輪(りん)

玉城真紀

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対面(弐)

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昭和二十三年

「お~お~。元気なややこじゃ」

赤ん坊を取り上げたお産婆は、まだへその緒がついたままの女の赤子を母親の腹の上に置いた。母親は額に汗を浮かべ涙を流しながら、今か今かと会えるのを待ちわびた我が子の濡れた頭を愛おしそうに撫でる。

「無事に生まれてよかった。さて・・・・」

お産婆は、母親が抱いている赤子のへその緒が変に引っ張られている事に気がついた。

「?」

手早く母に抱かれている赤子のへその緒を切り、家の者に産湯に入れるよう渡すと母親の股の間からだらりと下がったへその緒を少し引っ張ってみた。

「これは・・・・・・」

その時、母親が突然歯を食いしばりいきみだす。

「双子じゃ・・・・・・」

その場にいた者の動きが止まる。

「はよ・・・・・・はよ、主人に伝えよ!双子が産まれると!」

お産婆は、二人目の赤子を取り上げにかかりながら家の者に怒鳴る。言われた者はバタバタと転がりながら走って行く。
母親は、何故皆がこれほどまでに騒ぐのかが分からなかった。とても不安になり

「あの・・・・・・どうかしたんでしょうか?」

と苦しみながらも聞くが

「ああ大丈夫じゃ・・・・・・大丈夫じゃ」

お産婆は、母親に呪文のように繰り返しそう言うだけだった。
無事、二人目も取り上げられ母親がホッとしている時だった。パシンと障子が開けられ、青い顔をした夫が立っている。母親の方を見た後、産湯に入れられている赤子とお産婆の腕の中にいる赤子を交互に見た後、ずかずかと足音を立て部屋に入るとお産を終えたばかりの母親の脇に立ち険しい表情で

「何てことだ・・・・・・」

と呟いた。
母親は自分達の子供が産まれた事を喜んでくれるとばかり思っていたので、この夫の反応には大いに戸惑った。

「あなた・・・・・・」

母親は立ち尽くしながら自分を見ている夫に声を掛ける。その声で夫は我に返った。次に表情を緩めると

「大丈夫だ。大丈夫。今用意させている。大丈夫だ」

と、自分に言い聞かせているように座り込み、母親の手を握りながら何度も言った。

「?」

夫はお産婆の方に向き目で合図をすると、お産婆は全て承知とばかりに頷く。何やらゴソゴソとした後、二人の赤子を連れて行った。

「⁉」

「どうした?」

「・・・・・」

「大丈夫か?疲れたんだな」

「・・・・・あなた?あの子達はどこへ?」

「明日になれば会えるよ。今日はゆっくり養生するといい」

「・・・・・・分かりました」

ただならぬ雰囲気の中ゆっくり休めと言われても気が気じゃなくて休む気になれない。しかし、これ以上聞ける様子でもないので早く明日が来るのを辛抱して待つしかなかった。

たった今、自分が見た事を忘れるためにも・・・


次の日。朝早く目覚めた母親は布団から体を起こし、早速我が子に会おうと羽織を着始めたが、ふと自分の隣を見て

「ひっ」

と小さく叫んでしまった。

そこには、小さな布団に寝かされた二人の赤子がいた。昨日自分が産んだ双子だ。自分が寝ている時に、誰かが自分の隣に連れてきてくれたのだと思ったのだが異様なのは、その双子の顔にはお面が被らされていた。
般若のお面。頭の左右から出ている角、恐ろしく光る目。かっと開いた口の中には尖った牙のような歯が出ている。赤子の顔には少し大きいサイズだが、その般若の面はスヤスヤと眠る赤子の顔に乗せられている。

「なんでこんな・・・・・・」

母親は手前の赤子を抱き上げると、そっとお面を取った。お面の下には、長い睫毛を伏せた目。小さな鼻。愛くるしい桜色の唇が現れた。

「何て可愛い子」

母親は早速、昨日から張って仕方なかった乳をあげ始める。スヤスヤと寝ていた赤子だったが、口に乳を含ませると寝ながらもきちんと飲んでくれた。母親になったという幸せなひと時を味わっていると、そこへ険しい表情をした夫が部屋へ入って来た。乳を飲ませる母親を見て、一度は顔を緩めたがすぐ厳しい表情に戻ると母親の隣に来て、外された般若の面を取り乳を飲んでいる赤子の顔の上にそっと置く。

「あなた、今この子は乳を飲んでいるんですよ。その面は取らないと」

言われた夫は、厳しい表情を崩さないまま黙って首を振り話し始めた。

「お前には話していなかったが、この村では昔から、双子が産まれた家には災いが来ると言われている。しかし、その双子が七つの誕生日を迎える時までその家に受け継がれている面を被り続けることが出来れば災いは避けられると言われているのだ」

「だからこの子達にこのお面を被らせたのですね。でも、よりによってこんな恐ろしい般若の面でなくても・・・・・・」

「そうだな。私もよく分からないがこの単語ルビおこのぎけ小此鬼家にはこの般若の面が代々受け継がれている。よその家にもあるんだ。その家々に受け継がれる面と言うものが」

「そうですか・・・・・・でも、七つになるまでこのお面をつけていなければならないなんて・・・・・・可哀そうに」

「仕方がない。小此鬼家を守る為でもある。それと」

そこまで言うと主人は乳をたっぷり飲んでスヤスヤと寝ている双子の赤子の近くに来ると

「名前を付けてやらなくちゃな」

そう言って、ようやく父親の顔を見せた。しかしその顔には少し悲しみも混ざっていた。
その後、先に産まれた姉がチヨ。妹がハルと名付けられた。

この小此鬼家は大層な豪農で土地を多く所有しているため、その土地を人に貸しては貸し賃を取っていた。
土地を借りている者は収穫時期になると沢山の野菜や米を、貸し賃の他に持ってくるために裕福な生活を送っていた。

この小さな村を牛耳っているような存在だと言ってもおかしくはない。案外、そういう家は煙たがれる事も多いが、この小此鬼家の人々はそんな事は一切なかった。土地の貸し賃が払えない者から無理に取る事などはしなかったし、村の者が具合が悪くなれば、医者を呼びお金が払えなければ代わりに払ってやったりと、村の者に対してはとても優しかった。
なので、村の人達からの信頼はとても厚く村の時間さえもゆったりと流れているようだった。

しかし、それはあくまでも外面だけの事。母親がこの小此鬼家に嫁いだ時、小此鬼家のやり方、考え方などを姑から厳しく教え込まれた。舅は姑に逆らえないのか、いつも見て見ぬふりをして黙っている。母親は何度も小此鬼家を出ようと考えたが、妊娠を機に様子を見る事にした。孫が出来れば、あの厳しい姑も少しは優しくなるのではと考えたのだ。


さて、孫が産まれ祖父母達が、喜んで顔を見に来るだろうと思っていたが、二人は一度も母親の部屋を訪れて来なかった。
それではと、女中にチヨを抱かせ自分はハルを抱き、祖父母の部屋を訪れる。

「失礼します。お義母さん、お義父さん、かわいい孫の顔を見てやってくれませんか?」

廊下から障子越しに話す。中から衣擦れの音が聞こえるので部屋にいるようだが、返事がない。おかしいと思いもう一度声を掛けようとした時

「申し訳ないが、私達はその子が七つを迎えるまでは会う気はない」

と、姑からの信じられない返事が返ってきた。

「え⁈そんな・・・・・・」

母親は絶句したが

「こ、この村の言い伝えは聞きました。きちんと小此鬼家に受け継がれているお面は着けています。それでも駄目なのでしょうか」

「・・・・・・会わない」

こんな事ってあるだろうか。この家にとっての初孫である。
いくら昔からの言い伝えだとしても、お面を被せておけば大丈夫なはず。七つを迎えれば会うと言っているが、七つを迎えるまでのこの子達の成長を家族みんなで見守ってほしいと思っていた母親は、とても残念な気持ちを抱えながら自室に戻った。

自室に戻りチヨとハルを布団に寝かせる。手伝ってくれた女中は関わりたくないとばかりにそそくさと部屋を出て行ってしまった。

「チヨ。ハル。七つまで辛抱してね。それまで母さんが絶対に寂しい思いさせないから、大丈夫よ」

母親は優しく二人の頭を両手で撫でる。大人しかったので寝ていると思っていたチヨは

「あうあう」

と声を出し、手足をばたつかせる。面を被っているので、起きているのか寝ているのかすら分からない。しかし何て可愛い仕草なのだろう。当たり前だが、子供の成長というのは一歳なら一歳なりの可愛さ、二歳なりの可愛さがある。それを見ないなんて・・・・・・

「あっという間に七つになんてなってしまうのにね・・・・・・」

母親は、これからの七年間に対しての不安と期待、決意の入り混じった気持ちで頭を撫で続けた。

その後、夫が双子の世話は一人では大変だろうという事で一人の女中を専属でつけてくれた。

小此鬼家では五人の女中がおり、その子は女中の中でも一番若い女中だった。まだ幼さが残っている顔立ちをしており、聞くと歳は十二という事だった。母親は多少不安に思いつつも、恐らく他の女中たちに押し付けられたのだろうと思い、その子に頼む事にした。

名はきぬと言うらしく、色々と話しを聞くと小此鬼家が土地を貸している家の子らしく、どうやら貸し賃が払えないのでこちらに奉公として来ているらしい。とても明るく素直な子で母親も毎日会うたびにきぬを好きになっていった。

チヨは乳を沢山飲みすくすくと成長していった。ハルは少し病弱な所があるようだが元気でいる。

チヨが風邪をひき熱を出すと、何故かハルも熱を出すという事があったが、常に一緒にいるのでうつっただけなのだろうと思っていた。
しかし不思議な事に歩き出した頃、バランスを崩したチヨが柱に頭をぶつけてたんこぶを作ってしまった事がある。大泣きするチヨに母親は驚き慌ててきぬに氷を持ってこさせ頭を冷やしていると、寝ていたハルが突然泣き出した。チヨが泣いているのでつられて泣き出しただけだと思っていたが中々泣き止まないのでハルをよく見ると、ハルの頭にチヨがこぶを作った所と同じ所が腫れている。これには母親は驚いた。

また、少しずつ言葉を覚え短い文章が話せるぐらいになった二歳頃。たまにチヨとハルは二人向かい合い玩具で遊んでいる時「これこれ」とチヨが言うとハルは「あれあれ」と言っている事に気がついた。「これこれ」と「あれあれ」だけの会話に母親が不思議に思い

「チヨ。ハル。何がこれなの?」と聞くが、二人は母親を不思議そうに見るだけで答えはない。まだ説明ができる年でもないので幼少期特有のものなのだろうと思っていた。
しかし、三歳を過ぎ大分会話が出来るようになった頃でも二人は「これこれ」「あれあれ」と話している。母親は二人を注意深く見ていると、この言葉は二人にしか分からない会話だという事が分かった。

「双子って不思議なものね」

「そ・・・・・・そうですね」

母親はきぬのギクシャクした様子を不思議に思ったが気にしなかった。
大病もせず、すくすくと育った双子は五歳を迎えた。「これこれ」「あれあれ」の会話は相変わらずだが、自分の意志をハッキリ出すようになった。

そのため、二人の性格も見て分かるようになる。
姉のチヨはとても活発な子で、言いたい事はハッキリと言い相手がどう思おうがお構いなしの所がある。しかし妹想いの優しい女の子だ。
妹のハルは病弱なのは変わりないが元気である。そんなハルをチヨはとてもよく面倒を見ていた。

「チヨはとても優しいのね」

と母親はチヨによく言ったものだった。

日々の成長をほほえましく見ながらも、やはり祖父母たちにも是非この子達を見てもらいたいと常に思っていた。
叶わないと思いながらも、何度か部屋を訪ね

「お義母さん。一度でいいので子供達を見てやってはもらえませんか?」

「ごめんなさいね」

「きちんと面はかぶっています。今あの子たちは五歳になりました。今のあの子を見てあげてください」

「ごめんなさいね」

返ってくる返事はこれだけだ。
母親は根気強く話に行ったが結局何の進展もなく、最後は返事すら帰ってこなくなった。
仕方なく母親は、七つになれば会ってくれるのだからと我慢した。夫の方はたまに子供達と遊んでくれるが、やはり何か両親に言われているのか部屋に来る回数は少ない。
しかし、子供と会っている時は楽しそうにしてくれているのでそれだけで良しとした。
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