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川俣
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家に着いた時にはもう、辺りが明るくなり始めていた。
冷え切った家の中に入り、ちひろが使っていた和室を横目に自分の部屋へ行くと毛布にくるまる。
体が冷たい。あの時の・・・死んだちひろの顔を触った時の様に冷たい。
「半分持ってかれちまってる」
俺は今・・・
毛布の中から自分の両手を出し、握ったり開いたりして見る。いつもの俺の手だ。何が何だか分からなくなってきている。元々、死のうとしていたんだから半分持って行かれようと何されようとどうでもいいはず。
なのに・・・なのに今の俺は死ぬのが怖い。
後藤に対しての怒りはあるが、それ以上に「死」と言うものに恐怖を感じる。
「田中さん。あなたも同じなんですよ?忘れちゃいけません」
ちひろが死んだ後、後藤が俺の家に来た時に言った言葉が浮かんだ。
「俺も同じ・・・」
やっとあの時の後藤の言葉の意味が解った。
解ったところで俺に何が出来る?俺の本体は今、樹海のあの場所でロープにぶら下がっている状態。ここにいる俺は、ピンクのウサギのキーホルダー。
「ふ」
俺は自嘲するかのように笑いが出た。
窓からは明るい日差しが入ってきている。誰も動いていないはずの部屋に舞う埃が、日差しの中できらきらと光っていた。俺はソレを何も考えずにずっと見ていた。
何かを叩くような大きな音で目が覚めた。
あのまま眠ってしまったようだ。それにしても何の音だろう。俺は眼をこすりながら耳を澄ませる。
「ドンドンドン」
誰かが玄関を叩いている。
「田中さん!田中さん!」
水島だ。
窓を見ると明るい。
時間の間隔はないので、寝てからどの位経ったのか、それとも一日経った次の日の昼なのか分からない。まぁ、どうでもいいのだが。
俺はのそのそと毛布から出ると玄関に行きドアを開けた。
「なに?」
不機嫌をむき出しにして水島に言う。
「あ、寝てました?あの~ちょっと相談があるんですけど・・・」
演じていた立花はいなくなり、不動産に勤める水島がチラリと後ろを見ながら小声で言う。俺もつられてそちらを見ると見た事のない男が立っていた。
「誰?」
「ちょっと言いにくいんですが、あの人も同じです。自殺しようとした人で・・・・田中さんの部屋を貸してもらえませんか」
「冗談じゃない!もうあんな思いをするのはうんざりだ。他の奴にしてくれ」
俺はそう言うと乱暴に玄関を閉めた。
水島が食い下がって来るかと思ったが何も言ってこない。玄関の所で外の気配を伺う。物音一つしない。
(帰ったのか?帰ったのならそれでいい。何でいつも俺の所に連れてくるんだ?他の空いている家に住まわせとけばいいんだ。そうでなかったら水島の家の使ってない部屋を使えばいい)
そう考えた時、俺は思い出した。
水島の家にあるあの並んだ二つのドア。左側は俺の部屋そっくりだった。右の部屋は見る機会はあったのだが、あの影が動いたのを見た事でそちらに意識を取られてしまいよく確認していない。
(この町に来た時から不思議な事ばかりだ。水島の家の部屋が一つ俺の部屋だったり、この家だって俺の家。あの水島だってそうだ。俺の息子によく似ている。アイツが大きくなったらあんな感じになるんだろう・・・)
俺は暫く考えた挙句、玄関をそっと開けて見た。
「え・・・お前・・まだいたのか」
水島は、来た時と同じように玄関先に立っていた。玄関を開けた俺を見ると、あの人懐っこい笑顔を見せ言った。
「開けてくれると思ってました」
嫌な奴だな・・・・
「分かったよ。俺の家でいいからソイツ連れてこい」
ソレを聞いた水島は、目の前に立っている俺に風が吹いてくるぐらいの勢いで頭を下げお礼を言うと、後ろの方で立っている男を呼んだ。
五十代位のその男は川俣と名乗った。白髪交じりの頭を綺麗に刈って身なりもきちんとしていた。聞くと、ちゃんとした状態で死にたかったという。家族や身内もなく天涯孤独の身。半年前から胃の方がおかしかったが、仕事の忙しさもあり放っておいた。しかし、痛みが出てきたためようやく病院へ行くと胃がんと宣告される。もう手の施しようがないとも。医者からはもちろん入院を勧められたが、残りの時間病室なんかで過ごすより自分で好きなように過ごそうと思い入院を拒否。この一カ月。仕事も辞め、今まで貯めてきた金を思う存分使って楽しんだという。
そして先週。もう医者なんか行く必要もないと思っていたが自分の体の事、気にならないわけがない。胃がんがどこまで進んでいるのか知りたくなり前回の病院へ。しかしその日は休診だった。もう自分には時間がないと考えている男は他の病院へ受信した。すると衝撃的な事をそこの医者から言われた。
ただの胃炎だと言うのだ。そんなはずはないと抗議し前回行った病院で胃がんと診断された事を伝えたが、ちゃんと検査の結果が出ているから間違いないと言われた。
この一カ月は何だったんだ。もう先がないと思い金も全て使い切った。たった一人の医者の誤診のお陰で仕事も何もかも無くした。ソレで嫌になり樹海に来たという訳だった。
「その誤診した医者には何も言わなかったのかい?」
水島が帰り、とりあえずこの新参者。川俣と食事をしながら話を聞いていた。
「言わないよ。言って裁判でもやれば多少は金が入るかもしれないが俺自身、もう生きる気力を無くしてたからね。考えても見なよ。死の宣告と一緒なんだぜ?俺は独り身だ。金を残してやる奴もいない。だったら最後、思う存分悔いなく楽しむだろ?そしたら、ただの胃炎って。洒落にもならないよな」
本当に、人が死ぬ理由というのは様々だ。
俺はちひろが使っていた和室をその男に使ってもらう事にした。ちひろの時は、家の修繕がまだ終わっていなかったので一緒に手伝ってもらったが、それももう終わっている。
俺は、男が一人にならないよう注意しながら生活を始めた。
始めはとっつきにくい男だと思っていたが、意外に話好きな奴だと分かる。色々な職業を経験して来たらしくその職場で起こった面白い話や嫌な話など、話題には事欠かなかった。話し方も上手なので、聞いていて苦ではない。次第に川俣との生活が楽しくなってきた。
水島も気を使っているらしく何かと顔を見せに来る。その度に後藤の動きを尋ねるが、不思議と今静かにしているらしい。
冷え切った家の中に入り、ちひろが使っていた和室を横目に自分の部屋へ行くと毛布にくるまる。
体が冷たい。あの時の・・・死んだちひろの顔を触った時の様に冷たい。
「半分持ってかれちまってる」
俺は今・・・
毛布の中から自分の両手を出し、握ったり開いたりして見る。いつもの俺の手だ。何が何だか分からなくなってきている。元々、死のうとしていたんだから半分持って行かれようと何されようとどうでもいいはず。
なのに・・・なのに今の俺は死ぬのが怖い。
後藤に対しての怒りはあるが、それ以上に「死」と言うものに恐怖を感じる。
「田中さん。あなたも同じなんですよ?忘れちゃいけません」
ちひろが死んだ後、後藤が俺の家に来た時に言った言葉が浮かんだ。
「俺も同じ・・・」
やっとあの時の後藤の言葉の意味が解った。
解ったところで俺に何が出来る?俺の本体は今、樹海のあの場所でロープにぶら下がっている状態。ここにいる俺は、ピンクのウサギのキーホルダー。
「ふ」
俺は自嘲するかのように笑いが出た。
窓からは明るい日差しが入ってきている。誰も動いていないはずの部屋に舞う埃が、日差しの中できらきらと光っていた。俺はソレを何も考えずにずっと見ていた。
何かを叩くような大きな音で目が覚めた。
あのまま眠ってしまったようだ。それにしても何の音だろう。俺は眼をこすりながら耳を澄ませる。
「ドンドンドン」
誰かが玄関を叩いている。
「田中さん!田中さん!」
水島だ。
窓を見ると明るい。
時間の間隔はないので、寝てからどの位経ったのか、それとも一日経った次の日の昼なのか分からない。まぁ、どうでもいいのだが。
俺はのそのそと毛布から出ると玄関に行きドアを開けた。
「なに?」
不機嫌をむき出しにして水島に言う。
「あ、寝てました?あの~ちょっと相談があるんですけど・・・」
演じていた立花はいなくなり、不動産に勤める水島がチラリと後ろを見ながら小声で言う。俺もつられてそちらを見ると見た事のない男が立っていた。
「誰?」
「ちょっと言いにくいんですが、あの人も同じです。自殺しようとした人で・・・・田中さんの部屋を貸してもらえませんか」
「冗談じゃない!もうあんな思いをするのはうんざりだ。他の奴にしてくれ」
俺はそう言うと乱暴に玄関を閉めた。
水島が食い下がって来るかと思ったが何も言ってこない。玄関の所で外の気配を伺う。物音一つしない。
(帰ったのか?帰ったのならそれでいい。何でいつも俺の所に連れてくるんだ?他の空いている家に住まわせとけばいいんだ。そうでなかったら水島の家の使ってない部屋を使えばいい)
そう考えた時、俺は思い出した。
水島の家にあるあの並んだ二つのドア。左側は俺の部屋そっくりだった。右の部屋は見る機会はあったのだが、あの影が動いたのを見た事でそちらに意識を取られてしまいよく確認していない。
(この町に来た時から不思議な事ばかりだ。水島の家の部屋が一つ俺の部屋だったり、この家だって俺の家。あの水島だってそうだ。俺の息子によく似ている。アイツが大きくなったらあんな感じになるんだろう・・・)
俺は暫く考えた挙句、玄関をそっと開けて見た。
「え・・・お前・・まだいたのか」
水島は、来た時と同じように玄関先に立っていた。玄関を開けた俺を見ると、あの人懐っこい笑顔を見せ言った。
「開けてくれると思ってました」
嫌な奴だな・・・・
「分かったよ。俺の家でいいからソイツ連れてこい」
ソレを聞いた水島は、目の前に立っている俺に風が吹いてくるぐらいの勢いで頭を下げお礼を言うと、後ろの方で立っている男を呼んだ。
五十代位のその男は川俣と名乗った。白髪交じりの頭を綺麗に刈って身なりもきちんとしていた。聞くと、ちゃんとした状態で死にたかったという。家族や身内もなく天涯孤独の身。半年前から胃の方がおかしかったが、仕事の忙しさもあり放っておいた。しかし、痛みが出てきたためようやく病院へ行くと胃がんと宣告される。もう手の施しようがないとも。医者からはもちろん入院を勧められたが、残りの時間病室なんかで過ごすより自分で好きなように過ごそうと思い入院を拒否。この一カ月。仕事も辞め、今まで貯めてきた金を思う存分使って楽しんだという。
そして先週。もう医者なんか行く必要もないと思っていたが自分の体の事、気にならないわけがない。胃がんがどこまで進んでいるのか知りたくなり前回の病院へ。しかしその日は休診だった。もう自分には時間がないと考えている男は他の病院へ受信した。すると衝撃的な事をそこの医者から言われた。
ただの胃炎だと言うのだ。そんなはずはないと抗議し前回行った病院で胃がんと診断された事を伝えたが、ちゃんと検査の結果が出ているから間違いないと言われた。
この一カ月は何だったんだ。もう先がないと思い金も全て使い切った。たった一人の医者の誤診のお陰で仕事も何もかも無くした。ソレで嫌になり樹海に来たという訳だった。
「その誤診した医者には何も言わなかったのかい?」
水島が帰り、とりあえずこの新参者。川俣と食事をしながら話を聞いていた。
「言わないよ。言って裁判でもやれば多少は金が入るかもしれないが俺自身、もう生きる気力を無くしてたからね。考えても見なよ。死の宣告と一緒なんだぜ?俺は独り身だ。金を残してやる奴もいない。だったら最後、思う存分悔いなく楽しむだろ?そしたら、ただの胃炎って。洒落にもならないよな」
本当に、人が死ぬ理由というのは様々だ。
俺はちひろが使っていた和室をその男に使ってもらう事にした。ちひろの時は、家の修繕がまだ終わっていなかったので一緒に手伝ってもらったが、それももう終わっている。
俺は、男が一人にならないよう注意しながら生活を始めた。
始めはとっつきにくい男だと思っていたが、意外に話好きな奴だと分かる。色々な職業を経験して来たらしくその職場で起こった面白い話や嫌な話など、話題には事欠かなかった。話し方も上手なので、聞いていて苦ではない。次第に川俣との生活が楽しくなってきた。
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