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9.人形
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「いやっ! こ、来ないで!」
「ルルナっ!」
ルルナは恐怖の余り、その場から走って逃げ出し、心配したケレノが、後を追って行く。
元凶となったアレスは、キョトンとした顔で二人を見送ると、独りごちた。
「そうだよな……簡単には、許してくれないよな……」
アレスは改めて、過去の己を顧みた。
確かに、自分は大いに愚かなことをして来たかも知れない。反省と後悔が一挙に押し寄せ、ようやく、彼はそれを認めた。
「でも、過ぎたことは仕方ないよな」
「そうですわ。そんなことより、今を生きないと!」
……幾ら治ったとは言え、明らかに前向きすぎる。それは誰もが思うことだろう。
しかし、これこそが、先程まで彼を痛め付けていたヴェーガの能力、精神操作によるものなのである。
それは、僅かに相手の潜在意識をそらし、時に人の感情や認識をも全く別のものに変えてしまう力。
とはいえ、この能力はそれほど万能な訳ではなく、確固たる意思や強い自我を持つ者、また、特別高い魔力を持つ者や、高位の魔物、悪魔には抵抗されてしまい、ほとんどの場合通用しない。
また、単純な洗脳ではない為、相手の精神を丸ごと作り替えたり、操作して意のままに操ることなどはできない。
そのため、まずは相手を懐柔し、ヴェーガにとって都合の良い精神状態を作る必要がある。
つまり、彼が行った凶行は、全てこの為だったのだ。
とはいえ、ヴェーガが語った言葉は殆どが事実であり、彼の趣向が非常に嗜虐的であることは間違いない。だからこそ、フレオラとヴェーガは特に波長の合う同士でもあった。
「アレスよ、心を入れ換え、我らの同志として生きるが良い」
「はい! ヴェーガさん、目が覚めました!」
こうして、Sランク冒険者アレスは、優秀な兵士となった。
これまで使い潰す側だった者が、使われる側へと移ったのだ。
フレオラに一つ誤算があったとするのなら、ルルナに逃げられてしまったこと。
アレスの言葉によって、ルルナは戸惑いつつも、彼と和解するだろう。フレオラは、真剣にそう思っていたのだ。
その非情さ故に、人の心を今一つ理解できていない部分があるのが、フレオラ自身も気付いてない彼女の欠点である。
「それにしても、おかしいわね……なんでルルナさんは逃げちゃったの? 折角、天敵と和解できたのに」
「だから言っただろう。お前は人間の感情というものを、もう少し真剣に学んだ方がいい。悪魔の俺が言うことではないがな」
二人は気付いていなかったが、アレスが喋った時に、その口の中から、何かがこぼれ落ちていたのだ。
ほんの小さなそれは、滑るように地を這い進み、あっという間にどこかへ消えてしまった。
セゼルは一瞬だけ、それが這うところを見たのだが、余りにも小さく取るに足らない存在だったため、特に気にも掛けなかった。
「はっ……はっ……」
「ルルナ! 待って!」
恐怖に怯えた目で、ルルナは屋敷内をひたすらに走った。
彼女を本気で追いかければ、ケレノは簡単に追い付くことができたが、しかし、追い付いて、もし拒絶されたら──
そんなことを思うと、どうしても足取りが重くなるのだった。
「ルルナ、怖がらないで……!」
「あっ……」
ルルナはふと我に帰り、その足を止める。
それを見て、ケレノもまた覚悟を決め、ルルナの傍らに立った。
「ケレノ、さん……」
「ぼくが……いるから。だから……」
詰まってしまった言葉の代わりに、ケレノはルルナを精一杯抱き締めた。
「あ……私……」
十分に落ち着いてから、ルルナは己を恥じた。怖くなって逃げ出したこと、ケレノにも背を向けたことに。
「ごめんなさい、ケレノさん」
「謝らないで」
ケレノはそう言って、ルルナの肩を強く抱き締め続けた。
「おーおー、何やってんだオメーら、昼間っから。噂以上に仲良しこよしじゃねーか」
突然背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に、ルルナはぎょっとした。
「ミロさん!? どうしてここに!? 師匠は!?」
「クソジジイは帰ってくるなり、どうしても外せない用事があるっつって、どっか行っちまったよ。そんで、奴が用意した水晶玉から、仕方なくオレが代わりに監視してたら……なんかとんでもねぇことになってやがるからよ、慌てて来たんだ」
「あなた誰……?」
「よぉ、オレはミロー……って、よく見たら会ったことあるかも知れねーなお前」
ミロはケレノの顔を見てそう思い、記憶を掘り出そうかとも思ったが、やっぱり面倒なのでやめた。
「あー、あれだ、どうするルルナ?」
「どうするって……?」
「やっぱり、アイツら一発ブン殴っとくか?」
ミロの言葉は強がりではない。
できて当然、という顔をしている。
何故そこまで自信があるのか、ルルナにはわからなかったが、師匠の作った魔動人形だけあって、かなりの戦闘能力があるのではないかとも考えた。
「ミロさんって、強いんですか?」
「オレに聞くか、それ?」
「強いってこと?」
「ったりめーだろ!」
両拳をガンガンと打ち付けながら、ミロはアピールする。
「うーん……確かに、このままじゃ何も解決してないですよね……ケレノさんの契約を何とかしないといけないし……」
「ひぇひぇひぇ、ルルナさま、その点に関して、お話がございます」
「えっ……? 誰?」
声のした方、自らの足下を見ると、何か小さなものがうねうねと蠢いている。
「ひゃ、ひゃあっ! 虫!?」
「あ、あ、申し訳ありません! 驚かすつもりはございませんで! 申し訳ない!」
言うと、小さな虫のような者はその体をパッと消し去った。
するとそこから、青い肌をした、小鬼のような魔物が姿を現す。
「わたくしめはワロル。さるお方の使いの者でございます」
「ワロルだと? 何なんだテメーは? さるお方って誰だよ」
「それは、申し上げられません。ですが、あなた様方の味方であり、フレオラ様やそれに属する者達ではない、ということだけは誓って言えます」
どこか怪しげな魔物ワロルは、胡散臭い笑みを浮かべる。そして、ルルナの方を見て言った。
「ルルナさま、そのお方があなたさま対して、ある提案がございまして。それをお伝えするために、わたくしめはこうしてやって来たのでございます」
「提案、ですか……?」
困惑しながらも、ルルナは話を聞こうとする。
しかし、ミロとケレノは未だ怪しんでいる様子だ。
「ルルナ、こいつ、なに考えてるかわからない……」
「そうだぜ。関わらん方が良い」
「うう、確かにわたくし醜く矮小な魔物ですが、そこまで拒絶されると悲しいでございます……」
「ワロルさん、お話、聞かせてください」
「おいルルナ!?」
それでもルルナは、一先ず話を聞いてみることにした。
その言葉にワロルは感動したように目を潤ませ、顔をくしゃくしゃにしてルルナを見詰める。
「うう、ありがとうございますルルナさま……それも、さん付けで呼んで頂けるなんて……」
「……話してください」
「あ、こ、これは失礼。では、単刀直入に言いますね。あなたさまを、ロナと直接引き合わせること、それが我が主の望みであり、わたくしめにできる唯一のことでございます」
「ロナと!?」
確かに、それは願ってもない話だ。
だか本当にそんなことが可能で、彼を遣わしたその者は何者で何を企んでいるのか?
彼が未だ信用に足らない存在だということも、また事実である。
「その人はどうして、私とロナが会うのを望んでいるんですか?」
「それも、申し上げられません。ですが、先程も申した通り、我々はあなたさまの味方でございます。そして、ロナの敵であります」
「どうしてそれが言える? 証明できんのか?」
「はい。ルルナさま、これを」
ミロの問いに、ワロルは余裕の表情で答える。
そして、ルルナに何かを手渡した。
「これは……?」
「わたくしめの心臓にございます」
「しっ、心臓っ!?」
「もし信用できぬ場合は、何時でもそれを握り潰してください。間違いなくわたくしめは死にます」
確かに心臓は、ドクンドクンと脈を打っている。
自らの手に持つそれが急に恐ろしくなり、小刻みに震えるルルナ。
「あ痛たたた! お、おやめください!」
「……本物みてーだな」
ミロは試しに心臓を突っついてみた。
すると、その度にワロルはその場に転げ回り、苦しみを訴える。
「ひ、酷いことをしなさる……」
「わりぃわりぃ。まぁ、心臓に関しては取り敢えず信じてやるが、お前の主が信用できねえ」
「そ、それは……ど、どうか信じて頂きたい。我らは、決してあなた方の敵ではございません」
「……わかりました、ワロルさん。私を、ロナに会わせてください」
ルルナは決心し、そう告げる。
彼女もワロルを信用したわけではなかったが、少なくとも敵ではないと判断した。
いや、思い込んででもそう考えなければならなかった。
何れにしても、ロナをなんとかしなければ、ケレノを救うことは出来ない。
なればこそ、このチャンスを捨てるわけにはいかない。そう考えた。
「おお、なんとお優しい……わたくしめをこれ程信用してくださる方は、ルルナさま以外にはジェードさまくらいでございます」
「ジェード!?」
「あ」
ワロルは喜びの余り、つい、その名前が口をついて出てしまう。
ミロは一瞬にして気付いた。彼の主は、ジェード。当代に存在する四人の魔王達の一角、狡猾さで知られる魔王、ジェードだ。
ケレノはさらに深い事情にまで気付いており、彼女の中で、骸に関するこれまでの全てが繋がった。
それは、フレオラの計画に一時関わっていたからこそ、気付くことのできた事柄でもある。
「ルルナ、わかった! そいつが、ロナ教から竜の骸を盗んだ魔物だよ!」
「えっ!? じゃあ、つまり、アレスさんが倒した魔物って……」
そう、魔物ワロルは、魔王ジェードの指示によってロナ教の寺院に忍び込み、竜の骸を盗み出した。
その後、アレスによってあっさり倒されたかに思えたが、実は彼の体内に逃げ隠れ、期を待ち続けていたのである。
「フレオラは、ヴェーガに言ってた。魔王ジェードのしもべから、骸を奪えって。そいつがその魔物だったんだ」
「ふ、ふふっ、ばれてしまいましたね……で、ですが、今のわたくしは、ジェードさまの指示で動いている訳ではありません!」
「なに!? じゃあ誰だっていうんだよ!」
「ですから、それは申し上げられないのですっ!」
ワロルは実に申し訳なさそうに、深々と頭を下げる。
どうやら、嘘をついている訳ではなさそうだ。
「竜の骸はアレスさまに奪われ、その後フレオラさまの手に渡ってしまいましたが、それは、ジェードさまと、あのお方にとっては想定内。できれば骸を持ち帰りたかったのですが、まあ、わたくしごときにそこまで期待されても困りますからねぇ」
「じゃ、ジェードとそのお方とかいう奴の関係は?」
「それは──」
ワロルは答えようとしたが、その瞬間、部屋の反対側にある壁が吹き飛び、轟音が鳴り響いた。
「ふふっ、見つけたっ♪」
「……フレオラっ!」
フレオラは、満面の笑みを浮かべながら姿をその現した。
彼女の背後に、ヴェーガ、セゼル、そして、アレスも続く。
「なんのお話をしていたのかしら?」
「お話も何も……ケレノさんが、私を励ましてくれてたんです!」
ワロルは瞬時に小型化し、慌てた様子でルルナの荷の中に隠れていた。
やはり、本当に彼とフレオラの繋がりはないようだ。
「おい、テメーがフレオラだな」
「見ればわかるでしょう? お人形さん」
予定外の来訪者を見て、フレオラは挑発的に言った。
だが同時に、目の前の魔動人形がとてつもない力を秘めていることにも、気付いた。
「あーあ、あなたには来てほしくなかったのに。嫌な予感が当たっちゃった」
「けっ、ほざけ」
ミロはフレオラを真っ直ぐに見据えながら、ゆっくりと歩を進める。
人形とは思えぬほどに異様な雰囲気を放つその姿に、アレスは思わず駆け出し、叫んだ。
「貴様! フレオラさんになにを──」
「うっせー! 邪魔だ!」
ミロの鉄拳制裁で、アレスは吹き飛び、激しく壁際に叩きつけられた。
「目ぇ冷ませよボケ。そいつはお前を救っちゃくれねーぞ。ただ使い潰すだけだ」
「う、違う……フレオラさんは」
「黙って見てろ。ルルナも、な。オレがこいつの本性を引きずり出してやる」
ずけずけと歩きながら、やはりミロはその異様な雰囲気を隠そうともしない。
そして今度は、ヴェーガとセゼルが立ち塞がる。
「貴様……一体なんなのだ……?」
「この感覚は……!」
「可愛いお人形さんだよ。テメーらの主が言った通りな」
ヴェーガとセゼルは、全ての力を持って、目の前にいるそれを迎え撃とうとした。
だが……
「やめなさい、二人とも。あなたたちでは、逆立ちしても勝てないわ」
「なっ……」
「……承知」
フレオラは真顔で言うと、悪魔達を退け、自らミロの前に立った。
「わかってるじゃねーか。山羊と鎧ヤロー、それからついでにメイドの嬢ちゃんを加えたとしても、オレにとっちゃハナクソみてーなもんだ」
「ケレノさんを加えないでください!」
フレオラは、一切笑みを浮かべぬまま、目の前の敵を見据えた。
「はぁー……ねぇ、やめにしない? 私、謝るわ。ルルナさんやケレノとも、仲直りするわ?」
「……おいクソガキ、てめー、いっぺんぶっ飛ばされた方がいいぜ?」
ミロは一切聞こうともせず、とてつもない速さで拳を突きだした。
それは空を切り、一瞬凄まじい衝撃を放ったのだが、フレオラはいつの間にかミロの背後に回り込んでいた。
「ねぇ、お願いしてるじゃない。ケレノの契約を、解いてもいいのよ?」
「えっ……!?」
「おいルルナ、ああいう奴の対処法、教えてやろうか?」
思わず心揺さぶられかけたルルナに対し、振り返りもせずミロはそう言った。
そして一呼吸ほど後、床がひび割れるほどに地を強く踏みつけると、勢いをつけ、凄まじい回し蹴りを背後へと放つ。
フレオラは高く跳んで身をかわし、空中で翻りながら着地すると、深い深い溜め息を吐き出した。
「あーあ……はぁ、やっぱり私の一番苦手なタイプだったわ……面倒くさ……」
「ああいう奴はな、言ってること全部無視してブン殴んだよ。それが一番だ」
ミロは激しく拳を撃ち付けながら、再び、敵の姿を真っ直ぐに捉えた。
「ルルナっ!」
ルルナは恐怖の余り、その場から走って逃げ出し、心配したケレノが、後を追って行く。
元凶となったアレスは、キョトンとした顔で二人を見送ると、独りごちた。
「そうだよな……簡単には、許してくれないよな……」
アレスは改めて、過去の己を顧みた。
確かに、自分は大いに愚かなことをして来たかも知れない。反省と後悔が一挙に押し寄せ、ようやく、彼はそれを認めた。
「でも、過ぎたことは仕方ないよな」
「そうですわ。そんなことより、今を生きないと!」
……幾ら治ったとは言え、明らかに前向きすぎる。それは誰もが思うことだろう。
しかし、これこそが、先程まで彼を痛め付けていたヴェーガの能力、精神操作によるものなのである。
それは、僅かに相手の潜在意識をそらし、時に人の感情や認識をも全く別のものに変えてしまう力。
とはいえ、この能力はそれほど万能な訳ではなく、確固たる意思や強い自我を持つ者、また、特別高い魔力を持つ者や、高位の魔物、悪魔には抵抗されてしまい、ほとんどの場合通用しない。
また、単純な洗脳ではない為、相手の精神を丸ごと作り替えたり、操作して意のままに操ることなどはできない。
そのため、まずは相手を懐柔し、ヴェーガにとって都合の良い精神状態を作る必要がある。
つまり、彼が行った凶行は、全てこの為だったのだ。
とはいえ、ヴェーガが語った言葉は殆どが事実であり、彼の趣向が非常に嗜虐的であることは間違いない。だからこそ、フレオラとヴェーガは特に波長の合う同士でもあった。
「アレスよ、心を入れ換え、我らの同志として生きるが良い」
「はい! ヴェーガさん、目が覚めました!」
こうして、Sランク冒険者アレスは、優秀な兵士となった。
これまで使い潰す側だった者が、使われる側へと移ったのだ。
フレオラに一つ誤算があったとするのなら、ルルナに逃げられてしまったこと。
アレスの言葉によって、ルルナは戸惑いつつも、彼と和解するだろう。フレオラは、真剣にそう思っていたのだ。
その非情さ故に、人の心を今一つ理解できていない部分があるのが、フレオラ自身も気付いてない彼女の欠点である。
「それにしても、おかしいわね……なんでルルナさんは逃げちゃったの? 折角、天敵と和解できたのに」
「だから言っただろう。お前は人間の感情というものを、もう少し真剣に学んだ方がいい。悪魔の俺が言うことではないがな」
二人は気付いていなかったが、アレスが喋った時に、その口の中から、何かがこぼれ落ちていたのだ。
ほんの小さなそれは、滑るように地を這い進み、あっという間にどこかへ消えてしまった。
セゼルは一瞬だけ、それが這うところを見たのだが、余りにも小さく取るに足らない存在だったため、特に気にも掛けなかった。
「はっ……はっ……」
「ルルナ! 待って!」
恐怖に怯えた目で、ルルナは屋敷内をひたすらに走った。
彼女を本気で追いかければ、ケレノは簡単に追い付くことができたが、しかし、追い付いて、もし拒絶されたら──
そんなことを思うと、どうしても足取りが重くなるのだった。
「ルルナ、怖がらないで……!」
「あっ……」
ルルナはふと我に帰り、その足を止める。
それを見て、ケレノもまた覚悟を決め、ルルナの傍らに立った。
「ケレノ、さん……」
「ぼくが……いるから。だから……」
詰まってしまった言葉の代わりに、ケレノはルルナを精一杯抱き締めた。
「あ……私……」
十分に落ち着いてから、ルルナは己を恥じた。怖くなって逃げ出したこと、ケレノにも背を向けたことに。
「ごめんなさい、ケレノさん」
「謝らないで」
ケレノはそう言って、ルルナの肩を強く抱き締め続けた。
「おーおー、何やってんだオメーら、昼間っから。噂以上に仲良しこよしじゃねーか」
突然背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に、ルルナはぎょっとした。
「ミロさん!? どうしてここに!? 師匠は!?」
「クソジジイは帰ってくるなり、どうしても外せない用事があるっつって、どっか行っちまったよ。そんで、奴が用意した水晶玉から、仕方なくオレが代わりに監視してたら……なんかとんでもねぇことになってやがるからよ、慌てて来たんだ」
「あなた誰……?」
「よぉ、オレはミロー……って、よく見たら会ったことあるかも知れねーなお前」
ミロはケレノの顔を見てそう思い、記憶を掘り出そうかとも思ったが、やっぱり面倒なのでやめた。
「あー、あれだ、どうするルルナ?」
「どうするって……?」
「やっぱり、アイツら一発ブン殴っとくか?」
ミロの言葉は強がりではない。
できて当然、という顔をしている。
何故そこまで自信があるのか、ルルナにはわからなかったが、師匠の作った魔動人形だけあって、かなりの戦闘能力があるのではないかとも考えた。
「ミロさんって、強いんですか?」
「オレに聞くか、それ?」
「強いってこと?」
「ったりめーだろ!」
両拳をガンガンと打ち付けながら、ミロはアピールする。
「うーん……確かに、このままじゃ何も解決してないですよね……ケレノさんの契約を何とかしないといけないし……」
「ひぇひぇひぇ、ルルナさま、その点に関して、お話がございます」
「えっ……? 誰?」
声のした方、自らの足下を見ると、何か小さなものがうねうねと蠢いている。
「ひゃ、ひゃあっ! 虫!?」
「あ、あ、申し訳ありません! 驚かすつもりはございませんで! 申し訳ない!」
言うと、小さな虫のような者はその体をパッと消し去った。
するとそこから、青い肌をした、小鬼のような魔物が姿を現す。
「わたくしめはワロル。さるお方の使いの者でございます」
「ワロルだと? 何なんだテメーは? さるお方って誰だよ」
「それは、申し上げられません。ですが、あなた様方の味方であり、フレオラ様やそれに属する者達ではない、ということだけは誓って言えます」
どこか怪しげな魔物ワロルは、胡散臭い笑みを浮かべる。そして、ルルナの方を見て言った。
「ルルナさま、そのお方があなたさま対して、ある提案がございまして。それをお伝えするために、わたくしめはこうしてやって来たのでございます」
「提案、ですか……?」
困惑しながらも、ルルナは話を聞こうとする。
しかし、ミロとケレノは未だ怪しんでいる様子だ。
「ルルナ、こいつ、なに考えてるかわからない……」
「そうだぜ。関わらん方が良い」
「うう、確かにわたくし醜く矮小な魔物ですが、そこまで拒絶されると悲しいでございます……」
「ワロルさん、お話、聞かせてください」
「おいルルナ!?」
それでもルルナは、一先ず話を聞いてみることにした。
その言葉にワロルは感動したように目を潤ませ、顔をくしゃくしゃにしてルルナを見詰める。
「うう、ありがとうございますルルナさま……それも、さん付けで呼んで頂けるなんて……」
「……話してください」
「あ、こ、これは失礼。では、単刀直入に言いますね。あなたさまを、ロナと直接引き合わせること、それが我が主の望みであり、わたくしめにできる唯一のことでございます」
「ロナと!?」
確かに、それは願ってもない話だ。
だか本当にそんなことが可能で、彼を遣わしたその者は何者で何を企んでいるのか?
彼が未だ信用に足らない存在だということも、また事実である。
「その人はどうして、私とロナが会うのを望んでいるんですか?」
「それも、申し上げられません。ですが、先程も申した通り、我々はあなたさまの味方でございます。そして、ロナの敵であります」
「どうしてそれが言える? 証明できんのか?」
「はい。ルルナさま、これを」
ミロの問いに、ワロルは余裕の表情で答える。
そして、ルルナに何かを手渡した。
「これは……?」
「わたくしめの心臓にございます」
「しっ、心臓っ!?」
「もし信用できぬ場合は、何時でもそれを握り潰してください。間違いなくわたくしめは死にます」
確かに心臓は、ドクンドクンと脈を打っている。
自らの手に持つそれが急に恐ろしくなり、小刻みに震えるルルナ。
「あ痛たたた! お、おやめください!」
「……本物みてーだな」
ミロは試しに心臓を突っついてみた。
すると、その度にワロルはその場に転げ回り、苦しみを訴える。
「ひ、酷いことをしなさる……」
「わりぃわりぃ。まぁ、心臓に関しては取り敢えず信じてやるが、お前の主が信用できねえ」
「そ、それは……ど、どうか信じて頂きたい。我らは、決してあなた方の敵ではございません」
「……わかりました、ワロルさん。私を、ロナに会わせてください」
ルルナは決心し、そう告げる。
彼女もワロルを信用したわけではなかったが、少なくとも敵ではないと判断した。
いや、思い込んででもそう考えなければならなかった。
何れにしても、ロナをなんとかしなければ、ケレノを救うことは出来ない。
なればこそ、このチャンスを捨てるわけにはいかない。そう考えた。
「おお、なんとお優しい……わたくしめをこれ程信用してくださる方は、ルルナさま以外にはジェードさまくらいでございます」
「ジェード!?」
「あ」
ワロルは喜びの余り、つい、その名前が口をついて出てしまう。
ミロは一瞬にして気付いた。彼の主は、ジェード。当代に存在する四人の魔王達の一角、狡猾さで知られる魔王、ジェードだ。
ケレノはさらに深い事情にまで気付いており、彼女の中で、骸に関するこれまでの全てが繋がった。
それは、フレオラの計画に一時関わっていたからこそ、気付くことのできた事柄でもある。
「ルルナ、わかった! そいつが、ロナ教から竜の骸を盗んだ魔物だよ!」
「えっ!? じゃあ、つまり、アレスさんが倒した魔物って……」
そう、魔物ワロルは、魔王ジェードの指示によってロナ教の寺院に忍び込み、竜の骸を盗み出した。
その後、アレスによってあっさり倒されたかに思えたが、実は彼の体内に逃げ隠れ、期を待ち続けていたのである。
「フレオラは、ヴェーガに言ってた。魔王ジェードのしもべから、骸を奪えって。そいつがその魔物だったんだ」
「ふ、ふふっ、ばれてしまいましたね……で、ですが、今のわたくしは、ジェードさまの指示で動いている訳ではありません!」
「なに!? じゃあ誰だっていうんだよ!」
「ですから、それは申し上げられないのですっ!」
ワロルは実に申し訳なさそうに、深々と頭を下げる。
どうやら、嘘をついている訳ではなさそうだ。
「竜の骸はアレスさまに奪われ、その後フレオラさまの手に渡ってしまいましたが、それは、ジェードさまと、あのお方にとっては想定内。できれば骸を持ち帰りたかったのですが、まあ、わたくしごときにそこまで期待されても困りますからねぇ」
「じゃ、ジェードとそのお方とかいう奴の関係は?」
「それは──」
ワロルは答えようとしたが、その瞬間、部屋の反対側にある壁が吹き飛び、轟音が鳴り響いた。
「ふふっ、見つけたっ♪」
「……フレオラっ!」
フレオラは、満面の笑みを浮かべながら姿をその現した。
彼女の背後に、ヴェーガ、セゼル、そして、アレスも続く。
「なんのお話をしていたのかしら?」
「お話も何も……ケレノさんが、私を励ましてくれてたんです!」
ワロルは瞬時に小型化し、慌てた様子でルルナの荷の中に隠れていた。
やはり、本当に彼とフレオラの繋がりはないようだ。
「おい、テメーがフレオラだな」
「見ればわかるでしょう? お人形さん」
予定外の来訪者を見て、フレオラは挑発的に言った。
だが同時に、目の前の魔動人形がとてつもない力を秘めていることにも、気付いた。
「あーあ、あなたには来てほしくなかったのに。嫌な予感が当たっちゃった」
「けっ、ほざけ」
ミロはフレオラを真っ直ぐに見据えながら、ゆっくりと歩を進める。
人形とは思えぬほどに異様な雰囲気を放つその姿に、アレスは思わず駆け出し、叫んだ。
「貴様! フレオラさんになにを──」
「うっせー! 邪魔だ!」
ミロの鉄拳制裁で、アレスは吹き飛び、激しく壁際に叩きつけられた。
「目ぇ冷ませよボケ。そいつはお前を救っちゃくれねーぞ。ただ使い潰すだけだ」
「う、違う……フレオラさんは」
「黙って見てろ。ルルナも、な。オレがこいつの本性を引きずり出してやる」
ずけずけと歩きながら、やはりミロはその異様な雰囲気を隠そうともしない。
そして今度は、ヴェーガとセゼルが立ち塞がる。
「貴様……一体なんなのだ……?」
「この感覚は……!」
「可愛いお人形さんだよ。テメーらの主が言った通りな」
ヴェーガとセゼルは、全ての力を持って、目の前にいるそれを迎え撃とうとした。
だが……
「やめなさい、二人とも。あなたたちでは、逆立ちしても勝てないわ」
「なっ……」
「……承知」
フレオラは真顔で言うと、悪魔達を退け、自らミロの前に立った。
「わかってるじゃねーか。山羊と鎧ヤロー、それからついでにメイドの嬢ちゃんを加えたとしても、オレにとっちゃハナクソみてーなもんだ」
「ケレノさんを加えないでください!」
フレオラは、一切笑みを浮かべぬまま、目の前の敵を見据えた。
「はぁー……ねぇ、やめにしない? 私、謝るわ。ルルナさんやケレノとも、仲直りするわ?」
「……おいクソガキ、てめー、いっぺんぶっ飛ばされた方がいいぜ?」
ミロは一切聞こうともせず、とてつもない速さで拳を突きだした。
それは空を切り、一瞬凄まじい衝撃を放ったのだが、フレオラはいつの間にかミロの背後に回り込んでいた。
「ねぇ、お願いしてるじゃない。ケレノの契約を、解いてもいいのよ?」
「えっ……!?」
「おいルルナ、ああいう奴の対処法、教えてやろうか?」
思わず心揺さぶられかけたルルナに対し、振り返りもせずミロはそう言った。
そして一呼吸ほど後、床がひび割れるほどに地を強く踏みつけると、勢いをつけ、凄まじい回し蹴りを背後へと放つ。
フレオラは高く跳んで身をかわし、空中で翻りながら着地すると、深い深い溜め息を吐き出した。
「あーあ……はぁ、やっぱり私の一番苦手なタイプだったわ……面倒くさ……」
「ああいう奴はな、言ってること全部無視してブン殴んだよ。それが一番だ」
ミロは激しく拳を撃ち付けながら、再び、敵の姿を真っ直ぐに捉えた。
応援ありがとうございます!
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