俺を見て

「この写真から聞こえてくるのは願いだね」

「願い?」

「そう。きぬは、自分が殺めてしまった母親とチヨの供養を願っているのさ」

「供養って・・・・・・そんなの自分がするべきじゃね?自分が殺したんだからさ」

もう俺は針の筵だ。

「毎日毎日手を合わせていたんじゃないかね。自分の欲の為ではなく親の為にやったような子だからね。まぁ。理由は何にしても人殺しはよくない事だけど。あんたの所にこうして色んな現象が起きたという事はあんたにお願いしてるのさ」

日引は俺を見ながら言った。

そんな事を言われても・・・・・・見た事もない人が犯した事のしりぬぐいを何故自分が。

「供養すれば、お前の回りで起きてる不思議な事も収まるんだとしたらやるべきだよ。ほら、相馬が見た夢の話。三人目って言われたって言ってたじゃん。相馬もかなり参ってた様子だったし何もしないよりいいんじゃないか?」

「うん・・・・・・でも、供養って言っても何をどうしたらいいのか」

「そうだ。もしかしたらチヨの産まれた村があるんじゃないかな。そこへ行けば何をすべきかが分かるかもしれないね」

水島はそう言うが、どうやって調べれば・・・・・・それにまだ残っているのだろうか。

「あ、叔母さんに聞いてみたら。何か知ってるかも」

俺は携帯を取り出し早速相馬の母親に電話を掛けようとした。

「さて、私は帰ろうかね」

日引はよっこらしょと席を立ち玄関の方へ歩き出した。

「あ、送っていきますよ」

水島が慌てて後を追う。俺も橋本も玄関の方へ行きかけたが、細い廊下で渋滞になる。

「何だ?」

前の方を覗いてみると先頭の日引が渋滞の原因だった。
玄関へと続く廊下で立ち止まり階段の方向へ首だけを向けじっと見ている。

もしかして、アレが見えたのか?俺は橋本と水島をかき分け日引の元に行くと日引が見ている方を見た。が何もいなかった。

「日引さん。なに・・・・・・」

「ん?ん~供養が終わったらちゃんと両親の方の供養もするんだよ」

「え?」

それ以上何も言わずに日引は帰って行った。
橋本と二人で、太鼓のような音をたてて走り去る水島の車を見送ると橋本は

「俺さ、思うんだけど。あの人きっと本物なんだよ」

「何でそう思うんだ?」

「何となく」

橋本はもう見えなくなった水島の車をいつまでも見ている。

その後、俺は相馬の母親に電話をして、ひいおばあちゃんの生まれ故郷を聞いた。叔母さんは何でそんなこと聞くのかと不思議がっていたが、深く詮索せずに教えてくれた。
ひいばあちゃんの故郷は福島県らしい。福島県の詳しい場所までは知らないらしいので探すのが大変になりそうだ。ついでに相馬の事を聞いた。あの朝以来連絡を取っていなかったので心配していたが、以外にも母親からの返事は元気にしているという事だった。

突然家に来て神妙な面持ちで相談して来た相馬の事を考えると、元気だというのに驚いたがまぁ元気なら良かった。

一人で大丈夫なのか。何かあったらすぐに連絡するのよ。となにかと心配してくれる叔母さんに俺は両親の葬式で世話になった事のお礼を言い、近いうちに挨拶に行くと約束し電話を切った。

「福島かぁ。結構広いぜ?」

俺の会話を隣で聞いていた橋本はぼやいた。

「うん。どうやって絞っていこうか」

「う~ん」

俺達はリビングで向かい合って座り頭を抱えた。

「取り敢えずさ、飯食わね?」

見るともう十二時近かった。外に買いに行くのも面倒なので、簡単に家にある物で済ませまた二人で話し合う。
村と言っても、昔は至る所に村はあっただろう。なにか手掛かりがあれば。
しかし、母方の身内はもう相馬の母しか残っておらず他の情報を得るのは皆無だ。会った事もない人の故郷の特定なんて出来るのか。

俺はあの写真に写る女の子を思い出していた。全てぼやけていて、はっきりわかるようなものは一枚もなかった。着物を着ている事は分かるがそれ以外は何も。

(そう言えば全部祖母ちゃんの家で撮った写真に写っていたな)

俺は、目の前に置かれた数枚の写真を手に取り祖母ちゃんが死んだ後、取り壊されてしまった家の間取りを思い出した。

俺の記憶では古い平屋の家で、玄関を入ると土間になっていて右手に一段高くなった居間があった。よくそこで祖母ちゃんは近所の人が遊びに来ると漬物とお茶を出して話をしていた。

その居間の隣に八畳位の和室が二つ。一つは壁の中に収納式の大きな仏壇があり、もう一つは、昔母親たちが寝ていた部屋があった。この二つの和室をつなぐように右手に縁側が伸びている。

奥の和室の左隣には祖母ちゃんの寝室。この寝室は四畳半位の小さな和室で暗く陰気な感じがして子供の俺は怖かったのを覚えている。その寝室から小さな廊下に出ると板の間でお菓子やら保存食やらが置かれている場所があった。

よく相馬とそこからお菓子をくすねて食べていたっけ。その板の間から続くのは台所だ。昔の台所で、一段低くなっていて、サンダルを履かなくてはいけなかった。祖母ちゃんが台所から居間の方へ料理を運ぶとき高くなっている敷居を上がるのが辛いと言っていたので、手伝いをしたのを覚えている。

そしてあの写真に写っている女の子は、祖母ちゃん達の寝室から出た所の小さな廊下。仏壇がある和室。台所の勝手口付近などに写っている。

しかし、その写っている場所が何かヒントをくれるなんて都合のいいことはなかった。その場所には特に気にかかるようなものはなかった気がする。

「はぁ~」

俺はため息とともに写真を置いた。その様子を見ていた橋本が突然

「あっ‼」

と声を出した。

「な、なんだよいきなり」

「写真だよ」

「写真?ああ、俺もそう思ってこの写ってる女の子の場所とか何か意味があるのかなって思ったけどそんなものないんだよ」

「違うよ。そんな小難しい事じゃなくて。ひいばあちゃんの写真って残ってないのか?なければお前の祖母ちゃんの写真。きぬの子供だろ?その写真から何かヒントがあるんじゃないか?」

「なるほど」

俺はわずかな希望をかけ、また相馬の母親に電話をすると写真の事を聞いた。

「母さんの写真ならあるわよ。母さんが死んだ時ゆっくり姉さんと遺品整理することが出来なくて、取り敢えず私が全部預かったの。何か捨てるのが忍びないからね。全部うちの物置に入れて仕舞ってあるけど」

「本当?今から叔母さん家に行ってもいいですか?物置の中の祖母ちゃんの物見せてもらいたいんです」

「ええ。いいわよ」

電話を切り橋本に伝えようとすると、もうとっくに玄関の方へ行き準備万端である。俺は一応写真と、般若の面が入った箱を持つと相馬の家へと向かった。











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