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8.人と悪魔と
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フレオラは本気だった。
何を嘲笑うでもなく、初めて見せる冷たい表情で全てを語り始める。
「女神ロナと名乗る神霊は、元は悪魔だった。奴は悪魔にとっても、人間にとっても邪魔者なのよ」
「そ、そんな話が……だってローレント王国は、ロナ教を信仰してるんじゃ……」
戸惑いを見せるルルナに対し、傍らに立つケレノは無言で顔を伏せていた。
そんな様子を見て、ノドロはあくまで部外者としての立場で、自らの知っている事実を語る。
「お嬢さんの言うことは、確かじゃ」
「師匠! そ、そうなんですか?」
「神霊ロナが女神と呼ばれるようになったのは、それほど昔のことではない。しかしさらに昔、このわしでさえまだ生まれていない程の遥かな昔には、確かにロナは悪魔と呼ばれていた」
ノドロが語るのは、遠い遠い過去の出来事。
かつてこの世に存在したという原初の竜達との戦いに敗れ、悪魔ロナはある選択をした。
それは、滅びた幾つかの竜の肉を食らうこと。
食らい、竜の血肉を受け、悪魔は神霊と呼ばれるほどの力を得た。
そして力は彼女を増長させ、やがてロナは人を率いるようになり、ある準備を始めた。
「ロナは……悪魔を裏切ったんだ」
ケレノは、小さな声で呟くように言った。
彼女の言う通り、ロナは魔界を支配するために人間の力を利用しているのだ。人間の個の力は確かに悪魔に劣るが、それを信仰の力で束ねれば、彼らに届きうる。ロナはそう考えた。
問題はその計画が、人間の世界を大きく巻き込もうとしていることだ。
勝っても負けても、人間と悪魔、双方に大きな傷痕を残すことになるだろう。
「セゼルとヴェーガはどうでも良いだろうけど、ぼくは、魔界が荒らされるのは、嫌だった。だから、フレオラの声に応えた」
「ケレノさん……それで……」
「だけど今は、戦いたくない。前は死ぬのも怖くなかったけど、今は、すごく怖い……死んだら、ルルナにもう会えない……」
とても寂しそうなその瞳に、ルルナは決心めいたものを感じ始めた。
しかし、冷静にノドロは指摘する。
「じゃがの、よいかルルナ。誰もお前に強制などするべきではない。お前さんは本来ロナとは関わりの無い人間じゃ。それに、そこにいるフレオラお嬢さんは、正義の味方などではない。そうじゃな?」
「ふふっ、そうよ。私はただムカつくからロナを消したいの。私が全てを支配するのに、アイツの存在は一番邪魔だから」
はっきりと本音に切り替えると、フレオラはもう構わないとばかりに、自らの意図を吐露し始める。
「だけど、ルルナさんはもう逃げられない。全てを知って、可愛いケレノが人質に取られてるんだから。あなたがロナを殺さない限り、私は何時でもケレノを殺せるのよ」
この言葉は少々誇張がある。
実際にケレノが契約の効力によって死ぬとしたら、フレオラへの忠誠を完全に捨て、更に、ロナと戦う意思を無くした場合である。
そうした時に初めて、フレオラはケレノの命を契約によって奪う権利を得るのだ。
しかし、この場でルルナを揺さぶるため、このような発言をしたのだった。
「……こんな言い方をしてごめんなさいね。でも、貴女なら必ずロナを殺せるわ。貴女は特別なのよ。だからお願い。私のためでなくていいの。そこに居る、ケレノの為に、ロナを殺して?」
「駄目……! ルルナ!」
お願いなどではなく、それは体のいい脅しである。
言葉とは裏腹に、彼女は、ルルナが必ずロナを殺せるなどとは思っていない。
どころか、ルルナが負けても大した問題は無い。もし殺せれば。その程度の感覚。
それが、彼女の本音であった。
それを感じたからこそ、ケレノはルルナに向かって叫んだ。主への必死の抵抗だった。
はっきり言って、ルルナとケレノの仲が深まったのは、フレオラにとってはむしろ僥倖。
意図せず、動かしたい人間へ向けた人質が出来上がったのだから。
ただ、彼女の計算違いがあるとすれば、ルルナの返答が全く考えてもみないものだったことだ。
「なら、私、ロナに会いに行きます。どんな人なのか、直接会って確かめます!」
「え?」
「だってそうしないと、本当のこと、何もわからないじゃないですか!」
「フ、フフフ、フフフフ……!」
この娘は、本当に人の話を聞いていたのだろうか?
何故屈しない? 何故全能感と蛮勇に駆られない?
御することが出来ぬからこそ、理解できぬからこそ、フレオラは愉しく、そして笑った。
「会って、いい人だったらお友達にでもなるのかしら? ケレノの時みたいに」
「フレオラ……!」
ケレノは怒りを露にした。これも、以前には決して有り得無かった反応だろう。
尤も、それを期待して、フレオラはこのような挑発をしたのだが。
しかし意外にも、挑発されたルルナ自身は、極めて冷静であった。
「フレオラさん、私は貴女の言いなりにはなりません。貴女は全てが思い通りになると思ってるかもしれないけど、それは違う」
「あら……手厳しいわね。それじゃ、どう違うの?」
「そんな風に言ったって、私は貴女を嫌いにはならないし、怖がったりも、もうしません!」
「……ふーん。私を、ね……」
一先ず、フレオラは納得した様子を見せる。
だがその内には、未だ何を秘めているかわからない。
「いいわ、ルルナさん。貴女が望む通り、やりたいようにすれば良いわ。それが私の目的とも一致するだろうし。ノドロさんも納得したかしら?」
「……ルルナが決めたことには、わしは口を出さんよ。お主は信用しておらんがな」
渋々といった様子ではあったが、ノドロはそう答える。
フレオラはパッと明るい顔になると、急に優しく穏やかな口調で、この場にいる全ての者へ向けるように言った。
「では、これで私達は仲間ということで、よろしいかしら?」
「わしは手伝わんぞ。隠居したじじいは、世直しやら悪巧みやらに興味はないのでな。帰らせてもらう」
「えっ、師匠……」
言い残し、ノドロはさっさと帰ってしまった。しかし実際のところ、家に帰ってからもまだ監視は続けているようだ。
そのことに、フレオラはすぐに勘付き、少し遅れて、ルルナも気付いた。
「あら、残念。まぁルルナさんとケレノは良いみたいだから、後はあなたたちね?」
あなた達とは誰のことか? その答えは、直ぐに姿をもって現れた。
そう、巨大な山羊頭の悪魔と、一人の痩せこけた男が連れ添うように並んで、影のように忽然と現れたのだ。
「あ、あなたは!?」
「あ、あ……お前……」
その男は、かつて勇者と呼ばれていた。
しかし、彼もまた思い上がった人間の一人に過ぎなかったのかもしれない。
ほんの少し前まで、ギルドのSランク冒険者として名を馳せ、最強パーティーのリーダーとして活躍していたのが、今は遠い昔のように思える。
男の名はアレス。その姿に、勇者と呼ばれた日の面影は無かった。
「お、お前は……ルルナ……!」
「アレス……さん……?」
アレスは血走った目で、ルルナを睨み付ける。そして、ふらふらとその脚を、一歩一歩前へと進めた。
「お前ぇ……! なんで、お前……! くそぉ、お前、なんで逃げた……! 運の良い奴め……!」
「逃げた……!?」
アレスは、彼女を逆恨みしていた。
ルルナを追放した後、彼のパーティー黒き旋風はギルドからの依頼を達成した。
それは、ある魔物に盗まれた宝、通称竜の骸を奪い返すこと。その依頼者は、聖天神霊教会の教皇、エムハト・レカリエラ。ロナ教の代表者である彼直々の依頼を、ギルドはSランクの実力者、アレスに託した。彼ならば、間違いなく安心だと思ったからだ。
そしてその期待に応え、アレスは見事、竜の骸を盗み出した魔物を倒し、無事宝を奪い返した。
後は指定された通り、カーム公国領内の支部教会へそれを届けるだけ。
しかし勝利の凱旋は悪夢に変わった。
彼らを襲ったのは、山羊頭の怪物。
フレオラの従者の一人、悪魔山羊ヴェーガである。
アレス達は一瞬にして蹂躙され、最強のパーティーは人知れず壊滅した。
そしてヴェーガは主の指示通り、竜の骸と捕らえたアレスを携え、セゼルやケレノも知らぬ内に、既にここへ戻って来ていたのだ。
「ルルナぁ……! てめぇ、一人だけ助かりやがって……クレスも、ファランも、ラーネッドも、アウグストも、皆死んだのに……ゴミのてめぇだけ、なんで生きてやがる」
「ゴミ……?」
ケレノは無意識の内に、その手に影剣を作り出していた。
余りにも明確な殺意。彼女自身困惑しかけるほどに狂おしいそれは、自動的に彼女の中の悪魔を呼び覚ました。
「ごがっっ!!!」
瞬間、アレスの首が千切れ飛びそうなほどに、跳ねる。
しかし、辛うじて飛ばなかったのは、彼自身の鍛練のお陰ではない。敢えて殺さないように、ケレノは丁寧に加減をして、彼の頭を蹴りあげた。
「お前、なんなの?」
「がっ、ああ……」
「ゴミはお前だろ」
「ふっ、ひぃ……あがぁ……!」
「死ね」
ケレノは殺意と共に影剣を振り上げた。
しかし、それは振り下ろされること無く、空中で静止した。
「駄目、駄目だよケレノさん……やめて……!」
「ルル、ナ……」
ルルナは背後からケレノを抱き止めた。
目が覚めたように冷静になり、ケレノはゆっくりと手を下ろす。
「ごめん……ぼく……」
「ううん、謝らないで。私のために怒ってくれたんだよね?」
ルルナは優しく、努めていつも通りの調子でそう言い、ケレノは振り返り彼女に抱きついた。
その様子を見て、アレスは静かに怒りを募らせる……
「へっ、なんだよそいつは? ルルナぁ……! そいつ使って、俺に仕返しか? くそが……ふざけんな……」
「……黙ってください」
「は……」
氷のように冷たい声色で、ルルナは言う。
予想外の迫力に思わず、アレスは固まってしまった。
「以前私が迷惑をお掛けしたことは、謝ります。ですが、今の状況を私のせいにするのは、あなたの八つ当たりでしかない。違いますか?」
「な、なに……?」
「あなたが仲間を失って悲しいのはわかります。ですが、これ以上この子を苦しませるなら、私はあなたを決して許さない」
アレスは眼を見開き、目の前の少女を見た。
そこに、かつての弱く臆病な新入りの姿は無い。
「許さないだと……? ふざけんじゃ──」
「もう良いだろう」
突如、巨大な掌がアレスの頭を鷲掴みにし、高く持ち上げた。
悪魔ヴェーガである。
「お前もある意味被害者だ。フレオラの悪趣味な余興のな」
「ぐぁぁ……離せ……!」
「恥じることはない。俺はお前のような人間こそ、最も人間らしいと思う。だから、もう楽になれ」
そう言い、ヴェーガは指先に力を込める。頭蓋が軋む音が、鈍く鳴り響いた。
「いやだ! 死にたくない! あぁあ!」
「や、やめて! そんなこと、私は望んでない!」
惨状を前に、思わずルルナは叫ぶ。
それを聞いたヴェーガは、一時力を緩め、彼女の方を見下ろした。
「本当に、心の底からそう言えるのか? この者を憎んだことは? 怒りや恐れを抱いたことは?」
「そ、そんな事……」
「ある筈だ。それが人の心と言うものだ。ケレノがこの者を痛め付けたとき、どこか胸がすくのを感じなかったか? いっそ、本当に殺してしまえばと、僅かでも思わなかったか?」
確かに、全く無いと断言すれば、嘘になる。それは、ルルナも自覚していた。
それでも、目の前で行われている凄惨な行為を、黙って見ている事は出来なかった。
「偽善だよ。尤も、偽善は俺にとっては好物の一つだがな。この男の英雄譚のように」
「があああああああ!!!」
「捨てて、棄てて、なくして、拾って、使い潰して、壊して、ようやく作り上げた砂の城。最後にはそれさえも自らの手で崩して尚、他者にすがりその責を問う。実に好ましい」
治している……事実に気付いたとき、ルルナは戦慄した。
ヴェーガは、アレスが死なないように、魔術治療を施しているのだ。
彼は確かに、楽になれと言ったのに、平然と嘘をつき、今も尚アレスを痛め付け、苦しませている。
「ひ、ひぃぃ……あぎぃ……」
「何故こんなに酷いことをするの? そう思っているのかルルナよ」
「やめて……」
「愛情だよ。わかるだろうケレノ? 俺も人間を愛している。心からいとおしく思う。しかし、悪魔は悪魔のやり方でしか、それを示せぬのだよ」
「やめて! あなたとケレノさんを一緒にしないで!」
有り得ないほどに歪な、頭蓋を歪ませる音が尚も響き渡る。
ケレノはルルナにじっとしがみつき、小さくなって震えている。彼女は以前にもこのような凶行を何度か目撃しているが、その時はなにも感じることはなかった。
しかし今は、そのことも含め、恐ろしくてたまらない。
また、もう一人の悪魔セゼルは、これだけの惨状を前にしながらも、特に興味すら示さず、ただ主の側に在るだけであった。
そして、彼らの主は……
「そこまでよ、ヴェーガ」
意外にも、フレオラは従者の凶行を止めた。
特に驚くでもなく、ヴェーガは指示通りにアレスを解放する。
「かっ……あ、ああ……」
「大丈夫、アレスさん?」
「へ、あ、あ……」
「答えて?」
「は、はい……あ、ありがとう、ございます……」
フレオラは満足そうににっこりと笑い、アレスに手を差し出した。
「立てる?」
「は、は……」
「ローハ、メレーラ」
「えっ!? い、今のは……」
ルルナは驚愕した。
フレオラが口にしたのは、間違いなくルーンによる呪言詠唱だ。
アレスの傷と苦しみはみるみる内に消え去り、彼の全身は暖かい光に包み込まれた。
「あ、ああ……!? この感覚は……」
「ごめんなさい、私の従者が、あなたに非道いことをしたわ」
「あ、ありがとう……おお、ありがとう……」
何度も頭を下げ、心からの感謝を伝えるアレスに、フレオラは透き通るように美しい声で語る。
「あなたは確かに多くの人を傷つけた。だけど、多くの人を救っても来たでしょう?」
とても穏やかに、フレオラは言った。
その美貌の上には、歪な笑みが浮かんでいる。
しかしアレスにはそれが、奇跡をもたらす慈母の微笑みに見えた。
「私達はみんな仲間なの。どうか、貴方も仲間になってください。ルルナさんにも、謝って?」
「はい……」
アレスはゆっくりと、ゆっくりと歩を進め、ルルナの目の前に立った。
「……す、済まない、ルルナ。俺が……間違っていた」
「ひ……っ」
ルルナを、激しい恐怖が襲った。
彼女の目の前にいる人間は、壊れている。
体も治り、心も癒された。しかしながら、それは余りにも歪に、ぐちゃぐちゃに結合された残骸に過ぎない。
素直に頭を下げるその男は、最早彼女の知るアレスではなかった。
何を嘲笑うでもなく、初めて見せる冷たい表情で全てを語り始める。
「女神ロナと名乗る神霊は、元は悪魔だった。奴は悪魔にとっても、人間にとっても邪魔者なのよ」
「そ、そんな話が……だってローレント王国は、ロナ教を信仰してるんじゃ……」
戸惑いを見せるルルナに対し、傍らに立つケレノは無言で顔を伏せていた。
そんな様子を見て、ノドロはあくまで部外者としての立場で、自らの知っている事実を語る。
「お嬢さんの言うことは、確かじゃ」
「師匠! そ、そうなんですか?」
「神霊ロナが女神と呼ばれるようになったのは、それほど昔のことではない。しかしさらに昔、このわしでさえまだ生まれていない程の遥かな昔には、確かにロナは悪魔と呼ばれていた」
ノドロが語るのは、遠い遠い過去の出来事。
かつてこの世に存在したという原初の竜達との戦いに敗れ、悪魔ロナはある選択をした。
それは、滅びた幾つかの竜の肉を食らうこと。
食らい、竜の血肉を受け、悪魔は神霊と呼ばれるほどの力を得た。
そして力は彼女を増長させ、やがてロナは人を率いるようになり、ある準備を始めた。
「ロナは……悪魔を裏切ったんだ」
ケレノは、小さな声で呟くように言った。
彼女の言う通り、ロナは魔界を支配するために人間の力を利用しているのだ。人間の個の力は確かに悪魔に劣るが、それを信仰の力で束ねれば、彼らに届きうる。ロナはそう考えた。
問題はその計画が、人間の世界を大きく巻き込もうとしていることだ。
勝っても負けても、人間と悪魔、双方に大きな傷痕を残すことになるだろう。
「セゼルとヴェーガはどうでも良いだろうけど、ぼくは、魔界が荒らされるのは、嫌だった。だから、フレオラの声に応えた」
「ケレノさん……それで……」
「だけど今は、戦いたくない。前は死ぬのも怖くなかったけど、今は、すごく怖い……死んだら、ルルナにもう会えない……」
とても寂しそうなその瞳に、ルルナは決心めいたものを感じ始めた。
しかし、冷静にノドロは指摘する。
「じゃがの、よいかルルナ。誰もお前に強制などするべきではない。お前さんは本来ロナとは関わりの無い人間じゃ。それに、そこにいるフレオラお嬢さんは、正義の味方などではない。そうじゃな?」
「ふふっ、そうよ。私はただムカつくからロナを消したいの。私が全てを支配するのに、アイツの存在は一番邪魔だから」
はっきりと本音に切り替えると、フレオラはもう構わないとばかりに、自らの意図を吐露し始める。
「だけど、ルルナさんはもう逃げられない。全てを知って、可愛いケレノが人質に取られてるんだから。あなたがロナを殺さない限り、私は何時でもケレノを殺せるのよ」
この言葉は少々誇張がある。
実際にケレノが契約の効力によって死ぬとしたら、フレオラへの忠誠を完全に捨て、更に、ロナと戦う意思を無くした場合である。
そうした時に初めて、フレオラはケレノの命を契約によって奪う権利を得るのだ。
しかし、この場でルルナを揺さぶるため、このような発言をしたのだった。
「……こんな言い方をしてごめんなさいね。でも、貴女なら必ずロナを殺せるわ。貴女は特別なのよ。だからお願い。私のためでなくていいの。そこに居る、ケレノの為に、ロナを殺して?」
「駄目……! ルルナ!」
お願いなどではなく、それは体のいい脅しである。
言葉とは裏腹に、彼女は、ルルナが必ずロナを殺せるなどとは思っていない。
どころか、ルルナが負けても大した問題は無い。もし殺せれば。その程度の感覚。
それが、彼女の本音であった。
それを感じたからこそ、ケレノはルルナに向かって叫んだ。主への必死の抵抗だった。
はっきり言って、ルルナとケレノの仲が深まったのは、フレオラにとってはむしろ僥倖。
意図せず、動かしたい人間へ向けた人質が出来上がったのだから。
ただ、彼女の計算違いがあるとすれば、ルルナの返答が全く考えてもみないものだったことだ。
「なら、私、ロナに会いに行きます。どんな人なのか、直接会って確かめます!」
「え?」
「だってそうしないと、本当のこと、何もわからないじゃないですか!」
「フ、フフフ、フフフフ……!」
この娘は、本当に人の話を聞いていたのだろうか?
何故屈しない? 何故全能感と蛮勇に駆られない?
御することが出来ぬからこそ、理解できぬからこそ、フレオラは愉しく、そして笑った。
「会って、いい人だったらお友達にでもなるのかしら? ケレノの時みたいに」
「フレオラ……!」
ケレノは怒りを露にした。これも、以前には決して有り得無かった反応だろう。
尤も、それを期待して、フレオラはこのような挑発をしたのだが。
しかし意外にも、挑発されたルルナ自身は、極めて冷静であった。
「フレオラさん、私は貴女の言いなりにはなりません。貴女は全てが思い通りになると思ってるかもしれないけど、それは違う」
「あら……手厳しいわね。それじゃ、どう違うの?」
「そんな風に言ったって、私は貴女を嫌いにはならないし、怖がったりも、もうしません!」
「……ふーん。私を、ね……」
一先ず、フレオラは納得した様子を見せる。
だがその内には、未だ何を秘めているかわからない。
「いいわ、ルルナさん。貴女が望む通り、やりたいようにすれば良いわ。それが私の目的とも一致するだろうし。ノドロさんも納得したかしら?」
「……ルルナが決めたことには、わしは口を出さんよ。お主は信用しておらんがな」
渋々といった様子ではあったが、ノドロはそう答える。
フレオラはパッと明るい顔になると、急に優しく穏やかな口調で、この場にいる全ての者へ向けるように言った。
「では、これで私達は仲間ということで、よろしいかしら?」
「わしは手伝わんぞ。隠居したじじいは、世直しやら悪巧みやらに興味はないのでな。帰らせてもらう」
「えっ、師匠……」
言い残し、ノドロはさっさと帰ってしまった。しかし実際のところ、家に帰ってからもまだ監視は続けているようだ。
そのことに、フレオラはすぐに勘付き、少し遅れて、ルルナも気付いた。
「あら、残念。まぁルルナさんとケレノは良いみたいだから、後はあなたたちね?」
あなた達とは誰のことか? その答えは、直ぐに姿をもって現れた。
そう、巨大な山羊頭の悪魔と、一人の痩せこけた男が連れ添うように並んで、影のように忽然と現れたのだ。
「あ、あなたは!?」
「あ、あ……お前……」
その男は、かつて勇者と呼ばれていた。
しかし、彼もまた思い上がった人間の一人に過ぎなかったのかもしれない。
ほんの少し前まで、ギルドのSランク冒険者として名を馳せ、最強パーティーのリーダーとして活躍していたのが、今は遠い昔のように思える。
男の名はアレス。その姿に、勇者と呼ばれた日の面影は無かった。
「お、お前は……ルルナ……!」
「アレス……さん……?」
アレスは血走った目で、ルルナを睨み付ける。そして、ふらふらとその脚を、一歩一歩前へと進めた。
「お前ぇ……! なんで、お前……! くそぉ、お前、なんで逃げた……! 運の良い奴め……!」
「逃げた……!?」
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それは、ある魔物に盗まれた宝、通称竜の骸を奪い返すこと。その依頼者は、聖天神霊教会の教皇、エムハト・レカリエラ。ロナ教の代表者である彼直々の依頼を、ギルドはSランクの実力者、アレスに託した。彼ならば、間違いなく安心だと思ったからだ。
そしてその期待に応え、アレスは見事、竜の骸を盗み出した魔物を倒し、無事宝を奪い返した。
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そしてヴェーガは主の指示通り、竜の骸と捕らえたアレスを携え、セゼルやケレノも知らぬ内に、既にここへ戻って来ていたのだ。
「ルルナぁ……! てめぇ、一人だけ助かりやがって……クレスも、ファランも、ラーネッドも、アウグストも、皆死んだのに……ゴミのてめぇだけ、なんで生きてやがる」
「ゴミ……?」
ケレノは無意識の内に、その手に影剣を作り出していた。
余りにも明確な殺意。彼女自身困惑しかけるほどに狂おしいそれは、自動的に彼女の中の悪魔を呼び覚ました。
「ごがっっ!!!」
瞬間、アレスの首が千切れ飛びそうなほどに、跳ねる。
しかし、辛うじて飛ばなかったのは、彼自身の鍛練のお陰ではない。敢えて殺さないように、ケレノは丁寧に加減をして、彼の頭を蹴りあげた。
「お前、なんなの?」
「がっ、ああ……」
「ゴミはお前だろ」
「ふっ、ひぃ……あがぁ……!」
「死ね」
ケレノは殺意と共に影剣を振り上げた。
しかし、それは振り下ろされること無く、空中で静止した。
「駄目、駄目だよケレノさん……やめて……!」
「ルル、ナ……」
ルルナは背後からケレノを抱き止めた。
目が覚めたように冷静になり、ケレノはゆっくりと手を下ろす。
「ごめん……ぼく……」
「ううん、謝らないで。私のために怒ってくれたんだよね?」
ルルナは優しく、努めていつも通りの調子でそう言い、ケレノは振り返り彼女に抱きついた。
その様子を見て、アレスは静かに怒りを募らせる……
「へっ、なんだよそいつは? ルルナぁ……! そいつ使って、俺に仕返しか? くそが……ふざけんな……」
「……黙ってください」
「は……」
氷のように冷たい声色で、ルルナは言う。
予想外の迫力に思わず、アレスは固まってしまった。
「以前私が迷惑をお掛けしたことは、謝ります。ですが、今の状況を私のせいにするのは、あなたの八つ当たりでしかない。違いますか?」
「な、なに……?」
「あなたが仲間を失って悲しいのはわかります。ですが、これ以上この子を苦しませるなら、私はあなたを決して許さない」
アレスは眼を見開き、目の前の少女を見た。
そこに、かつての弱く臆病な新入りの姿は無い。
「許さないだと……? ふざけんじゃ──」
「もう良いだろう」
突如、巨大な掌がアレスの頭を鷲掴みにし、高く持ち上げた。
悪魔ヴェーガである。
「お前もある意味被害者だ。フレオラの悪趣味な余興のな」
「ぐぁぁ……離せ……!」
「恥じることはない。俺はお前のような人間こそ、最も人間らしいと思う。だから、もう楽になれ」
そう言い、ヴェーガは指先に力を込める。頭蓋が軋む音が、鈍く鳴り響いた。
「いやだ! 死にたくない! あぁあ!」
「や、やめて! そんなこと、私は望んでない!」
惨状を前に、思わずルルナは叫ぶ。
それを聞いたヴェーガは、一時力を緩め、彼女の方を見下ろした。
「本当に、心の底からそう言えるのか? この者を憎んだことは? 怒りや恐れを抱いたことは?」
「そ、そんな事……」
「ある筈だ。それが人の心と言うものだ。ケレノがこの者を痛め付けたとき、どこか胸がすくのを感じなかったか? いっそ、本当に殺してしまえばと、僅かでも思わなかったか?」
確かに、全く無いと断言すれば、嘘になる。それは、ルルナも自覚していた。
それでも、目の前で行われている凄惨な行為を、黙って見ている事は出来なかった。
「偽善だよ。尤も、偽善は俺にとっては好物の一つだがな。この男の英雄譚のように」
「があああああああ!!!」
「捨てて、棄てて、なくして、拾って、使い潰して、壊して、ようやく作り上げた砂の城。最後にはそれさえも自らの手で崩して尚、他者にすがりその責を問う。実に好ましい」
治している……事実に気付いたとき、ルルナは戦慄した。
ヴェーガは、アレスが死なないように、魔術治療を施しているのだ。
彼は確かに、楽になれと言ったのに、平然と嘘をつき、今も尚アレスを痛め付け、苦しませている。
「ひ、ひぃぃ……あぎぃ……」
「何故こんなに酷いことをするの? そう思っているのかルルナよ」
「やめて……」
「愛情だよ。わかるだろうケレノ? 俺も人間を愛している。心からいとおしく思う。しかし、悪魔は悪魔のやり方でしか、それを示せぬのだよ」
「やめて! あなたとケレノさんを一緒にしないで!」
有り得ないほどに歪な、頭蓋を歪ませる音が尚も響き渡る。
ケレノはルルナにじっとしがみつき、小さくなって震えている。彼女は以前にもこのような凶行を何度か目撃しているが、その時はなにも感じることはなかった。
しかし今は、そのことも含め、恐ろしくてたまらない。
また、もう一人の悪魔セゼルは、これだけの惨状を前にしながらも、特に興味すら示さず、ただ主の側に在るだけであった。
そして、彼らの主は……
「そこまでよ、ヴェーガ」
意外にも、フレオラは従者の凶行を止めた。
特に驚くでもなく、ヴェーガは指示通りにアレスを解放する。
「かっ……あ、ああ……」
「大丈夫、アレスさん?」
「へ、あ、あ……」
「答えて?」
「は、はい……あ、ありがとう、ございます……」
フレオラは満足そうににっこりと笑い、アレスに手を差し出した。
「立てる?」
「は、は……」
「ローハ、メレーラ」
「えっ!? い、今のは……」
ルルナは驚愕した。
フレオラが口にしたのは、間違いなくルーンによる呪言詠唱だ。
アレスの傷と苦しみはみるみる内に消え去り、彼の全身は暖かい光に包み込まれた。
「あ、ああ……!? この感覚は……」
「ごめんなさい、私の従者が、あなたに非道いことをしたわ」
「あ、ありがとう……おお、ありがとう……」
何度も頭を下げ、心からの感謝を伝えるアレスに、フレオラは透き通るように美しい声で語る。
「あなたは確かに多くの人を傷つけた。だけど、多くの人を救っても来たでしょう?」
とても穏やかに、フレオラは言った。
その美貌の上には、歪な笑みが浮かんでいる。
しかしアレスにはそれが、奇跡をもたらす慈母の微笑みに見えた。
「私達はみんな仲間なの。どうか、貴方も仲間になってください。ルルナさんにも、謝って?」
「はい……」
アレスはゆっくりと、ゆっくりと歩を進め、ルルナの目の前に立った。
「……す、済まない、ルルナ。俺が……間違っていた」
「ひ……っ」
ルルナを、激しい恐怖が襲った。
彼女の目の前にいる人間は、壊れている。
体も治り、心も癒された。しかしながら、それは余りにも歪に、ぐちゃぐちゃに結合された残骸に過ぎない。
素直に頭を下げるその男は、最早彼女の知るアレスではなかった。
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それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。
やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。
鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。
※小説家になろうにも投稿しています。
持ち主を呪い殺す妖刀と一緒に追放されたけど、何故か使いこなして最強になってしまった件
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王国の大貴族であり、魔術の名家であるジーヴェスト家の末っ子であるクロム・ジーヴェストは、生まれつき魔力を全く持たずに生まれてしまった。
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そんなある日、
「小僧、なかなかいい才能を秘めておるな」
偶然にもクロムは亡霊の剣士に出会い、そして弟子入りすることになる。
それを契機にクロムの剣士としての才能が目覚め、見る見るうちに腕を上げていった。
しかしこの世界は剣士すらも魔術の才が求められる世界。
故にいつまでたってもクロムはジーヴェスト家の恥扱いが変わることはなかった。
そしてついに――
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だが……
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大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
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※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
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1話完結ですが、続編も考えています。
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